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9どうして俺なのか

 楓子の2つ下の弟の紅葉は、自分の容姿が嫌いだった。あまり身長が伸びず、細身の体型の紅葉は姉に似ていた。どこか中性的に見える容姿は中学生の頃、女子と間違えられるほどだった。大学生になっても、女っぽいと友達からいじられることがあり、自分の容姿にコンプレックスを抱えていた。一重の吊り上がった目も嫌いだった。常に不機嫌にみられるのも苦痛だった。


「ねえ、そこの君、隣の席、いいかな」


 だから、初めて学食で彼女から声を掛けられたときはとても驚いた。女性に声を掛けられることがなかった紅葉は、自分にかけられた言葉だと思わず、無視してしまった。周りを見渡すと、昼食時ということもあって、学食は混みあっていたが、席が全くないという訳ではない。あちらこちらに空席があった。紅葉はたまたま、一人で昼食をとっていた。


「君に言っているのだけど、もしかして耳が遠いのかな」

「お、俺のこと?」

「そうだけど、やっとこっちをみてくれた。やっぱり、私の好みの顔をしているね」


 もう一度、その女性は紅葉に声をかけてきた。今度はしっかり紅葉に視線を向けている。さらには紅葉に近寄ってきて、明らかにに自分に話し掛けていることがわかる。自分の隣に座りたいということなのだろう。女性は紅葉の返事を聞かずに勝手に隣に座った。両手に持っていたお盆をテーブルに乗せている。どうやらここで昼食をとるらしい。


「お、俺はもう食べ終わったから、ど、どうぞご自由に」


 紅葉には姉がいたが、あまり女性と話すのは得意ではなかった。初対面の女性などなおさら緊張してうまく話せない。その場でうまく取り繕えないと判断した紅葉は、急いで昼食のラーメンを口に放り込み、慌ててお盆をもって席を立つ。


「私は君とお話がしたいと思ったんだけど、もしかして次の授業の課題とかある?それなら無理には引き止めないけど」


 女性は紅葉がその場から逃げ出そうとしたことに気づき、優しく声をかける。昼食後の急ぎの用事はない。しかし、このままこの女性と話をするのは危険だと本能が告げていた。女性の目は紅葉本人を見ているようで、実際はだれかほかの人を重ねているようだった。どこか視点が会っていないように見えた。


「ええと……」


 しかし、女性から逃げるための嘘が思いつかない。紅葉は嘘をつくのが苦手で、周りからは馬鹿正直だとからかわれていた。答えに言いよどむ紅葉に、女性は強引な手段で紅葉を食堂にとどまらせる。


「友達が今日は予定があって一緒にお昼を食べられなくなったんだよね。私、一人で食事をするのって苦手でさ。もしよかったら、私の話し相手をしてくれない?ああ、怪しいものじゃないよ。私は4年生の乗附美耶のつけみやっていうんだけど……」


 逃げようとした紅葉の腕をつかみ、上目遣いに懇願されてしまった。そこまで詰めよられて断るのは悪い気がして、しぶしぶ逃げたい気持ちを抑えて席に戻る。食堂の壁に掛けられた時計を見ると、昼休みはまだ十分に時間があった。


「俺の名前は」

「待って、私に名前を当てさせて!そうだなあ。なんとなく秋生まれっぽい感じがするから……」


 席に座った途端に、女性はテンションがあがり嬉しそうに紅葉の名前を当てようとあごに手を当てて考え出す。仕方なく、紅葉は女性の話に付き合うことにした。




 学食で出会った女性はそれからも、大学で紅葉を見かけるたびに声をかけてきた。紅葉が友だちと一緒にいようが一人でいようが関係なしだった。


「中道、最近声をかけてくるかわいい人と、どんな関係なんだ?」

「いいなあ。あんなにかわいい先輩に話し掛けられるなんて」


「別にうれしくはない。ただ相手が勝手に声をかけてくるだけで、俺は先輩が苦手だ」


 友達にうらやましがられても、まったくうれしくない。紅葉にはどうして自分が先輩に選ばれたのか理由がわからず、すっきりしない毎日を送っていた。会えばたわいのない話をするのだが、いつ見ても、先輩の瞳は紅葉を見ているのにだれか違う人物を見ているかのように空虚だった。

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