3.妊婦はつらいよ
オパールたちが妊娠しているとわかって、私とトーマスは急ぎ主要な関係者に集まってもらった。
妖獣が人の知るところで妊娠した例は数件の記録しかなく極めて異例のこと。騒然となった。
真っ先に妖獣世話班のリーダーに連絡を入れたら、リーダーから上層部の招集に動いてくれて、どうやって妊娠のことを知ったのかのすべてを伝えたで私の役目はここまでと思ったのに、そのまま会議に連行された。
会議室につけば管理所の上層部と獣医が集まっていて、壁にはめ込まれている映像通信用のモニターには採集キャンプ地の様子を見に行った所長の姿もあった。モニターは六つに分割され、一つだけモニターが待機状態だったが、主要なメンバーが集まったところで情報共有。
下っ端ながら会議に参加したものの、リーダーの斜め後ろに座っていただけ。説明はリーダーとトーマスがしてくれた。
思ったよりも会議の時間がかかり、そのやり取りを聞いていただけの私も酷く疲れた。
オパールたちの番である妖獣たちの世話係であるやんごとなき方のところの私兵の何人かが、採集現場から離れるわけにいかぬとごね、説得に時間がかかったのだ。
別にこちらは妖獣さえ帰還してくれればよく、私兵たちはどうでもいいのに、妖獣も採集のために来ていると頑なに採集現場に拘り、「主人の命令ですので」と言って埒が明かない。
モニターの向こうの所長の笑顔がどんどんドス黒くなっていくのが怖かった。
怒ってる。すごく怒ってる。
結果的にオパールたちの番の妖獣は、次の物資補給船の復路で帰ってくることになった。
あまりに怒り心頭の所長が、やんごとなき方よりさらに上の高貴なる御方にお出まし願い、「妊娠している妖獣のケアが優先」の一言で一件落着。黄昏れる気持ちとはこういうことを言うのかもと現実逃避した。
所長が呼び出したのは国王陛下。
管理所は軍の管轄で、現在全軍の最高司令官は王弟殿下が務めておられる。なので、お出まし願うなら王弟殿下が組織的には妥当じゃないのかと、研修で習ったおさらいをしていたくらいは現実逃避していた。
「なんで陛下が……」
「所長の奥の手の現場には俺も初めて体験する」
「あの採集の決定事項には陛下も関わっているんだ」
こそこそとトーマスと話していたら、リーダーが今回の採集隊が決定した経緯を簡単に教えてくれた。
やんごとなき方からの採集依頼は管理所としては断固として拒否の姿勢だった。
理由は、人工栽培にも成功している魔草の花蜜は普通に市場に出回っている。天然ものにこだわられ、人を危険に晒すわけにはいかないというもの。
非常に温暖な気侯のシャーヤランだが、山脈の高い場所の気侯は地上と全く違う。しかも魔獣が跋扈している場所。
依頼のあった魔草の花蜜は、森の定期調査や定期討伐の際に採集することはあるけれど、シャーヤランでは主な目的は研究のために採る。その一部を市場に出しているだけ。人工栽培と天然ものはだいぶ違うので、天然ものに拘る人も多いらしい。
途中までは舟や車両を使ったとしても最終的な現場まで徒歩。危険性も高いのでかかる費用も大きい。
天然ものの残りの花蜜を全部差し出してもいいから採集を諦めさせる方向で話が進んでいたのだそうだ。
それを覆したのがモニターの向こうに映った国王陛下。かかる費用を補助するから採集せよ。
所長が噛みつく勢いで反対したものの、国のトップの声である。
「そんなことが」
「採集隊が結成されるときは所長も諦めていたし、陛下にも何か事情はあるんだろうって噂だ」
陛下だけが政をしているわけではないので、最終的に陛下の発言だとしてもその裏には大臣や国政を担うたくさんの方々の意見があって決定される。
陛下からやんごとなき方へ、無理な依頼を取り下げるように口添えすると思われていたのに、まさかに採集決定。
「だいたい採集現場の揉め事のために所長自らが行くのもおかしいだろ」
討伐班の班長かその上の部長クラスが行くのが妥当。
この採集の裏には何かある。
それが管理所の上の者たちの推測なんだそうだ。知らなくていことを知った気がする。
採集現場にいる私兵の代表も会議に参加していたが、陛下の一言で帰還命令となったので、粛々と従う姿勢。会議の解散とともに私兵の代表は場を離れたが、所長は別件があると言って通信を切らずに残った。
私兵の代表だけいなくなり、会議で繋がるメンバーが陛下と管理所の職員だけになったら、所長が隠すことなく不満な顔。
「陛下、この借りはまだ高いですからな」
「そう言うな。妖獣たちのことは頼んだぞ」
「まったく! あまりに現場で不満が出ているんで来てみましたが、あそこの私兵は揉め事だけ起こして邪魔でしかない! なんなんですかな!」
所長の止まらない愚痴を下っ端の私が聞いてもいいものなのか。所長も陛下も映像の向こうにいるから、こちら側で一人くらいいなくなってもわからな……リーダーに止められ、浮かせた腰を椅子に戻した。
ううぅ……。
所長の隠さない怒りに、陛下は気安い受け答え。
陛下にブツブツと文句を言える所長、何気に強いと思ったら、「まだ続くならここから先はお二人でやってくださいねー。こっちは切りますよー」と、バッサリ終わらせた所長代理はもっと強かった。お一人は陛下なのにこの対応でいいのか? いいんだ。
管理所の会議室に集まっていたメンバーが三々五々解散になって、私も退室しようと椅子腰を浮かせたら、所長代理と言葉に中腰の姿勢のまま止まる。
「さっきの様子だとあの私兵は『オパールたちの妖獣と離れてはならない』っていい出しそうだな」
管理所での妖獣の管理は妖獣世話班が担当窓口。オパールたちはなかなか大きい姿をしていることと、建物に入りたがらないので山小屋の近くで寝起きしてもらっている。
どの妖獣よりも大きいチビのこともあって、そういう大型は私がメインで見ている。
オパールたちの番である妖獣が帰還したら、オパールたちと一緒にさせておく必要があり、私が見る妖獣の数が増えることまでは理解した。
でも人である私兵については対象外だと思う。
わかりやすくリーダと私が面倒くさいーという顔になってしまったが、所長代理も苦笑して肩を竦めるだけだった。調整はしてくれるんだろう。
会議で受けた疲労感を引きずりつつ牧場に戻ったら、オパールたちは地上に降りてきていて、ボロボロ泣いていた。
「妊娠しているなんて知らなくて! 俺たち事情を知ったんで困ったことあれば助けますから!」というチビとオニキスによる必死の説得が功を奏し、徐々に落ち着いたと、見守っていた牧場の従業員が教えてくれた。
オパールたちは不定期的に酷く熱が上がり、イライラが制御できずにとにかく走り回りたくなるらしい。牧場の従業員に向かって走ったのも、その方向に人がいることすらイライラしすぎて認識していなかった。
オパールたちに悪気はなかったし、従業員も怪我がなかったから大丈夫だとしてその件は終わりにしてくれた。
双方怪我なしで本当によかった。ゴゴジのことも労わなければ。
遅くても三日後には番の妖獣が管理所に戻って来ること、妊娠していたことをわかってあげられなくて申し訳なかったこと、とりあえず雷と炎をおさめてもらえればありがたいな~と切々と訴えたら、私たちにもボロボロ泣いた。
悪阻のせいなのか異能の制御が不安定らしく、雷と白炎が不意に襲ってきたけれど、万が一と着せられた防火衣とフルヘルメットで私とリーダー、トーマスは無傷。とても暑かった。
私もトーマスもリーダーも妊娠の可能性に至らず、人を警戒しまくっていたオパールたちの奇妙な行動を分析しきらず、本当に申し訳なかったと反省。
オパールたちも反省してくれた。
オパールたちが寝起きしている山小屋の泉の近くに移動し、私とリーダー、チビ、オニキスで話しをした。
オパールたちは妊娠していたことをひた隠しにしていた事情を話してくれた。
その事情も踏まえて番と離れ離れになる覚悟をしたのに、予想外の悪阻。その気持ち悪さは耐え難く、今回騒動を起こして結局バレたと落ち込んでいた。
「リー……ダー……」
「さっきのさっきで、この話しを知ってしまうと、採集依頼と実施の背景が変わるな……」
オパールたちの話しはリーダーと私が対処できるものではなく、また高貴なる御方にお出まし願って相談しないとならない重たいもので、リーダーは再び管理所に急いで戻っていった。
オパールたちはひた隠しにしていた妊娠のことを知った私に心を開いてくれて、どういう風に体調が落ち着かないのかの愚痴聞き係になった。
朝の餌の時間の騒動から、気がつけば昼過ぎ。
オパールたちは話すだけ話したら少し落ち着いたらしく、そのあとに私はぼろぼろになっていたチビとオニキスを労うことにした。
山小屋から甘ダレの材料を持って出るときに、スライムがトゲトゲした形状になっていたけど、なぜだろう? 朝にスライムが山小屋をピカピカにしてから汚すようなことはしてないのに、なんで怒っている風だったのか?
「チビわかる?」
「オレっちもスライムとは交信できないからわかんないなー」
スライムには、今はどうしても忙しいから帰ったらと言い残してきたけれど、また水槽を溶かされませんように。
牧場の離れはぜんぜん活用されていない。離れは牧場の従業員寮だが、前牧場主のときに本宅を建て替えて、そちらの従業員居住エリアを増やしたことで住んでいる従業員がいないのだ。
離れの建物もそこまで古くないが、厨房の空調は効きが悪いので、ぜんぜん使わないと聞いている。妖獣への餌の時間のときに妖獣世話班メンバーの休憩場所として使う分には涼しいのでそんなに空調の機器が悪いと思っていなかったが、甘ダレを作り出したら空調の効きの悪さを実感した。
火を使った熱がぜんぜん排出されていかない。とても暑い。
空調を諦めて窓を開けたくても、開けるのを躊躇う物体が二つ。
私が立つ竈のすぐ横の窓に貼り付いて、自分の鼻息で窓を曇らせては「見えない」と言っているチビとオニキスは鼻歌が止まらない。
一度だけ窓を開けたのだが、チビからのブフォーっと生温かい鼻息が入り込んできてより暑さが増したので閉めたのだ。
それにしてもチビの涎がすごい。あとでこの離れの窓と外壁は掃除させよう。
チビもオニキスも普段は味付きなんて食べないのに、どうして前回なんちゃって蒲焼きを作ったときに食べたのか。そしてハマったのか。
妖獣は調理したものは食べな……リーダーを相棒としている妖獣はシュークリームが好きだな。まだ故郷の学校に通っていた際に妖獣は調理したものを食べないと習ったけれど、今頃になって授業の内容が間違っている疑惑。今度リーダーに聞いてみよう。
私が自分のご褒美用に買った高かった甘口の醤は残量がなくぜんぜん足りないので、管理所の調理場で仕入れた手頃な値段のだいぶ塩っぱい醤も使って砂糖や花蜜をかなり使って整えた。管理所の調理場で活用度が低い三温糖も使ってしまえと持ってきてもらえたので、まあまあいい風味と甘さになった気はする。
だいたい甘ダレの正解を知らないから、私の味覚でよしとなったらよしでいい。
チビとオニキスが貼り付いている窓の向こうではバーベキューの用意が着々と進んでいる。フォレストサーペントを豪快に焼くなら、わいわいやろうとなったのだ。牧場の従業員たちが張り切っている。
フォレストサーペントはサクッとマドリーナが狩ってきた。しかも丸々太った個体を三匹。
夫が勝手にした約束に、「あらあら仕方ないわねぇ」と首を横にちょこんとかしげて、エプロン姿のまま森に入っていき、仕留めてきたマドリーナ。
この人を怒らせないぞと強く誓った。
ゴードンの学校通信も終わり、友だちも三人やってきてキャッキャとお手伝い。ヘンリーは昼寝中だが、途中で起きてきたらその時に考えるべし。
午前の騒動はなんだったのかと思うほど穏やかな午後。今日は薄曇りの曇天なので暑すぎなくていい。
「よし、チビ〜、鍋を運んで」
「待ってた!」
竈のスイッチを切り、窓を全開にしてチビに託す。大鍋が水平のまま宙に浮き、窓を越えてバーベキューの準備をしているところに漂っていけば、タレの香りだけでも食欲を唆る。
「いいにおい〜」
「おなかすいた〜」
「さあ焼くぞー!」
わっと盛り上がってバーベキュー開始。
フォレストサーペントはヘビ型の魔物。全長六メートルくらいある大きな一匹は分けて人が食べる用。残る二匹も三メートル近くあって極太。チビとオニキスには丸ごとって約束しちゃったからね、トーマスが。
私が甘ダレ作りをしている間にフォレストサーペントは丁寧に骨を取って食べやすい大きさにカットされていた。
炭火の上で素焼きして脂を軽く落とした切り身をドブンとタレに浸け、再び炭火の上に持っていけば、タレの焼ける匂いが空腹に暴力的過ぎる。
「くぅ! まだ食べてないけど絶対美味しい!」
自画自賛。
炊いた米を器によそって焼いたフォレストサーペントを乗せれば蒲焼き丼のできあがり。
醤を仕入れた地域の郷土料理では、米ではなく蒸して潰した芋の上に乗せているものがあると知ったが、前回、私の頭の中の謎の情報に米をつかった料理がひょっこり出てきたので、それを参考にしている。
一口食べれば幸せが口の中いっぱいに広がった。
チビとオニキスもたっぷりとタレを塗って焼かれたフォレストサーペントに齧りつき、恍惚な表情で意識を飛ばしていた。そうだろう、そうだろう、たくさんお食べ。
「リリカさんのこの甘ダレ最高です」
「サザラ領の醤はしょっぱいって聞いていましたが、こうして甘くするのはいいですね。食堂のメニューになれば売れると思うんですが、メニューにはならないんですか?」
牧場の従業員たちが定番メニューにと言ってくれるが、おそらく実現はしない。
シャーヤランでは醤の原材料である大豆の生産は多くないし、大豆からの醤の製造をしているところもない。そうなると、サザラ領かその周辺で製造されている商品を取り寄せることになるので、運賃含めて仕入れ値が高くなる。
仕入れ値問題以前に、管理所の食堂のメニューは地産地消を前提として提供しているので、他領のものを多く使えないのだ。
シャーヤランの食材で他領の郷土料理を再現できるなら期間限定メニューになるけど、この甘ダレは難しいと思う。
今朝、私が作った味噌スープも職員限定の賄いで食堂のメニューにはなっていないのも同じ理由。味噌もこの地方では作られていない。
困ったように笑い返すしかなかった私だったが、マドリーナが食堂メニューは地産地消だという話しをしてくれて、月に一回程度、牧場で味噌や醤油を使った料理パーティーをするのはどうだろう? という提案にノリノリの従業員たち。従業員たちも作り方を覚えられるし、多分マドリーナが習いたいんだろう。
「なあなあリリカ、フォレストサーペントの焼いて脂を落としたやつ、この葉に包んで?」
「ん? これ、チイの葉じゃん?」
「オパール姐さんたちに持っていく」
「チビ、優しい~」
「あんなに泣かれちゃうとさぁ……。それに腹の中に仔がいるんなら、もっと栄養が必要なのに痩せちまってるしさぁ」
「うう、チビの優しさに泣きそうだ。よし、他の肉とか野菜も分けてもらってくる」
私とトーマスが会議に出ていた間、チビとオニキスは本当に頑張ってくれた。体に焼け焦げた痕があちこちにあって鱗が剥がれているところもある。オニキスは背中のところどころの毛が焼けてしまっていて本当に痛々しい。「たくさん食べれば数日で毛は揃う」と笑っていたが、本当に感謝だ。
オニキスは影の功労者のゴゴジに食わせたいと、フォレストサーペントのいいところの部位を分けるように言ってきた。泣ける。
「俺たちは朝にもいい肉食べたし、ゴゴジはまだ食べてないだろう? もしかしたら、ずっと姐さんたちを観察して寝てなかったんじゃないか?」
もう、本当にカッコイイこというオニキスだけど、牙に生のジャガイモが刺さったままなのは何故かな? ジャガバターが食べたい? 珍しいことを言うね。よし、ゴードンとそのお友だち諸君、オニキスを接待しよう! ブドウのゼリーと甘ダレ団子もどきも作っておいたからみんなでお食べ!
珍しく調理した食事を食べたがるチビとオニキスはゴードンとその友だちたちに任せて、マドリーナとともにオパールたちに持っていく食材を厳選。
チイの葉はその香りに弱い鎮静効果がある植物だが、管理所の植物園では栽培しておらず、一番近くて山一つ越えた谷の底。植物園には他の鎮静効果のある植物があるものの、妊娠している妖獣に使っていいかがわからない。牧場の従業員とチビとオニキスが頭を付き合わせ、各々が持っていた情報から、唯一問題なしとなったのがチイの葉。
今のオパールたちに人工的な薬剤投与や芳香はやめたほうがいいし、怪我が少なかったチビが採りに行ったのだと教えてもらった。
チイの葉は勝手に採集してはいけないから、あとでリーダーに報告だ。今日は問題ごとが多い日だな。
「チイの葉は私も助けられたわ」
マドリーナはチイの葉の香りを嗅いで、悪阻を落ち着かせてくれるアイテムだったと教えてくれた。
チイの葉を乾燥させて妊婦用に天然芳香剤として売られているのは見るが、こうして緑鮮やかな葉を手にするのは珍しいとのこと。私の故郷では湯治場の近くの渓谷にわしゃわしゃ生えていて見慣れた植物なのだが、あれも地域行政が管理していて採集には申請が必要だったと思い出した。
通信でリーダーにチイの葉のこと伝えたら、所長室にお伺いを立ててくれて、妖獣が妖獣に贈ることに口出しはしないと、採集管理対象からは除外してもらえることになった。よかった。
人の顔の大きさはあるチイの葉を籠の下に敷き、オパールたちが食べられそうなものを詰めていく。
マドリーナは初めて妊娠したときの悪阻が酷く、ネバネバイモなら食べられたそうだ。妊娠すると果物や酸っぱめのものが食べたくなると聞いていたが、それらが全然ダメで、なぜかネバネバイモ。
「何が食べられて、何がダメになるか個人差があるとは聞いていたけど、本当にびっくりだったわ。だってネバネバイモ苦手だったんだもの」
「そうだったんだ」
「オパールたちも、『普段は食べていたのにどうして食べられないのか?』っていう食べ悪阻の感覚があるなら、そのことにもイライラしてるんじゃないかしら? いろいろ持っていってダメなら持って帰ってくればいいし、とにかく種類を持っていくしかないわね」
野生の妖獣が妊娠した場合、どうやって悪阻の酷さを凌いでいるのかわからないが、番がせっせと世話を焼くはず。番が側にいる安心感で悪阻が酷くないのかもしれない。
番の帰還までの三日間、とにかく誠心誠意、オパールたちのイライラにこちらがイライラしないように努めなければ。
ゴゴジは地中のどこにいるのかわからないのでどうしようかと思っていたら、菜園の職員から通信が入り、ゴゴジを回収しに来てくれと要請が入った。
ゴゴジが出てくる場所はいくつか予想していたが菜園収穫後の作業小屋の横だったか。出てきたところで寝て動かないのは邪魔でしかないと。はい、参ります。
「リリカ姉、またあした?」
「うん、また明日」
「これもおいしかった」
「ふふふ、また作ってあげるね」
ブドウのゼリーも甘ダレ団子もどきも子どもたちに好評だった。甘ダレ団子もどきはマドリーナも興味を示したので、作り方を早々に教えて親子でキャッキャと作ればいいと思う。マドリーナは私よりも料理の幅が広いし、いろいろアレンジできるだろう。まずはトーマスの稼ぐお金で味噌と醤油を取り寄せるところからだな。
私の目下の心配は、このバーベキューで使った大豆の醤の仕入れ費用が経費で落ちるか否かである。
普通のものより倍以上の値段がする極上の醤油で作った甘ダレ。非常に高いのだ。しかし風味が段違いに違うので、あの風味を知ってしまうと他の代用は霞んでしまう。それを使い切ってしまったので、補填はしてほしい。だって、個人のものだったので!
使った分を補充する購入費用が経費で落ちなきゃ、トーマスの懐から出してもらおう。チビたちに勝手に約束したのはトーマスだし!
「チビ、オニキス、私はゴゴジを回収して山小屋に戻るよー」
「オレっちまだ食べるー」
「俺もまだ食べるー」
二匹揃って焼けるのを待っているのはベーコンのアスパラ巻き? チビ、そんな小さいもの食べて味わかるの?
それにしても本当に調理したものをこんなに食べるのは珍しい。ちょっと心配。
「……胃もたれにいいのは何でしたっけ?」
「……パパオの葉でいいんじゃないかな?」
「パパオならいっぱい生えてます」
「アイツラなら勝手に食べると思うから大丈夫だと思うぞ」
「そうですね」
朝もそれぞれ大型の牛を食べて、今フォレストサーペントをほぼ丸ごと一匹食べて、まだ食べている。どうにも食いすぎモードのチビとオニキス。トーマスもそう思ったようだが、あの二匹なので心配はいらないだろうという結論になった。
朝早かった私はもう眠い。スライムの外壁掃除に疲れて、オパールたちの妊娠に驚き、諸々手配に奔走して、なかなかの疲労感。明日も早朝仕込みの約束をしているので太陽が沈むのと同時に寝たい。帰宅したらシャワーをして即刻寝たい。
山小屋に戻った私の希望は叶わなかった。
スライムの機嫌は最悪で、何度も何度も起こされた。帰宅しただけで山小屋の内外どっちにも怒られるような汚れはない。風呂場も洗ってきた。着ていた服も洗濯籠に入れた。なのになぜか機嫌が悪いスライム。
もう訳がわからなくてとにかく謝った。スライムに土下座して、寝させてくれ頼む! という情けない姿を、窓の外からチビとオニキスとオパールたちが眺めてきたが、一匹も助けてはくれなかった。薄情者!
この山小屋の家主は私なんだが?
スライムよ、お前は一体何なんだ。もう!
書いていたら蒲焼きが食べたくなってしまった(笑)