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すべての人の心に花を-23

 傾きはじめた陽射しをくぐって影に入ると、もう肌寒くすら感じられる。その気温の差に一瞬驚き、身を竦めながら由起子はまた歩みを進めた。鷺ノ森の駅から線路沿いに歩き、しのぶに教えられた住所を辿って由起子は家を探した。団地の立ち並ぶ住宅街を抜けると、古い町並みが続いた。その中に立ち、電柱に記された住所を確認しながら歩いていき、ようやく一軒の家に辿り着いた。薄汚れた表向きは、人のいる気配を感じさせない。少し戸惑いながら表札を見ると、岩崎と記されている。

 由起子はそれを確認するとゆっくりとチャイムを押した。沈黙が続き、由起子はもう一度チャイムを押した。かすかに人の気配がガラス越しに伺えた。ガタガタと音がして玄関が開いた。身だしなみの乱れた女性が、隙間から由起子の顔を胡散臭く見つめた。

「なんだい、あんた」

四十前後だろうか。そう思いながらも由起子は愛想笑いを浮かべた。

「はじめまして、失礼いたします。わたくし、緑ヶ丘学園の緑川と申します。実は、こちらのしのぶさんのことで伺わせていただきました」

しのぶの名前を出した瞬間、その女の顔色が変わった。

「あらあら、しのぶのこと、知ってるの?そう、ちょっと中入って待ってね」

そう言うと女は慌ただしく由起子を招き入れた。

 由起子は台所に招き入れられ、イスに腰掛けた。ゴミも片づけられていない乱雑な台所の雰囲気に、由起子は居心地の悪さを感じた。靖江はそんな由起子の様子を察して、

「ごめんね、とっちらかってるけど。あたし、ホステスやってて、夜の仕事だろ、家事に時間掛けられないから」

そう言いながら、コンロにヤカンを掛けて、お湯を沸かしはじめた。

「あ、おかまいなく」

「なに、何にもないけど、お茶くらいは飲んで行ってよ」

靖江はそう言いながら、テーブルの反対側に腰掛けた。

「で、しのぶはどこにいるの?」

 煙草に火を点けながら、靖江は由起子に問い掛けた。視線も合わせないその仕草に、由起子はしばらくじっと黙ったまま靖江を見ていた。靖江もそれに気づいたのか、由起子の視線を感じて、慌てて正面を見つめた。

「あ、あんた、しのぶが、いまどこにいるのか、知ってるの?」

取り繕うような様子で靖江は言った。由起子は靖江が正面を見て、ようやく口を開いた。

「しのぶさんは、いまあたしの家にいます」

「あぁ、そうかぃ。悪かったね、面倒掛けて」

「いえ、しのぶさんは、とてもいい子ですから」

「まぁ、あたしも、父親がいないぶん、ちゃんと躾けてあるから」

「そうですか?」

 その言葉に、靖江は煙草を吸うのを止めて、由起子を見た。冷たく見つめる由起子に、靖江は少し居住まいを整えながら言った。

「ま、まぁ、色々と世話掛けたね。いま、あの子はどこにいるの?」

「しのぶさんは、いま、学校に行ってます」

「学校?どこの?」

「あたしがいま勤めている学校です」

「あんたが?あんた、学校の先生かい?」

「ええ」

「そ、そう。そりゃ、よかったわ。いい人に面倒見てもらえて」

「いえいえ、どういたしまして」

「で、でも、学校行ってりゃ、お金も掛かったでしょ。申し訳ないわね。後でお返ししますから」

「いえ、そんな」

「まぁ、そう言わずに。それで、しのぶはどこにいるの。そう、しのぶはどこに住んでるの?」

「えぇ、ですから、あたしの家にいます」

「あぁ、そうだったね。悪いね、何から何まで世話になって」

「いえ」


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