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ついに婚約式当日。あれから彼女は毎日の様にリンダの所に通い、この1ヶ月ドレス作りに勤しんだおかげで間に合ったらしい。だからなのか、準備はリンダのアトリエでしたいらしく、直接迎えに来て欲しいと言われ向かっている。
一体どうなるのかと心配だった二人は、たまに言い合いをしながらもどうやら良き相棒となった様だ。
結局村の女性達も何人か手伝ってくれて、そこで彼女の人となりを理解してくれたのだろう、もう誰も彼女を悪く言う人はいなくなった。
彼女は不思議だ。特に媚びもせず、偽る事もなく、周りを懐柔させていく。そうなると余計にあの噂の謎は深まるばかり。どちらにせよ、彼女から語ってくれるのを俺は待つしかないのだが。
そうこうしている内にリンダの家に到着する。今朝も顔を合わせていたというのに何だか緊張してきた。きっと彼女は美しい。それがどれほどなのか、期待せずにはいられない。一度深呼吸してから、扉を叩く。
「リンダ、俺だ」
しばらくしてリンダが顔を出した。
「良いタイミングだ。今丁度支度が終わった所だよ」
家の中に入れてもらい、アトリエへと向かう。途中、リンダの旦那さんに会ったが、にこにこしながらなぜか肩を叩かれた。
「先に言っとくけど、あんたの想像を余裕で超えてくるだろうね。何たって私が関わったんだから」
余程自信作なのか、それともいつもと違う物を作れて楽しかったのか、リンダがそう言って笑う。ついにアトリエの前に着いた。扉の前に立つニイナが俺に気付いてニヤリと微笑む。
「ローガン様。準備はいいですか?」
今回はニイナが髪型と化粧を施したという。彼女まで自信ありの様だ。俺が頷くと、ニイナが扉を開いた。
まず目に入ったのは、ふわりとした羽の様な物。後ろ姿だった彼女は、そっとこちらを振り向いた。
「やだ何その格好。それで行く気?」
そして怪訝そうに呟く。
「もうあんたは!また可愛げのない事を言って!」
そう言って隣にいたリンダが彼女の横に着く。
「やっぱり用意しておいて良かったわね」
「そんな事より、ちゃんと褒めてもらいな」
そう言ってリンダが彼女の背を押した。差し出される様に、俺の前に彼女が立つ。
「どう?良いでしょう」
「…え?あ、ああ」
彼女がくるりと回る。印象的なミルクティーの髪の毛がふわりと舞った。
俺が想像していたよりもとてもシンプルなドレスだった。彼女が持っていた物を手直しするとは聞いていた。恐らくその所持していたピンクのドレスに、彼女がとても気に入っていたオーガンジーとかいう布を何枚か重ねて少しボリュームを持たせた様だ。最初羽かと思ったのは、背中につけられた大きなリボンだった。それも、オーガンジーで出来ていて、本当に羽かと見紛う程大きい。よく見るとそのリボンには小さな花の刺繍が点々と施されていた。
「可愛いでしょ、このリボン。この刺繍にすごく手間取っちゃって。これだけシンプルだから少しはインパクト付けなきゃと思ってみんなで頑張ったの。それによく見て。この花、なんだと思う?」
そう言われて凝視する。
「カスミソウか!」
「そう。ここを象徴するものといったら、これでしょう?絶対どこかに使いたかったの」
しかも取り外し出来るのよ、とか、この胸元のレースも手直ししたの素敵でしょ、など、彼女が嬉しそうに説明してくれる。
そんな事よりもカスミソウを施してくれるなんて、この地を大事に思ってくれている事が嬉しい。
「ミラ」
「何?」
「本当に似合ってるし、綺麗だ。よく頑張ったな」
俺の言葉に彼女が優しく微笑む。見たことのない様な美しい微笑みだった。
「自分でもよく頑張ったと思うわ。でもこれはみんなのお陰。私誰かと何かをやり遂げたのって初めて。ありがとう、みんな」
そう言うと、部屋の隅にいた村の女性達が彼女を囲んだ。その真ん中でふわりと笑う彼女を見ていると、思わず口から出ていた。
「何だか、連れて行きたくないな」
「何でそんな事を言うのよ。折角頑張ったのに」
「誰かが君を連れ去ってしまうかもしれない」
「…またそうやって恥ずかしい事を言う…そんな訳ないでしょう。何その褒め方」
彼女の顔がほんのりと赤く染まる。今日はニイナの手によって真ん中に分けた前髪が左右に編み込まれているので表情がよく見える。まるで花冠の様に可愛らしい髪型だが、こんな利点もあったとは。素直に可愛いなと思いながら彼女を見つめていると、リンダが俺と彼女の間に立った。
「はいはい、お熱い事で。ほら、ミラ。ローガンに渡さなきゃいけない物があるだろう?」
「そ、そうよ!もう…あなたが変な事言うから、危うく忘れる所だったじゃない」
「俺に?何だ?」
リンダが一着の服を持ってきた。それは明らかに男性物のジャケットで、今俺が着ている物よりも高そうだ。
「実は隣町に行った時に買っておいたの。丁度あなたに似合いそうな色を見つけて、これも手を加えておいた。ほら、あなたのにもカスミソウの刺繍」
深い紺に金ボタンで、確かに見事なカスミソウの刺繍が施されていた。しかもそれは長めの後ろ裾まで続いており、こんな立派な物を俺が着ても良いのだろうか。
「サイズはウィンターに聞いたから大丈夫だと思う。ねえ、ニイナ!」
「何でしょう、ミラ様」
「坊ちゃんの髪の毛もお願い。私、男性のは分からないから」
「かしこまりました」
「え、俺も何かするのか?」
「勿論。前々からその放置されてる髪の毛気になってたのよ。まだ時間あるし、切っちゃいましょ」
何だかよく分からない事になった。あれよあれよと言う間にニイナの手によって散髪させられる。ずっと前髪も後ろ髪も伸ばしっぱなしだったので、すっきりした俺は最後に例のジャケットに袖を通し、彼女の前に立った。
「ふうん」
「ふうん、って何だ。俺にも何か言葉をくれよ」
「誰かがあなたを連れ去っちゃいそうって?申し訳ないけど、私が横にいる限りそんな事は無いでしょうね」
「こんな美女からは奪えないと諦めるって事?」
「ええ」
とても当たり前に返事をした彼女は、ニイナの元へ寄ってこそこそと喋り始める。まあ彼女にとったら俺はおじさんだし、当たり前の反応かと思っていたら、彼女と入れ替わる様にリンダが俺に寄って来た。口に手を当て、俺にしか聞こえない音量で喋る。
「…そのジャケット、主にあの子が刺繍したんだよ。実はとっくの昔にドレスは完成しててね。ほとんどはあんたの刺繍に時間がかかったって訳。勿論私も手伝ったけどね」
それを聞いて言い様のない幸福感を味わった。どんな褒め言葉よりも嬉しい話に、俺は改めてリンダに礼を述べた。
「じゃあ行ってきます」
「ああ、気をつけて行くんだよ」
ウィンターが馬車を引いてきてくれた。俺達は乗車する前に挨拶をする。何だかみんな心配そうな顔をしていた。
「みんな、心配してるの?」
「当たり前だよ。きっと良い気はしないだろうからね」
「まあね。私も行ってみないとどんな空気感になるか分からないし」
彼女がこちらをちらりと見る。
「ん?ちゃんと守るよ」
俺がそう言うと、一瞬戸惑いつつも彼女はにこりと微笑んだ。
「ねえ、あなたに注意しておいて欲しい事があるのだけど」
向かい合う様に座る彼女が乗車するなり言う。
「注意…何だい?」
「何を聞かれても、謙遜しないでね」
彼女の言葉の真意が分からず、首を傾げる。
「あなた、良い意味でも悪い意味でも謙虚なのよ。それではあの世界では潰されてしまう。特に私達の衣装について聞かれたら、自慢するくらい堂々としててね。この刺繍は村の人達が施してくれた事、私のドレスは元々持っていたものを手直したという事、それからこのオーガンジーという布はあの村で作られた事。分かったわね?」
「…わ、分かった」
一気に言い募られて思わず仰反る。確かに俺は褒められると謙遜してしまう所がある。どうやら何か彼女に考えがあるらしく、その真剣さからなるべく堂々としようと心に誓った。ただ、こんな田舎者にそんな事を聞いてくる人物がいるのだろうかという疑問はあるが。
それから他愛のない話をし、終始リラックスした様子だったが、だんだん城へと近付いて行くたびに彼女の口数が減って行った。何を聞いても心ここにあらずといった感じで返事をするだけ。茫然とした様子で、外の景色を眺めていた。
「二ヶ月ぶり、か」
「うん」
「やっぱり怖いか?」
「…うん」
ぽつりと呟く様に答える。素直にそう言ってくれて安心した。向かい合っていた俺は立ち上がって彼女の隣に座る。そしてそっと手で肩を寄せた。彼女は何も言わずにそのまま俺の肩に頭をもたげる。
「…ねえ、一つお願いがあるの」
「何だ?」
「あの時みたいに私の手が震えていたら…握って欲しいの」
「勿論だよ」
その不安そうに呟く姿は、久しぶりに見た年相応らしいものだった。思わず手を握る。今じゃないわよ、と笑っていたけれど、彼女がその手を払う事はなかった。
いよいよ到着する。俺が先に馬車から出ると、たくさんの着飾った人間で溢れかえっていた。随分と昔、まだお金があった頃に遠縁でも王家の血筋という事でウィリアムズ家も招待されて参加していたが、お金を理由に行けなくなり、俺が領主になってからは初めての城でのパーティだった。さすがに何度かこういった場には参加した事があるが、明らかにレベルが違う。
俺は気合いを入れ直し、馬車の中で身支度を整えた彼女に手を伸ばす。
「さ、行こうか」
「…ええ」
返事をしてくれたのに、何故かその手は握られない。
「どうした?やっぱり怖いのか?」
「…あなた、私の事を噂の様な人間ではないと言ってくれたわよね」
突然の質問。不思議に思いながらも、俺は答えた。
「ああ、君と接してみて感じた事だからね。俺だけじゃない。結局君は取り繕う事なく自然体で村のみんなからも信頼を得たんだ。君はすごいよ」
「…違うわ」
なぜか否定の言葉が返ってくる。いつもなら自信ありげに肯定してくるというのに。やっと彼女が俺の手を取って身を乗り出す。
「そうやって感じてくれたのはあなた達だからよ。私がすごいんじゃない。現に首都にいた頃も私はそのままの私でいたのに、誰にも受け入れられなかった」
「え?」
「噂通り、私は悪女だったという事よ」
彼女が馬車から姿を現す。
一瞬で、辺りの騒めきが止まった。