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「結構賑わっているね」
「オンズロー商会はどこかしら?」
「……帰る」
「「えっ!?」」
突然踵を返しスタスタと行ってしまうリンダを慌てて二人で止める。今日はオンズロー氏に誘われていた催しの当日。彼女がニイナ以外に連れて行きたかった人物とはリンダの事だった。だが人前に出る事が得意ではないリンダはとても嫌がっていて、数々の誘い文句と村の人達の説得を経て渋々了承し来てくれていた。
「私よりリンダさんの方が生地の知識あるし、何よりオーガンジーに大しての愛が誰よりも強いんだからぜひそれを伝えて欲しいの!あんな上質な物を一体誰が作ったんだろうって誰もが話を聞きたいはずよ!」
そこでようやくリンダは大人しくなった。ちなみにこの流れをするのは今日で三回目である。
「…本当に大丈夫か?」
「大丈夫…と思う」
自信満々だった彼女も少しずつ曖昧になっているのが心配だが、ここまで来たのだからリンダもそろそろ腹を括って欲しい所。ニイナと三人で何とか宥めながらオンズロー商会の区間を見つけた。
「ウィリアムズ卿!本日はありがとうございます」
「いえ、こちらこそ旅費だけでなく馬車まで用意して頂いて」
「本当に気になさらないで下さい。ではこちらへどうぞ。事前に送って頂いていたので既に展示済みです。それと…」
そう言って案内された所には人だかりが出来ていた。
「あの素晴らしいドレスと反物を見て話を聞きたいという方がもう何人もお待ちです」
リンダの顔を見ると、驚きと嬉しさが混じった表情で固まっていた。
「ほら!言ったでしょう?」
彼女も興奮した様子でリンダに言うと、リンダは照れた様に「…うるさいよ」と言った。
最初はあたふたしていたリンダだったが、時間が経つにつれ活き活きと織物の魅力を語っていて、彼女の方はドレスの解説と、興味がありそうな客には所持しているドレスを聞いて具体的なアレンジを提案していた。至る所から「素敵!」という声が聞こえてくる。これはかなりいい宣伝になりそうだ。ニイナは彼女の補助を、俺は人の列を整備していたが、オンズロー氏が商会の人間をこちらに回してくれて余裕が出来たので、彼女達に差し入れを買いに行く事にした。
様々な商会が並んでいてとても活気に溢れていた。食材、食器、洋服、アクセサリーなど目が忙しい。この催しは全体的に比較的安価な物を取り扱っていて、敷居を低くしてとにかく商品に触れてもらう事を目的としている。その為オンズロー商会の様な歴の浅い商会がほとんどだ。
コーヒー豆を販売している所で小さな瓶に冷やしてあるコーヒーを見つけて4本買う。序でに彼女の好きそうなクッキーも買おうとふと横を見ると、女性物のアクセサリーが並んでいた。普段そんな物なんて気にならないのに、つい目に入ってしまう物があった。
「指輪をお探しですか?」
すかさず商会の人間が声を掛けてくる。俺は困った様に手を振りながらかわして、クッキーを買ってそこを離れた。
考え事をしながら戻っていると、「あれってミラ・イヴァンチスカ…?」という女性の声が聞こえてきた。ハッとして立ち止まると、彼女を遠目に見ている女性と男性の二人組が目に入った。
「ああ…本当だ。何でこんな所に?」
「オンズロー商会?どこかの田舎貴族の所に嫁いだんじゃなかった?」
あからさまな刺々しい言葉達に彼女に対して思う事がある人物だと察する。実はドレスの話を聞きにきた客達も彼女がミラ・イヴァンチスカと分かると一瞬怯むか固まる人が殆どだった。しかし彼女はめげずに誠意を持って話してくれるので、最後には警戒心を解いて笑顔で終わらせる事が出来ていた。
俺はその事で安心していたのかもしれない。本当の悪というものはこうして近づきもせず先入観で彼女を評価し、遠目で見て批判する様な奴らだ。
「人を階段に突き落としといてよくもあんなヘラヘラと…」
「失礼」
さすがに我慢ならない言葉が聞こえて、あえて二人の近くを通って遮る。序でにひと睨みしておくと何かを察したのか二人はそそくさとどこかへ行った。二度と顔を見せるなと思いながら彼女の方へ向かうと、丁度人が落ち着いた所だった。
「お疲れ様。冷たい飲み物を買ってきたよ」
「ありがとう!丁度休憩したい所だったの」
机を使って栓を抜き、彼女に渡す。
「瓶でコーヒーを飲むなんて初めてだわ」
「俺もだよ。新進気鋭の商会が集まってるだけの事はある。目新しい物ばかりで楽しかったよ」
「そうなのね!あら、美味しいわね」
良かった。いつも通りの彼女だ。よりにもよって人がまばらなタイミングで、しかも聞こえるかどうかの微妙な位置であの二人組が喋っていたので、一瞬聞こえていないか心配したが、大丈夫そうだ。
「今なら人も落ち着いたし、見に行ってこようかしら」
「ああ、そうしよう」
そう言って俺も行こうとすると彼女に手で止められた。
「ニイナと行ってきていいかしら。私同世代女の子とお出かけした事がないの」
「…分かった。勿論」
そして彼女は「よ、よろしいのですか?」と困惑しているニイナの手を取ってどこかへ行った。
「なあ、リンダ」
「なんだい?」
コーヒーを飲むリンダに問いかける。
「何か妙な話し声が聞こえなかったか?」
「いいや?ちっとも」
リンダは正直者だ。どうやら本当に聞こえてなか かった様で安心する。だから彼女が俺ではなくニイナを連れて行ったのは本当にそういう気分だっただけだ。俺のこのもやもやとする感情も、一緒にいたかったという不満からくるものだ。そう思いながら、雑踏に消えていくミルクティ色をじっと見つめていた。
「いやーお疲れ様でした!思ったよりも大盛況でしたね」
終了後、俺達はオンズロー氏にディナーをご馳走になっていた。
「…嬢ちゃん!食べ方はこれで合ってるのかい?」
「ふふ…大丈夫よ。誰もリンダさんの事を叱るような人はいないから安心して食べて」
初めてのレストランに困惑しているリンダに嬉しそうに付き添う彼女に思わず笑みが溢れる。さっきは本当に余計な事を考えていた様だ。
「やはり持っていたドレスを一新するというのが新しくて皆さん興味津々でしたね!」
「話を聞いていたら、思い入れがあって何回か着用したけどなかなか手放せれないドレスがあって、という話も聞いたわ。そういう人にとっては一番良い取り組みよね」
「ええ本当に!…あの言おうか迷ったんですが実は本格的に頼みたいという方が五人もおられまして」
「本当か!?」
「まだ体勢整っていないのでこの話をするのは時期尚早かなとは思いましたが、やはり喜ばしい事はみんなでお祝いしないと」
彼の言葉と喜びに溢れた表情を見ていると、本当にここに頼んで良かったと心から思える。俺たちは今一度乾杯をした。
終了後、土産を買いたいというリンダの為に茶葉店にやってきた。二人も付き添って店内で選んでいるのを待つ。俺は帰ろうとしたオンズロー氏を引き止めていた。どうしても二人で話したい事があったからだ。
「楽しそうに選んでおられますね」
「…はい。あの、引き止めてしまってすみません。実はお願いがありまして」
「ええ、何でしょう?」
「その…指輪をお願い出来ないでしょうか」
一瞬きょとんとした表情をした後にオンズロー氏は破顔して、俺の手を掴んで上下にぶんぶんと振った。
「ええ!ええ!ぜひ準備させて頂きますとも!奥様はサファイア、ウィリアムズ卿はエメラルドで宜しかったですね?」
「は、はい…」
この国では結婚をした夫婦は薬指に指輪をつけるのだが、お互いの瞳の色を交換した宝石を埋め込む。俺の瞳は青色、彼女の瞳は緑色なので、彼の言う通りになる。
「いやー光栄です!お二人の指輪をうちが準備させて頂けるなんて!付けておられないなとは思っていたんですが」
「準備も出来ない内に彼女が来たものですから…ちなみにいつ頃頂けそうでしょうか」
「急いで順番させて頂くので2ヶ月以内にはお渡しできるかと」
「そ、そんなに早くにですか!」
という事は、俺はもうその頃には彼女にプロポーズ出来るという事だ。一人緊張していたら、早速準備のために今日は帰ります!と彼はすごい勢いで去って行った。
彼女を好きだと自覚してから沸々とその想いは膨らんでいく。もう彼女がいなくなるなんて考えられない。ずっと一緒に居られるように、俺は言うのだ。結婚して欲しいと。
「それまでにもうひと頑張りするか…」
頭をかきながら店内で楽しそうに微笑む彼女を見る。思わず俺も綻んでいた。




