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「ここでお待ち下さい」
会場から離れ、城内の一室に案内された。本当にここで国王と会う事になるのだろうか。俺と違って彼女は落ち着いた様子で部屋の中央にあるテーブルの椅子に座った。
「簡単に説明するわ。あなたも座って」
促されるまま、彼女の隣に座る。
「きっと扉の前に誰かいるだろうから、なるべく小声で」
「…分かった」
「私達を見るケビン様の表情を見たでしょう?」
「ああ。自分で呼んどいた癖に何だったんだ、あの顔は」
「どうやらケビン様は私達が来る事を知らなかったみたいね」
「…何だって?」
でも確かにそんな表情だった。驚きだけでなく焦りも混じっていて、招待客が挨拶をしているのにこちらに釘付けでまったく耳に入っていない様だった。
「だとするとあの招待状は誰が」
「彼女でしょうね」
「…ミーシア様?」
彼女が無言で頷く。俺は腑に落ちた。
「通りで王族にしては陰湿な事をするなと思ったんだ」
「そうね。彼女から離れさせる為にわざわざ私を遠くにやっといて、新しい婚約者とのパーティに元婚約者の私を呼ぶなんて二流、いえ三流の行動よ。てっきりそこまで頭がお花畑になっちゃったのかと思って敢えて顔を出してやったのに」
あ、という顔をした後に彼女は咳払いして誤魔化す。
「…とにかく、誇り高い王族としてあるまじき行為をしたの。それを一番良しとしないのは」
「国王陛下か」
「ええ。私はケビン様がした事だと思ったから来た。私が行く事で確実に問題が起きて、お花畑の彼の頭が冷えるだろうと思って。それに流石に私も腹立たしかったし。でも彼女がしたのなら話は別」
「婚約がなしになる?」
「流石にないと思いたいけど…国王陛下はパーティで勝手に彼が私に糾弾して破談を申し立てた事をかなりご立腹でいらっしゃったから。まあ私の噂を聞いて破談自体は納得されたみたいだけど」
その噂は本当なのか?と聞きそうになったのを堪えた。先程不躾に彼女の両親の話を聞いてしまったからだ。また中途半端に話を中断させたくなかった。
「そもそも婚約者がいる身で他の貴族の娘と懇意になったという事自体、国王陛下はよく思われていなかった。世間一般ではとんでもない悪女に捕まりそうになった可哀想な王子として、彼女を受け入れたけど──」
でも我慢出来なかった。何でもないように言う彼女の話を止めるように手を握る。彼女はその手を一瞥した後、呆れたような笑みで俺を見た。
「…私を本当に信じてるのね」
「まだ話せないのか?」
「そんな事はないけど…単純に今はその説明をしている時間がないから」
「…分かった。続けて」
彼女の手を離して腕を組む。またこの手が中断させてしまうかもしれないからだ。
「怒ってるの?」
「怒ってない」
「怒ってる声してるけど…変なの、私の話なのに」
ふふふ…と笑った後に、彼女はまた話を続けた。
「ごめんなさい、私が話を脱線させたせいね。とにかく、今回の事が知れたらただでさえ印象の悪い彼女の信頼が更に落ちる事になる。まだ王族でもないただの貴族の娘が、その力を使って私を呼び出しているんだから。しかも王族の誇りを貶める様なね。
こんな短い期間で再び婚約破談だなんて、それこそ王族への不信感が募っちゃうから結婚は出来るでしょうけど、国王陛下がいらっしゃるような公務には出してもらえなくなるでしょう。最悪、すぐに側妃探しをして正妃の立場が危ぶまれる可能性もあるかも」
成程、と納得する。
「ミーシア様の失態は分かった。だが俺達には関係ないだろう?すべて王族内での話だ。君も言っていた様に世間は彼女を受け入れているんだから。
なのにどうして呼び出されなきゃいけないんだ?それに君もミーシア様がした事になると、話が変わるとはどういう事だ?」
「どうして私がケビン様ではなく、彼女が行った事だと気付かなかったか分かる?」
「‥ケビン様の押印か!」
結婚式は国中全ての人間が参加していい事になっているが、婚約式は違う。親族、有力な貴族に限られている。そこで招待状だ。その招待状にはケビン様の直筆のサインと押印がされていて、この判子は門外不出だ。ケビン様のみが所有していて、本人が一枚ずつ押しているので偽造不可能となっている。
「恐らく彼女は差出人を仲の良い友人とかくらいに止めて、彼に招待状をお願いしたんじゃないかしら。そして彼は二つ返事で了承して、私達に出されるものとも知らず招待状を作成して彼女に渡した。やっぱりお花畑な事には変わらないわね」
「成程な。随分と大胆な事を…」
俺がそう言うと彼女がふふ…とまた笑った。
「彼女がすべて1人でした事だと思う?誰かが手引きしたに決まってるでしょう」
その微笑みは彼女が上流貴族として、また王子の婚約者として生きてきた経験を物語っていた。
「誰かが彼女を唆したのよ。私を呼び出して痛い目に合わせてやろうとか言ったんじゃないかしら。彼女は素直な人間だから、今まで私にされた鬱憤を晴らさなきゃいけない様な気になってその作戦に乗った。でもこれはさっき説明した通り、私なんかより彼女の立場が危ぶまれる行為なの」
「じゃあ今回の事は、俺達を貶めたかったんじゃなく…」
「狙いは彼女。国王陛下の信頼を落としたかったのでしょ。正妃になるという事はそういう事なの。一番狙いやすい立ち位置だから、例え相思相愛だとしてもお構いなし。彼女はこれまでそういった陰謀とは無縁の人生を送ってきたから知らないのよ。そこをつけ込まれたんでしょうけど」
恐ろしい世界だ。彼女はずっとその世界を生きてきたから、ケビン様のあの表情を見ただけで全てを理解したのか。
「だからあの入り口にいた使用人も手引きされた人間ね。普通、王族の為を思うなら私達を会場に入れずに追い返すわよ」
「君を見ても驚いていなかったしな。…すごいな、点と点が線になっていくようだ。じゃあ一体誰がミーシア様を陥れようとしたんだろう」
「まあそれはそれとして…とりあえず私達は今共犯なんじゃないかと疑われています」
「…え?」
突然不穏な展開になって背筋が凍る。
「きっと国王陛下はここには来られないわ。来るとしたら…」
その時、扉のノック音が響いた。最悪のタイミングだ。
「お、おい誰が来るって」
「…坊ちゃん、私の手を握って」
今まで聞いた事のない様な彼女の弱々しい声と表情に一瞬時が止まる。俺は反射的に彼女の手を握った。彼女はほっとした表情になった後、再び顔を引き締めた。
「きっとここに来るのは…私の父よ」
扉が開く。見覚えのあるミルクティ色の髪をした男性が俺達の前に現れた。
「お待たせしてすまない。ラワン・イヴァンチスカと申します」
全く申し訳ないと思っていなさそうな態度。愛想とは無縁そうな表情に、ああ、紛れもなく彼女の父親だ、と実感した。




