09.特例でランク上がりがち
決闘……か。この世界が夢だと思ってた時なら、またありがちな展開だと言う所だけど、今はそんな風に考えられないのよね。
それにいくら使うのが木刀でも、クロイムちゃんのおかげでダメージが少ないと言えども、怪我をする可能性もあるもの。それは相手も同じだけど。
憂鬱な考えを巡らせながら、案内されたのはギルドの中庭。建物はL字になっていて、空いてる二辺を丈夫そうな壁で囲った構造なんだけど、この除草された庭部分が訓練場みたいね。
ちなみにL字の談話室と逆方向が、ギルドの事務室やミツルの居る医務室になってるみたい。早く会いに行ってあげたいのだけど、そうはいかないわよね……。
いえ、悪いようにばかり考えていてもしかたないわ。決闘はそりゃ怖いけど、相手は人間。それに命を懸けた戦いじゃないんだもの。それならこれは実践経験を積むいい機会よ。そう考えましょう。
今回は私がどこまでできるのか、そしてこの世界の冒険者がどの程度の実力を持つのか、それを見極めるチャンスよ。
ちなみにソーンだけど、どうやら前のチンピラとの戦闘を見ていた、というか実際に私と対面したからか、何の心配もしてないみたいで、口を挟まないし相手の冒険者に哀れみの目を向けていたわ。
「ルールは簡単。コレが真剣だった場合死んだと思われる一撃を食らうか、どちらかが降参すりゃそこで終了だ」
中庭である訓練場で対峙すれば、大男はルールを宣言する。わかりやすいけれど、その判定って誰がするんでしょうね?
そう思っていれば、受付の人ことキュウさんが、見物人らしき他の冒険者と共にやってきたわ。彼が審判であり、野次馬が見届け人って事なんでしょうね。
「その前に、彼女にも防具を付けさせてもらいますよ。あと、防具のない箇所への攻撃はご法度です。
お二方ともギルドの大事な構成員です。依頼を受けるのに支障が出ると困りますからね」
そのもっともな言葉と共に、キュウさんは私に防具を差し出す。そりゃそうよね、ギルドとして人員が減る事なんて許せるはずないもの。
準備が終われば木刀を構え、男と向き合う。はじめの合図はキュウさんが出すみたい。
持っているモノが釘バットだったら経験あったのにな……。っていうのは当然冗談で、もちろんバールのようなものを振りまわした経験もないわ。人相手には、ね。
「では、はじめっ!」
声と共に私は駆け出す。相手は巨体だもの、こちらは速さにかけるしかないよね。先手必勝、一発脇腹に打ち込んで速攻終わらせるわ!
そうして勢いで叩き込んだ一撃は、武骨で大きな腕の見た目とは裏腹に、流れるように滑らかな、一瞬ぬるりという擬音が聞こえそうな、気持ち悪さを感じるほどの静かな剣の動きで防がれる。
カンッ! という乾いた木刀同士の交わる音と共に、私の一撃ははじかれた。
「なんだ? 威勢はいいが動きは一直線、太刀筋も全然なってねぇな!」
ばっと飛びのき間合いを取る私に聞こえてきたのは、拍子抜けしたような声。
そりゃそうでしょ、私は可憐な浪人生よ? おっさん相手に戦った事なんてないって。
若人のたしなみである、オヤジ狩りだってした事ないんだから。
「魔法を使えるなら使ってもいいんだぜ? 出し惜しみしてたら、この先死ぬぜ?」
「あなたが使うならそうさせてもらうわ。でも、実力を見せるなら条件は対等じゃないと意味ないでしょ?」
とは言ったものの、これを実践練習と考えている私の勝手な制限だ。
だって魔法を使うって事は、クロイムに甘える事になる。私は自分の力だけで、どこまでやれるかを知らないといけないの。
だからこそ魔法も、そしてクロイムによる自動操縦にも頼るわけにはいかない。
「ほう、生意気なだけかと思えば、意外と矜持ってのはあるようだな。
だが……、その傲慢さが命取りだって言ってんだよっ!!」
その瞬間、あの巨石のような姿が視界から滲む。ただ素早く動いたからって、目で追えないはずなんてない。けれど、私は男がどうなったかすら理解できなかった。
そして、気づいた時には背後を取られ、首元に剣を突き付けられていた。
「やっぱド素人じゃねぇか……。コイツを43とは、キュウも人を見る目がねぇな。
それともお前、手を抜いてるのか? 全く動く気なかったよな」
「いえ、降参……」
「それはナシだ」
「は……?」
首元から剣を外し、再び元の位置へ戻る男。私にはこの男が何を考えているのかわからない。
けれど、降参という選択肢はつぶされてしまったらしい。私は本当に本気だったし、正直今すぐ宿に戻って自分の不甲斐なさを悔やみながら、まくらを濡らしたい気分なのだけど……。
良いように言うのはやめましょう。今すぐ不貞寝したい。
「本気でやってもらわねぇとこっちの気が収まらねぇ。待っててやるよ、もう一度打ち込んできな!」
「はぁ……」
ため息と共にやる気も抜け落ちた。けれど、降参できないならやるしかない。
……そうよね、本当の戦闘なら降参なんて最初からないのだし、こんな風に待ってもくれない。
それなら精いっぱい、胸を借りるつもりで挑ませてもらいましょう。
「では……いきますっ!」
再び走り出し、次は真横からではなく下からすくいあげるよう剣を振るう。
しかし男はくるりと体を一回転させその剣筋をかわし、そして手に持つ木刀の剣先を私の目前へと向けた。
そのまま刺される……。そう思い目を閉じた瞬間だった。
… … …
「やればできんじゃねぇか……」
「え……?」
目を開けた時、目の前に居たのは上半身裸の男だった。
いや、ちょっと待って、なんでこの人いきなり脱いでんの!?
という言葉は寸での所で飲み込んだ。これは……クロイムちゃんのせいね……。
みれば足元にはいつかのチンピラと同じく、縫い目を綺麗に裁断された防具と服の破片。
そして男をよく見れば、髭を剃られ、おそらく生えていたであろう上半身のムダ毛まで処理されていた。
えっとクロイムちゃん? 私、確かにあの時「汚らしいモノを見せるな」みたいな事言ったとは思うけどさ、それってつるっつるに手入れされた男の裸を見たいって意味じゃないからね?
まっ……まぁでも、それがあったから下は裁断しなかったのよね。うん、とっても気が回るいい子よクロイムちゃんは!
「ったく、手を抜かれるとは俺もナメられたもんだな。しかし勝負は勝負、俺の負けか。
キュウ、ランクの申請、特例で許可するぜ。好きに付けな」
「ちょっ、ちょっと待って下さい! これは私の実力じゃないというか……。って、え?」
「はいはい。では手続きはしておきますので。今日からミユキさんは、ランク43に無事昇進です」
キュウさんのその声に、野次馬の冒険者たちが沸き立つ。
いやいやちょっとまって、43の申請は却下されたのでは!? え? それにあの人が許可を出すって……。
あっ、そういえばあの人、キュウさんの事呼び捨てにしてたし……。まさか、ハメられた!?
「キュウさん! どういうことですかっ!?」
「あぁ、彼はハンと言いましてね。私の兄です」
「そうじゃなくて!」
「そしてギルドランク50の四天王の一人であり、ギルドの責任者です。
彼にランク43への昇格の話をしたら却下されたので、認めさせるために決闘をしてもらいました」
「騙したんですかっ!?」
「私は”彼にランクの話を聞かれた”と言っただけですよ?」
嘘は言ってないとでもいった様子ですっとぼけるが、大事な事も言ってないじゃない!
しかもランク50って、上限値の人!? うわそんな人に勝った事になるとか面倒な予感しかしねぇ!!
仕方ない! ここはまぐれで勝った事にしてもらいましょう!
「ハンさん! 待って下さい!」
「あ? なんだ?」
「私に、剣術を教えてくださいっ!!」
ハンもハシミやキュウと同じく過去作に出てるんですよね。
その時は名前すら出てなかったですけど。
設定だけ考えてあって、書かない事も多いんですよね。
次回:「10.下々の者を見下す貴族出てきがち」
1月10日19時更新予定!