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31幻聴

「しぇんぱいはきっと、俺たちの職場や住所を知っているはずだ」

「恐ろしいことだけど、可能性がゼロと言えないのは嫌なものね」


 楓子がコンビニで買ってきたお弁当を食べながら、二人は親友がこれから仕掛けてくるだろう行動を予測して、対策を立てていた。


「職場に押しかけてくるのもあり得る」

「それは勘弁して欲しい……」


 楓子も紅葉も社会人として平日は会社に勤めている。まさか、就業時間中に会社を突撃訪問してくることは無いと思うが、退社の時間を狙って接近してきてもおかしくはない。


「一人での行動をなるべく避けることは必須ね」

「でも、一人にならないようにっていうのは限度があるよ」


「……」


 警察に通報したほうがいいのだろうか。そんな考えも頭に浮かんだ楓子だが、すぐにその考えを否定する。そもそも、まだ被害が出たわけではない。警察に話して警護を頼んだとしても、断られるのが目に見えている。


「ほとぼりが冷めるまで、どちらかの家に厄介になるのがいいかも」

「夜は安全かもしれないけど、結局、家に帰るまではひとりになるよね」


 一人になるのが危険なら、一人暮らしをしている二人はアウトである。どちらかの家に泊まるとしても、どちらかの通勤が不便になるだけで、一人の時間をなくすことはできない。


「とりあえず、明日は通常通りに会社に行くしかないよね」

「休む理由も思いつかないしね」


 有給を使うという手段もあったが、二人は、明日は何時も通りに会社に出勤することにした。


「今日はもう、疲れたからもう寝るよ」

「おやすみ」

 紅葉は予定通り、楓子の家で一泊することになった。寝室の床に来客用の布団を敷いて、紅葉の寝る場所を確保する。その日は疲れていたので、夜の10時頃には二人は布団に入り、寝てしまった。




 次の日の朝、紅葉は朝の7時過ぎに楓子の家を出ていった。弟を一人にさせることに不安を覚えたが、紅葉にも紅葉の生活があるし、楓子にも楓子の生活がある。


「じゃあ、なにかあったらすぐに姉ちゃんに連絡するね」

「私も、美耶について何か進展があったら連絡する」


 紅葉が出ていったあと、楓子も出かける用意を始める。楓子の会社は家から徒歩15分ほどの場所にある。始業時間は9時からなので、今から準備を始めても充分会社に間に合う時間だ。


 紅葉が勤めている会社もまた、自宅から徒歩15分と言っていた。楓子の家から紅葉の家までは電車で1時間ほどかかる。始業時間は楓子と同じ9時からなので、そこから家に帰って支度をしても間に合う時間である。


「いってきます」


 だれもいない家に向かって声をかけるのは楓子の習慣となっていた。当然、家からの返事はない。ただ楓子の声が部屋に響き渡るだけだ。


(もし、美耶たちと暮らすことになったら)


『いってらっしゃい』


 はっと正気に戻って玄関の中を見つめるが、そこには誰もいない。しかし、耳の奥には親友の優しい幻聴がこびりついていた。楓子は頬を軽くたたいてそのまま会社に向かう。


 空を見上げるとどんよりとした曇り空で、楓子の心模様を示しているかのようだった。

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