結果と変化と
オーブとカッチェが獲物に気を取られている隙に、グレースは極限の空中戦闘機動を描いていた。Gに視界を歪めながらハルトが追う。全長、重量ともロッキ型の二倍近くあるサジウス型は搭乗者の一名や二名の増減はそれほど運動性能に影響しない。無茶な軌道はハルトの視界から全てのものを奪いつつあった。ブラックアウト。過度にかかるGによって頭の血が足先方向に偏り、視覚と空間感覚を喪失させる現象がハルトに生じてた。耐Gスーツなどという概念はまだこの世界にはない。高速飛行中の制御不能は墜落の危険に直結する。
「俺だってあの試練を越えてるんだっつーの」
加護と試練の間で受け続けた肉体的な負荷がハルトの意識をつなぎ直す。体が過酷な状況に慣れているのを実感する。地上スレスレでサジウス上昇させるハルト。しかし再び得た視界の中にグレースの乗るサジウスの姿はない。
「どこだっ」
左手上方にサジウスの後ろ姿があった。グレース機の進行方向にはブレードを腹に抱えたロッキ型のシルエット。グレースのサジウスが加速する。
「長い頭角を持つサジウスならばブレードを気にすることはない」
頭部から伸びる長い角をロッキの腹に突き刺したサジウスが胸部から伸びる上二本の角とで挟みロッキ型を拘束する。操縦席のオーブが機体を捨てて飛び降り、パラシュートが開いた。パラシュートにぶら下がったオーブにハルトが近づくとオーブは必死に自陣のシンボルを指さした。
ハルトが振り向く。グレースのサジウスと護衛のロッキ型がタッグを組んでアントナーラ陣のシンボルに突貫している。必死に追うカッツェのキザイア機。
「ヤバいっ、俺はここからじゃもう間に合わないっ」
ハルトは自陣の防衛を捨てた。敵陣のシンボルに機体を向ける。
視界にシンボルを捉えると、それが大きくなってゆくイメージだけを強く持つ。搭乗機の全出力を開放、速射砲の射程に入ると同時、左右の引き金を引き続けた。
音が消えた世界でガトリングが回る振動だけが伝わってくる。二本の射線が描きだす直線がシンボルに向かって真っすぐに伸びてゆく。スローモーションの景色が流れる。一つまた一つ、明かりを灯すように増えてゆく弾道。射線の先端がシンボルに近づいてゆく。シンボルに届いたそれが球体を揺らす。しかし落ちない。連続して着弾する二列の小さな物体がシンボルを揺らす。シンボルとの距離はその間も縮まっている。が、まだ揺れてる。撃ちながら全速力で飛行するサジウス軌道をほんの数ミリずらす。ゴム弾だけが当たるように微妙に機体を傾ける。
シンボルが更に大きくなる。突如、ハルトの視界からボールが消えた。目標に接近し威力の増したゴム弾が杯からシンボルを落としたのだ。
コロシアムを包み込む大歓声がハルトの耳に届く。シンボルが乗っていた杯を飛び越えると地面を転がっているボールが見えた。旋回したハルトが遠くにある自陣の杯を見と、小さな杯だけが立っている。シンボルを落としたらしいグレースのサジウスも旋回を終え、ハルトのサジウスと対峙しながら両機は徐々に距離を詰めた。フィールド中央に向かって飛ぶ二機のサジウス。
「勝負はどうなった?」
フィールド中央の閲覧席の前に立つ、キザイアのフォルマージュ・イリスは旗を持った両手を掲た。引き分けを意味するポーズだ。
「同時だったってことか。危なかった。完全にやられたと思った」
長い息を吐き、肩を撫で下ろしたのは地上から見ていたミックも同じだ。その隣で興奮してる、というよりも感心した様子で珠絵がひとりごちていた。
「一瞬の判断で自陣を捨てましたよ? あの人ってあんな所もあるんですねぇ」
「ハルトはどっちかというと保守的な傾向があるもんな」
「ですよねぇ。人って変わるんですね」
珠絵は胸元で手の平を握り、また開いてみる。何度か繰り返した後、戦いの終わった空にかざした。短い茶髪の小さな体から誰に向かってでもなく言葉が溢れる。
「部活の大会の時とは逆ですね。あの時は先輩やみんなが作ったものをわたしが撃って、今回はわたし達が作って先輩が撃った。これもとても気持ちがいいのです」
指と指の間から入ってくる光に瞼を細め、何かを掴むようにもう一度握りしめると胸に抱いて目を閉じた。ミックは微笑ましいものでも見たように頬を緩めると、自分も拳を握り、着地しようとしているハルトのサジウスに視線を移した。
グラウンドにサジウスを降ろしたハルトはもぞもぞとパラシュートから抜け出してきたオーブに駆け寄る。
「オーブ、大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫だ。しかし……」
オーブの視線の先には地面に転がる無残なロッキ型の姿があった。地上に落ちたショックで頭部が完全に潰れている。修復不可能な全損状態だ。
「最新鋭機がー、怒られる……」
頭を抱えて膝をついたオーブにジト目を向けるハルト。
だから言ったのに……もう、でも。
「お小言くらい聞いてあげましょうよ、領主様。それに、ありがとうございました。ここまでできたのはオーブのお陰です」
ハルトから差し出された手を取ってオーブが起き上がる。無言で視線を交わす二人のすぐそばにカッツェがキザイア機を下ろした。
「お疲れ様です! 結果は引き分けでしたけど楽しかったっす。操縦しながら撃ったり爆発物を落としたり出来るとかなり運用範囲が広がりますね」
「そうだな。そう思うとしよう。有用な機会であった。新装備という手土産も出来たことだしな」
威厳を取り戻しつつあるアントナーラ陣営と対称的な空気のグレース陣営は、グレースの怒りにいかにして触れないようにするのかが最優先事項のようだ。本人のグレースは機体を乗り捨て、肩を震わせながらコロシアムを後にした。
観客席では激論が交わされている。
「勝負は引き分けでしたが操縦の技量はグレース公の方が上ですな。実力としてはグレース公の方が上でしょう」
「いや、サジウス型の飛行時間の短いハルベルトも良くやった。そのハンデを埋める自身の開発という手段を最大限に活かしていた」
「採点内容を公表して欲しいものですな。誰がどのように評価したのかが知れれば良いのだが」
「それよりもこの先どうなるかの方が重要です。新型フォルマージュはどう扱われるのでしょう?」
目に見えた結果にならなかったことに釈然としない貴族達の議論が熱くなっていた。
緊張感が消え去ったフィールドで機体の回収が始まり、観客席からポツポツと人影が消えはじめて静かになったコロシアムでフォルマージュ・イリスから降りたキザイアが回収作業を手伝うハルト達に近づく。
「採点結果は公表せぬが当人たちには見せよう。今後に役立てるとよい。アバターシュの開発は引き続き現体制で行う」
「ありがとうございます」
頭を下げたハルトにキザイアは
「それが騎士団にとって最善の道だからな。私は良いものが出来ればそれでよい」
言い残して立ち去っていった。キザイアの背中にハルトはもう一度頭を下げ、珠絵やミックともう一度抱き合った。
長く続いた熱帯夜が濡れている。王城の塔に降り注いだ水滴が薄い雲の間から顔を出した朝日に輝き始める。朝夕に心地よさを感じさせるようになった風に乗って小鳥たちが舞い上がる。ガラスの螺旋に囲まれた王城の塔から地上を見下ろすと、すぐ近くに石を積んだ楕円形のコロシアムの壁が見える。コロシアムの搬入門にほど近い、真新しい格納庫兼整備施設から一台の飛甲機が離陸場に運び出された。騎士達の訓練場であるコロシアムまでの搬送ではなく、長距離飛行の確認作業を行う人員の動きを幾人かの人間が見守っている。
オーブ・アントナーラの見送りに集まったハルト、デニス、カッツェにノエルの姿がそこにあった。ピンク色の髪をしたノエルはまだ眠そうな目をしながら長袖の薄手の上着をふっくらとした白い肌の上に羽織っている。
焚哉がキラナから持ち帰るはずの、子供を含む家族の失踪調査結果を待ち、合同捜査の可能性を探る予定だったオーブだが、守りの森のアルフリードから緊急会合の要請と焚哉の帰還が予定より遅れていることもあってアントナーラを経由して守りの森に向かうオーブの機体の周りにハルト達は集まっていた。オーブの帰還を伝えられたときにハルトは、ハロルドやカッツェに帰還要請が出ていないことからそう緊迫した状況でもではないのだろう、と判断したのだが、会合にラフィーが参加することを聞いて予感めいた不安を感じていた。
変化の秋が訪れる。
ハルトの中で漠然とした不安が増長していた。しかしそれはオーブが王都を去るための寂しさの表れなのだろう、と思うことにした。
「ではハルト、アバターシュが完成したら伝えてくれ」
「ありがとうございました、オーブ。お気をつけて」
「新型を壊してしまったが、新たな装備という土産が出来たからな。これで許してもらうとしよう」
オーブの心配事をかき消します、と言わんばかりにオーブ・アントナーラが乗り込む機体後部座席には全損した機体から取り外されたガトリング砲が二門乗せられている。
「でも単独飛行でいいんですか?」
「問題ない。俺の操縦技術を見ただろう?」
「そうですね。心配するのはよしときます。アントナーラの空にオーブを興奮させる敵がいないことを願います」
「お前も言うようになったな」
微笑み合う二人にデニスが近づき遠慮がちに口を開いた。
「こんなときに申し訳ないのですが、今ここにいる整備員もアントナーラ縁の技師なのでこの場を借りて伝えさせて頂きます。ハルトさんのテストパイロットが認められたことで政治的な動きがありそうです」
「うむ、本格的に動き出す、ということだな」
「はい、ハルトさんに対する風当たりが強くなるかと」
「そうなんですか?」
本人を前してあえてデニスが話を切り出した意味をハルトは考える。
浮かれてないで状況を把握しておけってことか。政治的な動きってことはハシュタルの勢力が動き出したってことだよな。
「ハシュタルの勢力は後継者候補としてキザイア様の陣営に、特にグレースの後ろ盾となることで深く入り込んでいましたが方針を変えるようです。後継者を取り巻く勢力図が大きく変わると思われます」
「アンナ王女を推す勢力が強気なのもそれか……」
「ご明察です。第一王女を後継者として推す勢力にゲルバルト公が合流するとなると……」
「ハシュタルの勢力がキザイア様の陣営を離れるとなると、露骨にハルトを排除しようとするだろうな。エレオノーラ擁立の流れを阻止するためにも」
「私はしばらく政治的な動きの情報収集に力を入れたいと思います。私がハルトさん開発の力になるにはそれが一番かと」
「私も王宮内の政治的な動きを把握しておきたい。よろしく頼む」
「承知いたしました。ハルトさんもそれでよろしいですか?」
「はい。いろいろと考えてくれた上でのことだと思いますから僕からもお願いします」
「まぁ、そう気にするな、ハルト。これは俺たちの仕事だ。お前は開発を続ける資格を勝ち取った。大人の事情を気にせず胸を張ってノエル達と思う存分開発をすればいい」
「はい、それが俺の本分ですから。最高の機体を作ってみせます」
信頼を確かめ合うように、お互いにうなずき合った三人にノエルが近寄ってそっと声をかけた。
「アンナ王女様とエレオノーラ様がお見えですよ」
オーブを筆頭にして、幾人かの警護と側使えを伴って近づいてくる第一、第三王女出迎える一行。前日にオーブは第二王女のキザイアと王、王妃とは、ハルベルトをよろしくお願いします、とすでに挨拶を交してある。見送りに訪れた二人にオーブは、公式な場らしい厳かな口調で謝意を述べた。それに答えるアンナとエレオノーラ。
「お気をつけて、オーブ・アントナーラ。またお会いできる日を楽しみにしています」
「またお越しになって下さいませ。次に王宮を訪ねて頂いた折には研究会での講演もお願いできれば嬉しく思います」
「わざわざのお見送りありがとうございます。季節の変わり目が訪れます、アンナ王女、エレオノーラ王女もお体をご自愛下さい」
胸に拳をあて、王女二人の見送りに謝意を示したオーブが飛甲機に乗り込み、飛甲機が離陸すると上空で静止した。オーブは地上で見送る皆に手を振ってから高度を上げた。ロッキ型の機体が見えなくなるまで手を振っていたハルトが手を降ろすと、エレオノーラがハルトに声をかけた。
「オーブ・アントナーラとは入れ違いになってしまいましたがキラナのタクヤル様がグランノルンにお戻りになると連絡がありました」
未成年の王族の女性のため、公の場では顔を見せないように白いベールをハットから垂らして慇懃な言葉を遣うエレオノーラの話にアンナが加わる。
「キラナからもたらされるお話は私からオーブ・アントナーラに伝えましょう」
「ありがとうございます、お姉さま。それとタクヤル様はキラナの聖地の情報も持って帰ってくるでしょう。皆様とはあらためて研究会でお話したいと思います」
公式の場では、第三王女であるエレオノーラは転移者であり学園関係者としてのノーラのように気安い態度を取ることができない。いつもならエレオノーラとして仕事をしている中でも、明るさや茶目っ気をどこかで見せるノーラだが「聖地」という言葉がエレオノーラの言動に陰りをもたらしていた。
朝露を輝かせていた朝日がいつのまにか厚くなった雲の中に入ってゆく中で、アンナに「お姉さま、この後少しいいかな? ちょっと相談したいことがあって……」物憂げな顔をして王城に戻るエレオノーラの背中をノエルが心配そうな顔をして見つめていた。
王城を取り囲むように螺旋を描く薄いピンク色のガラスの構造物は時を遡れば女王スズメバチの巣だったものだ。六角形の部屋が積み重なって螺旋をなすほとんどの小部屋にまだカーテンが掛かっている。その一室、王城の白い石壁から連絡通路が伸びる上層階に位置する部屋に男達が集まっている。「朝の茶会」と呼ばれる政治倶楽部の催しが定期的に行われる部屋の中には貴族の中でも位が高そうな男達が集まり、ティーポットの中でしっかりと蒸らされた紅茶が参加者のために用意されたカップに注がれている。執事からソーサーに乗せられたカップを受け取った若い貴族は、自分の末席に腰をおろすとホストであるゲルバルト公爵の言葉に耳を傾けた。王宮内の政治的主導権を握ろうと画策しているハシュタル領の領主代理を兼任している公爵の茶会で、雑談の一言さえ聞き逃さまいと集中しているのかカップに落とされた視線に眠気や気だるさは見えない。
「ではやはりアンナ王女の後援を軸として動くことになる、と」
中年の貴族がホストと話をしている。
「グレース公には失望した。彼がキザイア様の伴侶になれないのならば、我々が後ろ盾になる意味がない。キザイア派を離れ、アンナ派と合流するには手土産が必要だ。同時にエレオノーラ派を発起させないためにもハルベルトを何らかの形で蹴落とさねばならん。何でもよい。追求するきっかけが欲しい」
「開発工房に潜り込ませていた職人も排除されてしまいましたしな。新たな手立てを考えましょう」
朝食の時刻を終え、議会が始まるまでのエアポケットのような長閑な時間がしばし王宮に流れる。白いギリシャ柱で支えられた屋外の回廊の屋根の下には曇りと晴れを行き来する天気を見定めるように薔薇園の様子をうかがう壮年の紳士の姿があった。薔薇の園の奥から微かにバイオリンの調べが聞こえてくる。紳士は歩みをとめ、豊かな音色に聞き入ると、その場に側使えを残して塵ひとつない石畳の回廊から芝生の上に靴底を降ろした。色とりどりの薔薇の花が咲き誇る生け垣の壁を幾つか越えると、円形に開けた空間に出る。薔薇園の中心部では、薄紫色の髪をまとめた女性が青い薔薇に囲まれてバイオリンに顎をかけている。紳士に気がついた女性は弓を降ろし、両手を重ねて頭を下げた。
「やはり、其方だったか。王宮に戻ってきているとは聞いていたが」
「お久しぶりでございます」
欲の欠片など微塵もない、というようなナターシャの清廉で優しげな薄紫色の瞳が上級遺族の威厳を物語る装いの紳士に向けられた。
「本当に久しいな。時の流れは残酷だ。しかしまさかここでまた其方と会う日がこようとは」
「ええ、本当に。ここの空気が気持ちよくて、つい音楽を奏でたくなってしまったものですから……これもノルン様のお導きでしょうか」
ナターシャは紳士から視線を外して、眩しそうに、懐かしそうに、薔薇の園を見渡した。
「ここはマナの流れが濃い。聖なる青い薔薇を育てるにはうってつけだ。そして私たちにとっては思い出の場所でもある」
「まだ、覚えていらっしゃったのですね」
二人の間に、淡いながらも芯の強さを隠しきれない喜びと、それを覆い隠してもあり余る寂寥感が、交わり、重なるように降りてくる。それすらもすでに時が洗い流し去ったかような二つの顔が見つめ合った。
「――今更ではあるが、済まなかった。ナターシャ」
ナターシャの表情は変わらない。他に人がいないことをもう一度確認してから言葉を紡ぐ。
「いいえ、先代の王の弟君であるあなた様と結ばれなかったことを恨むような立場ではありませんから」
「しかし其方との娘を抱き上げてやることさえ出来ずに……」
「あなたは私に吟遊詩人の本分である自由をお与え下さいました。あの子は王族の血が流れていることを知ることなく天に昇ってしまいましたけれど、可愛い孫を残してくれましたから」
「――素性を知らぬ孫娘には出来る限りのことはしよう。せめてもの償いになれば嬉しい」
「ありがとうございます」
そっと目を閉じ、再びバイオリンを奏で始めたナターシャの旋律に、老齢の紳士は目をつむり、流れ去った時を偲ぶように耳を傾けていた。
そこに一人の若い男が現れた。
「叔父上、ここでしたか」
「朝の茶会が終わったか。どうだった」
叔父上と呼んだ紳士への返答を、バイオリンを弾く詩人の前でしたのかどうか、判断をしかねている若い貴族に紳士が再び口を開く。
「私はエレオノーラ様を擁護し、後ろ盾になることを決めた。影響力が弱まっているとはいえ今の私にもそれくらいのことは出来る。この女性はエレオノーラ様の御学友であり、王女様が惜しげもなく寵愛を注いでいる者の祖母だ。遠慮をすることはない」
「そうでしたか。そして、お決めになられましたか。では」
若者は先程の茶会で聞いたゲルバルト公爵とその周辺の動向を伝えた。
「やはりそういうことになるか。すまぬな、間諜のような真似をさせてしまって」
「いいえ、表向き私と叔父上の政治理念は異なっていることになっています。長い時間をかけてこういう状況を作ってきた甲斐があるというものですよ。しかしそれももう少しの間になるかもしれません。ハシュタルの勢力はなりふり構わず動こうとしています。何を使って動くのかを掴んだら、お立場をはっきりとご表明なさる叔父上に表立って協力したいと思います」
「うむ、ありがたいことだが、協力、では済まぬかもしれんな。お前の立場も詳らかにせねばならんだろう。私の跡を引き継ぐつもりで頑張ってほしい」
「はい」
緑豊かな王宮の庭からアゲハチョウが曇りと晴れ間を行き来する空に向かってゆっくりと舞い上がった。
移り気の激しい夏の終わり空の下には、堂々とした王城の丸い塔がそびえている。白い石作りの塔の一角、第一王女アンナの部屋にはエレオノーラの姿があった。
「めずらしいわね。あなたが私を訪ねてくれるなんて。嬉しいわ」
自身のイメージに似合った品のあるベージュと白のドレスを着こなしたアンナの歓迎に、紅茶のカップをテーブルに置き、一旦窓の外を見るエレオノーラ。ゆっくりと顔を正面にむけてアンナと向き合ったエレオノーラが口を開く。
「今日は妹とお姉さまとしてお話がしたくって……」
「あら、恋でもしたかしら? うふふ、あなたに沢山お友達ができて私も嬉しいのよ」
「それはわたしも嬉しいんだけど……ねぇ、お姉さま、もしお姉さまに好きな人がいて、でもその人は別の人が気になってるみたいで、しかもその相手が自分にとって大切な人だったらどうする? わたしとお姉さまみたいな関係だったら。尊敬できて、感謝してる大切な人なの。凄く大切な人が自分が好きな人の想い人かもしれない。そんな状況になったら、お姉さまならどうするかなぁ、って思って。あっ、あのね、これはわたしのことじゃなくて、書いてみたい物語でこういう設定だったら主人公はどうするかなぁ、って悩んでるだけだから」
ハットとベールを脱いで、ふわりとした桃色の髪にティアラを乗せたエレオノーラを優しく包みこむような笑みをアンナは浮かべた。
「そうねぇ。私だったらまず、好きな人の本当の気持ちはどうなのか、を知ろうとするかしら? だって好きな人さんも主人公の女の子ことを好いてはいるのでしょう?」
「結構いい線は行ってると思うんだけど、想い人さんへ気持ちの方が強いのかもなぁ、っていう感じかも」
「なら尚更ね。まずはお相手の気持ちを知ろうとするでしょうね。んー、そうねぇ、その前に好きな人の気持ちがどうなのかハッキリするまでは自分を磨く努力をするわ。私だったら自分のいいところをもっと伸ばすようにするかしら。だって好きな人の想い人かもしれないさんの良いところを真似しようとしても自分には難しいことかもしれないでしょ。無理をして張り合うよりも自分の魅力を大切にする方が豊かな時を過ごせるとは思わなくて?」
「んー、そうだよねぇ」
肯定はしていても、どこかまだ虚ろなノーラに覇気は戻ってこない。膝の上に行儀よく置かれていた右手を、手持ち無沙汰を埋めるようにカップに伸ばして口に運こぶノーラを見守っていたアンナはもう一歩奥まで踏み込むように言った。
「主人公がエレオノーラのように自分のことがよく分かっている人だったらそうするとは思わない?」
それでも二人を取り巻く空気は変わらない。アンナも紅茶の入ったカップを取って時の流れるままに任せた。いつになく神妙な面持ちをしたノーラが顔を上げる。
「それじゃ、好きな人の想い人さんが困ってて、好きな人が助けようとするのを主人公が一緒になってやってもいいのかな?」
一瞬目を見張ったアンナは、普段は慈愛に満ちた表情を形作っている眉根を寄せると視線を左の上にさまよわせた。いつものように柔らかい表情に戻った中にも真剣な面持ちを含んだアンナが自分を頼ってきた妹を見つめる。
「その場合は自分が正しい、と思うことをやるしかないわね。だって好きな人の想い人かもしれないさんも主人公にとって大切な人なんでしょう? その人をないがしろにしたら主人公は好きな人の前で堂々としていられる? 人は後ろ暗い気持ちを持っていることを簡単に見抜くわ。恋の成就のために自分を落としたら本末転倒じゃないかしら? たとえその恋が成就したとしても失うものの方がきっと大きい。いずれ主人公は心を蝕まれるわ。主人公は自分の都合でついた嘘を見過ごせる人なのかしら?」
「――やっぱり、そうだよね」
噛みしめるように、力が宿ること願うように、ノーラは姉の助言を受け入れた。
「うん、分かった。ありがとう、お姉さま」
雲に入っていた日差しが戻ってきた明るい窓の外に桃色の瞳を向けたエレオノーラは「うっしゃ」と気合を入れて立ち上がった。
試練を越え、引き分けながらもテストパイロットの座を掴んだハルト。
王都の騎士団の中で頭角をあらわすハルトに政治的な妨害が本格化する中、大人の事情を受けもとうとする意図しない味方にも支えられて開発に戻ってゆきます。
次回はハルトと仲間達が久しぶりに開発に精を出します。
「人型魔導ガーディアン」
週明け月曜日の投稿になります。良い週末をです。




