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50.ダブルパンチ

感想や評価等をいただけましたら、とてつもなく嬉しいです。


 私の予防接種の副反応は微熱とだるさと若干の頭痛と注射を打ったところの腕の腫れ。高熱というほどは熱が出ず、あの夢を見ずに済んだことが私の精神的負担は少なくて、チビもホッとしていた。

 私の中の私のものではない謎の記憶。

 私の人生で知ったものとは似ていて違う生活道具や建築物、調理などがふと頭の中に浮かぶが、それらは大辞典の一ページを眺めている感覚。対して、あの砂の夢は異質で恐怖を覚えてしまう。

 (うな)されなかったことに安堵だ。


 それにしても注射を刺したところの腕の腫れがなかなか厄介で、ごろりと寝返った際に打ったところを地面に押しつけた痛みで何度も起きてしまい、しっかり寝不足。

 数週間前に比べると早朝の外の気温はだいぶ下がった。シャーヤラン領は夏が長くて冬が短いが、真夏ではなくなってきたことを肌で感じる。日が出てきたばかりの時間だがトイレにも行きたくなったので山小屋の部屋に戻ることにした。


「あったかくしてベッドで寝直してね」

「チビもありがとう」

「うん、オレっちも少し寝る」


 チビも私を心配して寝ていなさそうな気がするので、餌の時間も自由だし、何なら休みだから一日中寝ていい。

 寝袋や敷布にしたものたちの洗濯は後回し。ウッドデッキの隅に丸めてドサッと置いた途端にトゲトゲ状態となったスライム。体調が万全ではないから今すぐ掃除はできないとスライムに言ったらトゲトゲ状態から元に戻ってくれた。

 まったく……。このスライムの綺麗好きはなんなのか。私の状況や体調を理解して掃除や洗濯を待ってくれるようになっただけいいとしよう。


 トイレに行ってから、高熱が出たら着替えたりするかもしれないと用意していた服やタオルを持って風呂へ。風呂場に行くまではシャワーにしようと思っていたが、気が変わって湯を溜め始めた。予防接種したのに寒暖差で風邪をひいたらどうしようもない。湯に浸かって温まろうと思ったのだ。


 湯が溜まるまでに粉末スープでお腹の中から温め、買っておいた惣菜を温め直して食べる。

 体がだるくて何もしたくない。注射した部分に服が擦れるだけでも痛い。見ればなかなか腫れていた。

 湯が溜まるまで少しぼんやり待っていたら、妙にお腹も痛くなってきて、まさかと思いながらもう一度トイレに行ったら生理がきていた。何もこんなときに生理が来なくてもいいのに。

 周期が若干ズレている。食事は摂っているし、ストレスかなぁ。


 予防接種後に案内された鎮痛剤は生理痛のときに服用している鎮痛剤と同じ。なので、副反応で頭痛や熱があまりにつらかったら、生理痛で処方してもらっている鎮痛剤を飲んでいいと言われたが、その案内のときに前回処方から追加を貰っていなかったことに医務室の人が気付き、生理が遅れていないかとそっと確認されてしまった。

 普段生理痛でお世話になっている医務室の医師は、そろそろ引退したいと言い続けているお爺ちゃん医。女医さんもいるけれど、私はお爺ちゃん医が合っている。

 管理所に来て早々の私は学院での食生活が酷かったことで生理不順となっていて、その改善からお世話になり、定期的に検査していて今のところ病気はない。生理の痛みがあるときとないときの差が激しいのはストレスだろうと言われている。


「食生活の改善は見えて指導できても、心にかかるストレスは見えないですからね。僕たちには個々の患者の守秘義務があるし、愚痴を言いに来てもいいからね」


 定期的に診察を受けることになったときにそう言われたけれど、今抱えている最大のストレスは伯父のことだろう。これには制約をかけられているから話せない。

 その後の伯父はどうなっているのか、事件への疑問や不明点が残ったままで、詳細を教えてもらえていないことがストレスになっている自覚はある。

 何でもかんでも知りたいわけではないが、わからないという不安。教えてもらえない不安。

 こういうことを今回はお爺ちゃん医に愚痴りたくても愚痴れない。制約縛りがあることのありがたさもあればつらさもある。こればかりは仕方ない。


 ズキリと腹が痛み、だんだんと立っているのもしんどくなってきた。鎮痛剤を服用したが効いてくるまで少しかかる。

 お腹と腰を温めると若干は生理の腹痛は緩和する気がするから早く風呂に入りたい。急激に重たい腹痛が増して、四つん這いで風呂場に向かったらのろりのろりとスライムがついてきた。


「今はいろいろ勘弁してー。体調が落ち着いたら掃除するからー」


 スライムは風呂場までは入ってこず、揺れに揺れていたけどあの揺れが何なのかがわからない。私の体調を心配してくれているのか、私が掃除をするか心配しているのか、どっちだ?

 色々諦めて生理で湯が汚れてもいいやとどっぷり湯に浸かり、逆上せない程度で出た。湯は血で汚してしまったので流し、髪を洗ってシャワーで全身もざっと洗う。


 湯で体を温めたのがよかったのか歩いてキッチンに戻れば、スライムが保冷庫を開けて何かを探っていた。本当に器用。うようよと動いて出してきたのは生姜湯を作ったときに摺りおろした生姜の残り。

 あの揺れは私の体調を心配してくれたのか。じーんと嬉しくなった。


「ありがとう。お風呂は後で洗うし、洗濯も後でする。今はとにかく休みたいから散らかっても怒らないでね」


 ブヨン。


 ズルズルとウッドデッキの方向に向かっていくスライムは、刈り取ってきた薬草や香草の乾き具合を確認しているようだった。

 今まで隠れてどこで草を乾燥させていたのか不明だが、とうとう隠さずウッドデッキに出られる窓の近くの床に並べられた。あの場所は居間とウッドデッキの行き来の場なので、草干し場にされるのは困る。この副反応と生理痛が落ち着いたら、違う場所に変えてほしいと交渉せねば。


 湯に摺りおろし生姜を溶かしてはちみつを加えた生姜湯を飲みつつ、腹痛が落ち着いている間に少し食べておこうと、さっきの食べ残しの惣菜と焼き飯握りを温め直して食事は終了。歯を磨いてキッチンは簡単に片付け。スライムも怒らないので寝させてもらう。


 高熱にならなかったのはよかった。鎮痛剤は飲んだし、一階と二階の行き来はできそうなので食べ物類は持たず、湯を入れたポットとカップを持って二階の部屋に行き、すぐさまベッドに潜り込み。注射した腕が上になるように横になれば、夜にあまり寝られなかったこともあってすぐに寝入ってしまった。


 起きたのは昼前だった。

 何かの音で起きたが、すぐに山小屋の近くで蔓植物にぶら下がって遊びだした妖獣たちの声や音だと気がついた。サリー先輩の声も聞こえる。

 あれ? 私が休みの日は山小屋周辺ではなく、泉の向こう側で妖獣たちを遊ばせるのだが、こっちで遊びたいとなったのかな? 大運動会となって大騒ぎになろうが気にしないで休ませてもらうけど。


 それにしても起きようとしているのに、体が酷く重たく緩慢な動きに自分で驚いてしまった。こんなにだるくなるのはどれくらいぶりだろう。

 汗でしっとり濡れていた寝間着を着替えて一階のトイレへ。こういうときだけトイレが二階にもほしいと思ってしまう。

 玄関を半分開けて外を覗くと、小さい妖獣たちは昨日と同じく蔓植物で木々の移動をして遊んでいたが、数匹はしゃがみ込んでいる男性を後ろから囲んでいた。誰?

 しゃがみ込んでいる男性のすぐ横にサリー先輩がいて、山小屋の玄関を開けたことで私が顔を出したのに気がついてくれた。


「リリカ、大丈夫……そうじゃないわね」

「ものすごいだるいです。熱は高くないのでどうにか動けてますが、何かあったんですか?」


 しゃがみ込んでいた男性がサリー先輩と私の会話の声で立ち上がって振り向いてきた。しゃがみ込んでいる後ろ姿は細身の男性の体つきだと思ったが、表情にまだ子どもらしさがあるサリー先輩の息子さんのダイランくんだった。誕生日はいつだったか忘れてしまったけど十二歳か十三歳。前に会ったときより確実に背が伸びている。


「ダイランくんお久しぶり」

「……お久しぶりです」


 ボソボソっとした返答だったけれど挨拶が返ってきた。たまにサリー先輩が反抗期で困っているとぼやいているけど、今日は親子でどうしたんだろう?

 そう思ったら、リーダーの別荘の方向からダイランくんと同年代くらいの少年ともう少し歳下の少女が男性職員二人に引率されてやってきた。

 何? 何? 何?


「ダイランやこの子たちは許可を取って連れてきているし、あっちの()()を借りてるからリリカは寝てね」

「はあ」


 ボケっと声を返したがズズンとお腹が痛くなり思考停止。鎮痛剤を飲んで一休みすると多少は腹痛が緩和するのに今回はまだ痛みが強い。


「ほらほらさっさと寝なさい。この子たちは課外授業の特別補講なの」


 あー、課外授業の特別補講。

 詳しく聞かなくても何のことかわかった。私もシシダの学校にいた頃に受けたことがある。

 つい先日までダイランくんはサリー先輩ともども風邪で寝込んでいた。その間に受講しなければならない課外授業があっただろう。元気になって早々にその補講をしているのだと理解した。


 特別補講は保護者または保護者が認める者で学校が許可した大人による補講。

 私もシシダにいた頃に体調を崩して課外授業を受けられなかったときがある。父を指導者として特別補講してもらったが、課外授業の内容は山で見かけるキノコの毒性を学ぶことだったはずなのに、なぜかニワトリの解体をさせられたからよく覚えている。

 ダイランくんのしゃがんでいた場所にはスライムがいて、ボウルを逆さまにしたような姿のスライムに何本も草が刺さっていた。何してんの?


「……何度も言うがこのスライムだけが規格外だからな」

「……普通はスライムを見たら逃げろ。危害を加えなければ襲ってくることはまずないが、溶解液にかかると最悪骨まで溶ける」

「はい」

「ハイ。山小屋にいるスライムは特別も特別だってお父さんもお母さんも言ってました」


 二人の子を引率していた男性職員さんは討伐班在籍でご挨拶したことがある。一般的なスライムの危険性を説明しているけど、その近くで頭に草を生やしてブヨンブヨンと揺れ踊っているスライムがいる光景だと説得力はない。

 以前にゴードンたちが入り浸っていても問題がなかったスライムなので、管理所職員間ではほぼ危険度のない生物と見做されているが、やはりスライムの溶解液は酷く危険なのだ。

 続いて聞こえてきた言葉からどうやら動植物の課外授業はおまけで、泉の先にある小さな崖でロッククライミングの実習が本命らしい。

 ロッククライミングは森林フィールドワークに参加したい場合は必須となる内容。泉の先の崖にはロープも張ってあるし、初心者の実習にちょうどよいのだろう。

 室内ボルダリング練習と実際の崖はずいぶん違う。

 三人の子どもたちが実際に将来どういう職に就くかは未知数。やりたくなさそうな気配の少女の雰囲気に笑いを噛み殺してしまったが何事も挑戦するのはいいと思う。


 リーダーの別荘に着替えなどの荷物を置き、昼食を摂ってから出発するという。

 疑問が解消したので私はまた寝よう。

 腹痛のせいか食欲がない。さっき寝汗で着替えたことを思い出し、水分補給は多めにしないと駄目だと保冷庫を開ける。買ってきておいたフルーツゼリーをのろのろ摂った。あとは粉末スープ。お茶だけよりは多少何らかの栄養を取った気になる。次に起きたときはもう少し腹痛とだるさが緩和しているだろうから、そのときに具沢山野菜スープのパックを温めよう。

 歯磨かなきゃと思いながらもだるさが睡魔を呼び寄せて、床に寝転がりたくなるほど。へろへろと二階に上がり、ベッドに到着したら即座に眠ってしまった。


 寝返りで注射した腕を自分の体の下にして押し付け、その痛みで起きてしまった。なんてこった。

 昼のおやつ時間前。三時間ちょっとぐっすり寝ていたようだ。寝間着にしたシャツとズボンは微妙にしっとり。朦朧とするほどの高熱にはならないが長い微熱もなかなか苦しい。

 シーツの取り替えが面倒だからとバスタオルを敷いていたが、シーツもやっぱり汗で湿気った感じがする。今から少しでも干しておくかと窓を開けたら、とても静か。

 妖獣見守りはルシア先輩が来ることになっていたはずだが、ルシア先輩も一緒になっておそらくロッククライミングの特別補講について行ってしまったのだろう。邪魔していませんように。


 片腕が痛むけれど敷布団と薄手の掛布を干し、着替えて脱衣所に放置していたものもタオルもまとめて洗濯機に入れて起動。

 だるさはあるけど生理の腹痛がだいぶマシだと動きやすい。汗をかいたので水分補給しなければとキッチンの保冷庫を開けて物色すれば、買ってきておいた惣菜を見て空腹を覚えた。腹痛がおさまってきたのでようやく食欲も戻ってきたようだ。

 具だくさんのデミグラスソースシチューの惣菜弁当をあたため、大さじ一杯程度のショートパスタを別で茹でて追加。ゴロッとした具材が入っているのでかなり満腹になった。


 何気なく情報端末を起動してぼんやりと通知を確認すると、いつも通り業務連絡の通知はたくさんあるけれど今日は休みなのでそちらは開かない。

 ぼんやり眺めるように通知を見ていたら、私用通知が一件あった。

 イヤーカフの魔導具通信と連動させていないほとんど使っていない連絡先にきていたもの。

 誰だろうと中身を見たら学院の同じ研究室にいた先輩だった。先輩は粘菌に取り組んでいたのは覚えているけれど、正直接点があったとは言えない希薄な付き合い。だからこっちの連絡先を伝えたんだろう。

 内容はなんてことはなく、学院の研究室の集まりがあるから来ないかという文面。これまでは別の先輩から連絡が来ていたが、幹事が変わったのだろうか?


 横になりたいが布団を干してしまったので寝ることもできない。時間潰しではないが、チャルデン教授に観察している発光苔の生育の相談を送る際に、集まりについても聞いてみることにした。夜か明日には返事が来るだろう。

 ついでにのろのろと奥の苔の部屋に行き、水槽を観察。部屋の温度も湿度も異常なし。個別に設定している水槽内の温度と湿度も問題なし。苔にも異常は見られない。


「あの洞窟に行けるといいな」


 浮遊バイクの中級ライセンスの訓練でコロンボンさんの合格のお墨付きをもらえたのはよかった。

 まだ管理所職員としても半人前ではあるけれど、洞窟に行くのは一つの目標。いつか学生のフィールドワークの引率員を務められたらとも思う。

 まだまだ覚えなければならないことが山積みで、五年、十年の先の夢だけど一歩ずつ進もう。まずは浮遊バイクの中級ライセンスの試験に受からなければ。


お読みいただき、ありがとうございます。

見切り発車で書き進めてきて、とうとう50話目。

ここまで書いてきてもプロットがなく、正直自分でもプロットがないと「あれ?過去話で何を書いたっけ?」となってきて、辻褄がズレていないか心配になってきました(苦笑)。

とうとう自分用のプロットとも呼べないメモを作り始め。

他の小説投稿サイトの感想で「登場人物一覧やプロット集が見たい!」と言ってくださった読者様もいるのですが、現時点では登場人物一覧やプロット的なものを公開できる状態になく……。

そのうち、そのうち、その……う……ち……、ネ(苦笑)。

引き続き、よろしくお願い申し上げます!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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