桜の下の女
春爛漫。
その言葉が一番似合う季節が巡って来た。
私は満開の桜の下を当てもなく歩いた。
仕事は裁判官。でも、それほどあくせくしていない。
そういう性分であるから。
忙しいのは嫌いなのだ。縛られるのも好きではない。
のんびりと過ごしたいのだ。
花見で賑わう並木道を、ゆっくり、ゆっくりと進む。牛になった気分である。
皆浮かれている。そういう中ではしゃぐのは好きではないが、遠目で見るのは面白い。
子供達の笑い声、大人達の喚き声。私にとってはどちらも雑音だ。
でも心地好い。悪い気はしない。
立ち止まる事なく、歩く。
やがて桜並木は終点に近づき、人混みも途絶えて来た。
はて? 妙な女が桜の木の下に立っている。
長い黒髪を腰まで伸ばし、喪服のような漆黒の着物を着ている。面妖だ。
もしや、死神? しかし、つらつらと思い浮かべるに、女の死神はいない気がした。
だが、どう見てもこの世の者ではない、只ならぬ姿だ。
意を決して女に近づく。
女の方は、私が自分を見ている事に気づいているようで、こちらを見てニヤリとした。
周りの人の誰も、その女に気づいた様子はない。
やはりそうか? 物の怪とでも言うのか? 歩みを速める。
「私を探していたのか?」
女に尋ねた。女は低い声でクククと笑い、言った。
「そろそろお戻り下さいませ、閻魔様」




