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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
82/148

歌姫と詩人

 尼寺の離れに生あたたかい風が通り抜けた。昨日の雨に土埃ひとつ立たない石畳の庭に春の陽光が反射している。珠絵との再会から三日が過ぎていた。庭先に茂る鮮やかな緑に舞うモンシロチョウ。その先の茶色い尼寺の壁を感慨深そうに下働きの作務衣さむえ姿の珠絵は見つめた。

「私の話はこんなところですかね」

 ハルト、ノーラ、タクヤルと座を囲む珠絵達から少し離れて胤月が座っている。

「タマちゃん苦労したんだね」

 おいおい、と泣いてみせるノーラ。しかしそれはあくまでも素振り。そのノーラを見てハルトと焚哉は声をたてずに笑っている。

「俺たちも大体のことは話せたよな? 焚哉」

「そうだね。僕もスッキリしたよ。こんなに落ち着いた気持ちになったのは久しぶりだ」

「そうだねぇ。やっぱり元の世界の人と一緒にいると安心するよぉ」

 今日のノーラは和洋折衷の大正ロマンルックだ。

「お陽さまが気持ちいいなぁ。タマちゃんお庭行こうよ」

「いいですよ」

 軒下の下駄を引っかけて庭に降りた二人が無邪気にモンシロチョウを追いかけるのを見つつハルトは焚哉と向き合った。庭先から「待てーこのバタフリー」「ノーラ、あまりはしゃぐと転びますよ、もー」聞こえてくる二人の声にハルトと焚哉は破顔する。

「やっぱりみんなで一緒にいられるといいんだけどな」

「しょうがないよ。この世界で拾ってもらった恩もあるし。僕は恵まれてたと思う。キラナに生まれかわったのも何かのご縁かなぁ、とも思うんだ」

「焚哉、大人になったなぁ」

「そういうハルトこそ。でも嬉しいよ」

「何が?」

「向こうにいたときの遥斗は、なんか自分で自分にブレーキかけてるような気がしてた。でも今の遥斗はそうじゃない。今の遥斗の方が遥斗らしいと思う」

 焚哉にもそう思われてたのか。渡辺先生だけじゃなかったんだ。

「遥斗は本来、人を引っ張っていくタイプの人間だと思うんだ。珠絵とノーラちゃんのことを頼む。守ってやってくれ」

 守る、か。俺はアリシアを守れなかった。

 通り抜ける春風がハルトの心に寒気を届けた。

「ごめん、何か気に障ることを言ったかな?」

「いや。俺の問題だから。またの機会に話すよ」

「そうか。でもあまり気にしないほうがいいよ。諸行無常だからさ」

「祇園精舎の鐘の声、ってやつか」

「うん、世は移り変わる。全部が自分の思い通りに進むわけじゃない。その時その時を生きてればいいんだよ、きっと。それに他力本願って考え方もあるよ。自分が正しいと思うことをやってりゃ勝手に救われるって考え方。仏さえ信じてさえいればオールオッケーって話さ」

 焚哉は遥斗に柔和な微笑みを向けた。

「なんか焚哉が立派なお坊さんに見えてきた」

「ははは、ほんとはギター弾いたりしたいけどねぇ。琵琶法師びわほうしじゃ様になんないし」

 ベベン、おどけたようにバチを振る仕草をした焚哉が居住まいを正した。

「でも、せっかく珠絵とも再会できたのに遠いところに行っちゃうのはちょっと寂しいな」

「飛甲機ならすぐだよ。それにノーラは王族だ。なんとかしてくれるさ。また近いうちに会えるよ。グランノルンに遊びにくればいい」

「行けるといいけど」

 焚哉は胤月に視線を送った。

「遊びに、というわけにはいかないと思うけれど、要望があれば出向くわよ、大事なお話が始まるんだし。グランノルンの担当がエレオノーラ様とハルトちゃんなんだから、キラナの代表をタクヤルちゃんが務めると話しが早そうだと僧正様にも進言しておいたわ」

「ほんと!胤月。ありがとう」

「その代わり私もゆきますからんね。あー嬉しいわ。二人っきりでタクヤルちゃんと遠出なんて」

「別に二人っきりじゃなくてもいいだろう!」

「いいえ、二人がいいのよぉ」

 じゃれあう男二人を見てハルトは思う。

 なんだかんだ胤月さんは焚哉のことを気遣ってくれてる。グランノルンだと上級騎士にあたる位だって琴音さんは言ってたし、飛甲機の操縦にもすぐ慣れそうだ。そうなったら焚哉も気軽にグランノルンに来られる。


「それじゃ、私達は僧正様とお話して明日の準備に取り掛かりましょう」

 焚哉と胤月はハルトとノーラの見送りがてら古宮島に出向き、飛甲機を視察することになっている。

「ハルト達がもっとゆっくりしていければ良かったんだけど」

「悪いな、そうとも言ってられないんだ。けっこうやることがあってさ。ノーラもそうそう王宮を空けられないだろうし」

「だったら尚更なおさら今日はゆっくりしていきなよ。キラナの街にでも連れてってあげれば」

「そうだな。せっかくだし琴音さんと街を歩いてみるよ」


 参道の下で尼僧に付き添われた珠絵に見送られてキラナの馬車に乗る。

「じゃぁタマちゃんまたねー」

「ありがとうございました。ノーラ。先輩」

「俺にはないのかよ?」

「タクヤンは近いうちにまた来てくれんでしょ?」

「まー、来るけどさぁ」

「うそですよ、タクヤン。ありがとう。待ってますから」

「またな。珠絵」

「はい」

 じゃあっねー、走り出した馬車の中で振られるノーラの両手バイバイが降ろされるのと同じくして珠絵の姿が参道に消えた。


「さて、帰ったらやることがいっぱい出来た。出来るだけ早く動き出せるようにがんばらなきゃ。よろしくお願いします。胤月さん」

「こちらもグランノルンのご好意に応えられるように準備をしておきます。ご安心下さい」

「ノーラ、このあとキラナの街を見ていかないか?」

「ほんと! 行きたい!」

 琴音と共に大僧正への挨拶を済ませたハルトとノーラはキラナの街に降りて散策を始めた。街の雰囲気に慣れた頃には琴音と清右衛門は少し離れて歩きながら明日の移動の相談をしているようだ。

 店の立ち並ぶ通りを抜けると大きな川にかかる幅の広い木の橋があった。坂になって盛り上がる中央部に人だかりが出来ている。

「何だろう? 行ってみよーよ」

 ノーラに手を引かれて荷車を引く人夫達とすれ違いながら橋を渡る。橋下の川には荷物を運ぶ木舟が行き来する大きな橋だ。

人だかりの中から洋風の音楽が聞こえてくる。ハルトとノーラが近づくと踊り子姿の女の子が歌いながら踊っていた。

 しなやかな体がくるくると回り、歌と踊りを終えた詩人に拍手が巻き起こった。

「ありがとぉーー」

「いよっ! やるねぇ、嬢ちゃん!」

 喝采の中で女の子の帽子に向けて銭が飛ぶ。

「ソフィーじゃないか」

 ハルトは歌姫に声をかけた。

「あら! クロスロードのお兄さん。こんなところで奇遇ですねぇ。ちょっと待っててね」

 投げ銭をくれた客達にぺっこりと頭を下げてゆくソフィーの挨拶が一段落して群衆が散ると、楽器を片付けた祖母のナターシャと一緒にハルトとノーラに近づいてきた。お揃いの紫色でくせっ毛の髪の毛をした仲のよい祖母と孫娘の二人だ。

「お久しぶりでございます。こんなところでお会いするなんて」

「ほんと、ほんと! ノエルさんも久しぶり。かっこいい格好してるねぇ! お兄さんもキラナの着物がとっても似合ってるねっ。借りてきた猫みたい!」

「それ間違ってるだろう……」

「にゃはははっ」

 幼女と少女の間くらいな褐色肌のソフィーの笑いは軽快だ。

「分かって言ったな。それにこのはノエルじゃなくてノーラ。ノエルの双子のお姉さん」

「えっ、またまたぁ。こんなうそつき男とよく一緒にいますねぇ、ノエルさん。早く別れた方が身のためですよ?」

「あははは、でも本当なの。はじめまして。ノーラといいます」

「えっ、えええーーー。それは失礼つかまつりまくりました。ははー」

 橋の床にひれ伏してぺったんと頭をつけるソフィー

「これこれソフィー」

「相変わらずだなソフィーは。ともあれまた会えて嬉しいよ」

「それはこのソフィーも一緒です!」

 ピョコンと立ち上がったソフィーがふくれかけの胸をはった。女性のラインの出る踊り子の衣裳をまとってはいても、まだ子供半分の小さな体を大きくみせようとしているらしい。

「あらためましてノーラさん。吟遊詩人のソフィーです。こっちはおばあちゃんのナターシャ」

「よろしくね、ソフィーちゃん。歌も踊りも凄いね、上手だね、才能の塊だね! 感動しちゃった。それと、はじめましてナターシャさん」

「ソフィーも凄いけどナターシャさんの語りはもっと凄いぞ。ソフィーはナターシャさんみたいな語り部になりたいんだって」

「うっそ。あんなに歌も踊りも凄いのに」

「そう思うよな。ソフィーのしっとりした歌もまたいいんだこれが」

「恥ずかしいからやめて下さいよぉ、お兄さんったらぁ。でもおばあちゃんが凄いのはホントだよ! わたしはおばあちゃんになりたい!」

「あはは、それだと早く年を取りたいみたいに聞こえちゃうよ」

「わたしはおばあちゃんを超える語り部になるのです~」

 踊るようにくるりとその場で回るソフィー。

「ソフィーとナターシャさんはめずらしい話を探して旅をしてるんだ」

「そうなんだ……」

 考え込むようなノーラ。

「ソフィーちゃん、面白いお話はたくさん集まった?」

「そうですねぇ。いくつか面白いお話は聞きました。でもお兄さんとノエルさんに聞いた物語はちょー面白かった!とってもめずらしい、珍妙、珍ちょー、とん珍なお話だった! でも本気で面白いからまた困るんですよねぇ」

「ハルトぅん、なんの話したの?」

「浦島太郎とか、さるかに合戦とか」

「そういうことかぁ」

「なに、なになになに? ノーラさんも何か面白い話しを知ってるんですか?」

「うん、知ってるよ。沢山」

「ほんとですかぁ!? やったーー。話して話して!もう話してもらうまで離しませんよ!」

 ノーラの腕を抱きかかえるソフィー。

「そうだな。えっと、琴音さん」

 後ろに控えていた琴音と清右衛門に声をかえるノーラ。

「今夜は宿をとってソフィーさん達を呼んでもいいでしょうか?」

「もちろん構いませんよ」

「ソフィーちゃん、ナターシャさん、今夜は貸し切りにして貰ってもいいですか?ゆっくりお話も聞きたいんで」

「お呼びくださるのなら喜んで向かわさせて頂きます」

 それを聞いた琴音は清右衛門に宿を取らせに走らせた。


 団子屋で清右衛門を待ち、宿に連れ立って入る。

「ほえーー、ここはこの辺り一番の高級宿ですよ。お兄さんたちもしかしてお金持ち?」

「今回は琴音さんにお任せしてあるから」

「あの狐人さんですよね。あの方からは高貴なお方の匂いがします」

 スンスン、鼻をならすソフィー。

「ご飯も一緒に食べよう。おごっちゃうよぉ」

「ホントですかノエルさん、じゃなかったノーラさん! ありがたや~ありがたや~」


 ソフィーの感謝の歌と踊りと食事を堪能した後、ナターシャの語りを聞いた。

 語りを終えたナターシャが眼鏡をかけお茶で喉を潤す。湯呑の下に右手を添えたおしとやかな仕草にノーラは関心をよせた。

「ナターシャさんとソフィーちゃんはグランノルンの人なんですよね?」

「はい、そうですが何か?」

「キラナの作法をよく知ってるなぁ、と思って」

「私は以前さるお方にお仕えしていたのです。その時に様々な土地の方々とお会いする機会がございまして」

「おばあちゃんは王宮にいたこともあるんだよ。にしし。凄いでしょ」

「失礼ですがどのような方に」

「もう古い話ですので。それをむやみにお話しするのはその方のご迷惑になるといけません。お許し下さい」

 頭を下げるナターシャにノーラもうなずき、何かを決心したように顔を二人に向けた。

「なんですか? ノーラさん。まさかお話をしてくれないんじゃないでしょうね? 今度はわたしがノーラさんのお話を聞かせてもらう番ですよ?」

「ううん、逆。もっとちゃんと話しを聞いて欲しいの」

「??」

「ソフィーちゃん、ナターシャさん、私の、私達のになるかもしれませんが、話しをまとめて頂くお仕事をしてもらえないでしょうか?」

「お聞きしたお話を書き留めるということでよろしいですか?」

「はい。でも外に出していい話と内々に留めておきたい話があるのできちんと契約をしてお願いをしたいんです。そうしたらゆっくりとグランノルンでお話ししたいと思います」

 顔を見合わせるソフィーとナターシャ。ナターシャが答えた。

「私達もそろそろグランノルンの戻ろうかと思っていたいたところです。どちらに向かえばよろしいでしょうか」

「王宮を訪ねてください」

「王宮!?」

 ソフィーの目が輝いている。

「公のお仕事になる。ということでしょうか?」

「いいえ。私個人のお願いです」

「ではなぜ王宮に?」

「そこがわたしの住まいだからです。私のグランノルンでの名はエレオノラ・リーゼ・グランノルン」

「ノーラさん、あなたは一体……」 

 固まってしまったソフィーにハルトが付け加えた。

「ノーラは第三王女なんだ」

「えええええーーーーーーーー!!」 

 ノーラは王家の紋章を取り出す。

 本物だーーおったまげたーー、うぎゃーー。畳の上を転げ回るソフィー。


「で、ノーラ、どういうことなんだ?」

「わたし達のことを記録しておきたいの。物語にもできたらいいなぁ、って思ってたんだけどなかなか忙しくて時間がないんだもん。そういうことをやってくれる人がいたらいいなぁって思ってたの。ノエルちゃんに頼もうと思ったけどノエルちゃんはいま別のことに興味がいってるし。それに琴音さんのご先祖様の記述が残ってたら今回のことも大分違ったかもしれないと思わない?」

「確かに、キラナに昔転移した人の詳細が残ってたら随分違っただろうな。そういえばノエルは今どんな感じ?」

「ノエルちゃんは凄いよ。あの石(・・・)の研究に対する熱意は本物だね。もうわたしよりも深い所を理解し始めてるよ。これからすごく重要なことに関わる人になると思うし、本人が臨んでるから集中させてあげたい。それにわたしが書くと主観が入っちゃうから……」

 もぞもぞと顔を赤らめるノーラ。

「――王族自身が書くといろいろ大変だろうしな。派閥を気にしたりとか」

 とぼけているのか、本気でそう思って案じているか分かりかねるハルトの返答にノーラは頬を膨らませた。しかしソフィーはハルトの言葉を別の意味に取ったようだ。

「あたしみたいのが王宮に入って書いてもいいんですか? 殺されちゃったりしませんか?」

 ちょこんと座り直したソフィーにノーラも姿勢を正してこたえる。

「きちんとしたした身分とお部屋を用意します。それくらいならわたしの一存で出来るし、発表するかしないかも十分検討してからにします。とにかくソフィーちゃんとナターシャさんにはわたしの側にいてもらって書き留めることを仕事にして貰えたら嬉しいかな。宮廷のお抱え詩人として」

「やったーーー。王宮のお抱え詩人だよ! お姫さまの専属だよ! おばあちゃん! あたしやりたい」

 バンザイするソフィーをたしなめるようにナターシャが視線を向ける。

「ソフィー、これはそう簡単に決めてしまっていいことではありませんよ」

 ソフィーは手をおろして真剣な表情になって言った。

「おばあちゃん。あたし真剣にやりたい。おばあちゃんに楽をさせてあげたいし、おばあちゃんの体も心配なの」

 ソフィーの強い眼差しに沈黙するナターシャ。両の紫の瞳が見つめ合う。

「ほんとうにいいの?あなたは旅をしたいんじゃなかったの?」

「旅はね、おばちゃんがしてたみたいにしてみたかったの。でも今はおばあちゃんの身体が大事。あたしは本気だよ」

 しばしの間をおいて「ではエレオノーラ様、宜しくお願いいたします」畳に両手をついて頭を下げるナターシャに続いてソフィーも同じ姿勢を取った。


ソフィーと再会したハルト。ソフィーが仲間になりました。

ソフィーとナターシャは第1話と48話「クロスロード」に出てきます。

次回「研究機関」水曜日の投稿になります。


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