エキストラ
同点で迎えた9回裏。
俺は打順が回ってくることが無いと考え、応援しながら少しずつ帰りの支度を始める。
カキーン
金属のいい音が響き渡り、ボールは右中間を割った。
「回れ!回れ!回れ!」
2塁にいたランナーが一気にホームベースを踏みゲームセット。
今日は社会人野球の大会だった。俺はベンチの数合わせ兼助っ人として試合に臨んでいたためそこまでの喜びはない。しかし、数合わせながら、なかなかの活躍を見せ、チームは地区大会優勝を成し遂げた。
その後の学校
おかしな鳥料理を出すこの店の店長はなかなかの頑固親父で、昔鳥足の唐揚げにいちゃもんをつけた子供のせいでおかしな鳥料理を出すようになったのだ。
飲み会が盛り上がってなお、俺は酒を飲まなかった。この後のためだ。
このあとは消防団のパトロールをお願いされているためお酒を飲むことはできない。
俺は店の奥で消防団の制服に着替えて先に上がらせてもらうことにした。
外に出て消防団の基地へ向かおうとしたとたん、居酒屋の2軒隣の民家が突如爆発した。すぐに消防車があつまり、消化活動が始まる。団長の指示で俺は消防車の設定をし、ホースを繋ぎ、水を放射するスイッチを押した。炎が燃え広がる前に鎮火することができた。
鎮火した家のベランダにはナイフを持った女子高生が呆然と立っていた。
集まってきた野次馬を見下ろしながら、女子高生は叫び始めた。
「私はなんのため生まれたのかわからない。
昔から他人と比べられ、両親は本当の私を見ようとはしてくれなかった。テストで1桁に入っても関心を持ってくれない。担任の先生は私をみてくれていた。でもそれはお父さんと不倫をしてたから……」
ここでやっと俺は気がついた。誰も彼女を止めようとしない。それどころかただ呆然と彼女を見上げている。俺は少しずつ体を車の影に隠した。彼女をみないため、彼女に見られないため。
「だからね、父と母と先生を天国へ送ってあげることにしたの。天国なら3人で仲良くなれると思うから……」
体を隠した俺は改めて野次馬たちを見た。
みんな生気を奪われたようにただ上を見上げている。体を隠した俺を見ていたのは誰もいない…はずだった。
「あなたはどうして私を見てくれないの?」
いつのまにかベランダから降り、消防車の裏まで歩いてきた少女、その顔にも生気はなかった。無表情で近づいてくるその少女に恐怖を感じた俺は走って逃げようとしたが、足がすくんで動けない。
彼女は消防団の先輩の肩に手を回し、俺に見せつけるように胸のあたりにナイフで傷をつけた。
「綺麗…温かい血、私のように冷え切った環境で育ってないからなのね。」
その時の顔には笑みを浮かべていた。
「あなたにもわたしにも同じように血が流れている真っ赤な血が。だけど私の血には愛情なんてない。あなたはどうかしら?どれだけの愛情を受けてるのかしら」
そういうとナイフを構えながら俺の元へ歩いてきた。俺もなとか後退りをしながら必死に距離を取る。
「私は誰にも見られることはなかった。私を見てくれる人なんていないの。」
とうとうナイフが胸の上あたりに当たった。しかし、彼女は突き立ててくることはしかった。
「話を聞いてくれてありがとう。私の最後を見て聞いてくれたのはあなただけだった。本当にありがとう。」
そう言い残し彼女は走って夜の闇に消えていった。彼女の姿が見えなくなると、周囲の人たちのざわめきが聞こえ始めた。
「あれ?」
「どうしてここに?」
「今ベランダに誰かいなかった?」
「そんなわけねぇだろ」
「うわぁーーー血が!」
先輩の叫び声だ、幸い、命を取られことは無かった。傷もただの切り傷のため応急処置は簡単に済んだ。
俺は彼女のその後が気になり、刑事さんと彼女が走っていった林の方へ向かった。
獣道の脇でナイフが発見され、その先には真っ赤な池の中でうつ伏せ状態の女子高生の遺体があった。死因は自殺。自らの喉を切りそのまま池の中へと身を投げたのだ。
司法解剖の結果。爆発が起きたより前に自殺していることがわかった。
鎮火した家からは3人の遺体が発見され、どれもナイフで殺されたあと、家の中にガスを充満させ時限爆弾のように爆発させたことがわかった。
俺は大学の屋上で刑事さんからことの顛末を聞いた。
なら俺が見た彼女の姿は一体?
それになぜ先輩の胸に傷があったのか、俺は彼女の姿を世間に伝えるべきか、俺の中で留めるべきか悩み、空を見上げた。