61.決意
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怒号のような歓声を上をゆっくりと飛ぶ。
先頭中央のリーダーが乗る舟はひときわ大きなモウリディア王国の国旗がはためき、そのポールを支えるリーダーの姿はガッチリとした体格もあって勇ましい。
その舟より数メートル前の宙をトコトコと歩くように進むフェフェは、自身の周囲に薄い黄金の光を煌めかせてキリリとしている。
リーダーの舟から一隻分遅れるくらいで距離を空け、左右それぞれの舟にトウマと私。私の舟の右外側にチビ、トウマの舟の左外側にオニキス。
チビは腹ばいに近い形でスーッと浮くように進み、オニキスはフェフェ同様、宙をゆっくり歩くように翔んでいた。
リーダーと同じように私とトウマも旗を支えている。それぞれ長くたなびく国と王族の色の旗や王弟殿下が統括する軍旗。その旗のポールを支えるように持つ。実はポールは舟にしっかり固定されているので人が支えなくても支障はないが、旗を構えている姿に見えて勇ましく見えるだろう。
今日は少し風が強く、長い旗が風に自由奔放に振り回されて舟がぐらつかないか心配されたが、飛び立つ前の確認で、フェフェ、チビ、オニキスが異能で風の向きなどを調整してくれることになった。
真夏は過ぎたけれど生ぬるい風が顔全面を撫でていく。
軍帽は風で飛ばないように深めに被って、顎下で紐をしっかり止めている。
人工森林で隠されていた近い未来に職員村ができる場所が今回の出発地点。
舟とともに浮き上がって登場した妖獣三匹。大歓声に包まれた。
陛下と王弟殿下の戦艦が管理所の敷地に停泊しているのは周知のことなので、管理所の正面前の道は人だかり。チビの式典デビューと同じくらい人がいた。
けれど今日の主役は陛下たち。パフォーマンス的な行進だが私たちの役目は護衛。戦場ならば先鋒。愛想は振りまかない。
私たち先鋒が下の街まで進行開始。
管理所の正門近くの上を通り、道向かいの博物館の広場の上に差し掛かる頃、私たちの後方に順に王族警備隊の舟と浮遊バイクが浮上するはず。振り返っての確認はできない。真っすぐ前を向き進み続けた。
少しするとひときわ大きな歓声が上がり、うわああ! うおおお! 陛下ー! 妃殿下ー! 閣下ー! という声が後ろから聞こえてきた。
管理所から下の街まで車両が通る曲がりくねった山道は完全に無視して、木々の上をほぼ一直線にゆっくりと降下していく。
山を下り終え、街の上空に着いたら大通りへ。
交通規制されて車両が一台も走っていない大通りを進む。歩道と車道の一部は行進を見よう集まった人でびっちり。左右の建物の窓も人だらけ。
街灯の高さギリギリまで降下したことで、歓声がとても近くなった。
少しすると「チービー! かっこいいぞー!」と知った声が聞こえた。聞こえてきた方向を目だけでチラリを見れば、チビの大ファンのアルア商会のジェイダン商会長さんと商会員軍団。チビも反応したいが今日はキリリとしないといけない。考えに考えて前足の爪を一本だけ動かして合図していた。どうやらジェイダン商会長さんたちはそれでわかったようで延々と呼び続けてくれた。
領主館には各領の旗が並んで立っていて、その真ん中がぽっかり空いている。リーダー、私、トウマが支え持っている旗があそこに立つ。
本当に雨じゃなくてよかった。
無事に領主館に陛下らを送り届ける役目を終え、舟から旗を外して王族護衛隊の方々が掲揚すると壁の向こうから大きな拍手が聞こえてきた。
「お疲れさま。忙しいけれど、汗を拭いたら戻ろう」
領主館で待っていてくれた管理所の警備隊の人からタオルをもらう。
軍帽と手袋は外していいと言われて、顎紐を緩めて軍帽を脱ぐと頭が涼しく気持ちいい。
渡された濡れタオルが冷えていて、首筋を拭うだけでも気持ちよく、顔も一度拭った。
王族警備隊はこのまま領主館での護衛に残るが、私とリーダー、トウマの役目はここまでなので、管理所に帰るために用意してもらっていた管理所の舟に乗り換えて帰る。
これから私たちがまた飛んで帰るとわかっている人たちが大勢待っているので、早く帰らないと街の交通規制の解除ができない。
「ねぇねぇ、帰りは声援に応えていいって言われたけど、歌ってもいいんだっけ?」
なぜ歌う前提なのか?
「……歌わないで帰れるならそのほうがいいんだけど」
「歌うー!」
「……大通りに出て二番目の交差点を過ぎたらね。魚の歌は駄目だからね」
「へ~い」
チビは歌いたくて仕方なかったらしい。明後日のコンサートが楽しみで仕方ないもんね。
女性の警備隊員さんがこっそりとトイレと腹痛は大丈夫かと聞いてくれて、管理所に戻るまで大丈夫と返した。
領主館の敷地から飛び立てば、待ち構えていた見物人から楽しげな声援が上がった。
帰りは私たちも舟から手を振って応える。
チビは宣言通り歌い出し、フェフェもノリノリでくるくる宙を舞っていた。
「ノッてるかー?」
「イェーイ!」
街の人のノリに助けられ、大通りの上でチビが音楽フェスティバルに出演してくれるバンドの曲を一つ歌い、二曲目に突入しようとしてオニキスに尻尾を咥えられて逆方向に宙を引きづられながら退場の巻。チビの姿に笑いが上がった。
チビの選曲も秀逸だったが、「明後日の音楽フェスティバルをどうぞよろしくー。グルメフェスティバルもやってるよー。あとねー……」と、公園で行われるイベントや商店街のイベントを言えるだけ言いまくって、「やっぱり歌っていいよね~」と、何度も音楽フェスティバルのイベント名を繰り返したあたり、チビなりの遠回りな宣伝。
チビのコンサートはサプライズ開催なので告知できないが、音楽フェスティバルをこれでもかと言い続けて帰ってきた。
スケジュール通りに管理所に帰り着き、私たちの役目は終了。
帰り着いたら洗濯部の職員が待ち構えていて、さあ脱げ、着替えろ、制服を寄越せと急き立てられた。
制服は明日も領主館で着るので急いで洗わないといけない。
職員寮の共同談話室で着替える。衝立に隠れて下着姿になり、濡れタオルで拭けるだけ拭いた。
ロングジレもズボンもシャツも生地を薄手にしてある試作品を着てみたがやっぱり暑かった。
アビーさんに借りた腹巻きも汗でびっしょりになったので洗ってから返さないと。
「生地が薄手になったとは言え、暑かったな」
「裾のはためきが大きすぎた感じがしましたね。オニキスが旗と一緒に捲くられない程度に抑えてくれたんですが、生地を薄くして軽くなったからですかね?」
「俺のは裾の何箇所かに重しになるものが縫い付けられていたんだが、脛にあたって痛かった」
「それは嫌ですね」
リーダーとトウマは別の衝立の向こう側で一緒になって着替えていて、試作品の感想を言い合っている。やっぱり暑かったのは同じだった。
さっきまで一緒だった王族警備隊の人たちは、従来の厚手の制服を着ていたのに表情も崩さないでいたのが凄いと思った。絶対汗だく。忍耐だと言っていたけど、様式美より健康第一になってほしい。
私の着替え用に置いてあったのは職員向けの大浴場で貸し出している薄手のスウェット上下。寝間着として使っている職員も多い。なので寝間着姿で出歩くなと言われそうだが、他に着替える服がない。
仕方ないのでそれに着替えてトイレへ。
ペニンダさんが買ってきてくれた夜用の生理用品は尻まで安心だったけれど、装着し慣れなかった。
チビとフェフェが山小屋を漁って持ってきてくれた普段使っている生理用品に取り替えたら、股下の感覚も普段通りになり、ようやく落ち着いた。
一仕事終えた安堵で落ち着いたら腹部の鈍痛が気になり、途端にもう動きたくない。食欲はあるけれどなんなら山小屋に帰って寝たい。
トイレから出てへにょりと座っていたら、リーダーとトウマも着替え終わって別のトイレから戻ってきた。
二人とも作業服のズボンだけ履いて、また上半身裸。裸族に服を着ろと文句を言う気にもなれない。
「その格好でバイクで帰るのか?」
リーダーにきょとんと問われたけど、裸族に言われたくない。朝着てきた作業服は血まみれにして洗濯行きだし、フェフェが持ってきたヨレヨレワンピースをバッグと一緒に置いておいたのにない。アビーさんに捨てられてしまっただろうか。それならそれで仕方ないのだけれど、代わりにこれを用意してくれたのだと思う。
「クルマで送ってやるから少し待ってろ。そうだ、売店に寄るか?」
「売店……うん、寄って帰る」
トウマの親切に甘える。
私の浮遊バイクを積める車両を手配したら連絡するから、それまではここにいろと言われた。待ち合わせは職員寮の売店前。
トウマが私を送ることを知ってリーダーも安心してくれたようだ。人工森林を撤去した場所に突貫工事で用意した妖獣たちの仮眠所の様子を見にいくと先に出ていった。
一人になって、朝に寝転がらせてもらっていたマットレスに横になる。
一昨日、王弟殿下に呼ばれたときのことを思い出した。
──領主館までの先頭を務めてほしい。
パレードの先頭を務めるのは通常は王族護衛隊の仕事。妖獣の相棒だから務めるものではない。
先頭とは、戦あったら先鋒になる。真っ先に敵に切り込んでいく役目。重要な位置だ。
そこに私とチビがいる。
堂々としている姿を見せることで、伯父のことを巻き込んだあの国への牽制に繋がると説明された。
迷った。
こじつけじゃないかとも思った。
チビの式典デビューのときに思った妖獣の存在を借りた国同士のハリボテの牽制。
「うん、まあ、いいんじゃない? オレっち怖い顔して飛べばいい?」
「チビ……」
パレードの先頭を王族警備隊から私たちに変更するのは、王弟殿下一人の決定ではない。軍や外交などの複数の方面からの声を束ね、検討した結果からの打診。
普通なら王族からの打診はもやは命令に近い。
だけど、今回、拒否権まで与える形で相談としてくれたのは異例だろう。
妖獣は相棒さえよければ他のことはどうでもいいのが基本。
それでも、どこそこに人を相棒としている妖獣がいるというのは、遠回しでも牽制になるのも理解はする。
妖獣は相棒に悪意を持ってくる者に容赦しないから。
「俺はチビと同じで争い合う牽制に姿を使われるくらい気にしない。実際争いが起きたらトウマとトウマが大事にする者だけ連れて真っ先に避難するだけだ。その他のことに手は貸さんぞ」
「わしは本さえ読めればどうでもいいんだがなー。アロンソが嫌でなければ。あ、そうだ! メイロイのところの焼き立てプティングで手を打つぞ?」
チビ、オニキス、フェフェの答えは早く、トウマはオニキスがいいなら構わないといい、リーダーもフェフェがいいならと了承して、メイロイ菓子店の焼き立てプディングを買う約束をしてしまった。
この話しが出たのは私の伯父の事件があったから。
私が受けないと意味がないのに、私だけすぐに返答できなかった。
数秒迷って、消化できないままだった個人的な思いをガリガリと砕いて心の奥の墓場に捨てた。
所詮はパフォーマンスのパレード。
そんな場だが、外交は裏読みする。
伯父のことを巻き込んだあの国への牽制とまで読み解かれなくても、まわりまわっていい方向に向くように、立つ。先頭に。
チビの姿を借りる。
リーダーもトウマもオニキスもフェフェも巻き込んでごめん。そしてありがとう。
朝にここに来るときに持ってきたショルダーバッグから通信端末を取り出したら、予想通りの通知祭り。
パレードの様子は全国各地どころか諸外国でも報道されることもわかっていた。今回の役目は誰にも事前に知らせられないものだったけれど、陛下の動向はウォッチされているから、誰かから聞いて繰り返し報道されるどれかを見てくれたのだろう。
両親と兄夫婦から「驚いた!」とあり、かっこよかったと感想が来ていた。湯治場のバアサマからもメッセージが来るなんて凄い珍しい。学院のチャルデン教授と先輩たちからもそれぞれ驚きとお祝いの言葉がきていた。
「伯父さんも見てくれたかな」
たくさんの人と妖獣に助けてもらって作られたハリボテの私だけど、何度も繰り返し報道されるだろうから、きっと見てくれるだろう。
通知を確認していたら、トウマから連絡が入ったのでのろのろと売店に向かった。
「腹、大丈夫か?」
「大丈夫といえば大丈夫。こういうもんだからさ。明日はもう少しマシになるから」
いつもよりゆっくりな歩みに合わせてくれるトウマ。ショルダーバッグも持ってくれた。
山小屋にある食材や保冷庫の惣菜を思い出しつつ、作る気ゼロで弁当や惣菜を眺める。
朝は食べられなかったねっとりとした芋団子のコロッケが残り三個だったので一つ購入。一つが拳大あるので、私はこれ一個でお腹がだいぶ満たされる。隣に甘い黄芋とそぼろ肉の煮付けが美味しそうに見えたので、なんとなく芋づくしで選んでみた。
トウマも私を送って山小屋で一緒に昼食を摂ってくれるようで、惣菜や弁当を見て選んでいた。
「スープを味変したシチューがあるから食べてもらってもいい? あとリオナソーセージが残ってて、これも実は困ってるんだ」
「シチューがあるなら汁物はいらないか」
麺類が好きなトウマが珍しく炒め飯を選んでいて、副菜がライスコロッケという米づくし。
「リオナソーセージ以外に何がある? チョリソーは?」
「チョリソーはないけど、粗挽きソーセージならあるよ」
「じゃ、肉系のつまみもいらないな」
ソーセージはクララさんが牧場の加工品の新作を模索していて試作品でくれたものだが、私の好みから少しズレているリオナソーセージが減らない。リオナソーセージに練り込まれているあのチーズが曲者だと思っている。トウマも試食して感想がほしい。普通のソーセージもあるから口直しは用意できる。
トウマに少し待っててもらって、売店の生理用品売り場でペニンダさんが買ってきてくれた商品の値段を確認し、パンティーの値段も前と変わっていない。朝食に買ってくれていた惣菜の値段も全部確認して、山小屋に着いたら職員間決済で支払ってしまおう。
トウマが手配した車両の荷台に私の浮遊バイクを載せて送ってもらう。
途中、人工森林の伐採したところを通り過ぎたが静かなもので問題は起きていないようだった。
山小屋の玄関の扉に袋がぶら下がっていて、なんだろうと見たら、捨てられたと思ったヨレヨレのワンピース。そして新品のパンティーと新品の腹巻き。アビーさんだ。売店で売っている一番安いものを選んでくれるあたりが懐事情を考えてくれている。
『捨てようと思ったけれど返します。水槽は中古でもよさそうなのがあったら確保してあげるから、中古服でもいいから買い替えなさい』とメモが入っていた。アビー様! 女神様!
よし、ペニンダさんへの支払いといっしょにアビーさんにも支払い手続きしなければ。
袋はトウマから隠すように抱えて山小屋に入り、洗面所に放り込んだ。トウマが何が入っていたのか聞いてこないから予想されているとは思う。
シチューを温める横でフライパンでソーセージを焼く。水耕栽培もどきでブーケレタスが茂ったので、毟って皿に盛り付けてオニオンドレッシングをかければサラダの完成。オニオンドレッシングに混ぜ込んでいるみじん切りのニンジンが彩りのアクセント。
「リリカの言うチーズが曲者がよくわかった。チーズが強い」
「こう、肉以上に主張してくるよね」
「ソーセージを食べているはずなのにチーズだな」
リオナソーセージは、何をどうしたらこんなにチーズが強いのかが感想になった。
私は満腹まで食べると腹の鈍痛が増しそうな錯覚になるので、腹半分にしてまた少ししたら食べる。
のんびりと昼食を摂りながら、今日の話し。
トウマは生理痛が重い症状を見るのは初めてではなかったが、身近には突っ伏して倒れるほどの症状の人はおらず、私が職員寮の廊下で突っ伏している姿に驚いたという。
私の生理痛は重い。確実の業務にも支障が出てしまう。だから妖獣世話班メンバーには知ってもらっていて、ありがたいことに男性陣のリーダーもシード先輩もニット先輩も既婚者で妻の生理を見知っていることで理解がある。サリー先輩とルシア先輩は痛みがほぼゼロという羨ましさに、私が「世の中不公平!」と絶叫した。
二人とも生理痛が重い症状の人は可哀想だな~と思っていたという。これまでにも症状の重い人のフォローはしたことはあるものの、私がぶっ倒れて、熱が出てフラフラになり、痛みも酷くて歩けず、鎮痛剤を飲ませたいのに吐き戻してしまったときに、大慌てで医務室に運んでくれて「絶対おかしい!」と叫んで心配してくれた。
「医務室に運ばれるほど酷いことがあるのか」
「うん。吐き戻すほど辛いのはここのところはないけど。こっちに来て二回運んでもらって、みんなに迷惑かけちゃったことがある」
「体調が極悪なら迷惑でもなんでもないからな?」
毎日鎮痛剤だけは持ち歩いて、不意打ちで生理が来てもなんとかしようと努力はしているが、最高最悪に酷いとどうにもならなくて本当に困る。
今日も少し熱があった。鎮痛剤に解熱の作用もあったのでなんとかなった気がする。
同じ女性であっても生理痛の重い人と軽い人はいて、わかりあえない人もいるからとても恵まれた職場だ。
「はー、なんて言うか大変だな……。できることはほとんどないが何かあったら言ってくれ」
「知ってくれるだけでじゅうぶんだよ」
のんびりと昼食を摂って、そうだったとトウマが大きな端末を出してきて報道の映像をチェック。
なかなか凛々しく堂々とした私が映っていた。軍帽と支えていた旗のおかげかもしれないが、隣に映るチビと一緒にこれが私の生きる道。
「遠回しでもなんでも牽制になったんじゃないか?」
「本当?」
「チビ、大きいし、怖い顔してっからな」
「ははは! 凶悪顔なのは認める。慣れると可愛いんだけど」
「あの顔を可愛いと言えるリリカが凄いよ」
完全にパフォーマンスではあるけれど、先鋒の役目に私は勝手に強い決意を抱いて望んだ今回の役目。
伯父のことを巻き込んだあの国がどう見るか。
私が堂々としている姿を見せることがまわりまわって牽制になるなら、そう見えてくれと祈らずにいられなかった。
「さて、俺はチビたちと合流するな」
「トウマは結局何を手伝うの?」
「映像配信だ。機材室に籠もるから大丈夫だ」
髪を整え、髭もきれいに剃ったトウマが音楽フェスティバルのステージ付近を歩いていたら目立ってしまう。裏方だと知って安堵した。
「俺は機材搬入する車で向かうことになってるが、リリカはどうやってあそこまで行くんだ? 見つかったら囲まれて握手攻めだぞ?」
「……それがね、車が手配しきれなくて定員もあってもう駄目だから、音楽の機材を仕舞う大きな箱に入って運搬って言われてる……」
「は? なんで箱なんだ?」
「……わかんない……」
私も輸送車で行きたい。なぜ駄目なのか? モモンドさんらに交渉中である。
話しをしながら私が地味に腹を庇って丸まり始めたことにトウマが気づき、横になれと促され、また明日とトウマは管理所に戻っていった。
うがいだけして自分の寝間着に着替えると、この着慣れたヨレヨレが一番安心する。
ベッドに横になってほうっと息を吐いて、ハッと思い出した。
「トウマが成人の何を手配していたのか聞き忘れた!」
アビーさんが私の成人の晴れ着を手配しようしていたのは聞こえてきた言葉でわかった。その後ろでトウマも貸衣裳屋と思しきところに連絡して、何かを手配していたけれどよく聞こえなかった。
待って、二着も三着も借りないよ!
そんなお金……なくはないけど、ないよ! と言い忘れた。
通信端末を手にしてトウマを呼び出そうとして、しばし停止。ぽいっと投げてベッドにダイブ。
明日会ったときに聞いて、何着も手配してそうならキャンセルしてもらおう。
明日は領主館で制服を見られて、見てきて、ご飯を食べたら終わりだ。こっそりと昼食会は緑連豆メニューだと聞いたので、食べ方に戸惑うものは出ないだろう。
そして、明後日は大騒ぎになること必死のチビの初コンサート。それは思い切り楽しみたい。
ちらりと時計を見たらまだ昼を回ったところだった。
夕方まで一眠りすれば腹の痛みも少しは軽減するだろうと意識を手放して寝たのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
感想や評価等をいただけると励みになります。
(2025年3月28日時点)引き続き、家族看病の事情で更新の間隔が空いてしまいそうです。更新頻度が落ちて本当に申し訳ないです。頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!