リボルバー
三週間ほどが過ぎて大会の日が近づいて来ました。
「先輩、おはようございます」
「おはよう珠絵」
昇降口に入ると珠絵が居た。ロボット大会の方向性が決まってから三週間が過ぎ、お盆休みが終わると大会まではもうすぐだ。ロボットはほとんど完成していた。あとは細かな調整と練習するのみだ。
二人は階段を登って部室に向かう。
「やっとここまで来ましたね」
「色々問題あったけど何とかクリアしたな」
「わたしの責任が重大でちょっとビビります」
アイデアが出た時には盛り上がったけど、新しい物を作るという事はやってみてから初めて気が付く事が如何に多いのか、ということを遥斗は思い知らされていた。
まず風船が風に阻まれて真っ直ぐ上に上がらない。一度逸れるとロボットを移動させてゴールに近づけようとしても風に風船が弾かれる。風船までのテグスが長くて位置を固定出来なかったのだ。
電動リールを使ってはどうか?と提案した2年の浜田の案は一旦風の上まで飛ばしてから移動してリールでゴール付近まで下ろす事には成功したけが風船が安定せずに位置が固定できなかった。その上ゴールの真下からは風船を狙って撃ちづらいことが判明。
結局釣り竿を収縮させる機能を作って釣り竿で風船をゴール付近まで運び、斜め下から撃つ仕様になった。
次の問題は風船に入れるピンポン玉の数が多過ぎると浮かないことだった、
風船が浮かぶ限界まで入れると玉が多すぎて離散しゴールに半分も入らない。
結局6個のピンポン玉を入れた5つの風船を上げることになり、風船にピンポン玉とヘリウムを入れる複数のシリンダーを回転させるリボルバー式にしたりと何かとあったのだ。
ちなみにリボルバー式のアイデアを出した珠絵は絶賛された。
「ピンポン玉を拾って玉入れ区域に移動するのに約30秒だろ。風向きがローテンションするのが一回30秒でギリギリ5回撃てる計算だけど、全部良いところで割れるわけじゃないしなぁ」
風で風船とゴールが揺れて当たりどころが悪いと入らないのだ。完璧に全部入っことはない。
「スコープ見ながら自分の手で撃てるなら感が働くといくか何とかなりそうな気もするのですけど……撃てるのは嬉しいですけどゲームのコントローラのスイッチ押しててもテンションが上がらないのです」
「「おはようございまぁす」」
部室に入ると積み上げられた机の上に送風機が乗ったタワーに触れないように注意しながら窓際に向かった。部長が届いた荷物の梱包を解いている。
「お疲れ、もうほとんど完成したから予算を使い切ることにしたんだ。3年の独断で悪いんだが1,2年がこれ以上は改良出来ないと言っていたんでな。射撃システムにレーザーポインターをつけよう」
「ほんとですか!」
珠絵の目が輝いた。
「ああ、それにゲームのコントローラーだと味気ないだろ。ほら」
部長が包みを開けて白い銃型のコントローラーを取り出した。
「部長マジ有能ですね!尊敬しまくりです!」
「俺じゃないさ。ガンコントローラーは部員の総意だ。本番を任せたぞマスコットガールさん」
珠絵は愁傷にも目を潤ませた。
「まぁポール爆破されちゃ敵わないしな」
うしし、と一年の和田にからかわれ「撃ちますよ!」といつものセリフを叩きつけてはいても珠絵の顔は晴れやかだ。
「よし、今日はポインターの設置とテストだ」
「先輩、俺コントローラーをいじっていいですか?すぐ終わりますから」
「何をするんだ?」
遥斗は鞄から缶スプレーを取り出した。
「白いコントローラーだと味気ないじゃないですか。ガンメタに塗っていいですかね?」
ガンコトローラーの導入とその白いおもちゃ見たいな外見を知っていた遥斗は、密かに用意して置いたのだ。
日常を守るJKフィギュアに持たせる銃のプラモ作った時の余りだけどね。ちなみに凛とした黒髪ロングの娘が一番かわいいと思います(確信。
ガンコントローラーにやたらとテンションの上がった珠絵の命中精度は飛躍的に伸びた。これはイケるかも知れない。
大会当日の朝は久しぶりに晴れていた。
遥斗は部員達と部室と昇降口を往復して荷物を運んでマイクロバスを待っていたが、思い出したように階段を登って玄関ホールの屋上に上がった。
いつもの場所に着くと日差しに焼けた鉄の手摺にカブトムシがくっついていた。
「こんな所にいると焼けちまうぞ」
カブトムシを手摺から取って空に放してやった。
階下では相変わらず凛々しい姿の綾乃が黙々と矢を放っている。
お守りを鞄から外して左手に付けると「行ってきます」と弓道場の奥で黙想をする綾乃に向って心の中で呟き遥斗は屋上を後にした。
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スパン、と矢が的に吸い込まれてゆく。
何も考えなくても良いこの瞬間が好き。
綾乃はゆっくりと両の腕を腰に降ろし射終えた姿勢を取ると何かを期待するように矢の通る矢道の上を見上げた。
玄関ホールの屋上の手摺に姿を現わした遥斗を綾乃は見逃さなかった。
夏休みになってあまり見かけなくなったけど今日は遥斗くんが見てくれてる。
そう思うと綾乃の中に温かいものが流れた。
あの組紐を取った?どうして?
根拠のない不安が生まれくる。でもそれはすぐに去って行った。
今日は工学部の大会のはず。そんな時に身につけてくれてる。
そう思うと抑えつけていた感情が表に出て来てどうしようもなく身体が火照った。
綾乃は矢を射る射場から下がって正座をし瞼を閉じて黙想する。
溢れてくる感情が抑えられなくなった。
こんなことではダメ。
冷静に。いつものように冷静に。
それでも暫くの間、綾乃の矢が的に当たることはなかった。
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松浜西高工学部御一行様が乗ったバスが会場に着くと荷物を搬入して遙斗達は開会式に整列した。
ロボット大会が開幕する。
4つのフィールドで大会が行われ、順番は後ろの方の遥斗は部員達と先生と一緒にフィールドを巡って他校のロボットを見て回る。新設に挑むところはほとんどなかった。あってもギャンブルで打つものだ。
とある高校のロボットの上にレーザーホログラムで描きだ出された「目立つが勝ち!」というホログラムを見て「あれうちにもあるよな」「そうなんですか?」という部員の話しを聞きながら遥斗がパンフレットに目を落とすと松浜北高の文字を見つけた。
「ちょっと見てきます」
北校は地域でトップの進学校で、県下でも難易度の高い大学への進学率を競っている。その学校がどんな選択をしたのか気になったのだ。
西高より格上の北校には惜しい所で元々届かなった遥斗と違い、綾乃が本来なら通っていたはずの学校だ。中三の秋から学校に来なくなり、病気らしいよ。と噂された綾乃と西高の入学式で会った時に何と声を掛けて良いのか分からなかった。
「またよろしくな」
「ええ、楠木くん」
その二言だけを交わした遥斗は桜の花びらが吹雪く校門までの坂道を下る綾乃を見送ることしか出来なかった。
北高のロボット競技は旧区域を卒なく熟すものだった。
まぁ受験に集中するんだろうな。
遥斗たちの準備の時間になり三年生がセッティングに入る。ロボットのコントローラーは部長でケーブルの介錯を2年の浜田が、その横に珠絵が並ぶはずなのだが、珠絵の姿がない。
「おまたせしました」
珠絵はアーミーパンツにブーツ。迷彩のTシャツに長袖の軍服を纏っていた。メッシュを被せたヘルメットまで被っている。
「勝負服です!!」
気合を入れた珠絵が部長の傍についた。部長も唖然としている。
「いいですか、あれ?先生」
「レギュレーションに制服着用とは書いてなかったろ。まぁいいんじゃね。本人やる気だし」
テキトーな反応だなぁ。そうは言ってもこの人見るとこは見てるんだよなぁ。
「開始30秒前です……開始10秒前、8、7、6、5、4、」
遥斗達の晴れ舞台のカウントダウンが始まった。
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「3,2,1、ビー」ブザーが鳴る。
珠絵は銃型のコントローラーを持って部長から一歩下がって一緒に移動する。
射撃くん一号(珠絵が勝手に呼んでいたら定着した)が段差を登り一段上がったスペースの端に着くとガタンと再度降りた。
わたしの出番はまだ先だ。今は落ち着いて部長について行けばいい。
ブルドーザーモードになった射撃くんが散乱しているピンポン玉を回収してゆく。ピンポン玉はボディー上部に運ばれて設置されたガイドの中で列を作る。
全部の玉を回収すると元来た段差を戻って進行を開始。移動する射撃くんの上でピンポン玉の列の先端が風船の付いたシリンダーに送り込まれてゆく。
角を曲がるとそこから玉入れエリアまでは直線だけだ。
ヘリウムで膨らんだ風船が先端に付いた釣り竿が伸び始め、狭い送風タワーの隙間を抜ける時には垂直に立っている。
一旦タワー郡の中に入り、タワーギリギリまでバックすると釣り竿が傾き始め、方向の微調整を終えた射撃くんが止まった。
珠絵は回り始めた送風機の風に微に風に揺れるステンレスのゴールにポインターを探す。まだ風船は位置出しを終えていない。
「ツータッチアップ。右にフォータッチ下さい」
部長がコントローラーを叩くとポインターが動く。
「ワンタッチダウン」
珠絵はハンドサイン風な手振りを交えて伝える。
ポインターがボウルの縁ギリギリを指した。
風船が上がっていない時でも調整出来るようにわざと着弾点より下にポインターをつけて貰って大正解なのです。やってほしいと簡単に言ったけど実はかなり大変なことなのです。和田っち感謝ですよ!
珠絵は風船に向かって銃を握った右手に左手を添えた。
「あと5秒」
カウントする浜田先輩がストップウォッチを見ながら叫んだ。
風船に視線を戻す。
「3,2,1,イマ!」
イマ、と同時に位置が決まった風船が風に煽られてボウルに傾く。その瞬間を狙って撃つ!
「パン」
風船が割れた。風船に入っていた6個のピンポン玉うち2つの玉が落ちてきた。4つが入ったのだ。
「「「おおおーー!!!」」」
どよめきが聞こえる。珠絵は振り返ることなく縮んだ竿に次の風船が装着されるのを見つめた。
浜田が読み上げる「5.4.3,」の3で竿が伸び切った。
「2,1、イマ」
「イマ」の号令と同時に撃った。
外れた!!
続けて2発撃った。右に弾道がズレてる。
「左にツータッチ」
「パン」
風船の割れた音のあとにコンコンコンと3つのピンポン玉の音が鳴る。
もう風船の装着には目をむけない。ひたすらゴールに映るポインターだけを追った。
「……ワンタッチ上げてもらえますか?」
次は初弾で当たった。
今度は1つしか落ちてこない。
たったの何秒間かがすごく長く思える。
今のはまぐれだ。自分には分かる。
ウィーンと釣竿を伸ばすモータの音を聞きながらポインターを見つめた。
「左にワンタッチ」
「パンッ!……コンコンコンコン」
4つの玉が落ちきた。動かし過ぎた!
次で最後だ……
「ツータッチ右にお願いします……それとワンタッチダウン下さい」
目を瞑って深呼吸をする。冷静に。慌てなくてもいい。
子供の頃も中学になっても撃つことを応援してくれる友達は学校に居なかった。中学ではいつも一人だった。こんなわたしの話しを聞いてくれた。認めてくれた。
初めて学校があって良かったと思える人と出会えた。
遥斗先輩!見ていて下さい!!
「イマ!」の声が聞こえる。まだ撃たない。まだ時間はある。揺れる風船を見つめる。スリーカウントでジャスト。言葉よりも早い思考が教えてくれる。
引き金にかけた人差し指を引いた。
『パンッ』という音だけがした。何も落ちてこない。
初めてのことだった。
「「「うおおおおおおお」」」
歓声を上げる工学部のみんなが近寄ってくる。みんなに揉みくちゃになれながら
よくやったな
という顔で静かに立っている遥斗先輩に向かってわたしは微笑んだ。
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「珠絵ー!! よくやった!!! 」
珠絵の胴上げが始まった。
「な、な、何やってんですか!?撃ちますよっ! 」
「次の準備がありまーす!片付けを優先して下さい」
胴上げから無事降ろされた珠絵の頭を撫でてやった。ちょっとチロルっぽくてかわいい。
皆でわいわい言いながら控室に機材を運ぶ。
控室に入ると珠絵がみんなと向き合った。
「本当にありがとございました! 」
珠絵はヘルメットを脱いで頭を下げた。顔を上げた珠絵の目には涙が流れていた。感極まったのか、うわーんと声を上げて珠絵は号泣してしまった。
「そんなに嬉しかったのか」
よしよし。遥斗がまた頭を撫でると珠絵はしばらくして落ち着いた。
「ほんと青春だねぇ。お前ら最高だよ、ほんと。よし、そろそろ最後の競技の時間だ。それ見て結果発表に行こう」
先生の言葉に全員が行動を始めた。
会場に入るとヤケに騒がしかった。富丘高専のフィールドに人だかりが出来ている。
遥斗は足早に近づいてポールを囲んだ丸いロボットが足を延ばして上がってゆくのをみて「やられた」と思った。
六本の足で鼠返しに頭をつけた大きな円盤の下から六本の砲塔が伸びている。
半円に割れるロボットで通路を通り抜け、ポールを挟んで登ったのだろう。足を延ばした円盤が鼠返しに当たって逆にゴールが安定している。
パイプの制限も短い砲塔で打つ事でクリアし、送風機に向って射出されたピンポン玉が送風機の中心の円形のプラスチックで跳ね返ってゴールに向かう。命中率は高くないが外れた玉が外側に柵のある円盤で受け止められて各砲塔の脇に転がり落ち再装填される仕組みだ。
弾道が調整され命中率が上がってゆく。ステンレスのボウルに弾かれていた玉は、玉が入ってボウルに溜まると更に安定するようでどんどんと溜まってゆく。
強風になる送風機への射出は停まり残り5ヶ所全部を活かす作戦だった。
デメリットをメリットに変える逆転の発想。
全てがこの大会の為に新造されたのだろう。まさにスペシャル機だ。
遥斗と工学部員も目を見張っていた。
結果発表になった。優勝は新区域で26個の玉を入れた富岡高専の圧勝だった。技術点も高い。
「特別賞、松浜西高等学校」
「「「「やったー!!」」」
抱き合って喜んぶ珠絵と一年。部長が表彰台に上がって賞状を受け取った。
「何気にロボット大会で入賞って初めてじゃない?」
「快挙すな、快挙」
「部費が増えたらラジコン買いません?」
「何言ってるんですか。ライフルを導入しましょう」
「無駄口叩いてないで早く運ぶぞ。先生が待ってる」
学校に着いたバスを降りての片付けも賑やかだ。
部室に荷物を運び終えると
「じゃぁ今日は解散。打ち上げと部室の片付けはまた後日な」
「「お疲れさまでしたぁ」」
みんなが出ていく中
「悪りい、部長と楠木はちょっと残ってくれ」
三人になった教室で遥斗は部長の横で先生と向きあった。
「とにかくお疲れな。遅い時間に申し訳ないんだが……」
「何でしょう?先生」
「青山、お前が引退した後な、次期部長は誰がいいとか考えてる?」
「僕は楠木が良いと思ってます」
「だよなぁ。でも楠木お前断るだろ?普段のお前見てるとそんな気がしてさ」
「俺は人付き合い上手くないって言うか。苦手なんで……それに……あまり目立ちたくないっていうか、今回のアイデアも偶然みたいなもんですし……」
「そう言うと思ったよ。でもさぁ、お前周り見えてるじゃん。全体を見て役割を振るのも上手い。それって中学の時サッカー部でボランチやってたっていうのもあるんだろ?」
「何でそんな事知ってるんですか!?」
「顧問の増井先生と俺、高校の同窓生なのよね」
あっちゃー
「増井言ってたぞ、あいつは判断が的確だって。瞬時に判断するスポーツで出来るんだ。文化活動でも出来るだろ」
「………」
「その才能を活かせ。そしてお前はもっと本気出せ。成績だってまだ伸びしろあると睨んでるんだけど、なんか才能あるのに爪隠しちゃってるような感じするんだよ。お前」
「先生もここまで言ってるんだ。受けたらどうだ?」
「目立ちたくない?もう残る5人はお前がどんな奴だかもう知ってるよ。諦めて受けちゃえ受けちゃえ」
確かにもう目立ちたくないことが断る理由になってないな。ここでは<あのこと>のような事は起こらないだろう。それに部長になったら生徒会にも出入りすることになる。綾乃に会える。
「わかりました。謹んでお受けします」
「よし!決まりな」
「よろしく頼んだぞ」
二人を見送って部室に置かれたみんなで作ったロボットを眺める。
それから廊下に出ると珠絵が待っていた。
「部長、帰りますよ」
「聞いてたのかよ」
「聞こえたんですぅ」
今年は秋になる前に変化が起こる。でもきっと本番は9月になってからだ。
新学期への期待を胸に坂を下った。
珠絵はコントローラーとして部活で撃てました。
実は綾乃は。ノーラがいない間に別の三角形が出来そうな……。
次は、意外な告白、です。




