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最後の女

 律子は今、役者志望の貧乏男と付き合っている。


 もう五年になる。彼は一向に売れる気配がない。


 未だに住んでいるのは風呂なしアパート。


 バイトの収入と劇団からの給料を比べると、雲泥の差だ。


 もうやめた方がいいと思った。


 律子自身、疲れ果てていたのだ。


 昼はOL、週末はキャバ嬢。


 それでも彼は自分で何とかするつもりはないらしく、ひたすら律子にたかり続けた。


(こんな男、見捨てよう)


 隣でいびきを掻き、気楽な顔で眠っている彼を見て、律子は決心した。


 


 翌朝、律子が目を覚ますと、彼はいなくなっていた。


 ちゃぶ台の上に置手紙がある。


「舞台で主役をもらえた。今度こそ、俺は上を目指す」


 それだけ書いてあった。


「……」


 律子はもう少し待ってみようと思った。


 彼女は身支度を済ませ、会社に出かけた。


 そしていつもの一日が始まる。


 コピー、お茶汲み、掃除、洗い物、接客。


 ようやく昼の仕事が終わる。今日は金曜日。夜の仕事が待っている。


 律子は会社に内緒でキャバクラに勤めていたので、店では化粧を濃くし、香水も全く違うものを使っていた。


 その日何故か、同じ課の男性社員達が店に現れた。


 律子はバレるとは思わなかったが、指名をしないで欲しいと心の中で願った。


 しかし、その願いは打ち砕かれ、律子は指名された。


 源氏名は本名を連想させるようなものではないので、わからないだろうと思い、テーブルに着く。


 するとすぐ隣に座っていた男が顔を近づけ、


「律ちゃんだよね、君?」


といきなり聞いて来た。律子は平静を装おうとしたが、手が震えてしまう。


「大丈夫だよ。会社にチクッたりしないからさ」


 その男は、前から律子にしつこく交際を迫って来ていた。


 律子は不安だったが、


「はい」


とだけ答え、何とか冷静さを取り戻し、ごく普通に接客した。


 時間が来て男性社員達は店を出て行った。


 律子はやっぱり会社にバラされるのではないかと思い始めた。


 店が終わり、外に出る頃には夜明けが近く、明るくなり始めていた。


「待ってたよ、律ちゃん」


 律子はギクッとした。あの男性社員だった。


「さ、行こうか」


 男は狡猾な笑みを浮かべ、律子の肩を抱く。


 こいつ、私の身体が目的?


 律子は隙を見て逃げようかと思ったが、そんな事をしたら間違いなく会社に言われてしまう。


 ジレンマだった。


「さあ」


 促されて顔を上げると、思った通りそこはラブホテルの前だ。


「どうしたの? まさか、経験ないなんて事ないよね?」


 男の顔が嫌らしくなる。律子は寒気がした。


「いいんだよ、別に。君の自由さ。但し、そうなると、僕もお喋りになるかもね」


「……」


 ここで応じたら、更に要求はエスカレートする。しかし、拒否すれば会社にいられなくなる。


 律子は考えた。そして結論を出す。


「かまいません。お喋りになって下さい。私はそこまで落ちたくありませんので」


 唖然とする男を残し、律子はその場を離れた。


 アパートに帰ると、彼が戻っていた。


 何故か落ち込んでいる。


「どうしたの?」


 律子は隣に正座して尋ねた。


「主役、代えられた。お前にはまだ無理だって言われた……」


 律子は初めて彼の涙を見た。


「何よ、そんな事で泣かないの! 男でしょ!」


 私はこの男の最後の女になろう。


 律子はそう誓った。

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

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