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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
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紫陽花


 朝露に輝く石畳の道。学園の教室が二階にある第二機開発工房から蟲殼の保管庫に続く道の脇に紫陽花あじさいが咲いている。

「紫陽花はキラナ原産の花なのよ。グランノルンの王宮に咲いてるなんて感慨深いわ」

 同行している背の高い僧、胤月がハルトに告げた。美男子であるキラナの高僧と二人で向かっているのは蟲の殻が保管されている施設だ。サポート機とアバターシュを開発している第二開発工房から蟲の殻が大量に保管されている大型の倉庫までは、第三、第四から第六までの開発工房を経由せねばならない。遠心上に並ぶそれらの工房は保管庫を取り巻くように建てられていて素材の移動は容易だが、人の行き来は制限されるために外周を回ると距離がある。工房群は王宮を含む王都の敷地内の端にあって湖畔とを隔てる高い外壁が見えている。その一部に足場が組まれ高所で職人達が修繕か改修なのか何か作業をしているが見える。

 あんな高いところに石を運んで組み上げるんだ。日本でいうとびさんだな。

 外壁を組み直す作業をしている足場び隣には横に足場が伸ばされている。その頂上に渡された一本のはりを綱渡りのように渡る職人がバランスを崩した。ひやっとするハルト。

「おらー、気をつけろっつってんだろ」

「すいやせん。命綱が引っ掛かっちまって」

「んなこと言っても綱がなけりゃ落ちたら死ぬぞ。気ぃ抜かねぇでしっかりやれ。けど意識しすぎんなよ。緊張しても落ちる、普段通りを意識しろ」

 あの人達、工房を仕切る壁を作ってくれた職人さん達だ。

 見覚えのある親方らしき職人の怒号が遠巻きに飛んでいる。見上げるほど高い足場が立つ地面は石畳だ。ビルにすると四、五階はある高さから落ちれば軽症ではすまないだろう。

 石畳に沿うように据えられた花壇に紫陽花の列が続いている

「でもめずらしいわね。同じ場所で花の色が違うなんて」

 しばらく先まで続く紫陽花がピンクから青い花に変わってゆく姿を見渡して胤月が言った。

「紫陽花の花の色は土で決まるの。あっちとこっちで土の質が違うのね」

 そうなんだ。この花も青いな。ハルトは青い紫陽花の前で立ち止まった。

「紫陽花の花言葉って知ってます?」

「浮気がちな、とか、移り変わる、かしらね、全体的には。青い紫陽花の花言葉は特別で、辛抱強い愛、なのよ。私にぴったりでしょ。ピンクの花は元気な女性を誉めるときに、紫陽花みたいな人ねっ、って使うわね」

 へぇー、グランノルンではめずらしい花みたいだから後で爺さんに話してみようかな。アバターシュや飛甲機で何かに使えるかも知れない。

 青い紫陽花の花弁に顔を近づけて見いりながら匂いを嗅ぐハルト。その花を開かせた夏の始まりを告げる雨の季節も終わろとしている。今朝まで降っていた雨に濡れた緑と青い花に、雲の切れ間から顔を出した陽光が当たり水滴が輝いている。

「そういう風に何にでも興味を持つから新しいものを生み出しちゃうのね、ハルトちゃんは。なかなか素敵よ」

 もちろん私のタクヤルちゃんには及ばないけれど、ハルトにウィンクをして見せた胤月が続ける。

「それに今日もアバターシュに使う殼を探しに行くのにキラナの馬車の改良に使えるものがないか一緒に見てくれるんでしょ。忙しいのに悪いわね」

「いろんな種類の殼があるみたいなんで僕も楽しみなんです。ミックも後で行けたら行くって言ってたんで一緒に探してみましょう」

 予想に違わずアバターシュの開発に強い興味を示したミックだったが、今は目の前にあるサジウス型の試験機に夢中のようだ。アバターシュの外装にあたる蟲の殼よりも内部の構成や魔術的な作用により強い興味があるのもあるのだろう。アバターシュの内部設計はタッグを組んだノーラとノエルにハルトが加わって取り組んでいる。フレーム構成は将来的にパワードスーツを作りたいと前の世界で培っていたハルトの知識を元に設計が進められていた。基本的な構想がまとまり、外部装甲との相性を調べる段階にこぎつけたため、ハルトが外殼のパーツ素材を選ぶことになったのだ。ノエルとノーラは貴石と魔獣の骨を使った実験に夢中だ。

 フォルマージュのフレームを構成する関節部分には物理的に赤い貴石が埋め込まれていた。それが磁石のようにお互いを引きつけパイロットの意思をマナの流れとして受信して動く。フォルマージュは体の動きそのものと外装としての装甲を物質化するために大量のマナを消費する。

「装甲が物理的な蟲の殻に置き換えられて、動きを補助する筋肉の役目をするものがあればそれほど大きな力は必要ないのかもしれない」

 そう思い至ったノエルはエレオノーラに扮して実験室に籠もり実験を重ねた。貴石を粉にしたものをフレームの関節に散布して固着する方法を加工技師の助けを借りて編み出したことがアバターシュ開発を大きく前進させた。実物大のフレーム形態での稼働実験にも既に成功していたが、鉄より軽い蟲殻の外装とはいえ強度が要求される外装はそれなりの重さになる。ハルトは何種類かの蟲の外殻を重ね合わせた複合素材も考えているのだ。外装の荷重に耐える運動性能を確保するために筋肉繊維に効果的にマナを通す実験にはハロルドも加わって試験が繰り返されている。運動時に起こる負荷をデータ化しつつ、外装を選ぶ段階に来たということは基本設計が大詰めに近づいていることを意味していた。本体の次に飛行ユニットの製作になるのだが、飛行ユニットの素材としてフォルマージュのサポート機の予備であったカブトムシ型の素体の使用許可も降りている。今日はボディ本体の外装を構成する外殻を吟味するのが主な目的だ。

 

 保管庫と呼ばれる施設が見えてきた。倉庫というにはしっかりとした四角い建築物でハルトにとっては物流センターのイメージに近い。更に近づくと外壁に取り回された配管が開発工房よりも工場らしさを醸し出していた。

 玄関の前に立つ衛兵に、ハルトがノーラから渡されていた立ち入り許可書を取り出して見せようとすると「お話は伺っております。ハルベルト様、胤月様」そう言われ入り口を通される。

「最初の部屋に声をおかけ下さい」

 言われた通りに玄関を入ってすぐの右側の受付と守衛室を兼ねたような部屋のガラスを開いて名を告げると、白衣を着て資料のはさまれたバインダーを持った管理官と技師らしき人物が案内を申し出た。

「ちょうど新規の素材が搬入されるところなのですがご覧になっていきますか?大きなエレベーターが動くところは圧巻ですよ」

 白衣の胸に王都騎士団のエンブレムがついた、いかにも技師という雰囲気の男に声をかけられた。

「搬入はエレベーターで行われるのですか」

「ちょどこの下のあたりは地下水路になっているんです、湖から水を引き込んで船で搬入した素体をエレベーターで持ち上げるのです。王宮の地面は水面より高い位置にありますから」

 ハルトは技師の提案に同意して玄関から伸びる廊下を真っ直ぐに進んだ。廊下の突き当りには搬入ホールとかかれた扉がある。中に入ると体育館ニつ分はありそうな縦に長いホールになっていた。ホールの手前には両脇に長く伸びる廊下があった。ここと同じ広さの保管庫が横に並んでいるのだという。


 搬入ホールの入り口に近い側部分、約二十メートル四方が柵で囲われている。その中は底が抜けていた。柵の奥には大きな足場が組まれ既に搬入された蟲の素体に職人たちが取り付き作業をしている。手すりにハルト達が着くと中から歯車が回る音が響いてくる。隣にはメルメットを被った仕事中の技師や運搬員が柵越しに中を覗き込んでいる。

 巨大な動く床に乗せられたトンボの殻が浮んで来た。

 すげえ。空母の格納庫から艦載機を甲板に上げるエレベーターみたいだ。

 巨大な緑色のトンボが対角線上に配置され、それでもはみ出る全長をエレベーターの床面積に収まるように腹部が下に丸められて木枠に乗せられている。エレベーターの動きが止まると柵が撤去され、上向きに折りたたまれていた羽が広げられた。翅脈で囲まれた透明の羽がステンドグラスのように輝いている。職員たちは手慣れた様子で台車になっている素体の載った木枠を動かし、天井に設置された移動式クレーンに取り付けると素体が引け上げられてゆく。ホールの壁はどの部屋も上部が吹き抜けになっていてクレーンでホール間の移送を行うのだ、と説明を受けた。

「あれは人員輸送用のドラゴンフライ型の素体です。あのダイオウヤンマは状態が良いのであのまま運ばれますが、チェックが必要な素体はここで検査が行われます」

 搬入ホールの奥側にはロッキをはじめ、黄金虫のような甲虫型など様々な素体が吊り上げられている。ニ階、三階部分にあたる高さに組まれた足場はコンサート会場のステージの脇にある骨組みがむき出しの構造物によく似た巨大なハンガーだ。ハルトはそれらが見渡せる保管施設を見て展示会場を思い出していた。

 なんちゃらメッセみたいな作りだな。模型の展示会に行ったのを思い出す。こういう雰囲気はやっぱりわくわくするな。

「凄いわねぇ。グランノルンの技術と財力を思い知るようだわ」

 そう呟いた胤月に技師が話しかける。

「このホールの維持にかかる費用は大したことはありません。支出が大きいのはこれから先にお見せするところの方ですよ。この保管庫は土地に流れる豊富なマナを利用しているとはいえ、マナの通った素体をそのままの状態で保管しています。常に外部からマナの供給を行わなければなりません。本日は部屋ごとにマナを供給する施設もご案内いたします。胤月様とハルト様をご案内するように申しつけられておりますので」

「エレオノーラ様のご指示ね」

「はい、同盟国の特使である胤月様にご説明を、と承っております。どうぞこちらへ」


 一行は廊下に出た。長い廊下の移動中に管理官がハルトに保管してある蟲の種類や特性を説明してくれた。『マナ活性素体保管庫8』のプレートが貼られた保管庫の出入口の横にある扉の前で技術者が立ち止まった。次々と鍵が差し込まれる鍵穴が三つあるところから厳重に管理された部屋のようだ。技術者は管理官を廊下に置いてハルトと胤月を中に導いた。

「この部屋には入室制限がなされています。彼は素体の管理者ですから入ることが出来ないのです」

 鍵の開けられた扉の中は部屋と言えるほどの大きさではなかった。公共施設の分電室のようなところだ。人が立てるのは前後二メートルほどで、腰くらいの高さのパネルにタンクのような筒が八本差し込まれている。技師が直径三十センチ程のタンクを一メートル近く引き出して見せた。

 宇宙船の燃料タンクみたいだ。核融合反応炉的な。マイナスモールドまでしっかりあるし、ビームサーベルの持ち手みたいにも見えるな。

「これがMNTタンクと呼んでいるものです」

 ハルトを胤月が顔を近づけてみるとデジタル表示のゲージが「OFF LINE」を示している。

「これは予備のタンクなので現在は稼働していません。中をお見せしましょう」

 技師がアナログな赤いボタンを押して筒の上部にある長い上蓋を開けると、中からフィン状にびっしりと並ぶ板状のものを一枚取り出した。それはハルトが見慣れたサイズのカルドだった。数百枚というのカルドがタンク内の長方形の収納ケースに収められているのだ。

「このカルドは公共の物なので所有者はおりません。このタンクを扱う担当官とその補佐官が使用者として登録されています。大量のマナを扱う時にはこのような状態にして運んだり装着して使用します。MNTはカルドの容器であるともにマナを収集し、特定の場所に流す人工生命体としての機能を持っています。フォルマージュに使われている貴石はこれを圧縮し小型になったものだと考えればよいでしょう。出力が桁違いで天然のものなのでまだ解明されていないことも多いようですが。逆に言うとMNTは赤い貴石の機能を参考にして作られた人工的なものなのです」

 王都の技術ヤバいわぁ。ちょーかっこいいんですけど。

「キラナではこれと同じ役割をする魔導具を四角い箱型の容器に入れて使っているけどグランノルンのは丸いのね」

「大量のカルドを重ねると熱を持つので周囲に冷却装置を配置してあるのです。それと円い棒状にした方がマナをまとめて放出するときに効率が良いことが解ってきました。これは比較的新しい技術ですね」

「そうなのね。キラナでは何本ものケーブルを大きな箱に繋ぐのよ。その不格好なこと。いくら丁寧に配線をまとめて管理してるからってこのエムエヌティーのスマートさには足元にも及ばないわ」

「この技術もキラナに供与することになるということですので、技師が派遣されることになるのでしょう。その際に私がキラナに向かえれば嬉しいと思っております。グランノルンとはまた違う風情と考え方にもふれてみたいのです。キラナは美しい環境と自然の摂理を大切にする人々の国だとお聞きしました」

「あら、嬉しいことを言うじゃない。それではあなたに来てもらいたいと推薦しておくわ。お名前を教えて頂戴」

 胤月は技師の名前をメモして袂にしまった。

「お持たせいたしましたハルベルト様、本命の素体の保管庫に向かいましょう」


 そこから先は保管管理感の出番だった。管理官と相談しつつハルトが時間をかけて選んだのは筋繊維や関節保護のパーツだ。物質ごとに分類・整理されたパーツは個体ごとにマナの活性レベルと保存状態が克明に記録されている。純粋に装甲になる部分は鎧と同じでマナ通っていない殻で良い。稼働する部分を中心にマナの通ったパーツを検分するハルト。

 特徴もよく調べられてるし種類も豊富だ。この素材は活性度は高いけどマナの消費が大きめだ。こっちは耐火性が高いのか。

 用途目的が同じのパーツを何種類か試せるほどのストックがあった。脇などのどうしても隙間ができてしまい防御を怠ると大きな被害をこうむりそうな外装には柔軟性の高い魔獣の革を実験的に使ってみることにした。

 優先順位を考慮しつつ搬入日程を管理官と決めてゆく。駆動部分や可動部保護の素材を選ぶと外殻が収納された倉庫に移った。

 外装はイメージが出来てるからかなりスムーズに選べるな。

 ハルトはまず小型の甲虫を中心に形状をみて、重さ、強度、加工の難易度が記された表をチェックしながら保管庫を歩きピックアップしたものを保管理官に告げてゆく。

「よほど頭の中でイメージが出来ているのですね。迷いがない」

 管理官からの質問にハルトは心の中で自答した。

 これをどう加工すればどうなる、っていうイメージもあるからな。どう加工すればよいのかを含めてイメージ出来るのは父さんにしごかれたお陰だ。

 ロダの家族を思い出したハルトは最後に小型の素材が図書館のように並ぶ保管庫に入りメデサという熱を入れると弾直生のあるバネになる蛇など、馬車に使うパーツの素材も確保した。ロダの工房では、もの凄く貴重なものだ、と加工させてもらえなかったメデサをいとも簡単に手に入れらてしまったことに、王都に来てからそれまでとまた別の世界に来てしまったみたいだ、と感慨深げに思った。

 馬車の素材を見ているとミックが別の管理官に連れられて保管庫に入ってきた。ミックに今日の流れを一通り伝え終えると、胤月と三人で馬車の改良アイデアを話しつつハルトにとっては久しぶりにのんびりとした時間が過ぎてゆく。三人は最後にもう一度搬入ホールの隣の保管庫に移されたドラゴンフライ型の巨大な素体を見せてもらって保管庫を出た。


アバターシュの基礎設計をしながら外装の素材選びに入ったハルト。

グランノルンとキラナの関係強化も順調なようです。

次回「合宿」 水着会です!笑

水曜日の投稿になります。

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