08.冒険者が喧嘩を売りがち
談話室の一角、そのテーブルだけに蝋燭は灯る。ゆらめく炎を見つめていても、眠気が瞼を緩めることはなかった。
窓の外には月の居ない夜空。誰も居ない部屋に二人きり、寒々しい星空が心細くさせた。
他の冒険者は気を使ったのだろう、あまり長居せずに早々に引き上げていった。いえ、気を使ったというよりは、面倒ごとに巻き込まれるのを嫌ったのかもしれない。
ソーンに付き合わせているのも悪いからと、暇つぶしになるよう参考書を渡したけれど、彼はそれを読みながらも耳をピクピクと動かし、警戒を怠っていないようだった。
何かあればすぐ対処できるようにと、剣をいつでも抜けるようにしている事からも明らかだ。私も見習わなければならないな。自分だけでなく二人も守れるようになりたい……。
そんな静かな時がどれほど流れたかはわからないけど、コツコツと足音が近づいてきた。すっと本を閉じ、ソーンは剣に手をかける。
冒険者登録しているなら誰もが使える部屋だけに、ガラの悪いのも入ってくるのだから警戒するに越したことはない。
しかし扉を開けて入ってきたのは、グレーの髪をした清潔感のある身なりのお爺さん。それはミツルの治療に当たっているはずのハシミ神官だった。
ソーンも私も、その姿を見て警戒を解き彼に近づいた。
「ハシミさん……ですよね? ミツルの様子は……」
「えぇ、無事ですよ。先ほどまで話をしていたくらいですから」
「よかった……」
「お呼びせず申し訳ありません。宿には戻られなかったのですね」
「はい、私のせいだから心配で……」
「今彼は……眠っているので、明日の朝様子を見てあげてください」
「ありがとうございます」
「それで……少しお話をよろしいですかな、辻さん」
「えっ……?」
辻さんと呼ばれたという事は、彼は私について知っているという事だ。
まさかミツルが喋ったとは考えにくいのだけど……。
それに気づいたのか、ソーンも少し張り詰めた空気を出している。
「そちらの獣人は、あなたの事について知っているという事でよろしいですな?」
「……はい。仲間内に隠しておくのは難しいですので」
「そうですか、実は私もあなたと同じなのですよ。
ハシミと名乗っていますが、本当の名前は橋見汐志郎と言いましてね」
「もしかして、ミツルの言っていたカバンをくれた異世界人って……」
「私の事ですな。いまだに大切に使っていてくれたとは、実に物持ちが良い方だ」
彼があの亜空間バックを作った人。そしてギルドの有力者から信頼され、一級品と言わせるほどの神聖術の使い手。
異世界人であるなら、それも納得できる事だ。そしてミツルが私の事を喋ったという事も。
「元の世界の思い出話を語ろうというわけではないのですがね、ただ彼が心配していたのですよ」
「心配……?」
「あなたは補助がないと魔法を使えないと。それは本当ですかな?」
まさかそんな事まで話したなんて……。ミツルは彼の事をそれほどまでに信用している。
それに比べて私は……。
今回の事を考えれば当然だ。私は無力で、クロイムがいなければ魔法も使えない、お荷物だと思われても仕方ない弱い人間だ。
けれど、それでもなおミツルは、クロイムの事は伏せたのだと思う。彼は”補助”としか言わなかったから。
「はい……そうです……」
「申し訳ない、責めているつもりはないのですよ。
ただ、今後もこちらで生活していくのに、それでは不安もありましょう」
「それは……今回の件で痛感しています……」
「そこでですね、私があなたの魔法を指導するというのはいかがでしょうか」
「え? 指導?」
突然の提案に、ふと何を言っているのか理解できなくなった。
いえ、私にとっては渡りに船なんだけど、彼がそのような事を言い出す理由が分からなかったからだ。
「えぇ。私も彼には大きな恩がありましてね。少しでも力になりたいのですよ」
「恩?」
「ふふっ、つまらぬ昔ばなしなので多くは語りませんがね。
ただ、今の立場に居るのは、彼のおかげと言って差し支えないのですよ」
「それって……」
考えられるのは、ミツルが何らかの理由で追われる身になる前、おそらく貴族か王族だった頃に彼と出会い、そして神官への道を指し示したという事だろう。
けれどそれなら、ミツルが今のようになってしまった時、神官の座を下ろされるはずだ。今そうなっていないという事は、それほどまでに大きな権力を持つか、もしくは神官としての能力が高いという事だと思う。
そんな彼に直接指導を受けられる、これほどまでのチャンスそうそう回ってくるものではない。ならば断わるなんていう選択肢は、私にはない。
何より、皆を護れる強さを私は欲しがっていたのだから。
「よろしくお願いします」
「はい。では明日からギルドの訓練場を使わせてもらいましょう。
キュウには私から言っておきますよ」
「お待ちください神官様」
話がまとまりかけた時、ソーンが待ったをかける。
それは私の考えが至らない事を、フォローしてくれるものだった。
「非常にありがたいお誘いではあります。しかし、専属で指導となると、謝礼はいかほどになるのでしょうか」
「謝礼ですか。別にそんなもの求めてはいませんよ」
「しかし王都の神官という職は、そのように安いものではないはずです」
「……。王都の神官という職は、肌に合わないのでね。理由を付けて外に出られる方がいいのですよ。
しかし、必要な仕事はやりますので、時折自習してもらう事も多くなるやもしれませんな」
どこまでが本気で、どこまでが冗談かわからない表情をしながら、ハシミは綺麗に手入れされた長いひげをなでる。神官というものも、私にはわからない色々な事情があるのかもしれない。
「そうですか。では私からは何も……。いえ、一つお願いがございます」
「なんでしょう?」
「私もその指導を受けさせてはいただけませんでしょうか」
「えぇ、いいですよ。一人でも、二人でも変わりませんからな」
「ありがとうございます」
……もしかしてさっきまでの話って、ソーンなりの交渉術だったのかな?
相手を気遣う言葉をかけて、印象を良くした上で追加のお願いをする。神官をしているような、人のいい相手なら結構有効な方法かも?
ソーンも意外とやり手ね……。私も見習わないと。
そんな話をした後、私たちは宿に戻る事になったの。
ミツルも無事だってわかって安心したからか、宿のベッドに横たわった瞬間眠りにおちたわ。そりゃ採集と戦闘もあって疲れてたんだもの、仕方ないよね。
そして翌朝、ミツルのお見舞いと、ハシミ神官との訓練のためギルドに行くと、いきなり災難が降りかかってきたの。
「お前か! いきなりランク32に上がった新人ってのは!!」
仁王立ちで私の進路をふさいだのは、無精ひげの大男。髪は黒髪の短髪で、防具は皮を使ったものだけど一部鉄製で急所を守っている。剣も持っているから近接戦闘タイプかしら。
非常に険しい目つきで睨むけど、ランク32……? あぁ、そういえば昨日キュウさんが再査定とか言ってたような……。
「すみませんミユキさん。彼にランクの話を聞かれてしまいまして……。
ちなみに私は43で申請したんですけどね、そちらは許可が下りませんでした」
「えっと、キュウさん。私ランクとかどうでもいいんで、43とか火に油注ぐような事言わないでもらえませんか?」
「あぁ!? お前ランクがどうでもいいだと!? ふざけんなよ!?
俺たち冒険者ってのはな! 必死に依頼受けて、テッペン目指して日々命張ってんだよ!
それをどうでもいいとは新人のクセに生意気すぎんじゃねぇか!?」
まくしたてるように、叫ぶようにそういうけど、私には本気でどうでもいいし、その程度で怯む私でもない。
まー、やんちゃしてた頃は、こういう輩との口喧嘩程度なら日常茶飯事だったしね。
「で、私にどうしろって言うんですか? ギルドの決定なら私自身にはどうしようもないんですけど?」
「キュウ! 木刀を出せ!」
「えぇ……やるんですか? やめといた方が……」
「木刀? それで何を……って察しは付きますけど」
「わかってんなら話は早ぇ! 決闘だ!!」
……あれ? 私目立たないようにしようって言ってなかったっけ?
まぁ……こうなる事はなんとなく分かってたけどね……。
多分ソーンのアレって交渉術でもなんでもない気がする。
ただ相手が気のいいおじいちゃんってだけやったんちゃうかな。
B面で明かす予定がないからと後書きで語るスタイル。
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1月9日19時更新予定!