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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
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学園生活

 ドーム型の天井をした第二開発工房の二階の学園区画。その一室の教室の中に制服を着た生徒たちが集まっている。講義開始まではまだ時間がある。

「ちょぉーっと慣れましたけど、講義を書きとめるのが大変でっす」

「ソフィーちゃん、すんごい勢いで書きとめてるもんね。もうノートがなくなっちゃうんじゃないの?」

「豊富に用意してもらってるんでだいじょーぶでっすよ。貴重なお話ばっかりだし、これを見逃すなんて女がすたる!いんや、吟遊詩人の名が泣いちゃいまっする」

 何故か片手を斜めに伸ばし変身ポーズを決めるソフィー。

「やっと調子が出てきたみたいだな。ソフィーでも緊張するんだって思ってたけど」

「そりゃこんな雲の上みたいなところに来ちゃったら、さすがあたしも緊張しますって。お兄さんはそうじゃなかったの?」

「俺も最初は緊張したよ。王族と謁見する時にどうしよう、とか凄く考えた」

「ですよねぇ。でしょ、でしょ、でしょ」

 ぴょんぴょんと机に手をかけて飛び跳ねるソフィー。ソフィーは生徒達を個別に訪問しては個人的な話しも書きとめている。その仕事に対する真摯な姿勢と裏腹な元気でかわらしいキャラクターで学園のマスコット的な地位を確立していた。祖母のナターシャは学園では音楽の授業の先生だ。

 

 キーンコーンカーンコーン、始業を告げる電子音が鳴ってみなが席につく。ノーラが「鐘の音までは再現できなかったけど音階をあてはめて作ってもらったの」という魔道具の音だ。

 元の世界の教室が忠実に再現された机や椅子の中に魔術的な電子音が響くのもちょっと未来っぽくて面白いな。

 ハルトはそう思いながらガラガラと開く扉に目を向ける。今日の一限目はキザイアの講義だ。グレーの上着と黒いパンツルックに赤いパンプスを着こなしたキザイアが入ってくる。金髪の前髪の下に赤いフレームの眼鏡をかけていかにも女教師、という出で立ちの騎士団総長。縦巻きロールがキリッとした雰囲気によく似合っている。ハルトの隣の席のノーラが「いいでしょあの服と眼鏡、わたしが選んだんだよ」と、ハルトに告げる。

 やっぱりか。細かい設定ありがとうございまぁす。

 キザイア先生にほげーっと見惚みとれる焚哉もご機嫌な模様。


 キザイアが入ってくると同時にハロルドとウルデが後ろに扉から入り、教室の後ろの保護者席に腰を降ろした。ウルデの手にはフィレーネが捕えられてる。

「きりーつ、礼、ちゃくせーき」

 ノーラの掛け声に、学校でのお決まりの動作が繰り出された。

「おほん、私からは王都の騎士団の歴史や軍務について話してゆこうと思う」

 珠絵の目が輝いた。そそくさとノートを取り出している。

「今日はそれに先立って神話をひとつ話そう。大天使イカロスの話だ」

 今度はソフィーが、うぉおおお、と声を漏らしてノートを開いた。

「イカロスは主神に使えるノルン様と同じ位階になる翼をもった天使だ。しかしノルン様の中でも高位の存在で…………」

 キザイアの神話の講義が始まった。なんでこの話なんだろう?と思いつつもハルトは話を聞き、最後に納得した。

「以上が大天使イカロスにまつわる話しだ。この天使の名を私のフォルマージュ・イリスのサポート機となる飛甲機に与えようと思う。黒騎士のサポート機はサジウスと名付けよう。ニ機あるのでサジウス・ワン、サジウス・ツーでどうだ。同じ種類の素体から作るのだろう?」

「はい先生!」

「何だ?エレオノーラ」

「わたし達のいた世界ではイカロスは太陽に近づきすぎて羽が溶けちゃうんです。そこから人のおごりりを戒める時よくでてくる神様なんですがこの世界にそういう話は伝わっていませんか?」

「そのような話は聞いたことがないな」

「そうですか。ならいいです」

「ちょっと待ってください。ノーラがそう思ってるってことは何だか不安です。名前は大事じゃないですか? 俺達は本気で作ってるんですから」

「そうだな。困ったな。なかなか良いアイデアだと思ったのだが」

「お姉さま、じゃなくって先生、イカロスは古代語の時代からイカロスでしたっけ?」

「そういえばイカルスと書かれた書物もあるな」

「それならイカルスにすればいいんじゃないでしょうか?そうすればわたしもこの世界の神様なんだなぁって思います」

「ハルトはそれで納得するか?」

「はい」

 ノーラがいると話し早いわぁ。すんごい助かる。やっぱキザイア様は妹には甘々だな。

「では、今日の私の話しは以上だ」

「きりーつ、」

「「「ありがとうございました」」」

 講義といいながらも仕事の話しを被せてくるのか。でもネーミングを決める会議でこういうよもやま話をする時間はないだろうしな。俺とのコンセンサスも取れたわけで有効的な時間の使い方だ。さすがはキザイア先生、おっとな~。

 そう思うハルトの前の席で書留めを終えたらしいソフィーが、ふぅー、と息を吐きながら机に突っ伏した。

 学園は月、水、金の週に3回。一度に二人の授業が行われることになっている。持ち時間より早く終わった時は二人目が早めに始め、二人目も早く終わった場合はそこからが『放課後』と名付けられた時間になる。

 このペースなら仕事にもあまり影響は出ないし得られるものも大きい。いいバランスだ。ノーラもしっかり考えてくれてるっぽいな。


 そのキザイアはノーラを呼んでピンクの頭をなででいる。

 学校では先生と生徒だけど家に帰れば仲のいい姉妹の設定のドラマを見てるみたいだ。

 多忙なキザイアが退出するとしばしの休み時間の雑談がはじまった。「面白い話しだったでっす。神話最高でっする」興奮するソフィーに「私はちょっと肩透かしでした」と返す珠絵。「キザイア先生きれいだったねぇ」「おい、ほんとは怖い人だから気をつけろよ、騎士団の総長様だぞ」「そんなことないよ。お姉さまは優しい人だよ」そんな会話が交わされる休み時間をはさんでハロルドが教壇にあがった。礼を済ませ着席した生徒にハロルドから今日のお題が伝えられる。

「わしからは生物の話しをしよう。少々魔術もからめて話すので分からんことがあったら質問してくれてよい。ではよいかな?」

「よろしくお願いします」

 ノーラの前の席に座るノエルが真剣な表情で声をだした。ハルトが後ろの席に振り向くとカッツェもノートを取る用意をしている。ハルトもノートを広げ鉛筆を握って前を向いた。

「ますは植物の話からじゃ。植物はその見た目だけではなく様々な効能をもっておる。そしてその効果が最大限に大きくなるのは花をつけたときの場合が多い。それは何故か分かるか?ハルト」

 指名されたハルトは逡巡してから答えた。

「生殖という生命活動の大きな目的を果たすときに開くもの、だからでしょうか」

「うむ、模範的な解答じゃな、ではソフィーはどう思う?」

「えっ、あたしですかぁ。当てられるとは思ってなかったぁ。えっと、えっと……」

 うろたえつつも考えるソフィー。

「ごめんなさい。お兄さんみたいに立派な答えが見つからないです」

「自分の思ったことを素直に話せばよいんじゃよ」

 ハロルドは優しい顔をソフィーに向けた。

「では、こっぱずかしいですけど。綺麗だからっ、 だと思いますぅ……」

 しりつぼみになったソフィーの解答に生徒達に笑みが溢れる。

「そうじゃな、それも正解じゃ」

 含みをもたせるようなハロルドの言葉に生徒達が注目する。

「花は虫や人を惹きつける。虫が引き寄せられるのは受粉を促すという点で理にかなったこじゃ。しかし、わしらもそれを美しい、と思う。そこが肝心なんじゃ」

 ちょっと面白そうな話しだな。

 ハルトは姿勢を正して集中する。

「人が美しい(、、、)と思う、ということはじゃな、それが人にとって有益であることを本能が知っておる、ということじゃ。それは色にも当てはまる。白は純情で何色にも染まる可能性を秘めており、赤は情熱的な温度を持ち、青は冷静であると同時に時に赤をも超えるエネルギーを発する。炎の温度は赤いところよりも青いところの方が高いんじゃ。その自然の法則を色はそのもので表現しておる、と言っても良いじゃろうな。また、色は人の精神に大きく影響する。緑に囲まれれば落ち着くし、赤には警戒をする。人の心と色、そして色鮮やかな花は密接な関係を持っておるとわしは考える。そして花の色だけではなく、その生態や特徴から花言葉は生まれてきた。花言葉なんぞは迷信じゃ、と一言には片付けれぬものではないとわしは思うておる」

 花言葉か。

 その言葉はハルトにアリシアを思い浮かべた。心優しい長い黒髪の元婚約者の姿。そこに初めて飛甲機を作ったときの青い薔薇の恵みの記憶を上からかぶせて覆い隠すようにハルトは挙手をした。

「ではこれから開発するものにも花言葉にヒントがあると」

「そう急かすな。早とちりするでない。今は純粋に話しをしておる」

「すみませんでした」

 アリシアのことを思い出すとやっぱりそわそわしちゃってダメだな。ちょっと落ち着こう。

 ハルトが集中力を欠いた間にもハロルドの講義は続く。

「――魔術の体系にも近いものがある。高度な呪術を行う際には香を炊くことがあるのじゃが、香の色がその呪術の難易度や性格を表していることが多い。もちもん薬効や匂いも大切じゃが香の色にも意味がある、とわしは考える」

「先生、いいですか」

 今度は焚哉の挙手だ。

「僕の家が所属していた宗派では緋色、鮮やかな赤ですね、それに続いて紫の順で高位の色とされていました。先生はどう考えますか」

「あながち間違っておらん、と思う。しかし先程の話しを思い出して欲しい。青は時に赤を超える。しかしそれはかなりまれなことじゃ。なおかつ青い炎は目に見えづらい。わしが何を言いたいかわかるかな?」

「秘義の青が存在する、と」

「初期の飛甲機開発たずさわっておらん者もおるのであらためて話すが、飛甲機のマナの流れを制御するのに青い薔薇から抽出した液体が使われておる。不可能を可能にする、神の神秘、という花言葉からハルトがたどり着いた」

 えっ? 俺? 爺さん最初から知ってたでしょ。でも今それを言うこともないか。今も誰かを誘導してる感じもするし。赤を超える青。フォルマージュの貴石か?

「しかし、じゃ。青が神秘なのは青の力は強すぎて燃え尽きてしまう、とでも言えばよいかな、扱いづらいんじゃ。青い力そのものを主体として使うことは難しい。飛甲機においてもマナを通じて意思を送る線の物理的な接点を活性化しとるに過ぎん。ノーラとノエル、今の話しを踏まえてフォルマージュと赤い貴石との関係をどう思う」

「フォルマージュのフレームに関してはフレームとフレームを繋ぐ接点そのものになっています。正と負のエネルギーで引き寄せ合う力、わたしたちの世界で言う磁力みたいな力ですね、それを使ってフレーム同士がくっついて動いています。外装と武器については……ノエルちゃんはどう思う?」

「装甲と武器はフレームの素材、魔獣の骨に埋め込まれた貴石から発動する魔力そのものだと言ってもいいと思います。胸と額にある大きな貴石が体をコントロールする意思を集めて身体動きに伝える中枢機能を担ってるんで、これも貴石の力そのものかなぁ」

「赤い力は強い割に安定して制御しやすい。青に比べればじゃが。青い力に促された飛甲機と赤い力で発動するフォルマージュ。この二つが合わさったら面白い、とは思わんか?イカルスじゃったか、それが出来ればそれに乗ってフォルマージュは空を飛べるようにはなるが、だったら最初からひとつになっとるもんは作れはせんかいの?」

 はっ!? ちょっと待って、ちょっと待って。イカルスとサジウスを作るだけじゃなくて、全然別のものを作ろうっていうのか。

「えっ、えっ」

「「ちょっと待って下さい!」」

ノエルの困惑に続いてノーラとシンクロする二人。双子のような二人が顔を見合わせて頷く。

「ノエル、今度は先に今思ったことを話してみよ。ノーラはちょっと待ってやっておくれ」

「はい、赤い貴石の力はもっといろいろなことが出来そうなんです。フォルマージュは魔術的にその姿全体を物質化してるけど、物を動かす力としても作用してます。物理的な装甲をつければ別のことにマナをまわせる」

「ではノーラ」

「フォルマージュがあの形になったのはお姉さまを始め、騎士団の人達や開発者の意向が大きいんです。荘厳な姿にこだわってあの装甲を出してる的な。飛甲機で培った技術や知識をベースにして考えれば全く新しいものが出来るかもしれない」

 フォルマージュと飛甲機の知識を学びはじめたばかりの焚哉と珠絵は唖然としている。カッツェは腕を組み、分かったような分かっていないような表情をして、うんうん、とうなずいている。何にうなずいているかは謎だ。


「ハル、赤い貴石の力を飛甲機に付けることも出来そうだよ。座席を覆うような盾を出せるようにすれば蟲の毒なんかを防げる」

「蟲の殻はかなりのストックがあるよ。装甲をそれで作って赤い力で動かせばマナを大幅に節約できるから、マナをもっと違うことに使うことも出来ると思う」

「だから言ったでしょ」

 フィレーネがウルデの腕から飛び出してきた。

「フォルマージュが使ってる力は物を空に飛ばすことだってできると思うよ」


「そういうことじゃ。今すでに進めているプロジェクトは別の人間でもやれる。じゃが今ここにおる人間が知恵を出しえばもっと面白いもが作れるのではないか? タクヤル、お主の知識に興味がある。わしと話す時間をとってくれぬか。それとタマエル、お前もじゃ。タマエルは圧縮した空気でものを打ち出す銃とかいう物に詳しいんじゃろ。それを作るぞ」

「エアガンを作るんですか!? やります、やります!」

 ほとんどの生徒が立ち上がり厳粛なはずの講義はいつのまにか部活でも盛り上がる部室の様相を呈していた。

 あー、やっぱりこの爺さんが一番突拍子もねぇわ。異世界人の俺たちよりも凄いかも。妖怪かよ。でもパワードスーツを作りたいと思って勉強してたことや、人型ロボットのプラモ作ってた経験を活かせるかもな。どこにどういう構造の関節があればいいのか? とかのイメージはできるし。ってゆーかデカイ人型ロボット作るのは男のロマンなのだよ、ふふふ。


「問題はフォルマージュに王都の威厳を見出してしまっている輩とキザイアだな」

 後ろの席で見守るように座っていたウルデが初めて声を出した。

「そこはわたしが説得します。フォルマージュの改良型だと言えば納得してくれると思います。貴族たちにウケの良くない蟲っぽい外観が問題になるんだったら装甲に騎士らしい装飾を施しましょう。男の子達の制服のボタンを見て下さい。これが作れるんです。こういう装飾をつくりたい職人は沢山います。それに露骨に蟲っぽいのはわたしもちょっと……」

「フレームの材料になる魔獣の骨もあるんじゃ、予算はそう必要ない。あとは工房じゃな。イカルスやサジウスを作っとる横でやるわけにはいかん」

「フォルマージュの改良型なんですからフォルマージュの開発工房でやればいいですよ。わたしの権限でみなさんの立ち入りを許可します。人材もわたしの方で整えられます。あっ、ちょっと待ってください」

「どうした?」

「せっかく部活でやるんだからこの工房でやりたいなぁ、って」

「部活って、お前なぁ」

「部活は部活なの! 工学部なんだし」

「ここは工学部だったのですか?」

「そうだよ放課後は工学部なの。今までは雑談しかしてないけど」

「なら先輩が部長ですね」

「えっ?」

「ノーラは知りませんでしたか。先輩は二学期から工学部の部長になるはずだったのです」

「そうだったんだぁ。じゃあハルトぅんが部長ね。放課後はよろしくね、部長さん」

「そんじぁ俺が仕切るぞ。ノーラ、この下の工房で機密を保持しながら開発が出来るのか?」

「んーーっと。――工房を仕切ってニつにしちゃおう。新型フォルマージュを何体も並べるには小さいだろうけど、開発するだけなら広さ的な余裕はあるよね?」

「面積的には何とかなる。レイアウトを変更するのにサポート機の作業が止まる、 ってミックに怒られそうだけど」

「ミック君も落ち着いたらこっちに呼ぶから、ってことで買収できない?」

「買収って……お前ちょっとおなか見せてみ? 黒くなってない?」

「ハルトぅんのエッチ!!」

 ノーラのセーラー服をつまみあげようとしたハルトの手をノーラはピシャっと叩いた。

「とにかく! 何とかしよーよ」

「分かったよ。おー痛て。――冗談抜きにこの下でやれるんなら確かに何かと便利だ。頼んだよ」

「アイアイサー!」

 ビシっとこめかみに平手をあて、ノーラはハルトに敬礼をしてみせた。

 カッツェが相変わらず席についたまま、うんうん、と腕を組んでうなずいていた。


前回は投稿が遅れてしまいすいませんでした。

学園時間のハロルドの講義から人型を作ることに萌える生徒たち。

次回、「アバターシュ」金曜日の投稿になります。

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