55.助け合っていこう2
誤字脱字・誤変換などの校正が甘いまま公開したので、あとで見直します(2025/02/07 15:32)。
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ニット先輩に山小屋を使ってほしいと提案したあと、人工森林の動植物生態調査の手伝い中にニット先輩から私の提案を二人に受け入れさせたいと連絡があった。
「アイツの奥さん、真面目っちゃ真面目なんだが、よくない方向にハマっちまったな」
「あんまりやいやい言うのも逆効果だったりするからな」
今日一緒の伐採班の方々は育児経験者が多く、職員寮の部屋が近い人もいてニット先輩夫婦の心配をしていた。
確かにエバンスくんはよく泣くそうだ。壁や床、天井の防音はしっかりしているけれど、窓はそこまで防音が強くないので、たまにかすかに聞こえてくるのは事実。
だけど、赤ん坊の泣き声は生きている証しだ、伐採班の職員さんがいう言葉に頷いた。
ついこの前、エバンスくん連れで売店に買い物に来たりしたのに、奥さんはまたエバンスくんを外に連れ出すことに躊躇って閉じ籠もっているようだった。
そんな事情もあって、ニット先輩は伐採する人工森林の動植物調査を手伝う間は、エバンスくんを背負って連れてきてもいいかと相談したのだろう。前々から連れてきてもいいとは言ってあった。
山小屋で過ごす二日間、まわりを気にしないで気を緩めて過ごしてほしいと願って、その日の夜はスライム監視の下、私なりにしっかりと掃除した。
翌朝、約束通り朝食前の時間にニット先輩たちが来たのでみんなで山小屋でわいわいと朝食。
リーダーとサリー先輩も朝から来てくれた。
キョロキョロとまわりを見ることに大忙しのエバンスくん。「あー! だー! おー!」と、あれこれと指して大興奮だったかと思えば、ふえふえと泣き出す。
どんなに泣いても山小屋のまわりに人はいない。私とリーダー、サリー先輩が気にしなければいいこと。エバンスくんが泣くのは病気ではないと聞いたので、泣き喚きを落ち着かせるのはニット先輩夫婦に任せて、わざと半分無視して朝食優先。
ニット先輩の奥さんには、すぐそこで乳児が泣いているのに一向に気にしないように見えただろう。私たちのあっけらかんとした姿に驚いていたけれど、心配していないわけじゃない。
「お腹が空いたわけでもなければ、オムツ替えでもない、熱もない、どこか痛いということでもない。そうなると気分がむしゃくしゃして泣いているってことになるじゃない? そうしたらもうね、泣き疲れるまで泣かせておくのも手だったりするわ」
サリー先輩がもぐもぐと食べながらニット先輩の奥さんに肩を竦めて言う。
他の人からも何度となく言われているだろうし、子育て経験のない私とリーダーは、エバンスくんの泣き声を気にしない態度を見せるだけ。むしろ、エバンスくんが泣いていても、よーしよしよし、あの変な葉っぱはなんだろねー? などと、楽しげに声をかける。
子どもは周囲の雰囲気に敏感だ。私はゴードンとヘンリーと接していてそう思ったことがある。
近くの大人たちが不安気なら、子どもにも不安が伝わる。
「もしかしたらサ、エバンスくんはニット先輩の奥さんの不安を感じて泣いているんじゃない? お母さん不安なの? ボク悲しい! なんてさ。こんなこと言うあたしに子育て経験ないんだけど!」
昨日、解散する前にまたみんなで雑談をしていて、そう言っていたのはモラさん。何人かがそうかもなぁと言っていた。
とにもかくにも、病気ではないなら平然と構える。不安は伝染しちゃうものよ~とサリー先輩からニット先輩と奥さんに話してもらった。サリー先輩の言ったことも他の人からも言われているだろうし、ニット先輩はそうだよねと頷いていたので、あとは見守る。
昨夜、預かっている妖獣たちで山小屋の周辺を走り回っていた組は、チビの塒で宴会じみたことをしていたようで、みんなして睡眠不足。何を飲み食いしていたのか、答えてくれないとしても聞かないとならない。事情聴取は牧場の餌場でやることにした。
リーダーが乗ってきた小型車両の荷台に半分寝ている妖獣たちを載せて、チビも眠いーと言っていたけどオニキスが自業自得だろう! と、蹴り飛ばして連れて行く。
「ニットは落ち着いたらでいいから、仕入れチェックしてくれ。発注した何か、納品が遅れるって通知だけは見たんだが。帰る妖獣の分ならキャンセルでいい。判断は任せる」
「わかりました」
「ンッぼぼおー」
「はっはっは! 急にご機嫌になったな」
チビたちが来る前に泣き止んだエバンスくん。泣き止んだら元気いっぱいだ。
私の寝室と苔の部屋は施錠したけれど、他は好きに使っていい。昼前後に小雨の予報があったけれど、それ以外はいい天気だから外でバーベキューもできるだろう。
どうか気を張りすぎないでほしいと思いながら山小屋を出発した。
スライムは寝床のボウルに入ったまま牧場に連れてきた。
スライムの寝床ボウルの横に籠があり、中途半端な乾燥具合の草が入っていたのでそれも持ってきた。用意周到。昨夜トーマスの牧場に行くこともニット先輩たちが泊まりに来ることも言った。やっぱり私の言葉を理解していると確認した。
スライムは牧場の離れの厨房にいてもらう。
いそいそと草を並べだしたので、逃亡することもないだろう。
勝手知ったる牧場の母屋。
玄関で靴を脱いでマドリーナの寝ている部屋に行こうとしたら、ゴードンが出迎えに来てくれた。
「おかあさん、またたおれたんだよ! リリカ姉もおこってね!」
「えー、あー、うん、わかった、怒ってくるね」
起きて早々の時間にマドリーナが倒れたのは、トーマスとマドリーナ本人からも連絡があって知っている。悪阻の気持ち悪さだから仕方ないが、ゴードンとヘンリーの目の前でヘナヘナと床にしゃがみ込んでぐったりしてしまい、それを目撃した二人に心配され、泣かれ、怒られ、朝からなかなかの喧騒だと連絡があったのだ。
ドスドスと足を踏み鳴らして愚痴るゴードンの姿は微笑ましい。母であるマドリーナが心配で仕方なくて怒っているのだもの。
ゴードンはヘンリーが「にいー!」と呼ぶ声にハッとして走って行ってしまったが、マドリーナが悪阻で動けなくなってから積極的にヘンリーの面倒も見ているのも通信で知っている。いいお兄ちゃんだねぇ。
「聞こえた? ゴードンがめちゃくちゃ心配してるよ」
「聞こえたわ。ふふ、甲斐甲斐しく世話してくれるのよ。あのやんちゃが!」
悪阻を改善してあげられることはなく、まわりはただ寄り添い、つらいときに必要なものを用意してあげるくらいしか助けられない。それがもどかしい。
救急搬送されてから数日間は落ち着いていたマドリーナだったが、食べ物の匂いが気になり出したら、あっという間に悪阻の気持ち悪さに打ちのめされる日々に陥っている。
通信と通話の両方で愚痴愚痴と悪阻の文句は受け取っていたけれど、私もトウマとのことを鬱々考えていて心に余裕がなく、聞くだけ聞いて会えていなかった。
少し私の心が浮上したタイミングのときに予防接種を受けてから見舞おうと決め、来るのがちょっと遅くなってしまった。
ベッドに体を預けているマドリーナの顔色は悪くなくてホッとした。
「これ、チイの葉。チビからのお見舞い」
「わあ、いいの? 許可いるんじゃない? うわあ、乾燥しているものより香りがいいー!」
私がマドリーナのところに泊まりに行くと知って、昨夕にチビがバビューンと飛んでチイの葉を採ってきてしまった。
チイの葉は市場流通に制限がある。私の故郷のシシダでどう見たってわさわさ生えていて放置されているような群生地もあれで管理されていた。
これまでオパールたちに使う分は人への利用ではないので毟りすぎて枯らさないなら自由だったが、マドリーナのためにチビが採ってきてしまった分は、リーダー経由で上層部にお伺いを立てた。
少々揉めたそうだが、誰彼構わず欲しがられても困るのは事実。妖獣自らが動いて齎される好意は受け取るが、その都度、事柄に応じて注意しなければならない。
私とマドリーナ、チビの関係性から今回は許可に至ったが、チビとはしっかり話し合った。
今回、チビは何も考えずにチイの葉を採ってきてしまった。
出張中の所長の代わりに話し合いに来てくれた所長代理とともに、チビに無闇にチイの葉を採ってきたら駄目だと諭し、チビも言われて「確かに誰彼構わず強請られるのは嫌だな~」となったが、急に「ひらめいた!」と言って理由付けされたのが、街デビュー時の自画像描きの際に牧場で私に隠れて絵の練習をしたお礼だと言い出した。
ひらめいた! と声に出すのはいかがなものか。
だいたい街デビューのあれやこれやに関しては、なぜ私に隠れてやっていたのかから話し合いたい問題なのに、「リリカに言うと反対されっから、所長も隠れてやろうって言ったしー」と答えられた。所長……っ!
後付けのこじつけであっても、チビがマドリーナにチイの葉を届けたい気持ちに嬉しくはなった。でも、それはそれで、これはこれと分けなくちゃならないこともある。最終判断は所長代理に丸投げした。
マドリーナの悪阻の愚痴は私宛にくる通信と通話でチビにも筒抜け。
人の顔の大きさはあるチイの葉一枚を大事に管理すれば三日は持つ。その後はしっかり乾燥させてポプリにできる。瑞々しい葉の香りで落ち着ける日は食事も少し多めに摂れるかもしれないし、一週間ごとに一枚として、短くて三週間、状況によって長くても六週間は助けたいと提案された。
所長代理も長いこと唸っていたが、最終的に許可となった。
オパールたちが妊娠しているとわかってから結構毟った気がするのでチイが枯れないかと心配したけれど、採集するのは大きくなりすぎている葉を選んでいて、まだまだわさわさに茂っているし、もちろん枯れそうなら採らないとも約束してくれた。
マドリーナには包み隠さず話した。
チビの気持ちはしっかり伝わって、元気になったらいい生き餌を獲りに行くと言われ、私は討伐班の仕事を奪うなと笑い返す。マドリーナは討伐班にいたことないと聞いているのに狩猟が上手い。
「ところで何もかも駄目だって言ってたけど、何食べてるの?」
「そう愚痴ったけど、『今ならいける!』ってときに口に詰め込んで食べてるわ。だけど食べると吐きそうになっちゃって多く食べれないだけ。ほんとさあ、美味しいはずの匂いが尽く気持ち悪くてて悔しいっ」
マドリーナはなかなかつらいことになっていた。何かを食べたいと求めるのに、嗅覚と胃袋が拒否してしまう。
悪阻中でも何とか食べられそうなイメージの果物類も甘い香りが強めだと駄目で、香りがほとんどないものはだいたい甘くなくて、甘くない果物はそう美味しくもない。美味しく食べられないつらさ。そりゃストレスも溜まる。
チイの葉の香りは悪阻の気持ち悪さを軽減すると聞くけれど万能ではない。
マドリーナの気分転換となるようとにかく雑談に付き合った。
しばらく話していたら、マドリーナが「今ならいけそう!」と、ベッドサイドの棚にあった携帯補助食品のブロッククッキーを齧り、水で流し込むように飲み込んでいるのをハラハラと見守ったら、予想どおり気持ち悪いと言い出し、吐かなかったけれど落ち着くまで酷くつらそうだった。
「少し寝るわ。落ち着いたらシャワー付き合ってもらってもいい?」
「もちろん」
マドリーナのあんな姿を見てしまうと医務室管理の看病専用の部屋に入れてほしくなるけれど、そうなっていないのだから駄目なんだろう。
マドリーナが寝ていた部屋から出て、わいわいとしている声の方向に行けば、台所兼牧場従業員食堂にトーマスとゴードン、ヘンリー、クララさんがいて、これから作るものの材料を用意していた。
ゴードンたちには聞こえないようマドリーナの様子をクララさんと話したら、あれならまだいいほうだと言われて、これまで妊娠中の人の世話をしたことがない私には衝撃だった。
本当に危うければ、有無言わさず下の街にある大きな病院に入院だと、その経験があるクララさんの言葉は重かった。
マドリーナは人と話しているほうが気分転換になるタイプなので、雑談できるといいらしい。
よし、私はマドリーナのストレス発散の愚痴聞き要員を頑張ろう。
マドリーナが悪阻の酷さで台所に立てなくなって以降は、トーマスや牧場の従業員さんたちが交代で食事の用意をしているが、その中で失敗して作っってくれと強請られたものが一つ。
「あまだれだんごー!」
「だんおー!」
ゴードンとヘンリーがやる気満々。
マドリーナからもゴードンとヘンリーが食べたがっているからと頼まれ、ゴードンとヘンリーに強請られて甘ダレ団子作り。
甘ダレ団子そう難しいものではないと思うのだが、何をどう失敗したのか。
クララさんは醤を使うのは始めてだと言って興味深げ。
売店の惣菜などを作る調理チームに勤務していたクララさんは、材料とざっくりとした作り方を告げたら想像できたみたいで、ゴードンとヘンリーの補佐をしてもらう。
ヘンリーは米粉を溶いた生地をぐちゃぐちゃと捏ねて遊び出してしまい、なかなか団子にせず、何度もゴードンが教えて叱って、どうにかこうにかヘンリーが食べる分の歪な塊が出来上がった。
ヘンリーが何かしでかさないかと横でサポートしていたトーマスの服は米粉で白い模様がたくさんできたし、木目の床も素晴らしい白さになったが何事も経験。
クララさんも甘ダレをじっくり味見して、再現できるように舌に味を教え込んでいた。
「リリカさん、フォレストサーペントの甘ダレ焼きも教えてほしいけどいいかしら? マドリーナに聞いて私も食べてみたくて」
「それなら今日の夕食前に時間がとれたら作ってみませんか? アレンジすれば肉にも使えます」
「お願いしたいわ! だったら夕飯は甘ダレ焼きね!」
夕食が決定。トーマスが冷凍保管しているフォレストサーペントの肉を出すよう従業員さんに伝えたら歓声があがった。
クララさんは料理の手際が見事なので、甘ダレもすぐに覚えて、他の料理へのアレンジも思いつくだろう。
甘ダレ団子を昼までの補食にしてから、昼食はクララさんに任せて私はゴードンとヘンリーと遊んだ。
兄としてヘンリーに接するゴードンの姿は頼もしい。
私がリャウダーに行っていた際に、泣いて引っ付き虫になったのはついこの間のことなのに、随分と大人びた顔付きも見せるようになっていて、博物館の案内役の仕事を経験して一回りも二回りも心が成長したように思う。
ゴードンは私になかなか会えなくて博物館でのことを話せなかったとえんえんと話してくれたり、ヘンリーが突然さかなのうたを歌い出し、ゴードンとともに踊り出したり。
昼食はマドリーナは同席できなかったが、従業員さんも一緒で物凄く賑やかだった。
牧場泊まり二日目は妖獣世話班の仕事もあってマドリーナと多くはいられなかったけれど、朝夕に一時間は雑談した。顔を合わせて話せるのはやはり違うようなので、明日以降も妖獣の餌の時間に数分でも顔を出そう。
ときどき離れの厨房にスライムの様子を見に行ったが、姿が確認できなくてもパッと見て悪さをした形跡はなく、調理台に草を並べて踊っていたのを見たときはそっと母屋に帰った。
謎茶四号の誕生も近そうだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
執筆開始から場面に記載不足が多々ある作品と自覚と反省をいたしておりますが、まずは完結することを目標に書き進め、完結できたら各話の記載不足等を補おうと思っております。
たまに活動報告も記しております。お時間があればご確認をお願い申し上げます。