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ジャンケンの女

 僕は予備校生。


 三月に受験した大学の不合格がわかり、浪人が決定した。


 別に大してショックではなかった。どうしても大学に行きたかった訳ではないから。


 受験の動機は、「まだ働きたくない」という、実に身勝手なものなのだ。


 だから、予備校もそれほど真面目に行っていない。


 両親が知れば、とても落胆するだろう。


 しかし、そんな事を知ろうとするような両親ではない。

 

 自分達の仕事と付き合いで手一杯で、三男である僕の事など眼中にないのだ。


 


 僕は予備校に向かっていたが、何となく気乗りしないので、途中にある公園に立ち寄った。


 風も暖かな五月。僕が一番好きな季節だ。


 でも良い思い出はない。


 連休中、ずっと仕事続きだった両親は、兄達にはいろいろと気遣いをしていたが、僕には全くそれがなかった。


 中学に入学した時、それがはっきりわかった。


 入学式に来ないばかりか、入学の手続きすら忘れていたのだ。


 僕は危うく通学できなくなるところだった。


「あの、隣にかけてもいいですか?」


 ボンヤリとベンチに座っていると、そう声をかけられた。


「えっ?」


 僕は声に反応して顔を上げた。


 そこには、僕と同世代くらいの、目のクリッとした凄く可愛い女の子がいた。


 えーと、女優の誰かに似ている気がするのだが、思い出せない。


「あ、ええ、どうぞ」


 僕は赤面し、ベンチの端に移動して、その子が座れるスペースを作った。


「ありがとうございます」


 その子はニコッとして腰を下ろした。フワーッと、彼女からいい香りが漂って来る。


 香水? シャンプーの匂い? それとも、化粧水?


「あの、何か?」


 その子は僕が凝視しているのに気づき、訝しそうな目で尋ねて来た。


「ああ、すみません、何でもないです」


 慌てて視線を逸らす。何やってるんだ、本当に……。


「何でもないはずないわ。貴方は今、私を見ていました。私の事が気になるんでしょ?」

 

 その子はストレートな質問を繰り出して来た。僕はギクッとして、


「そ、そんな事はないです……」


と立ち上がってその場を離れようとした。


「待ちなさいよ」


 いきなり右腕を掴まれた。凄い力だ。


「えっ?」


 僕はギクッとして彼女を見た。不思議な事に彼女は微笑んでいた。


「私と付き合いたくない?」


「は?」


 もしかして、危ない子なのか? 怖くなって来た。


「ジャンケンをして、貴方が勝ったら、付き合ってあげる。それでどう?」


 いや、「それでどう?」とか、高飛車に訊かれても……。


「で、もし貴方が負けたら、私の(しもべ)になるのよ」


 はあ? いずれにしても「罰ゲーム」って奴か?


「じゃ、行くわよ。ジャン、ケン、ポン!」


 彼女は僕の意志を全く無視して言った。


 つい、反射的にグーを出してしまった。


 彼女はチョキを出していた。うわわ、勝ってしまった。


「あーん、残念だわ。私の負けね。約束だから、貴方と付き合ってあげるわ」


「はあ」

 

 この手の類いは、逆らうと危険だ。ここは彼女に合わせて、隙を見て逃げる事にした。


 でも、逃げられなかった。ずっと……。


 


 それから十年。


 僕達は結婚していた。


 彼女との間には三人の男の子が生まれている。


「娘が生まれるまで頑張るわよ、パパ!」


 そんな猛烈な性格は、あの頃と少しも変わっていない。


 今思うと、あれは妻の用意周到な作戦だったのかも知れない。

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