04.奴隷拾いがち
チンピラと対峙したなんて言っても、こんなの勝負する前から結果は見えてるよね。
今目の前にいるのは、威勢よく私に喧嘩を売ってきた男。だけどその姿は、今や残念なものになっている。
「なっ……なんだよ女のくせに、バカみてぇに強い……」
「あ? 今なんつった? お前、アタシが女だからってナメてかかってきたのか!?」
「お姉ちゃん、口調がヤバい」
「あっ、ごめんね。ほら、こういうのは下に見られちゃダメでしょ?」
しまった、うっかり昔の口調が出ちゃってたわ……。
もう番長ごっこはやめたの。今は花の女子大生を目指す浪人生なんだから!
それにしても、クロイムちゃんの力とは言え、私は何もしなかったというか……。
短剣付きつけられて目を瞑った瞬間には、チンピラはバラバラになってたのよね。
あ、言葉足らず。チンピラの服がバラバラになってたのよ。しかも綺麗に縫い目だけを切る感じで。これなら縫い直せばまた着られるから環境にやさしいわね!
これも全部クロイムちゃんが私の体を動かしての結果なんだから、動きの正確さもさることながら力加減も完璧で驚くばかり。いまどきは努力なんて言葉は時代遅れらしいけど、ホントに何もせず最強になっちゃってるわね。
そしてチンピラを護ろうとした獣人さんは、私との間に割って入ったらしいんだけど、意味がなかったようね。多分超高速移動で、背後に回り込んで服の裁断をしたんだと思うの。
私がやったことになってるけど、私自身がよくわかってないわ。
「ま、ともかくよ。わかったでしょ? もう私たちに関わらないでくれる?
あとその汚らしいモノしまいなさい」
「お前っ……! 誰のせいでこうなったと思ってる!」
「自業自得じゃん」
うーん、力の差を見せつけるだけでいいとはいえ、下着まで裁断するのはどうかと思うのよね。ま、そんなの見て恥じらうわけないけど。
あわあわと逃げようとするけど、どうやら腰が抜けちゃったのかうまく動けないみたいね。
このまま放っておいてもいいのだけど、こういうのって憲兵さんに突き出したりした方がいいのかしら?
なんて考えてると、ミツルが男に交渉を始めたわ。
「お兄さんごめんね。飲み代なくなったのは俺たちのせいだもんね。
だけどさ、この獣人さんも奴隷登録してないみたいだし、お金をケチる所は考えた方がいいよ?」
それ、スライム隠そうって言った君が言っちゃうの!?
と思ったけど、黙っておきましょう。
「だからさ、この獣人さん売ってくれない? こんな隠しにくい裏奴隷なんてさ、さっさと換金した方がいいと思うでしょ?」
「は? ガキが奴隷を買えるくらいの金持ってんのかよ」
「そうだな……1万枚でどう?」
「金貨1万枚!? そっ、そんなはした金で……」
「角金貨1万枚」
「……は?」
うーん、奴隷の価格交渉してるってのは分かるんだけど、その金貨とか角金貨ってのがどの程度の価値なのか分からないのよね。おそらく高額なんでしょうけど……。
まぁどんな値段でもミツルなら買えるんでしょうね。多分どこかの王族か貴族様なんだから。
「……悪くない。だが、ガキの信用状なんて意味ねえぞ?」
「はいこれ。角金貨一万枚。中身確認してね」
さっと異次元バッグから取り出したのは、重そうな袋。多分あの中に金貨が入ってるんだろうな。
受け取った男は中身を取り出すけど、確かに角金貨って名前だけあって四角い金色の板だったわ。
遠目に見たら、小さい板チョコみたいだったけど。
あの小さい袋に一万枚入ってるって事は、あれも亜空間に繋がる袋なのかしら?
「へへっ、まさかこんないい商売させてもらえるとはな……。
いいぜ、コイツはお前のモンだ! 好きにしな!」
「うん。それじゃ、よろしくね獣人さん」
そう言って獣人の手を引いて戻ってくるミツル。だけどその獣人の顔色は顔面蒼白といった様子で……。って元々ホワイトタイガーの獣人だから白いんだけど、困った表情をしていたの。
「それじゃ、奴隷登録しに行こうか」
「お待ちください! それだけはご勘弁を!」
「何? 奴隷ごときが主人に逆らうの?」
「お願いします……。角金貨1万枚など到底……」
「ねぇ、ミツル。なんで獣人さんは奴隷登録を嫌がってるの?」
「あぁ……、説明しないとね」
どうやら奴隷登録とは、売買した価格を公的に記録する事らしく、今回なら獣人さんは角金貨1万枚の価値があるって政府が保証するみたいなの。
だけどその代わりに、奴隷自身が自分を買い戻せるお金を稼げば自由になれるという、奴隷にも配慮された制度なんだとか。
それで角金貨の価値なんだけど……。
「この世界の通貨は銅貨・銀貨・金貨・角金貨ってあるんだけど、前に会った異世界人は、銅貨が十円、銀貨が百円、金貨が千円、そして角金貨が一万円。そんな風に言ってたね」
「つまり角金貨1万枚って……えっといくら?」
「1億円だね」
「うーん、人の人生を買うなら安いくらいじゃない? 生涯年収は3億って言うし」
「でもね、仕事内容にもよるけど、奴隷の一日の賃金は金貨1枚なんだ。生活費とかが引かれるからね」
「って事は……何日分?」
「10万日。270年以上かかる計算だね」
「そんな長生きできないよ!?」
そりゃ獣人さんが登録を嫌がるわけだ。金貨1万枚だったとしても27年よ。それでも結構無茶な話よ。うーん、異世界の事情だから私が口出しする事でもないけど、やっぱり奴隷ってのはつらい立場なのね。
「登録しないってのはダメなの?」
「それはやめた方がいいね。登録されたなら人として扱われるけど、もししてないと家畜扱いだよ」
「つまり何をされても文句を言えなくなるのね……」
「そういう事。きっとあの男も、こき使うだけ使って最後は毛皮のラグマットにでもしようと思ってたんじゃないかな」
「うん。登録しに行きましょう。だってラグマットよりはマシでしょ?」
「……」
獣人さんは何も言わなかったわ。いえ、言えなかったのね。
どちらであっても、彼に未来はないのだから。
そうしてやって来た登録所で、ミツルは受付の職員に登録を頼んでいたわ。
「ではご購入金額はおいくらですか」
「一万枚」
「ほう。金貨一万枚とは、かなり気に入られたのですね。
ホワイトタイガー種は珍しいとは言え、相場の三割増しくらいですよ」
「うん。すぐに開放するには惜しいと思ってね。奮発しちゃった」
「そうですか。では奴隷の首輪を作成いたしますので、少々お待ちください」
その話に口を挟みそうになったけど、その瞬間に私を包むクロイムちゃんが脇腹をつねったの。
どうやら口出しするなって事みたいね……。それにしても金貨の種類を誤魔化すなんて、大したものね。
受付の人が首輪を持ってくると、獣人さんは泣いてたわ。やっぱり奴隷は嫌よね。
「ありがとうございます……。主人のため、働かせていただきます」
「ほら、泣くでない。涙を見せるのは解放された時で良い」
「……はい」
んん?? なんか会話が噛み合ってなくない?
受付の人は違和感を持ってないみたいだけど、奴隷になって喜ぶ人なんて居ないと思うのだけど……。
あ、でも裏奴隷よりは解放されるチャンスがあるのだから、それを喜ぶ場合もあるのかもしれないね。
もしかすると、私が考えているより奴隷側に立った制度なのかもしれないわ。
「そうそう、主人は姉さんで登録お願いね」
「へっ!? 私?」
「うん。弟の俺が主人ってのも変でしょ?」
「いやでも……。まぁいいか、よろしくね獣人さん。
あ、名前決めた方がいいかな?」
「いえ、それには及びません。私の名はソーン。
主よ、なんなりとご命令下さい」
拾ったというよりは買ってるんですがそれは……。
細かい事気にしたら負けダヨ。
次回:「05.初心者は薬草採集させられがち」
1月5日19時更新予定!