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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
95/148

自分らしく

「ハルト休息日を増やすぞ。このペースでは無理だ」

 負荷が高くなるに従って一日休息を挟んでの試練になっていたがそれでも危険な領域になりつつあることを感じたマティアスはハルトに更に長い休養を命じていた。気力はあっても身体がついてこないハルトは渋々ながら受け入れ三日を体力回復に費やした。そして今一度試練に臨んだ。

『お前の本心は一体なんなのだ?』

 今日こそは越えてみせる。ひたすらこれは自分の意思だ。間違っているとは思わない。頑張ってみたが最後に返ってきたのは『つまらん男だ』という声だった。

 ギリギリまで試練に苦しみ抜いたハルトを見送りつつマティアスは五日の休養を告げ、自室に戻って黒に赤い装飾の鎧をまとう。黒騎士の姿に戻ったマティスは主であり騎士団総長キザイアの執務室に向かった。自身の鎧と同じ白と金の装飾が施された執務机に向かって座る第二王女キザイアの後ろにはやはり黒いフルアーマーの鎧を着込んだグレースが窓から差し込む夕日に照らされて立ち控えている。

 キザイアはマティスの入室を認めると金髪縦ロールに挟まれた美貌を上げた。

「ご苦労。グレース、マティスと交代だ」

「はっ」

 短い返答と共にグレースが執務室を出るとキザイアが書類に落としていた碧眼をマティスに向ける。

「どうだ? ハルトの様子は」

「本来なら加護が降りても良い負荷を耐えてはいるのですが、まだ乗り越えてはいません」

「そうか。お前も辛いな」

「いえ、私は問題ありません」

「そう強がるな。試練に臨む者の負の感情を請け負うのだ。決して楽ではないはずだ」

「そうですね。楽ではありませんが、ハルトに掛かっている負荷の割に私の負担は少ないように感じます」

 背筋を伸ばし微動だにせずキザイアに返答する全身鎧に兜の黒ずくめの男を見つめるキザイア。

「ほう」

「兜を抜いて良いでしょうか」

「構わぬ」

 言葉遣いは尊大だが、めったなことでは自分からキザイアに要望を出さないマティスの求めを受け入れたキザイアの口元が持ち上がる。

 マティスは兜の下に隠された機微な表情が伝わらないことが億劫だというように兜を脱いだ。深く濃い血の色をした長く立派なトサカが頭上に伸びる、鎖かたびら型兜のシルエットはそれ自体が絵になるものだが、屋内用の兜でさえ鼻先まである中央のガードと瞳を覆う二つの強化ガラスが表情を常に厳しいものとして見せる。兜を脇にかかえたマティアスはキザイアに優しげな笑みを浮かべた。マティスの碧眼にかかる金髪の前髪が揺れる。

「ハルトに掛かっている負荷は相当なものです。私の時よりも大きいでしょう。しかし彼から私に伝わってくる負の感情には憎しみを感じません。今彼は純粋に自分と向き合っているのでしょう」

「グレースのときは師となった騎士の精神が崩壊しかけたからな。そういう状態ではないのだな?」

「はい。それでもハルト本人には相当厳しい状況だと思います」

 キザイアは机の引き出しから礼装軍服の肩章けんしょうを取り出しマティスに見えるように置いた。金糸をり合わせた三本の線が横に走る中に貴石で出来た星が三つ並ぶ上級騎士のものだ。

「この徽章にはそれだけの価値がある。どのような道筋であれ、乗り越えた者にのみ与えられる文字通りの勲章だ。私はハルトは試練を超えるだけの価値がある男だと思っている」

「しかし長きにわたって騎士の訓練を続けてきたわけではないハルトにはいささか早かったのではないでしょうか?」

「グレースを取り巻く事情もあるが、私はそうは思わんな。ハルトは我々に必要な男だ。少々荒っぽくともあいつは乗り越えてくるさ」

「私もそう信じますが……キザイア様、失礼ですがよろしいでしょうか?」

「構わぬ。今は私とお前だけだ」

 キザイアがマティスを見つめる視線には、総長と部下、王女と側近、幼馴染と婚約者候補、そして恋の気配と様々なものが入り混じっているようだ。

「このままではハルトの身体がもつのはあと一度でしょう。次が最後の機会になると思います。もしハルトが乗り越えられなかった場合キザイア様はどうなさるおつもりですか? 時をおいて再び彼にチャンスを与えて頂けるのでしょうか」

「――やはりお前には隠し事は出来んな」

 キザイアはひとつ長い息をついた。

「今の騎士団をとりまく政治的な状況が少々やっかいなのは事実だ。今グレースを持ち上げているのはハシュタルの勢力の色が濃い。アントナーラの躍進を阻みたい勢力と次期王妃にアンナを推す勢力が協調している。どちらも私の騎士団がより強い影響力を持つことを阻もうという動きになっている。彼らからしてみれば騎士団の戦力を大きく底上げしているハルトは厄介ごとの種だ。今ハルトの評価が下がればここぞとばかりに要職から振るい落とそうと画策するだろうな。だからこそハルトには上級騎士となる試練を超えてもらう必要がある。上級騎士になれば出自を理由にしたイチャモンをつけられなくなる。上級騎士になることが如何に難しいことなのかは知れ渡っているのだから」

 キザイアは席から立ち上がり曇り模様の窓の外を見る。それからマティスに向き直って続けた。

「もしハルトが失敗すればハルトを推した私の評価も下がる。これはある意味私にとっても賭けなのだ。もしハルトが今回諦めるならばその政治的な影響は大きい。そうなれば私も政治的な方針を根底から考え直さねばならん。しかし、だ。マティス。私は個人としてもハルトに期待をしている。見限るようなことはしないさ」

 キザイアがほんの少し緩めた厳しい表情には、妹エレオノーラを見つめるときと似たような優しさがあった。

「分かりました。ありがとうございます」

「グレースだったらここで私がハルトに個人的に期待していることに対して、それは伴侶候補としてか? と聞くだろうな。しかしお前はそれをせぬ。もう少し私にアピールしても良いのだぞ?」

 試すような視線をキザイアはマティスに送った。両の碧眼が見つめ合う。

「私にその気持ちがないわけではありません。しかし私は自分のなすべきことをなすだけです。それがひいてはこの国とあなたの為になるかと」

 マティスは涼しげながら優しい目線をキザイアに送る。

「お前の理念は嫌いではない。やれやれお前がクールなのは血統だな……ハルトのことを頼んだぞ」

「はい。私にハルトの試練を進めるかどうかの判断を委ねて頂いてよろしいのですね」

「お前に任せる。私はエレオノーラと話しに行ってこよう。あの娘も心配しているだろうからな」

「了解しました。私に出来る仕事があれば引き継ぎます」

「助かる。そう言ってくれるだろうと思ってすでに書類はまとめてある」

 キザイアは冷たい美貌をさらに緩め、イタズラ者っぽい目をマティスに向けて書類を差し出すと自身の執務室を退出した。



 翌日、翌々日のまる二日を休息にあてたハルトは久しぶりに外に出た。初めてのキラナへの飛甲機納入の式典が行われるのだ。式典はキラナへの到着時刻を考慮して午前の早い時間から行われる。コロシアムには盛夏のピークは越えたとはいえまだまだ強い日差しが降り注ぐ中、ロッキ型の飛甲機が六機駐留していた。キラナに納入される五機と焚哉と胤月に貸し出された機体を合わせた六機が出発の式典を終え、ハルトを含む学園関係者が一旦キラナに戻る焚哉と胤月を見送りにグラウンドに降りた。

「長距離飛行になるな。焚哉、気をつけてな」

「胤月と交代で行くから大丈夫だよ。ハルトも頑張って」

「ああ」

 そう言ってみせたハルトだったが明らかに顔色が良くない。二日休んだとはいえ限界まで体を酷使している結果だ。

「何度か焚哉の後ろに乗ったけど、なかなかやるぞタクヤル様は」

 カッツェがいつものように何に対してなのか分からない余裕を含んだ笑顔でハルトとその周囲を安心させるように言葉をかけた。

「キラナの聖人様ですもんね。さすがです。うっきょー」

 カッツェの流れに乗って囃し立てるソフィー。その後ろから珠絵が飛行服を着込んだ焚哉に身体を寄せる。

「ほんとに気をつけて行って下さいよ。調子に乗って危ないことをしないで下さいね」

「だいじょーぶだって。なんなら出発の特にアクロバットしてやろうか? にしし」

「ほらぁ。今みたいなことを言ってしまうところが心配なのです。撃ちますよ?」

「高度が上がれば寒くなるから焚哉の頭も冷えるだろう。出発の時にだけ俺たちが下から睨みつけててやればいいさ」

 カッツェがみなをまとめたところで、先に後部座席に乗り込んでいる胤月が「タクヤルちゃーん、そろそろ時間よー」と声を降ろした。

 キラナに納入される五機の飛甲機には王都の騎士達が乗り込んでいる。彼らは納入とキラナでの式典を済ませたら馬車でグランノルンに戻ってくる手はずだ。それぞれパイロットの後ろには技術指導として派遣される技師が乗りこみ、その中には蟲殻の保管施設でハルトと胤月にマナ供給システムの説明をした技師の姿もあった。

「じゃぁ行ってくるねぇ」

 焚哉は皆と握手を交わしつつ、何気にベールを被ったノーラの手を長い間握ると最後にハルトと向き合った。

「聖地の情報も持って帰ってくる。二週間くらいで戻るよ」

「頼んだ。里帰りを楽しんでな」

「僕としてはみんなと夏休みしたかったけどね」

「帰ってきたらまたみんなでどこかに行けるといいな」

「ほんとだよ。またみんなで出かけよう。ハルト、」

 焚哉がハルトに今一度向き直る。

「ハルトが今やってる試練は本当に大変だと思う。言霊ことだまどころか心の中で高位の存在と向き合ってるんだから」

「ことだまがちょっとわかりづらいかも。ちゃんと教えてもらえるか?」

 焚哉が励まそうとしてくれていることを察したハルトはしっかりと理解したいと思った。

「言霊は言葉にしたものには命が宿るっていえばのいいかな。信じることを言葉にすると現実になったり、ネガティブな言葉を発してばかりいる人は呪いみたいに自分に帰ってくるよ、っていう教えというか考え方。仏教の真言はそれを極めたインド発祥のものなんだろうけど日本にも元々あるものだよ。西洋にもあるし世界中にあるらしい」

「そうなのか」

「日本はちょっと特殊なところがあって異口同音の言葉に意味を見つけたりするんだよね。例えば『生きる』のイキは『息をする』のイキと同じだとかさ。ごめん、ちょっと話しがそれた。元に戻すと思考は言葉でするだろ。思考を言葉にして外に出すともっと大きな力になるってことさ。それはそうだよな、と僕は単純に思うけどね。でも言葉にしなければ隠しておける。心の中で向き合ってるってことは自分の思考を隠せないってことでしょ? すごく大変なことだと思う。完璧な人間なんて居ないだから。だからさ、完璧を求めないで素直に自分らしくあればいいと思うんだよ。ハルトは悪いやつじゃない。それは僕が保証する」

「自分を信じろってことだよな」

「そうだね。でも無理をして信じようとすることもないんじゃないかな。 信じようって頑張るってことはまだ自分を受け入れられてないことになりはしないかい? ただ自分らしくあることをそのまま受け入れてみなよ」

「分かった。サンキューな」

「そんじゃ、行ってくるね」

 焚哉はタラップを上がり、操縦席についてハルト達に向けて親指を立てて見せた。音楽隊の演奏が始まる。式典で挨拶を述べた王族や騎士団上層部にも閲覧席から見送られながら二個小隊、六機の飛甲機がキラナにむけて飛び立った。


「ハルトぅん、今日から学園は今日から夏休みだけど時間あるかな?」

 王族らしい正装のドレスを着たノーラがハルトに声をかけた。ドレスはハルトがエレオノーラを初めて見たときと同じ、プリンセスラインの白とピンクを基調としたもので薄いピンク色のバルーンショルダーがふっくらとしたノーラの雰囲気に似合ったドレスだ。しかし素材は涼しげなものに変わり半袖の先に伸びる腕には日焼けを防ぐための肘を超えるレースのオペラグラーブをつけている。薄桃色の大きなダリアの花があしらわれているつばの大きい白いハットから垂れる、白いレースのベールの向こうにあるピンク色のノーラの瞳をのぞき込むハルト。

「どうした? あらたまって」

「今日は試練もお休みでしょ? ゆっくり話したいなぁ、と思ったんだけど体調はだいじょーぶ?」

「身体は休ませてるから大丈夫だ。気分が悪いのが落ち着いたらトレーニングだけはするけど」

 遠くで蝉が鳴いている。

「アンナお姉さまやキザイア姉さまから聞いた話もあるし、わたしからも話しておきたいことがあるの。わたしの部屋に来てくれる? お昼もこっちに用意してもらうよ」

「分かった、お邪魔するよ」

 

 お互いに一旦自室に戻ったハルトがノーラの部屋を訪ねると、海産物を中心にした喉を通りやすそうな食事が用意されていた。しかも食べたい分だけ取り分けられるビュッフェスタイルになっている。さすがは第三王女の個室という上質な家具が並ぶ天井が高く広い部屋に用意された食事にハルトはノーラの気遣いを感じた。ハルトの好きなメニューばかりなのだ。

「ありがとうな、ノーラ。食欲が湧くわ。正直あまり食べられない時もあってさ」

「良かった。いくら若くて鍛えてるからっていっても体が資本だからね。まずは体を大事にしないと。ほんとは自分で作ってあげたかったんだけど……」

「王女さまが無理するなよ。その気持ちだけで十分だ。でも本当にありがたいよ」

 ハルトとノーラの事情を知る側近中の側近達だけにされている中での会話は気兼ねないものだ。ノエルと入れ替わったときと同じ体制になっている環境に緊張することなくハルトはまず夏野菜のサラダと貝類や海藻の付け合せを無意識に取った。コース料理の順番が身に染み込みつつあるの感じてハルトからふと笑いが漏れた。

「どうしたの?」

「いや、習慣って面白いなぁ、と思って」

「マナーが染み付いているようで大変よろしい」

 少し表情が明るくなったハルトを見てベールを被っていないノーラの顔も晴れてゆく。

「今日はゆっくりしていけるんでしょ。たまには時間をかけて食べながらゆっくりしよーよ」

「そうだな。この感じだと沢山食べられそうだ」

「お寿司も用意してもらってあるからね。胤月さんからレシピを教えてもらったからさ」

「和食食べれてんの!? ノーラばっかずるい~」

「ハルトぅんも上級騎士になったら専属の料理人が付くようになるからね。それまでの辛抱だよ」

「そういう特典もあるのか。俄然やるが気出てきた」

「でしょでしょ」

 ノーラの瞳が丸くなる。うっしゃ、と、白く柔らかそうな腕がガッツポーズをした。作戦せいこー、とでも言いたげな雰囲気のノーラがありったけの笑顔をハルトに向けた。しかしハルトがテーブルに向かって背中を見せるとその表情の中に影が降りる。気を取り直したように笑顔に戻ったノーラはハルトの正面に座った。

 他愛のない雑談や前世での思い出話しと普段はあまりできない会話にハルトの舌も回りはじめ会話が弾む。話の流れの中でノーラは、ソフィーちゃんも来るけどいいかな? と尋ね、ソフィーの転移者達の記録を残すという役目を知っているハルトは、もちろん、と答えた。若いに幼いがくっついているようなソフィーだが王宮がどんなところなのかを理解しているソフィーには隠し事をする必要がない。そしてソフィーの知ったことを迂闊に話さない姿勢は個人的な人間関係についても同じで、話してよいこととそうではないことの判断がハルトよりも厳しいソフィーにハルトは個人的な想いも打ち明けられるほどの信頼を寄せるようになっていた。マスコット的な愛らしい存在でありながら頭がよく分別のあるソフィーはハルト達転移者にとってなくてはならない存在になりはじめていた。

「お招きありがとうございまする~」

 そのソフィーが側使えの開けた扉から飄々と入ってくる。シースルーの素材を使った夏らしいドレスを着たソフィーは、すっとんきょうな言葉使いはご愛嬌とばかりに優雅な足取りを使いこなして進んでくと、ハルトとノーラにしっかりと挨拶を交してから共に料理を取りに向かった。ノーラとキラナで出会ったソフィーはキラナの郷土料理である和食にキラキラと眼を輝かせた。ソフィーが持ちきれない皿を側使えが手伝って運び、テーブルが一層華やかになる。成長期満開のソフィーの前の皿から料理が消えてゆくのがとても早い。

「良く食べるなぁ。見てて気持ちがいいよ」

「お兄さんやノーラさんに負けないように成長せねばなりませんからね」

 えっへん。いつものように腰に手をあてて胸をはるソフィー。出会った頃よりもこころなしか大きくなっている気がするな、と思うハルト。ソフィーの食べっぷりに触発されたのかハルトの食も進む。その中で話す内容が少しずつ重要なものになっていった。ノーラはニンディタと繋がりの深いハシュタルの政治的な勢力が第一王女アンナをいかにして次期王妃に推しているか、グレースはキザイア派の筆頭であるにもかかわらずハシュタル勢力が後援をおしまないのはアントナーラの躍進をその勢力がうとましく思っていることなどを話してゆく。グレースの出身地、オプシディスの状況を考えるとグレースの政治的な後ろ盾はどのようなものであってもあるに越したことがない状況だという。しかし子供の拉致関与疑惑とニンディタへの情報漏えいの疑いがあるハシュタルの勢力への警戒はアンナを始め王と王妃でさえも厳しくならざる得ない状況とのことだ。

「騎士団の中でのハルトぅんの評価と政治的な動きは別ものだと思ったほうがいいと思う。キザイアお姉さまは政治的な状況を飲み込んだ上でハルトぅんが上級騎士になることを期待してるよ。ハシュタルの勢力がグレースを持ち上げてハルトぅんと対決させるような感じになってるのはハルトぅんに悪いと思ってるみたい。でも対決にむけたグレースの意気込みは凄いみたい。ある意味ハルトぅんを目の敵にしてるっていうか……」

「どんな状況であったとしてもグレースさんは試練を乗り越えた上級騎士だ。その事実だけでも凄いことだとだよ」

 実感のこもったハルトの言葉に試練の過酷さを垣間見たようなノーラは言葉を返せない。

「でもさ、ノーラやノエル、ハロルド爺さんに珠絵やミックも一緒になってやってる開発をできれば今の体制で続けたいんだ。それにアバターシュは俺自身の手で作りあげたい。試練を越えることが必要になって、時間を取れなくなったり負荷が大きくて集中できてないのはちょっと辛いけど、この試練は自分にとって必要なことだとも思う。今俺達がやってることはこの世界にきっと大きな影響を及ぼす。そういうことをしてるっていう自覚が必要だと思うんだ。だから自分の中でぐちゃぐちゃしてきたことにけりをつけなきゃいけない。ちょうどいい機会だと思ってるよ」

 無言でうなずくノーラから少し間をおいてソフィーが口を開いた。

「それはアリシア・パッカードさんのことも含めてってことですか?」

「否定することでもないから正直に言うけど、それももちろんある」

 きっと今の言葉はノーラからは出てこなかっただろう。

 ハルトは何となくそう思った。しかしノーラから意外な言葉が出てきた。

「そのアリシアさんとよく似てる人を知ってるよ。わたしは」

 ハルトの体が固まる。それでもノーラは続けた。

「馬車の商会と自動車メーカーのご令嬢。よく似てるよね。パッカードと神宮路のお家って。アリシアさんと綾乃ちゃんもよく似た人なんでしょ」

 ノーラの桃色の瞳に映るハルトの姿がほんの少し揺れていた。勇気を振り絞りだすようにしてノーラは続ける。

「わたし転移した日に部室に行く前に綾乃ちゃんにメッセージを送ってたの。もしかしたらあのとき綾乃ちゃんが部室に来てたかもしれない」

「――そうか」

 ただそれだけをハルトはノーラに返した。そして続けた。

「俺が転移する直前に綾乃の声を聞いたような気がしたんだ。もしかすると綾乃もこの世界に引き込まれてるかもしれない」

「アリシアさんに綾乃ちゃんの魂を感じたことはないんだよね?」

「ノーラとノエルと同じようによく似てるなと思う所はあったけど、綾乃自身をアリシアに感じたことはなかった。もし綾乃がこの世界に存在してるんなら会えばエレオノーラがノーラだって分かったように分かると思う」

「よしっ、わたしも綾乃ちゃんがこの世界に来てないか探す」

 そう言ったノーラをソフィーが目を丸くして見た。恋と友情の相反する二つがそこ同居しているのを見たとでもいうように。

「ハルトぅん、そのためにも試練を頑張ろう」

「いや、逆なんだけど。綾乃のことを振り払おうとしてるつーか、自分の意思としてやってくんだ、って振り切ろうとしてるところなんですけど」

「綾乃ちゃんとの関わりも含めてハルトぅんはハルトぅんなだから別にいいじゃん。変に別けちゃう必要ないと思うんだけど」

「いや、そうじゃなくてさ」

 ハルトが続けようとするのを遮ってノーラは言葉を被せる。

「そうじゃなくないと思うよ。綾乃ちゃんのこと含めてって言ってるでしょ。無理にカッコつけてこれは自分の意思だー、なんて押し通すよりもその方がハルトぅんらしいって。

素直になりなよ。

神様はね、自分についてる嘘を見抜くんだよ」

 普段は柔らかい桃色の瞳から繰り出される視線には有無を言わさぬ強さがあった。それに押されて負けたのではなくノーラが言いたいことを理解して受け入れたことを自覚しつつハルトはゆっくりと答える。

「そうかもしれないな。自然体でいいのかもしれない」

「ハルトぅんはね。自分だけで抱えこもうとしちゃう癖があるんだよ。外から見てるわたしや仲間をもっと頼っていいんだよ?」

 ノエルにも同じことを言われたっけ。さすがは身体と魂を分けた双子というかなんというか。でも焚哉にも同じようなことを言われたしきっとそうなんだろうな。焚哉も、あるがままで行ってみろ、って言ってた。俺を真剣に支えてくれてる仲間がいるんだ……。

「すまなかった」

「ううん。ここは謝るとこじゃないよ。ハルトぅんがわたし達のことを想って試練に向かっていったのも、凄く辛いことなのに自分の意思で立ち向かおうとしてることをも知っての上で言ってるから。だからね――自分を信じて」

 聖母のような眼差しがノーラの瞳から注がれていた。ハルトは、さすがは王妃マリア様のご息女だな。とも思う。

 こんなに大事な話しをしてるのにこんなことを思うなんて意外だな。いままで本当に余裕が無かったってことか。

「わかった。ありがとう。本当にありがとう」

「お兄さん、女は強いのですよ。この世界では」

「ノーラは元々強いけどな」

「当たり前でしょ。ウクライナやノルウェーでは男より女の方が強いんだよ」

「日本も実情はそうだったのかもしれないな」

「そうだよぉ。その上わたしはパートナーに尽くすのが生きがいのウクライナの女の血を継いでるんだからね。しか旦那を遊ばせてあげるくらい器の大きい女がいい女だっていうお母さんに育てられたんだよ」

 立ち上がったノーラはハルトのすぐ側まで近づき両腕を大きめの胸元で組みながらハルトを見下ろすように胸を張って見下ろした。血を受け継いでいるといっても身体が入れ替わっている今、肉体的な事実を言っているわけではない。今もノーラの中に流れる両親から受け継いだ誇りがそうさせているようにハルトには思えた。

「よしっ、俺も日本男児の意地をみせてやる。今っぽいやり方でな。悟り世代のしっぽをなめんなよっ、ニトリ世代なんて言わせない!」

「その意気だよっ、ハルトぅん」

 ノーラがハルトに抱きついた。逆側からなぜかソフィーも抱きついていた。二人の少女に抱きつかれたハルトを側使えたちが微笑ましく見ている。

「じゃ、頑張ってね。ヒットラーのしっぽさん」

「悪役になるからそれはやめて」

 いい感じなのをくじかれたハルトの頭上でカチカチと音が鳴る。ノーラが火打ち石を打っ打った音だ。

「お前は俺のおっかっさんかよ!?」

「ええー、そこは、おかみさん、って言ってくれなきゃでしょ」

 奥さんという意味でおっかっさんといったハルトだったのだが、訂正をせずにモジモジしているハルトとノーラを見てソフィーが不思議そうな顔をしている。

 ソフィーはノーラから火打ち石を奪い、カチカチとハルトに向かって鳴らした。

 紫色をした髪の毛の下でソフィーの瞳が弧を描いていた。


試練に臨む遥斗を取り巻く人々のそれぞれの事情と気持ち。

次回、最後の試練に臨む遥斗の前にあの人があらわれます。

「オーブ来訪」

金曜日の投稿になります。

3月11日ですね。被災した方、亡くなってしまった方を偲び、あの日を忘れないようにしたいと思います。

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