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28心境の変化

「じゃあね、まあ、すぐにまた会えると思うけど」

『……』


 その後、楓子と紅葉は美耶と別れて、雅琉の運転する車で丁重に駅まで送りかえされた。車の窓から見える空はどんよりとした曇り空だった。昨日のような大雨は避けられたが、今にも雨が降りそうなほどの灰色の空である。


(いきなりの心の変化?いや、それは美耶に限ってありえない。だったらなぜ)


 昨日、あれだけ自分たち姉弟を逃がさないように脅していたのが嘘みたいだ。そんな親友の態度の変化に楓子はかなり動揺していた。


「ねえちゃん、本当に美耶先輩は俺たちを解放してくれたのかな?」


 紅葉も今の状況が信じられないのか、耳元で楓子に確認してくる。それに答えず、楓子は運転中の雅琉に問いかける。


「本当に私たちを駅まで送ってくれるんですか?」

「ねえさんの指示に僕は従います」


 雅琉の答えは簡潔だった。美耶が「駅まで送れ」と言ったから、自分はその指示に従っただけ。そこに彼の意志は存在しないようだった。



「では、僕はこれで」


 言葉通りに、雅琉は楓子と紅葉を結婚式場の最寄り駅まで車を走らせた。出会ったのはバス停だったはずだが、きちんと駅まで送ってくれた。


『ありがとうございました』


 駅のロータリーで降ろされた楓子と紅葉は、お礼を言って雅琉の車が見えなくなるまでその場に立っていた。今日は日曜日で、人も多くロータリーは送迎の車で混みあっていた。


(私たちと一緒に住もうといった言葉に嘘は見られなかった。むしろ、紅葉が帰りたいというまではノリノリだった。それなのに、紅葉の言葉で考えを改めた?いや、美耶が弟の言葉一つで考えを変えるわけがない)


 駅の改札口を抜けて、ホームで電車を待っている間、楓子は美耶の行動について再度考えていた。


「もしかして、私たちが自ら美耶の元に来るように仕向けている?」

「それはありえないよ。普通、あんなことされた人間と一緒に住もうと考えないよ」


「そうだけど……」


 楓子は紅葉の言葉に胸の奥がもやもやした。普通なら、の話だ。しかし、どうしても楓子の未来には美耶と一緒に住む光景が見えていた。


「姉ちゃん、そろそろ電車が来るよ」

「そ、そうだね」



 紅葉の声にハッとして顔をあげると、心配そうな紅葉の顔が視界に入る。あたりを見渡すが、駅のホームで楓子たちに目を向けるものはいない。皆、それぞれの目的地に向かうための電車を待っている。ホームの椅子に座っていた二人は電車の到着を告げるアナウンスを聞いて席を立つ。


「先輩がどうして俺たちを解放してくれたのかわからないけど、とりあえず今日は家に帰ってゆっくり休もう。俺も姉ちゃんも明日から仕事があるからね」


 紅葉の言う通りだ。美耶のことを考える必要はあるが、明日は楓子も紅葉も仕事に行かなければならない。とりあえず、今は家に帰ってゆっくりと休みたい。



「紅葉、私の家に今日は泊っていく?」

「ちょっと一人で居るのは怖いから、泊めてくれるのは助かる。姉ちゃんと俺の家ってそんなに離れてなかったよね。先に俺の家によっていいかな?」


「構わないよ」


 二人は先に紅葉の家に向かうことにした。ホームから空を見上げると、先ほどの曇り空から一変、太陽が顔をのぞかせている。


(この空の下、美耶はどうしているだろうか)


 今はGWゴールデンウィークの最中で、明日はその中にある平日だ。この長期休み中に何か仕掛けてくるかもしれない。それでも現状、美耶は楓子たちに自由を与えた。それを無駄にすることは出来ない。


帰りの電車は奇跡的に席がふたつ空いていたので、隣同士で座ることが出来た。紅葉は疲れたのか、楓子の肩に頭を傾けて寝てしまった。肩にもたれかかる弟の頭をなでながら、楓子は美耶のことをずっと考えていた。

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