03.チンピラ絡んできがち
うーん、魔王がすでに倒されていたなんて、ちょっと予想外だったわ。
となるともしかして、この世界に来た理由は他にあるのかな? スローライフモノ?
でもその場合戦いに明け暮れた元英雄とか、そういうキャラがやるから意味があるのよね。だからそれは無いと思う。
あとは……世直し系? うん、これが一番可能性が高そう!
だってアスクは追われる身のようだし、私がばっさばっさと、強欲貴族や悪徳商人を切り捨てる展開よね!
つまり私が助さん角さんで、アスクがご隠居様って事ね!
「よしっ、ともかく街へ向かいましょう! ここに居たってしかたないもの!」
「うん。それはいいけど、どの街に行くの? って、お姉さんは地理感ないし分からないよね」
「でも希望はあるわ! 中世ヨーロッパ風の街! それであればなんでもいいわ!」
「中世ヨーロッパ風……?」
◆ ◇ ◆
そんな会話を経て旅に出たのが約一週間前。
旅立ちに際してアスクの持っていたお揃いの服に着替えたり、その着替えを覗かれたり……。あとは魔物を他の人に見られたら困るって事で、私の体の表面を覆わせたり……。
今の装備は、丈夫な服一式と、その下にスライム装備って訳ね。
色々あったけどその辺はもう忘れてしまいましょう。乙女の危機だったもの。
だけどそのおかげで、スライムによるパワードスーツみたいなもので、ずっと歩き通しでも疲れる事なんてなかったし、そして暑さ寒さも全然感じない超適温環境。クロイムちゃん様々ね。
ま、この世界自体夢だろうから、そういうものなのだろうけど。
うーん、でも野営するときにアスクの出してくれたご飯はおいしかったのよね。
お腹はすくし、ご飯を食べれば満腹にもなる。その辺のリアリティはありすぎる夢なのよね。
あっ、でもそれって、どんなにおいしいものを食べたって太らないって事じゃない!? 最高の夢ね!
「どうしたの? ニコニコして」
「えっ? ううん。アスクと一緒に旅できて楽しいなってね」
「そう? 俺もお姉さんと一緒で楽しいよ」
「あら、ありがとね」
「あ、あとその名前……。違う名前にしたほうがいいかも……」
「え? どうして?」
「これから行くのは王都なんだ。だから俺の名前を知ってる人もいるかもしれないし……」
あぁ、そっか。追われる身なら、本名で呼び合うのはマズいわね……。
それなら私が新しく名前を考えてあげなきゃ。
うーん、どういうのがいいんだろう? というか、私たちの間柄をどう説明するのがいいんだろ?
見ず知らずの人同士で旅するのはありえなくもないかもだけど、相手は子供よ? 共に戦う仲間って言い訳は苦しい気がするのよね。それならやっぱり……。
「うん、じゃぁミツル君で! ミユキとミツル、姉弟っぽい感じしない?」
「あぁ、よかった。わりと普通の名前で……」
「んー? それはどういう意味かなー?」
「えっ、だってクロイムって名付けるくらいだ……あっ……」
「お仕置きが必要のようね?」
「ひぇ……ごめんなしゃ……うあー!」
お仕置きと言っても、頬を引っ張るだけだよ? うにょーんって感じに伸びてちょっとびっくりしたけど、ほっぺがぷにぷにで可愛いわ!
うーん、ついついもっと伸ばしたくなるけど、イジめちゃだめよね。お仕置きだもの、ほどほどにしましょ。
そうこうしていると、空からミツルのカラスが戻ってきたわ。先の様子を偵察させているんだけど、何かを見つけるとこうして戻ってくるの。
おかげで今まで危ない魔物に襲われる事はなかったし、弱い魔物に遭遇しても、クロイムちゃんに魔力制御を任せた私の魔法で退けてきたの。今回は何を見つけたのかしら?
「うぅ……。ひどいめにあった……」
「それよりも、カラスは何を見つけたの?」
「ああ、目的地の王都が見えたってさ。意外と早く着いたね」
「よかった! やっとベッドで眠れそうね! 野営はつらかったのよ」
「うーん……。寝袋があるだけ、普通の冒険者よりはかなりいい待遇なんだけどね」
「それでもよ! さっ、ささっと行きましょ!」
「あっ、ちょっと待って」
私の袖を引っ張るミツル。その様子は、なんだか本当に弟みたいでちょっと新鮮だったわ。
もしかして、手を繋いで欲しいってお願いだったりして?
「あのさ、スライムの事、絶対に言っちゃダメだからね?」
「え? どうして?」
「街に入るのに保証金がいるんだよ……」
「保証金?」
「そう。魔物だけじゃなく、普通の動物や獣人なんかもそうなんだけどね。
万一暴れた時の備えとして、街に入れる場合は保証金が要るの。だから絶対にバレちゃダメだからね?」
「へぇ……。つまり体に纏った状態で密輸しろって言いたいの? 意外と悪い子ね」
「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ?」
「ふふっ、二人だけの秘密ね? 私、そういうの初めてかも。いいわ、そうしましょう」
その話、今考えてみれば私たちに限った事じゃないって気づくべきだったわ。
だってその後、面倒ごとに巻き込まれちゃったんだもの。
◆ ◇ ◆
近づいてみれば、3階建てくらいの高さのある城壁に囲まれた街だったの。周囲には堀があって、城門には木製の橋が架かっている、私のイメージ通りの街。
でもちょっと予想外だったのは、橋の手前の長蛇の列ね。人が並んでいる5列と、その隣には荷馬車なんかが並んでる3列。ミツルの話では、ここが検問らしいの。
「んーっと、ちょっと待ってね」
「ねぇミツル。どの列でも同じじゃない?」
「こういうのはどこに並ぶかが大事。遅い担当官や、何か引っかかりそうな人が居ないか見極めるの」
「なるほど、スーパーのレジもそうよね」
「スーパーのレジ?」
「あ、こっちの話」
レジの列ならまだしも、私は検問の列の見極めなんてできないから、ここはミツルに任せましょう。
そして彼がその目利きで選んだのは、右から二番目の列だったわ。
私たちの前には、短剣を持ったやり手冒険者風の男の人と、2メートルくらいありそうな背の高い人。その人はシーツをすっぽりかぶっているような、頭の先から足の先まで隠れる布を纏っていたの。
こういうのをローブって言うのかな? それにしたって顔も見えないくらいだけど、ちゃんと前見えてるのかな?
そんなだから、まじまじと見ちゃってたのよね。それで気づいちゃったの……。その背の高い人に、尻尾がある事に。
「えっ? ねぇねぇ、前の人……」
「どうしたのお姉ちゃん」
「ほら、これ……」
ミツルが何も気づいていない様子だったから、私はうっかりその布を少し持ち上げちゃって……。その下にある白と黒の縞々模様の尻尾を出しちゃったのよね。
「おい貴様! そいつは獣人ではないか!」
「ひっ!? 待って、これには理由がありましてっ!!」
共に居た男とその獣人は、検問担当に見つかって連れていかれちゃったわ。
悪い事したなとは思うけど、でもこれでひとつ順番が早くなったからラッキーね。
そう思っていた時が私にもありました……。街に入ってしばらくした時、その男に絡まれるまではね……。
「おい! テメェのせいで飲み代全部ふっとんじまったじゃねえか!!」
「あー……やっぱ根に持ってるよね……。どうするお姉ちゃん?」
「うーん、面倒だし相手してあげた方が楽じゃないかな?」
そうよね、チンピラに絡まれるイベントは、クソラノベ的にはありがちな展開よね。
そしてそれを華麗な剣捌きで倒す。うん、それが一番よさそうね。禍根を残さないためにも。
もちろん彼を三枚おろしにするって意味じゃないわよ? ただ敵わない相手だと分からせてあげるだけ。
『レジャンド オブ クソラノベ』の称号を目指して、こういう安心感だけは100点のありがち展開はサクサクこなしていきましょう。
私はミツルから借りている剣を抜き、チンピラAと対峙したわ。
例え不要と言われようとも獣人は出す。
それだけは譲る気などない。
次回:「04.奴隷拾いがち」
1月4日19時更新予定!