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53.滲んでいた不安

感想や評価等をいただけましたら、とてつもなく嬉しいです。


 マエルさんとの面会はリーダーとシード先輩、私の三人で、マエルさんと会ったら足を怪我して縫ったといい、なおかつ骨折もしていて車椅子だった。何があったんですか?


「息子と格闘技ごっこして投げ飛ばされまして。受け身を取り損ねた挙げ句、家具の角にぶつかってこのザマです。あはは」


 テレテレと後頭部を掻きながら言うマエルさん。決して痩せているとは言えないマエルさんを投げ飛ばしたというなら、なかなか立派な体格の息子さんなのだろう。

 結婚したときにマエルさんの奥さんの趣味で買ったどっしりガッチリなアンティーク家具には傷をつけなかったから、妻に愚痴愚痴と言われなくて済んだと笑い話のように怪我の経緯は教えてくれたが、セイと付き添いの同僚の方が奥さんの代わりのように怪我したことを叱っていた。昨日から怪我の経緯を話すたびにこの調子らしい。

 しかし、せっかくの帰省だったのに怪我したことで家にいても邪魔になってしまうと上官や同僚に状況報告を兼ねて相談したら、上官から戻ってきて事務仕事をしながら療養せよと、大きなため息を吐きながら提案してくれたという。

 車椅子とギプスで固められた片足で見た目は痛々しいものの、入院するほどの大怪我ではないという。マエルさんもシャーヤランの街の観光をしたかったこともあり、こちらに戻ってきた。あと数日間は休暇でこれから下の街に観光に行くととてもウキウキ。車椅子だが同僚数名と一緒に繰り出すなら何も問題ないだろう。


 セイの菜園の助っ人期間は契約通り、緊急発着場に逗留している空軍が基地に帰還する予定と合わせて終わってしまう。最初のときの水草の浮かれ食い以外は問題ないどころか、優秀すぎて助っ人期間が終わるのが残念でならない。

 セイは残る期間、温室で土壌づくりなどの学びに費やすという。そしてチビがコンサートをするときはセイ一匹でもシャーヤランに戻って来たいと駄々を捏ね、マエルさんも同僚の方も苦笑いだ。つられて私たちも笑ってしまった。


 チビの初コンサートは陛下がいらっしゃる期間中に実行するけれど、公に発表すると大混乱を招きそうなので、サプライズイベント的に進行している……と、なぜかリーダーとシード先輩が詳しく話していた。

 チビの歌手デビューのこともコンサートのことも私は戦力外で蚊帳の外。すでに話しについていけない。いったいどこまで話が進んでいるのか。

 緊急発着場に逗留中の空軍の方々はチビの歌手デビューのことはシシダの行き来の際にバラしてあるので黙っていただいているが、そりゃもう大笑いされている。初コンサートまで逗留できないのが残念だと言われてしまった。

 空軍の方々には伯父のことでシシダまで連れて行ってもらえて、チビのシシダでの食事でもだいぶお世話になった。

 あとでチビをつついてどんなことになっているかを聞いてみて、緊急発着場でリハーサルを兼ねた公演ができないかと言ってみよう。


 マエルさんを迎えに来た人の中には、シシダでの遭難救助後調査でお世話になった軍人さんもいた。私を見てサムズアップの挨拶をしてくれた。

 セイもマエルさんの上着の中に潜り込み、隠れて観光してくるとついて行った。シャーヤランの領都は数百年前の建造物のまま、商店などに活用している場所が数多くある。建造物を見て回るだけでも楽しいと思う。いってらっしゃい。


 その後は妖獣世話班の他のメンバーと合流して売店で昼食にする弁当類を買い込み、山小屋に移動。

 秋に預かる予約の妖獣は中型から大型が多くいて管理所の部屋では対応できない。オパールたち並の大きさの妖獣だと、建物の出入り口の大きさが足りず、部屋に入れない。

 妖獣は雨風の下でも問題ないのだが、費用を頂戴して預かるので、少しでも快適な場所を提供したい。惰眠を貪りたい希望の妖獣も数匹いるので、仮設の小屋またはテントを設置する場所の選定である。


 山小屋の前でチビとフェフェが待っていてくれた。

 今日は預かっている妖獣は少なく、私たちの場所探しにくっついてわいわいと走り回ると言ってくっついてきてくれている。

 第一候補はチビが(ねぐら)にしている洞窟だが、チビは異能制御と歌の練習を毎日のようにしているので静かな環境とは言い難い。チビに練習を我慢させるのもつらいだろうとリーダーもそこは気にしてくれていた。

 オニキスは秋のその期間だけ塒を空けてもいいと言ってくれたが、チビに案内されて行ってみたら、オニキス一匹が寝る広さしかなく、よくこんな横穴に入り込んでいるな? というところだった。前に見に来たときはもう少し大きかったような気がするのだが、異能で横穴を改造したのだろう。オニキスに塒を借りるのは却下になった。


 普段預かっている小さい妖獣たちで、とにかく動き回ってリフレッシュしたいタイプの妖獣たちは、遊び回ったあと山小屋に来る途中の昔の段々畑で休憩してもらっている。雨風を防ぐ箱型の小屋や小さいテントを設置してあるが、大半が夜空の下で寝てしまう。

 この場所に大型の妖獣が数匹となると狭いものの、大型のテントを設置できなくはないので一応候補地になった。


 仮設の小屋をドンと置いて、空調管理もある空間を用意できればいいのだが、管理所近くは新しく作られた休憩所と温室群が建ったためにいい場所がない。

 菜園で土休めしている場所は好きに使えと言ってもらえたけれど、管理所からとても遠い。

 トーマスの牧場の山小屋に近い場所も候補地ではあるが、あの場所は討伐班や伐採班の小型船の臨時発着でちょこちょこ使うため、仮設の小屋を置くことに反対の声が出て使えない。

 私が住んでいる山小屋の周辺には、私が来る前は他にも家屋がいくつかあったと聞いている。リーダーが仮設住居を置いた場所がその一つで、地下に生活排水設備が残っていたからすぐに住めた。その他の場所は取り壊して山に戻してしまったので、草だけでなく木が生えていてすぐに仮設の小屋などを建てられる環境にない。

 管理所の敷地はこんなにだだっ広いのに、なかなか仮設の小屋を設置できるところはないものだ。


「オパールたちの場所って思ったより平らじゃないんですね」

「そうなんだよなぁ。候補には挙げておいたが、おーい、ニット、気をつけろよ」


 ニット先輩がオパールたちが寝床としている場所を慎重に歩く。草で正確に見えない地表はデコボコで、最初の頃、私とリーダーはオパールたちの世話で何度も行き来して何度も転んだ。

 リーダーの別荘を撤去して妖獣を寝泊まりさせる仮設小屋を置くのも案に挙がったが、別荘となっている仮設住居をいつ動かせるのかは仮称研究職員村の開拓次第。私たちだけでは確定できない。


「オパールたちのところを整備しても四匹くらいか」

「ゆっくり寝たい希望の妖獣なら、空間も取ってやりたいし、そうなると二匹が限界だな。思ったより広さが確保できないな」

「やっぱオレっちの洞窟使うのがいいんじゃない?」

「チビ、歌の練習我慢できるか?」

「うぐぅ、我慢するよー」


 シード先輩とリーダーが預かり予約数を確認しながら話している間に、チビが再度申し出てくれたけど、私はチビが我慢できる気がしない。

 だって初コンサート前後だよ? 絶対気持ちが昂ぶるよ?

 それにチビが塒にしている洞窟を借りるとした場合、寝ている妖獣たちの様子を見に行くのに、私たちは毎回ロープ梯子で崖登り。

 正直に言おう、面倒くさい。

 私の心の中の思いはサリー先輩とルシア先輩も同じだったようで、菜園が土休めをしているところは距離はあるけれど、仮設小屋を建てるならそっちがいいと推した。遠かろうが車両や浮遊バイクでひた走ればいいだけのほうが楽だから。


「あ、そうだ! モラが開拓をし始めたっていう、あっちの場所も見に行きましょうよ。開拓の進捗次第で場所を使っていいって聞きましたし」

「そうだよね。管理所からもリリカの山小屋からも近い。あの場所の目隠しで植えてある木をさっさと撤去してもらえばいいのでは? 今日も伐採班とオニキスが行ってますよね?」


 サリー先輩とルシア先輩がリーダーとシード先輩に畳み掛けていく。

 とりあえず昼を食べて休憩。それから見に行くことになった。


 山小屋に戻って居間に男性陣、台所のテーブルに女性陣と分かれて座わり、フェフェはウッドデッキのテーブルの上。チビはウッドデッキの向こうに蹲った。

 まだまだ夏のシャーヤラン。動き回ってきたのでみんな汗だく。空調を強めに入れたら、フェフェが異能で居間とウッドデッキの間に空気のカーテンのようなものを作り上げてくれて、窓を開けて中と外でも会話ができるようにしてくれた。

 全員に謎茶三号を披露。リーダーだけ淹れ方間違いで苦かった味を知っているが、他のメンバーはそれを知らない。シード先輩がこれいいなと言っていたので何かに疲れているんだろう。後で分けますね。


「スライムは今日はどこだ?」

「さあ? あ、開拓のところかも」


 シード先輩がシンクの横のスライムの寝床のボウルを指して聞いてきたが、山小屋の掃除または掃除の監視監督をしていないときのスライムの所在は不明。今は謎茶作りに勤しんでいるので、きっと外にいるのだと推測はつく。

 モラさんが開拓指揮を取る場所でのスライムの様子を話すと、みんなして何とも言えない顔になった。


「薄々思っているんだけど、あのスライムはスライムの姿の新しい生物だよね……」


 ニット先輩の言う通り、私もスライムとは? と何度も思った。

 一般的に知られているスライムはそんなに知能の高い生物ではない。そこまで攻撃的でも好戦的でもなく、今のところ山小屋に棲み着いたスライムは人に怪我を負わせることはしたことはない。いろいろと物はやられたが。


「あのぉ……、妖獣が(ひそ)むときに異能すらも隠して化けるのを思い出したんです」


 浮遊バイクの中級ライセンス訓練中の雑談で、コロンボンさんにチビとの出会いを話したので思い出したことがある。

 チビがクサムラトカゲの姿だったとき、森から持ち出すものとして鑑定された。そのときの結果は『死にかけのクサムラトカゲ』だったのを思い出したのだ。

 妖獣世話班のメンバーもこの経緯は知っている。

 そう言えばそうだったなと思い出してもらったら、私と同じ考えに行き着いてくれた。


「え? 妖獣が化けているっての? スライムに?」


 ルシア先輩が驚いて発した言葉。

 そう、なぜもっと早くこの推測にたどり着かなかったのか。

 チビもクサムラトカゲに化けていた。

 スライムに化ける奇特な妖獣がいないとは限らないのではないか、と。


「フェフェ」

「あのなー、鑑定してもわからんからな。わしたち妖獣が何か事情があって化けて潜むときは化けた生物になりきる。魔物と人と植物と昆虫にはなれぬけどな。スライムはわしらからすると魔物とは区分されておらん。だから、まぁ、化けられなくはないが、わしなら化けんな」


 リーダーがフェフェに呼びかけたら、まだ問うてないのに答えられた。

 フェフェは珍しくシュークリームではなく干し肉を齧っていて、チビは昼は摂らずゴロリと転がっている。


「オレっちがクサムラトカゲだったのは、前の姿で疲れちゃうことがあって、次の姿は何にするかって考える間、しばらく静かに生きるか〜って世を忍ぶ仮の姿で化けたんだけど。はっはー、死にかけるとは思わなかったな!」

「毒キノコを食うなんて馬鹿をするからだろう」

「あれはまいったねー。美味しくもなかったんだよねー」


 小さなトカゲだったチビを介抱した私は「死なないで!」と切羽詰まった日々だったのだが、チビのほわほわした要約だと危機感がなさすぎてドッと気が抜ける。


 チビやフェフェ、オニキス、キィちゃん、今は亡きゴゴジもあのスライムについては実は何度も鑑定したという。結果はスライム。オパールとフクロウたちも協力してくれたがやはりスライム。


「仮に妖獣が化けているとしても、わしらの結果は正しいことは正しい」

「うん。『妖獣だとバレたくなくて化ける』からねー」


 何かの生物に化けている妖獣自身から、実は妖獣だとわかる異能の信号のようなものを発してくれないと妖獣同士でもわからないという。

 あのスライムは今のところの大きな悪さはしないから引き続き様子を見ていくしかないけれど、私の推論は管理所とスライム研究に協力してくれた関係者に共有しておきたい。

 スライムとして観察するには異質すぎるのだ。スライムが草を選定して茶葉にするのもおかしい。どう考えてもおかしい。

 この話をしたのは次に提出するスライムの観察レポートに「もしかしたらスライムではないのでは?」という爆弾考察を書いたから。

 リーダーに提出する前に感触を知っておきたいと思い、ちょうどよかったので雑談に出した。

 別のレポートに書き直すなら、せめてあと二日は欲しいです!


「……先に話してくれて助かった。所長と部長が頭を掻きむしりそうだな」

「このまま提出でいいですか?」

「あー、まあ、わかった。読んでみよう」


 発光苔の繁殖の観察レポートを書いたので学院のチャルデン教授に添削を受けている。発光苔のレポートは、チャルデン教授の研究室経由でシャーヤラン管理所の研究部に報告が入るので、この二つで研究職員として一定期間で納めるレポートはクリアだと思いたい。


 昼食を終えて腹休め。

 順にトイレ休憩を取ったら出ようとなったとき、サリー先輩が私に向き合うように座り直した。


「……ねえ、リリカ。このメンバーだから聞くけど、あれから伯父さんのことで報告きた?」


 瞬間、顔を(つくろ)えなかった。

 妖獣世話班は全員私が伯父を助けるためにシシダに向かったことを知っている。

 この数日間、誰にも言えないで不安ばかりの気持ちが一気に湧き上がってしまった。


「ごめん。何もないのね」

「……はい……」


 シシダから帰って一週間あまりが過ぎたが、事件のその後のことについて何も聞かされていない。

 リーダーも俺の立場でも何も聞こえてこないとポツリと教えてくれた。


「……あのね、トウマにリリカに何かあったのかって聞かれたの」

「実はわたしも。チビのことで振り回されてるから疲れてんじゃない? って言っといたけど。フッと表情が陰るからって。また誰かに嫌がらせ受けてないかって心配しててさ。リリカのことはよく見てるわね、あのオトコ」


 サリー先輩だけでなくルシア先輩もトウマに尋ねられたという。

 私が隠しごとしているのをトウマは感じとっていたんだ。


「事件のことトウマには言ってないのね……。そっか……」

「トウマに言う言わないはあたしらでは何とも言えないけど、あー、何て言えばいいかな。アイツ、リリカのことは真面目だからね。それは信じてやって。あたしが言うのも変だけどさ! って、ごめんー、泣かないでーって、違う。好きなだけ泣いちゃっていいよー!」


 向かいに座っていたルシア先輩が立ち上がって横から抱き締めてくれる。隣りに座っていたサリー先輩も片側から抱き締めてくれた。

 しばらく二人の温かさのなかで泣いてしまった。


 シシダに向かう前のあのときは迷いがあって、トウマに言わないと決めた。

 私とトウマは本当にお付き合いを続けていくのかという漠然とした不安。トウマがトウマのことを自ら私に話してくれないのはなぜなのかという疑問。トウマに聞いたら、教えてくれるのか、拒絶されるのか。信じてもらえていないなら悲しい。

 あのときはそんな思いがあった。

 今の私はトウマの前で不安を隠して繕いたくない気持ちになっている。


「考えすぎて煮詰まる前に愚痴でも吐露でも何でもいいから相談してね。答えをあげられないかもしれないけど聞くだけはできるから」

「……はい……」


 メイリンさんとサリー先輩にテルフィナのことを相談した際に、ルシア先輩のことをお節介が空回りしてかき回しがちなのが難点だと言っていたけれど、ルシア先輩本人に悪気はないのだろう。いい人だけど相談者には向かない、と零していた。

 けれどさっきルシア先輩が言ったトウマが私に対して真面目に向き合っているという言葉は、温かな日差しのようだった。嬉しかった。自分で自分に課していた強張りが溶けた感覚がした。

 ルシア先輩がどういうところでトウマをそう判断しているのかはわからない。けれど、大きな後押しだった。

 のろのろと見渡せばリーダーもシード先輩もニット先輩も小さく頷いてくれた。


 まだ躊躇う気持ちがあるのも事実だけど、トウマにトウマのことを聞いてみよう。

 当たって砕けて別れとなるならそれまでだったということ。

 個人的なことなのに、こんなにも心配してくれる人たちがいる。ありがたさで涙がなかなか止まらなかった。


お読みいただき、ありがとうございます。引き続き、よろしくお願い申し上げます!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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