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「坊ちゃん、お酒が届きましたよ」
「ああ、今行く」
ウィンターに声をかけられ、まとめて運んでいた椅子を村の広場に置いて急ぐ。その途中でミルクティ色が目に入った。
「ミラ、酒が届いたぞ」
「あ、本当?私も行く」
村の女性達と花の準備をしていた彼女は一言告げてこちらに早足で来た。
「こけるぞ」
「こけないわよ」
そう言い合いながら村の出入り口に向かうと、荷馬車と共に見覚えのある人物が立っていた。
「ロレンツォ!」
「お久しぶりです」
彼と会ったのはつい一週間程前だが、八重歯が見えるニカッとした笑い方がすでに懐かしく感じる。
「今日は配達人か。君は何でも屋だな」
「ええ、お金さえ頂けたら何でもしますよ。警官にお世話にならない事以外なら」
「はは!そうだな、何かあったら頼むよ」
「ええ、是非ご用命は先日泊まられた宿屋の方に。あ、奥様もお久しぶりです」
「久しぶりね。遠かったでしょう?」
「いえいえ」
俺は届けてもらった物に相違はないか確認し、村の人達を呼んで広場まで運んだ。みんなエールが入った大量の樽を見て笑みが溢れていた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。少し食べていかないか?今から村のみんなと食事会なんだ」
「いいですねー!ぜひ、と言いたい所なんですが帰りに受け取らなきゃいけない荷物がありまして、それを持ち帰らなきゃいけないんですよ」
「しっかりしてるな」
「ええ、無駄にはしませんよ」
彼には妻子がいる。しかも最近二人目がお腹に宿ってくれたらしい。普段は農家として働いているがこうして小金を稼いでいて、しばらく出稼ぎに行けなくなるから出来る限りの事はやっておきたいと言っていた。
「じゃあ行きますね」
「待って!ロレンツォ!」
すると彼女が慌てた様子でやって来て、案の定何かに躓いて前に倒れる。近くにいた俺が慌てて支えて事なきを得た。
「だ、大丈夫ですか!?奥様」
「え、ええ…あ、これ!」
彼女は白い包みをロレンツォに差し出す。
「サンドイッチよ。これなら片手で食べれるでしょう。ここまで来てくれてありがとう」
「わあ!この間のスープといい、本当にありがとうございます!」
ロレンツォはそれは嬉しそうに受け取り、大きく手を振りながら去って行った。
「…こけたな」
「…言うと思った」
ロレンツォに手を振りながらぼそりと言うと、彼女が悔しそうに呟くので、可愛くて思わず吹き出してしまった。
今日は新事業に向けての発起会だ。村に帰って早速事業を始める話をしたら、みんな口をぽかんと空けていて、リンダは何でそんな大事な事を相談せずに勝手に話を進めているんだと怒り(それは確かにそうである…)一時はどうなるかと思ったが、今ではみんな前向きになってやる気満々だ。特にリンダは知らない内に染色液の仕入れ先を見つけてきて、何だかんだ文句を言いつつも、新しく始まる服飾事業を楽しみにしている様だ。
興味を持ってくれていた二つの商会の内、オンズロー商会は村に到着して翌日には、ここに来たいという手紙を送ってきた。歴の浅い商会で代表も俺より歳下だが、とてもバイタリティに溢れていて、利益は勿論だがそれよりも時代を変える様な何かをしたいという気持ちの方が強い人物だった。
また先入観に囚われる様な性格でもなく、他の商会が彼女に対して少し距離を置いているのに対し、彼は非常にフレンドリーで好印象だった。それは業績にも現れている様で、新しい事をどんどん取り入れる彼の商会は着実に顧客が増えていて、注目したい商会の一つとして新聞に書いてあるのを偶然見つけた。
これはもう決定でいいだろう、と彼女とも意見が合った。明後日オンズロー氏が来る事になっていて話はまだしていないが、この商会で取扱って貰える様に話を進めるつもりだ。
「みんな集まってくれてありがとう。今日の酒は全部ミラの奢りだ。新しい挑戦のためにと進んで出してくれた。みんな一丸となって頑張ろう!乾杯!」
みんな高らかに俺の後に続いて声を上げ、実に美味しそうにエールを煽った。色とりどりの花が飾られたテーブルには村のみんなが作ってくれた料理が並んでいる。
「みんな楽しそうだ」
「私達も食べましょう。お腹すいちゃった」
俺と彼女も皿を持って列に並ぶ。食べたい物を食べたい分だけ取っていくシステムだ。料理はみんなの家の自慢の一品を出すので大体一緒で、何も言われなくてもどこの家のものかすぐに分かる。これはキャンベル家のトマト煮込み、このほうれん草のサラダはシーモア家だな、と思いながら取っていく。しかし一つだけ覚えのない肉料理があった。
「どうしたの?」
「いや、この料理初めて見たからどの家が作った物かなと」
「え?」
そう言って後ろにいる彼女が覗いた後、何故か黙ってしまった。
「ローガン流石だねえ!これはうちの村の新入りが作ったものだよ!」
そう言って近くにいたレイスさんの奥さんが笑った。
「新入り?新入りって…」
ここ最近は誰もうちの村に越してきた人はいない筈だがと考えていると、彼女が呆れた様に言った。
「どうしてそこは察しが悪いのよ!私よ私!」
「…ああ!」
俺が声を上げると彼女はどことなく頬を赤くさせながらため息を吐いた。
「…うちの地方では定番の肉料理なの。偶然村の人の中で作り方を知っている人がいたから作ってみたのよ」
「へえ!それは楽しみだ」
俺は嬉々と彼女の料理を皿に乗せていく。
「と、取りすぎよ!口に合わないかもしれないじゃない」
「見るからに美味そうだ。口に合わないなんて事はない」
「…どうなっても知らないからね」
俺達は席について料理を頂く。最初は勿論彼女が作ってくれたものから。隣から物凄い視線を感じる。どうにも不安らしい。俺は5ミリ程の厚さに切り取られた肉を一枚頬張った。
「!!」
「ど、どう…?」
「…びっくりする程美味い」
「ほ、本当に?」
「嘘じゃないよ。何だこれ、すごく柔らかくて肉汁も溢れるほどだ」
俺がそう言うと彼女はほっとした様に笑みが溢れ、嬉しそうに喋り出す。
「豚肉の周りにスパイスをつけて低音でじっくり火を通すの。ソースは家庭それぞれなのだけど、うちはマスタードと蜂蜜を混ぜたソースだったからそうしたわ」
「そう、このソースもまた絶品だ。すごいな君。まだ料理を初めて数ヶ月だろう?」
「…褒めすぎよ。黙って食べて」
本当に美味くて驚きだった。黙って食べろと言われたのに俺がしつこく美味い美味いと言うから彼女はうんざりしていたが、頬は赤く染まっていた。
久々の大量の酒に村人達はいつも以上に大盛り上がりだった。父も母もあまり飲まない方だが、今日は大分進んでいるのか顔が赤い。たくさんの笑い声に溢れる中、アコーディオンの音が聞こえた。
「お、久しぶりにやるか!」
「私達の為にお酒を用意してくださった奥様に!」
そう言って村人達が立ち上がり、困惑する彼女の前に並ぶ。
「な、なに?」
「この村に伝わる祝福の歌だ」
そしてアコーディオンの音色に合わせて村人が歌い踊った。この間のお披露目の時はまだ彼女に不信感が残る者もいたからかこんな流れにはならなかったが、今は村人全員が彼女を信頼している。その証拠だ。
「良い曲だろう?」
「ええ!なんて明るくて心が躍る曲なのかしら…なのに涙が出そう」
「君が頑張った証だ。さあ、君も踊ろう」
俺が彼女の手を引いてみんなの所に行くとさらに盛り上がった。彼女も見様見真似で踊って笑っていた。
「あー!楽しかった!」
両手をあげて喜ぶ彼女に笑みが溢れる。後片付けはやっておくからという村の人達の言葉に甘えて俺達はひと足先に帰宅していた。
「見て?あなた、星が綺麗よ」
「本当だ」
前を歩く両親は腕を組んで歩いていて、すっかり二人の世界だ。ちなみにウィンターは片付けの手伝い、マリアとニイナは俺達より更に先に帰って、大分お酒が回っている両親の為に寝支度を整えている。
「それにしても沢山もらっちゃったわね」
「ああ、明日で食べ切れるかな」
「ふふふ」
料理やら花やら沢山土産に持たされて、今日も両手いっぱいの荷物を抱える俺をまた彼女はけらけらと笑う。
「ミラ、やっぱり持ってくれるか」
「やっと観念したのね。この間の時も持つって言ったのに」
一番軽い紙袋を彼女に渡す。
「あ、そっちの手で待って」
「どうして?」
「手を繋ぎたいから」
一瞬で頬を赤く染めた彼女は、おずおずと反対の手に紙袋を持ち直す。俺はその空いた手を優しく繋いだ。
「…お二人に見られたらどうするの」
「どうするって?」
「分かってるくせに….白々しい」
「はは!大丈夫だよ、あっちも二人の世界だし。それに見られたって困るものでもない」
そう言うと彼女はまた口を尖らせて黙ってしまった。可愛いくて頬が緩む。離したくなくて、もっと意識して欲しくて、普通に繋いでいたものを手が絡む繋ぎ方に変えた。
彼女がどうして俺と結婚したくないのかは分からない。その事にいつか向き合う時が来るだろう。その時までに、俺は出来る事をしようと決めた。俺と離れたくないと思ってもらえる様に。彼女も、俺の事を好きになってもらえる様に。
結局その手は屋敷に到着するまで解かれる事はなかった。




