テストパイロットを賭けた戦い
騒がしかった蝉の鳴き声が王宮を賑わす季節が終わり、ひまわりの花は種の重みに頭を下げている。体格の良いひまわりの周囲を彩っていた可憐なコスモスは、花を散らして秋咲きのコスモスに主役を譲ろうとしはじめている。華やかだった花壇が次の主役を待っている閑散とした通路を渡ってハルトは第二開発工房に入る。今日はいつものアバターシュ開発側ではなくサジウス型の開発工房の入り口をくぐった。
開発を終え、飛行訓練の時間を待つ二機のサジウス型がハンガーに収められている。フォルマージュの長距離移動をサポートする機体の開発はヘラクレスオオカブトムシを素体としたキザイア機専用イカルス型の最終調整段階に入っていた。まだ朝早い時間にもかかわらず、ハロルドとミックが白衣を着て作業の準備をしていた。
「おはようございます。二人とも早いですね」
「お前もな。サジウスの状態を確認しにきたんじゃろ? 試練を越えたばかりなんじゃからもっと寝ててもよかったんじゃぞ」
「目が覚めちゃって。それに試練を越えたといってもテストパイロットの資格を得るための条件を満たしただけだから」
「対戦にはオーブも参加するんだって? 聞いてびっくりしたよ」
「そうなんだよ。それにロッキ型も含めて改修したり新しい武装を導入してもいいことになったんだ。武装を考える前にサジウス型の状態を確認しとこうと思って」
「お前も忙しいの。サジウスの飛行訓練もせねばならんとは」
「アバターシュが自立飛行できるっていっても長距離を移動するならサポート機に乗った方が効率がいいですからね。サポート機を理解するのにも役立つしいいですよ。急がば回れってね。で、どんな感じですか?」
「お前らの対決があるでサジウスの大幅な改修は諦めた。今の状態でも一応完成はしとるんじゃがもうちーとやりたいことがあったんじゃがな」
「もう少しなんてかわいいものじゃないですよ。先生が考えてることは」
「一体何をやろうとしてたんですか?」
「なにな。王都に来て最初にやった模擬戦でオオキバカミキリの足に結構難儀させられたじゃろ? こいつに元あった足をつけて他の蟲を抱えられるようにしたら空中での戦力向上になると思うての」
サジウス型もロッキ型と同じく、離着陸時はトラス構造の支柱に支えられたランディング・ギアが接地する構造だ。
「確かにコーカサスは足は長いからリーチも広くなりそうですよね」
「それに地上ので踏ん張りも効く。本来の生態のように相手の蟲を三本角で挟んで投げ飛ばすとこも可能になる」
「それだけじゃないんだ。先生はカマキリの鎌をつけてみたいとか、火炎蜂の腹を火炎放射器として装備できんかの? とか平気で言うんだ」
全く困ったもんですよ、目を細めながら頭の後ろを掻くミック。
「火炎放射器は森を焼いてしもうては困るでの。先端を絞った放水の圧力で蟲の甲羅を貫けんかとか、いろいろと考えてはおるんじゃが」
ウィーターカッターかよっ。この人どこまでいっちゃうんだろう。でも山火事は無し、ってところが爺さんらしいや。
「ともかく十日しかないですからね。何かやれるとたらロッキ型に新らしい武装をつけて性能的な差をつけるのが現実的ですかねぇ」
「そうじゃな。ロッキ型に装備できる武装ならいろいろ出来ておるぞ。試験の副産物としてのワンオフじゃが一回使うだけなら使えるもんもある」
「そうなんですね。あっ、今思い出したんですけど氷結ゾウムシっていますよね。冷却装置にガスを使うやつ。冷気を思いっきりかけたら飛甲機の飛行性能落ちますよね?」
基本的に生物由来の筋肉で動くバイオ飛行体には有効なはずだ。
「それも既に試作が終わっとる。何にどれにどう装着するかは考えんとならんが。わしの研究室にゆこう。珠絵も呼んである。そのうちオーブも来るじゃろう」
パイロットの技量を図ることを目的とした対戦とはいえ戦うことを前提にすると開発が早まるな。これもキザイア総長の目論見のうちなのかも。抜け目のない人だ。
ハロルドの研究室は同じ第二開発工房の中でもアバターシュ開発側の二階にある。三人がサポート機の開発工房側から階段を上って廊下を進むと、学園施設のあるアバターシュ側に入る前に検問所でミックには許可証の提示が求められた。ミックは「秘匿する必要があるものを作っているわけだから王都の貴族でもない俺が入れるだけでもありがたいよ」そう言って、毎朝、申請の通った許可書をわざわざ受け取りに行くことを厭わない。
ハロルドの研究室にはすでに珠絵が待っていた。ハルトの執務室と広さは同じはずなのだが、所狭しと置いてある素材や材料にがぜん狭く感じる。立て掛けてある武器の素材は筒状のものが多く、乱雑に置かれた材料や床にも散らばる設計図がマッドサイエンティストの本領発揮といった雰囲気だ。ハルトの部屋と異なるのは屋根裏部屋に続く階段が部屋の中にあることだ、屋根裏部屋は屋根が大きく開く構造になっており、水道管が回された縦に長い部屋では発煙や炎が出る物の実験や試射が可能になっている。建物自体の端から端までまで突き通してあるため、射程の長い武装を試射するのにも便利だ。一番奥の壁には何重にも重ねられた木板が的として設置され、すでに前面の何枚かは崩れている。的のそばには試射で砕けた的を張り替えるために壁板の予備が大量に積んである。的の真下は学園の教室だ。学園の授業が行われる時はハロルドと珠絵は教室にいるので試射はないのだが、通常の事務室があれば騒音と振動でいい迷惑だろう。
これらは実用的に使える、とハロルドと珠絵に言われた武装にハルトとミックは見入った。拘束網、発煙筒、薬莢カートリッジ式の新型噴射機の他にも火炎放射器や冷気の放射器、圧縮空気そのものを弾頭とする筒状の装置が並んでいる。
また増えてるし。どんだけ作ってるんだよ? ん、これは見たことないな?
「これは何ですか?」
「それは液体を噴射するものです。酸とか毒とかを撒けたらいいかなって」
毒を撒く、か。いや、もう受け入れたんだ。考えるのはよそう。
「これはさすがに今回は使えないな」
「ですよねぇ。ということでこっちに来て下さい」
手招きする珠絵について行くと、同じ形のものを大量び作る弾頭製造機の試作品があった。製造装置は鎮めの粉が注入された卵を包むセルロースが入ったタンクにチューブで繋がっている。その脇には製造された弾頭を保管するらしき扉のついた棚があり、黄色い三角形の中に『危険』と書かれた扉を珠絵が開く。
バイオハザードのマークや核兵器のマークじゃなくてよかったよ。珠絵とハロルド爺さんて基本的にマッドな属性は一致してるからなぁ。
「弾頭の中に包むものをいろいろ変えて作ってみてるんです。これにはヤキトンボの粉が入っています。他にも打撃系、冷却系とかいろいろありますよ」
「おお、すげぇ。でもサジウスはもちろん相手のロッキ型の飛甲機も壊しちゃうわけにはいかないからなぁ」
「神経毒とかも実験してみたいんですけどね!」
やっぱこいつ要注意だわ……。
「今回いい感じに使えるのはこれかもしれませんね」
「これは?」
「演習用のペイント弾です。それと当たればそれなりに威力のあるゴム弾もありますよ」
「ナイスだ珠絵!」
「いずれは訓練するときに使うようになるものですからね。わたしは実弾を撃ちたいですけど」
ハルトはペイント弾とゴム弾を手に取ってみた。
これはもう実用レベルだ。弾の種類が違っても規格を揃えてあるから汎用性も確保できてるな。さすがだ。
「で、ですね。今回なんとしても間に合わせたいのがこれです」
珠絵が布の掛けられた物体に向かう。台座に乗せられ埃がかからないように大切にされているのが一目でわかる。珠絵が布を取ると、幾つもの砲身が丸く固められたガトリング砲が黒光りしていた。
「うおっ、A-10のガトリングみたいだ。連射できんの!?」
「ちゃんと撃てますよ。連射速度は遅いですけど三機分あります。あとは操縦系とのマッチングが上手くいけばなんですが、これが間に合うかどうか……」
「是非とも間に合わせて欲しい!」
「先輩にそう言われると燃えますね! いや萌えますねっ!」
「それをやるのはわしなんじゃが……」
「ですよねぇ」
テヘペロっと珠絵が舌をだした。
「砲自体は出来てるんですけど飛甲機の操縦席への接続はハロちゃんさん担当なので」
「ハロちゃん呼ばわりかよ!?」
「内緒にしてくださいね。カッツェに聞かれたときにゲンコツ落とされちゃったんで」
「この回る砲門に何を打たせれば、蟲を相手にした実戦で効果があるのかは検証が必要じゃが、今回の対戦には有効武器じゃろうな。いっちょやってみるか」
ハロルドの言葉にミックの目が輝き、やる気がみなぎってきたのがわかる。
そんなやり取りをしていると「おーい、上にいるのかー?」階下から声がした。カッツェの声だ。一行が研究室に降りるとカッツェと共にやってきていたオーブから書類がハルトに手渡された。グレースとのテストパイロットを賭けた勝負のレギュレーションのようだ。
「自陣のボール、シンボルと呼ぶ、を奪取または破壊される、または全機が行動不能になったら負け。判定の場合は王都騎士団上層部による技術点や操縦、連携、指揮能力の総合評価って勝負が決まることですね」
「この内容から、ハルトとグレース、どちらが上かの白黒をつけることだけが目的ではないことが分かるな。引き分けの範囲が広い。よほど大きな差がつかない限り得失点差による勝敗はつかない。引き分けなら二人には同等の能力がある、と判断されてハルトがテストパイロットの資格を得る、というわけだ」
「気をつけなきゃいけないのはボールを奪われるか破壊されることと、全滅ってことですね。ボールが乗せられてる杯から離れる、もしくは奪われたら負けなるからまずはそれを一番警戒すべき、と」
「どうする? 防護寄りの陣を敷くのか打って出るか?どちらでも良いぞ」
「オーブならどうします?」
「私なら打って出る。この場合攻撃は最大の防御だ」
やっぱ武闘派だこの人……。
「で、だな。私のロッキ型に改修を頼みたいのだが……」
「何を改修しましょう?」
ミックが真剣な顔で聞いた。
「その、ランディング・ギアの下にだな。刀をつけて欲しいのだ」
「はぁ?」
「ランディング・ギアは射出機を兼ねてもいるが拘束網を打ってしまえばただの棒になるだろう? そこにブレードがあれば敵は突貫を警戒する。それに蟲の後翅は薄いからな。交差すれば切れると思うのだ」
うわー、肉弾戦大好きっ子だ、この人。でも威嚇になるのは有効だな。敵チームの行動を制限することに繋がる。
顎に手をあて、何やら考えていたミックがオーブに顔を向けた。
「近接用の武器もあるに越したことはないですね。飛甲機の負荷になるものでもないし」
「出来るか?」
「出来ますよ。実用的にするには離陸した後に剣の刃先が自動的に出るように改良したいですけど、今回一度限りなら飛甲機を浮遊させた状態で取り付ければいいので。離着陸が煩わしくなるだけです。」
「ではわしはガトリングの接続をやろう。ミックはブレードの素材を探してきてくれ。刃先を研ぎ込んで切れ味の鋭いものにせにゃならん」
「ガトリングとはなんだ?」
「連射できる射出装置のことです、オーブ。珠絵、あれってどれくらいの速さで撃てるんだ」
「連射っていってもまだまだ遅いですよ。一回トリガーを引いて六発撃つのに一秒ちょっとかかります。弾倉は六十発なので十回撃てます。引き続ければ全部撃ち尽くすまで撃ち続けます」
「なんだそれは。凄いな」
「でもフル連射すると壊れちゃうかもしれません。弾の補給にも時間がかからないように考えてはありますけど、できるだけフル連射は避けて下さい。いま魔導師さんに専用の冷却装置を作ってもらってますけど本番には合わないと思うんで」
珠絵に続いてハルトが、今ひとつ理解が及ばないという顔をしたオーブに補足する。
「連射の効果は威力の増強というよりも、命中率が上がることの方が大きいと思います。当ったことが証明できるペイント弾もあるのでレギュレーションをキザイア総長ともう一回すり合わせたいですね」
「それは私が行おう。ペイント弾という物について詳しく教えてくれ」
「当たると塗料が弾けて色が付くんですよ。実弾だったら死んでたね、って訓練で使うものです」
「そういえばアントナーラで作られとる新型のロッキ型は操縦者が撃てるようにトリガーが操縦席に付けられとるんじゃったな。王都に回せるか?」
「パイロットの技量が上がっているのでな。出来るか? と聞いたら作ってきた。既に王都に移送する手配は済んでいる。単座の方が軽い分、機動力が高いしな。今日の夕刻には到着する。単座で撃てるようにするキットももう一機分持ってくるぞ」
「さすがじゃの。して単座の新型には誰が乗る?」
「もちろん私だ」
「じゃろうな」
わかってましたよー、その展開。
「では、高機動型の単座には私が乗る。もう一機はキザイア様の機体を借りることになるのだが総長機ゆえに高品質な素体で出来ている。出力も大きいそうだ」
「俺がキザイア様の機体を動かしちゃっていいですかね?」
「お前しかおるまい。しかし同乗者を乗せねばガス管の爆発物を投下できんな」
「オーブはその機体の操縦に慣れるための訓練をなさるんですよね? それとキザイア先生の機体も改修してよろしいのでしょうか?」
珠絵、敬語使えてんじゃん。おおお、成長してる。
「当然訓練は行う。キザイア様の機体の改修はやれば逆に喜ばれるだろう。確認を取ろう」
「では新型とキザイア先生の機体にもガス缶投下機能をつけちゃいましょっか。そんなに時間かかりませんよ。ロッキ型のお腹は空洞なんで弾倉をお腹に納めてハッチを切ればいいんですから。何発落とすかを選べるようにして着火機能付きの弾倉を取り付けたら、後は操縦席のコントロールとの接続です。弾倉自体はもう出来てますし、王都で使われているガス缶の規格と弾倉の規格を揃えてあるんで弾はいくらでもありますよ」
「戦闘爆撃機になるってことか」
「ですです。ミックさんは投下装置の取り付けをする時間はありますか?」
「出来るだけオーブの訓練時間が取れるように今夜やってしまおうか?」
「そうこなくっちゃですっ。明日の朝までにやっちゃいましょう。カッツェはロッキ型に慣れてるからキザイア先生の機体も操縦席で狙撃可能にして射撃訓練しましょう。後部座席は外しちゃって少しでも軽量化を図ればいいんじゃないですかね?」
「総長機の座席の取り外しとガトリング装着は今からでもできるな。」
平然と話す二人にオーブは絶句している。しかしハロルドも「ほんじゃ投下弾倉の設置が終わったら呼んでくれ、今夜はここで寝る」と何食わぬ顔だ。
「それじゃ早速キザイア先生の機体を工房に入れてもらいます」
「俺はサジウスの飛行訓練の時間だから行くわ。後をよろしくお願いでーす」
「任せといて下さい。みなさん撃ちまくって下さいねっ」
ニッコニコの珠絵に見送られたハルトはハロルドの研究室をオーブ、カッツェ、と共に出た。
「いやはや驚くばかりだ。お前の世界の人間はみなこうなのか?」
「結構特殊な部類だと思いますよ、珠絵は。それにハロルド爺さんとミックはこの世界の人ですからね。忘れてません?」
「確かにな。ハロルド様もあまりにも生き生きとしているから忘れてしまいそうになるな」
廊下でオーブとカッチェと話し終えるとハルトは二人と別れ、サジウスの飛行訓練にコロシアムに向かった。
サジウス型はロッキ型より大きくて重い。思い通りに動かせるように頑張ろう。
数日をかけて、サジウス型の飛行感覚に慣れるとハルトはロッキ型をサジウスの三本の長い角で掴む練習をした。しかし縦横無尽に空を駆けるオーブとカッツェの機体を捕まえるのは難しい。
オーブとカッツェの操縦が上手いのもあるけど空中で捕まえるのはやっぱ難しい。生きてたときに付いてた足があって自由に動かせたら全然違うだろうな。爺さんの言ってた通りだ。でもガトリングのお陰で遠距離攻撃の命中率は高い。負ける気がしない。
ハルトが随分と前に提案したレーザーポインターも実用化されて搭載されている。
「何だか申し訳ないですね。自分の方が立派な機体で」
訓練を終え、純白に金色の装飾がなされたキザイアの機体をグラウンドに降ろしたカッツェがオーブに声をかけた。
「気にするな。私はアントナーラの人間が作った機体に誇りを持っている」
自陣営の人間以外は関係者立ち入り禁止のコロシアムでの訓練が連日続いた。オーブが単座のロッキ型に慣れ、カッツェも射撃と投下機能を独りで使いこなすようになり、三人の操縦席からの狙撃命中率が六割を越えた頃に勝負の日がやってきた。アントナーラ陣営は全員が単独搭乗での参戦である。ペイント弾の命中が得点になるルールが加えられ、審判には王妃とアンナが加わることになった。
本番のコロシアムには観客席が足りなくなるほどのギャラリーが集まり、熱気につつまれている。貴族達の盛り上がりが高い注目度をあらわしていた。
待機位置についた飛甲機群の真ん中にアントンーラチームのパイロット三人が集まった。
「では、作戦通り最初は防御に専念すると見せかけてゾーンで守るふりをして敵をおびき出すぞ。そこから先はマンツーマンで対応しつつ、揺動、撹乱しつつ隙あらばシンボルを落とそう」
「オーブ、好戦的になりすぎて飛甲機を壊しちゃダメですよ? 高価なんですから」
勇み気味なオーブをたしなめるハルトが着ている航空部隊用の鎧の肩には承認式で授与された肩章が輝いている。上級騎士の証である肩章は、オーブの肩に輝く肩章と同じく星が三つ並んでいるものだ。
「こういう研鑽は性能向上に繋がる。壊れたとしても必要経費だ。サジウスは特に貴重な機体だが頑丈だから全壊はせんだろう」
「そうだぞ、ハルト。あまり甘っちょろい考えをしてると落とされるぞ。落とすつもりで行かないと。向こうも気合充分だ。殺気が伝わってくる」
カッツェが目を向けた先、ハルト達と鏡合わせにコート内に配置された二機のロッキ型に守られるように鎮座するサジウスからは黒いオーラが立ち上がっているように見える。
確かにピリピリした空気がここまで伝わってくる。どれだけ気合を入れて入れすぎにはならなそうだ。
名目上は実戦訓練となっているが、この対戦が新型フォルマージュのテストパイロットを賭けたハルトとグレースの勝負であることを会場の誰しもが知っている。王でさえ観覧に来ているのだ。勝負の結果は政治的な勢力構図を大きく変えることになる。観戦に来ている貴族達の目も真剣そのものだ。審判は王妃、第一王女のアンナ以外は騎士団に所属する者のみ。政治的な影響を極力排除し公平にジャッジするための方策も取られている。
対峙する二つの陣営の中央で、フレームをむき出しにしていたフォルマージュに装甲が現れる。白と黒のニ騎のフォルマージュが盾を現出させて観客席を守る仕草を見せた。純白に黄金の装飾の装甲を身にまとったフォルマージュ・イリスから騎士団総長キザイアの声が会場に響く。
「観覧席を気にすることはない。思う存分やるがいい。では、これより新型飛甲機サジウス型とロッキ型の合同実戦訓練を開始する。制限時間は三十分だ」
両陣営の最後尾中央には杯に乗せられた五十センチほどのボールが鎮座している。このシンボルを奪われる、もしくは破壊されれば負けが確定する。
遠距離攻撃武器が充実した俺達の方が有利だ。でもそれを最初に知らせてしまうのも悪手。能ある鷹は爪を隠すってね。コーカサスとロッキだけど。
浮遊した両陣営の飛甲機が作戦行動に移る。ハルト達の予想通りグレース側は速攻を仕掛けてくる。地上すれすれを最大戦速に達する前にグレースのサジウスがフィールド中央に陣取ったハルトのサジウスに切迫する。グレースサイドのロッキ型も指揮官に付随して突貫してくる。
中央突破。脳筋かよ!
ガシンっ。サジウス同士が角を交えた。
「いらっしゃーい」
側面に展開し待ち構えていたカッツェがグレースのサジウスの横腹をついて機体の下部前方に装着された速射砲を撃つ。射線がサジウスの操縦席に収まるグレースを掠めた。オーブは護衛のロッキ型の上を取り、陽光に輝くブレードを見せつける。もう一機のグレースの護衛機がハルトのサジウスに突貫しサジウス同士の取り組みが離れると同時、グレースチームの三機が上空に離脱する。アントナーラチームは迷わず追撃体制に移る。
かかった。後ろを取れる。
全力上昇する三機をマンツーマンで追うアントナーラの各機からガトリングの速射砲撃が轟く。敵のロッキ型は左右に展開し、グレースは重い機体を無理やり背面飛行にねじ込んだ。
どんだけのGに耐えんだよ。ヤバいっ、シンボルがガラ空きだ。
背面飛行から射出される拘束網。同じく背面飛行に向きを変えたハルトが速射。拘束網の向きを逸らす。すんでのところでシンボルから外れた網をパージしたグレースはそのまま宙返りをして垂直上昇。ハルトは右旋回してシンボルのガードに入る。
そう簡単にやらせてはくれないか。
開幕戦は全くの拮抗。しかし敵陣に切り込んだグレース側に評価が流れる。しかし審判席のアンナの手元にある得点表のハルトの評価は高い。確実にシンボルを掴むはずだった拘束網への射撃命中の評価だ。
「確かにあの状況から好転は評価に値するわね」
隣に座る王妃の言葉にアンナはうなずいた。
「ハルベルト陣営の開発力は凄いです。今回も飛甲機を破壊してしまわない程度の武装を選んできました。そういう調整が出来ること自体が実力を物語っているとは思いませんか?」
「そうね。状況に合わせた配慮ができるということはそれ以上の実力を持っていることの証にもなります。彼らの貢献は今後さらに大きなものとなるでしょう」
王妃と第一王女の会話の内容は審判を務める騎士達も理解している。グレース派の顔色は決してよくない。攻撃力に劣るグレースサイドは純粋に操縦能力と作戦だけでそれ以上の力を示さなくてはならない。遠距離射撃だけではなくハルト達の乗る飛甲機の下方にあるブレードの輝きが果敢な突貫を躊躇させている。グレースサイドは上を取られれば翅を切られるリスクにさらされ、下方に入られればガトリングによる射撃によって拘束網の射出を封じられたも同然だ。貴賓席後方の一般席の貴族達にも状況が理解され始めていた。
しかし現実を否定する声が上がる。
「アントナーラの人間は卑怯だ。正々堂々と同じ機体で競えば良いものを」
「その通りですぞっ」
ハシュタル派閥の貴族達の声を聞いた王都の騎士団員達の表情は険しい。実戦の場において蟲に対して、卑怯だ、とののしっても何にもならないことを騎士達は知っている。
刻一刻と状況を変えるフィールド内の状況は後方を取り合うドッグファイトに移っている。接近戦の危険を悟ったグレースサイドは距離を取った。しかし単独搭乗のアントナーラ陣営の飛甲機の方が運動性能にも分がある。コロシアム上空を所狭しと飛び回る各機入り乱れてのドッグファイトが続く。
「クソッタレめがっ! 何だあの武器はっ! クソっ! 速度面でもこちらが不利だ」
Gに歪むグレースの口から声にならない叫びが上がる。口から出た瞬間に思いは強風に消えてゆく。
「一度ならず二度までも。それはさせん。 断じてさせん。ガスを放出しろっ、火を放てっ!」
後部座席の狙撃手に怒鳴るグレース。グレースサイドも無策で臨んだわけではない。後部座席の騎士が大きなガス管を改造した噴出機から可燃性のガスを出し後方から火炎放射を放った。オーブのロッキ型に火線が伸びる。
「おおー、二人乗ればあのような対応が取れるのだ。さすがはグレース公だ」
サジウス型も単独操縦のハルトに対しグレースは狙撃手を乗せている。狙撃を操縦士が行えるようにした改修の影響は運動面においては大きいが、グレースの後ろに乗る騎士は王都で新たに創設された新進気鋭の飛行部隊所属の意地と誇りを見せていた。
急旋回して火線を回避したオーブ機の先では、カッツェが乗るキザイア機に後ろを取られたロッキ型がオーブ機に向きを変えた。その刹那に拘束網が放たれる。オーブの視界いっぱいに白い網目が広がる。反射的に右奥のトリガーにオーブの指が伸びた。ブレードの装着されたランディングギアは本来、対峙するロッキ型と同じく拘束網を投射するものだ。しかし珠絵とミックによってオーブとカッツェの乗るロッキ型の装備は変更されている。オーブが引き金を引くとゴム弾が広範囲に散弾した。拘束網対策として珠絵とミックが本番ギリギリまで調整を重ねた新装備が投網を押し返す。機体の前方を持ち上げたオーブ機のブレードが拘束網を切り裂いて空間を駆け抜ける。
オーブの機体を狙うためにスピードを殺したロッキの上にカッツェの機体が踊り出る。
「拘束網を打ってくるのは想定済みだ。今度はこちらの番だ」
カッツェがまさぐる左手のコントローラー奥には幾つかのボタンとスライドバーが設置されている。カッツェはスライドバーを手前に引き、着火ポイントを極限まで短くしたガス管を投下した。爆音が起こる。獲物となったロッキ型が周辺で起こる幾つもの爆発に翻弄され、動揺したパイロットに向かって真横から接近したオーブ機から射線が伸びる。ペイント弾がパイロットに命中した。ペイント弾のパイロットへの命中は撃墜判定となる。撃たれたロッキ型が戦線を離脱した。
当たったのがゴム弾であったならパイロットは重症だっただろう。ゴム弾とはいえ20ミリ口径の弾頭をはじき出す圧縮空気の威力は殺傷能力を持つほどすざまじい。オーブとカッツェの機体の頭の下にはゴム弾とペイント弾が装填されたガトリング砲が二門装備されている。
地上のミックと珠絵はハイタッチを交わす。
「苦労したかいがありましたね。ミックさん」
「まったくだ。二つの砲が同じところを撃つようにするのがあんなに大変だとは思わなかった」
「角度調整も大変でしたけど、ガトリングは振動もありますからね」
「でも連射は凄い。単発で撃っていたらこんなに簡単には当たらない。それにガス管の投下だけじゃなくて着火のタイミングを制御することまで考えたてなんて恐れいったよ」
「そこはハロちゃんさんが頑張ってくれましたから。これで撃墜1ですね。あと二つ」
余裕が出てきたアントナーラ陣営だが、次の瞬間には一瞬にして事態は振り出しに戻ることになる。
かなり長くなってしまいましたが切のいいところまで書いてしまいました。
対戦は刻一刻と変化します。
次回。「結果と変化」
金曜日の投稿になります。




