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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
80/148

聖人タクヤル

「タクヤルが別の世界の人間の魂を抱いている可能性がある、と」

 キラナ本山の天守閣、最上階の部屋には、びを感じさせる調度品から白檀びゃくだんの香りが立ち上っている。大僧正の私室に通されたハルト達はキラナの統治者と面会していた。

 ここでタクヤル様が焚哉なのかしっかり確認をしておきたい。そのためにはキラナを治める大僧正様と聖人様の側近隠月さん、この二人に俺たちの出自を話すのはしょうがない。

 ハルトとノーラは聖人タクヤルが自分達と同じ転移者である可能性を告げた。琴音は緋色ひいろの法衣をまとった大僧正の意向により席を外されている。

「ハルベルト、つかぬことを尋ねるが、鳥がついばむ、と聞いて何を思い浮かべる?」

 なにそれ?トンチ? いやいや、そんなことはないだろう。あーそうか。

「それはTバードを立ち上げた時に最初に出てくる四つ葉のクローバーのことをおっしゃっていますか?」

 僧正はうなずいた。

「胤月、お二人を奥の院へご案内しなさい」


 胤月を先頭に天守閣から降り、渡り廊下を進む。梵字が縦に彫り込まれた柱と柱の間から見渡せる春光に包まれた庭園が眩しい。長い渡り廊下の先の扉には昼間にも関わらず両脇に篝火が焚かれ、香の煙が立ち上る扉を守る僧兵に礼をされて開かれた扉を入る。複雑な組み木で出来た縁側の屋根の下に入り込む日差し。幾つかの角を曲がって進んだ先の部屋に入った。

「ここでちょっとお待ち下さいね」

 二十帖ほどの座敷に腰を降ろすハルト。真新しい畳の匂いの中に春の柔らかい風が新緑の匂いを運んでくる。ノーラは着物の上前を少し引き上げ、裾の後ろを丁寧に折りながら座布団の上に正座した。

「ちゃんと着こなしてるんだな」

「ジャパンカルチャースクールに行ったときに教えてもらったの。日本愛がこんなところで役に立つなんてね」

「日本愛つーか、コスプレ愛なんじゃないの?」

「失礼しちゃう」

「ごめん、ごめん。でも綺麗な所作だよ」

「えっへん」


 バタバタと廊下を走る物音が近づいてくる。バン、荒々しく襖の引き戸が開いた。


「く、くくく……」

「あーはっはっはっ」


「駄目だ、ごめん! 我慢できない! 」


 お腹の帯に手をあて笑い出したノーラにつられ、崩壊した腹筋がよじれて笑いだすハルト。隣のノエルは突っ伏して畳を叩いて笑っている。

 純白の法衣の上に、幾つもの紋が刺繍された五条袈裟に身を包んだ焚哉の頭は、見事に剃り上げられていた。自分の姿を見て笑い出した二人に目が点になり、入り口で固まる坊主姿の焚哉。

 「遥斗とノーラちゃん、なのか?」

「そうだよ。焚哉、久しぶり」

「やっぱその方がかっこいいよ。焚哉くん」

 笑い涙を手の甲で拭いながら答えるノーラとハルトの向かいに焚哉は近づき腰を降ろした。その隣に胤月が座る。

「ごめんな。聖人タクヤル様。くくく」

「どういうことだよ! ハルベルト・ブロックにエレオノーラ王女様って。ノーラちゃんはほんとに王女様なの?」

「ほんとだよ。第三王女エレオノーラ・リーゼ・グランノルンです。よろしくね。グランノルン連邦同盟国キラナの聖人さま」

「ハルトとノーラちゃんはずっと一緒だったの?」

「いや、最近会ったばかり。俺はノーラの国の辺境の村の職人だった。今は騎士団所属だけど」

「騎士~!? でもずるいよ。ハルトとノーラちゃんが再会したのが先なんて。しかも夫婦みたいな服着ちゃってさぁ……」


「まさか本当にタクヤルちゃんの前世のお友達だったなんて」

「「タクヤルちゃん」」

 またもや腹筋が崩壊するハルトとノーラ。

「だからぁ、タクヤルちゃん言うなし!」

「あら、タクヤルちゃんはタクヤルちゃんでしょ?かわいいんだから、もお」

 しっし、追い払うように胤月を遠のける焚哉。

「で、何でここに俺がいるって分かったの?」

「俺もノーラもこの世界の聖地ってやつの近くに転移したんだ。キラナが日本文化だっていうのを知って、聖地を守ってるってお狐様と出会ってさ」

「聖地」

 胤月の表情が真剣なものになった。


「そうなんです。俺はグランノルンの西の端のロダの聖地でした。グランノルンの王宮も聖地らしくて。それと焚哉、タクヤルと胤月さんが出会ったのもイクリスのときじゃないですか?」

「その通りよ。胤月という名は、月を継ぐ者、という意味なの。運命の出会いだと思ったわ。ねー、タクヤルちゃん!」

「同意を求めるな。誤解されるだろ! 」

「つれないわねぇ」

 しなを作って焚哉に寄りかかる胤月を、だーかーらー、と拒絶する焚哉。

 どうみてもじゃれ合ってるようにしか見えないけど。くくく。


「それよか焚哉、聞きたいことがある。こうなったのって俺たちが最後に会った次の日に工学部の部室の近くにいたからじゃないか?」

「そうだよ。生物準備室、工学部の部室の外の廊下にいたのが最後」

「あの日は部活もなかったよな? なんで学校にいたんだ? それになんで部室の近くにいたんだよ?」

「覚えてないの? 進路指導で呼び出しくらったって話したじゃん」

「そうか。忘れてたわ」

「えー、忘れてたのかよぉ」

「ごめんごめん。で、そのときの状況を教えてくれるか?」

「あの日、進路指導が終わって帰ろうとしたらさ、珠絵に会ったんだ。軍服着たままエアガン持って街を歩いてたら職質されて学校に呼び出されたとかいってあいつも学校に来てた。珠絵からノーラちゃんが部室の方に行ったのを見たって聞いて、行ってみようぜ、ってことになって。後ろのドアからのぞいて見ようかと思ったんだけど鍵かかってるし、のぞくのはあきらめて待つことにした。それで非常階段の踊り場に出て隠れてたんだ。扉の小窓から中が見えるからさ。そしたら校舎が揺れて、地震か!? と思ってあせって校舎に戻ったら緑色の光が教室からはみ出るみたいに延びて来てた。校舎の揺れは酷くなるし、光がくるくる回って眩しいし、そのうちに視覚が変になって、気持ち悪くなって、やばい、これは尋常じゃない! って思ってもどうにも出来なくて気がついたらお経唱えてた。次に目を開いたらこの世界だったんだけど、僕、意識がちゃんと戻ってくるまでに時間かかったみたいで、ここに連れられてきてからやっと普通に暮らせるようになった、そんな感じ」

「やっぱあの光か」

「それじゃ、タマちゃんもこっちにいるかもしれないね」


「胤月」

「はい、タクヤル様」

 これまでのじゃれ合うような雰囲気ではない二人。

「これでも、まだ駄目かな?」

「そうですね。私も何が起こっているのか興味が湧いてきました。いいでしょう」

「なになに?焚哉くんと胤月さんは何のことを話してるの?」

「今までどうしても会わせてくれない、話しも聞かせてくれない人がいるんだ」

「タクヤル様はキラナの僧正をお継ぎになられる可能性のある尊きお方ですからね。ご結婚なされるまではこの国の女人とお会いさせる訳には参りません。それにあの女は偽物です」

「でも彼女も聖地でみつかったんだろ」

「はい、タクヤル様とは逆の西の果て、森の際のほこらで行き倒れですけども」


「もう一人いる。ってことですか」

「はい、経も読めず怪しげな念仏を唱えることしかできない変わり者です」

「僕には名前さえ教えてくれないんだ」

「胤月さん、それは何故なんです?」

「聖人様が現れる時に害をなす者が追ってくることがある、そう伝えられているのです。しかしそうではないようですね。タマエルは」

「――タマエルかぁ、たしかに使徒っぽいもんね。使徒っていっても悪役のほう」

「決まりだな。多分それ珠絵だろう。胤月さんタマエルは今どこに」

「尼寺に軟禁しています。面会措置を取りましょう。彼女をここに呼ぶわけには参りません」

 ポンポン、手を打つと襖をあけて入って来た僧に耳打ちする胤月。出ていった僧が廊下で別の僧に何かを伝え、人数分の茶を盆に乗せて入ってくる。

「しばらく時間がかかります。お話を続けてちょうだい。ある程度は私も度理解しておく必要がありそうだわ」

「焚哉、さっきの話しぶりだとその身体の持ち主の記憶はないんだよな」

「この身体?どういうこと?」

「俺もノーラもこの身体の前の持ち主の記憶を持ってる。魂が入れ替わったことになるらしい」

「そうなんだ。僕は僕の意識しかないから身体ごとこっちに来たんだと思ってた」

「それじゃ、焚哉がこの世界に来たとき どう思った? 焚哉から見たこの世界ってどう思う?」

「最初はさ。死んで輪廻したのかと思った。でも前の世界の記憶があるし年は若くなってるけど成人だっていうし、聖人だとか言われるしでわけわかんなかった」

「俺より恵まれてるよ、俺なんかその日いきなり人食い猿に襲われて死にかけたもん。その後助けられたんだけど」

「大変だったんだね。僕は意識が朦朧としたままの状態が長かったんだ。普通に暮らせるようになるまで二ヶ月くらいかかったらしい。意識がちゃんとしてからはとにかく迂闊なことは言わないようにしてここに慣れるようにしてた」

「でも聖人様って呼ばれるようになったんだろ?」

「ここが寺と坊主の世界だ、っていうのは分かったからね。知ってるお経を唱えたら驚かれてさ。こっちのお経ってサンスクリット語、梵字で書かれてるんだ。それは僕には読めないんだけど音は分かるからさ。文字が読めないのに経が唱えられるのは可怪しい、ってなって、知ってるお経を全部唱えさせられた。その中にこっちの人が知らないお経があって大騒ぎさ。資料室につれてかれて、秘伝とか奥義とかいう資料をたくさん見せられたんだけど読めないものは読めない」

 ――けどあったんだ。焚哉は居住まいを正した。

「何が?」

「漢字でかかれたお経。そのほとんどがそれまでに僕が唱えたお経だったんだけど、幾つかはもう使われてないお経だったらしい。誰も唱え方を知らない経典を読み解いた貴人とかなんとかになって気がついたら聖人様ってわけ」

「その前にタクヤルちゃんは尋常ではない、と思ってわよ。出会ったときから」

「それ初耳なんだけど」

「タクヤルちゃんと初めて会ったとき、狂心してたというか錯乱してたというか、とにかく何かおかしなものに取り憑かれたようなタクヤルちゃんがブツブツ唱えてたのは守りのお経。秘義なのよ。かなりの高僧にならないと伝授されない経の一部を唱えてるんですの。おったまげた私はタクヤルちゃんを本山に連れ帰って手厚く保護したってわけ」

「そうだったのか。まぁ転移? だっけ、こっちの世界に来るとき に必死に唱えてた真言だから無意識のまんま唱え続けてたのかもなぁ」

「守りのお経?真言?」


「お経ってさ、あの世へちゃんと導くため、だけじゃなくていろいろと種類があってさ、宗派によっては説教みたいなのもあったりする。でもマントラ、真言って言われてるのは純粋にその音そのものにパワーがあるものなんだよね。だから漢字も当て字をあてて音を残すわけ。日本でそれを大切にしてる宗派が真言宗なんだけど、うちは真言宗で、その中にある、払い、とか浄化、のお経って言えばいいのかな、とにかくそんな意味の光明真言ってお経を唱えてた。そんなに長くない真言なんだけどずっと繰り返してたから無意識に唱え続けてもおかしくないかもしれない」


「よくわっかんないけど、焚哉くんはお経を唱え続けてたらお寺の世界に来ちゃった、ってことだよね?」

「なるほどな、そういうことか」


「何がなるほどなの?」


「ノーラは自分の意思っていうかそういうのがこの世界に反映されてるんじゃないかって考えてる。俺はそういう感じがするってだけかもしれないと思ってるけど」


「あたしは物語が好きだった。小さいときから姫さまに憧れがあった」

「俺は物作りをどうすればいいのか? を考えてた。焚哉はお経を唱えてたらお寺の世界に来てた。やっぱり俺たち意思がこの世界と何か関係してるのかもな」


「それってクリシュナムルティーの話しみたいじゃん! 」

「くりしゅな、むるてぃ?」

「クリシュナムルティーはインドの哲学者だよ。世界はあなたの意識で出来ている。っていう考え方を主張してる人でさ。SOS団の話みたいだからノーラちゃんに本貸してあげてよってハルトに頼んで渡してあったんだ」

「そーなんだ。でもわたしが望んでたことがそのまんま具現化されてるいんだよねぇ。逆のこともあるし」

「天使様もそのあたりを気にしてたよな」

「天使さま?」

「タクヤルちゃん、このお二人の国、グランノルンはノルン様、天使様のご加護が成り立ちに大きく関わっているの。この世界の中ではとても大きな国よ。私達キラナの同盟国というより宗主国に近いわ。宗教観はまったく違うけれど」

「天使が実在してんの!?」

「こらっ、天使様を呼び捨てにするんじゃありませんっ!」

 ビシっと胤月の張り手が飛ぶ。パシッと鳴った焚哉の禿頭が赤くなった。

「痛ってー、マジで天使さまいんの?」

「いるよ。俺たちにとっては女神さまっていった方がわかりやすそうな天使さま。しかもちょー美人」

「まじでっ! 俺も会いたいっ!! 」


「ふーん、焚哉くんって美人ならなんでもいいんだぁ」

「いやいやいや、そんなことないって、ノーラちゃん。今のは純粋な宗教的興味!」

「ほんとかなぁ?」

 ジトー、ノーラと胤月からも視線を送られる焚哉。

「とにかくタマエルに会いに行こう。もっと分かることがあるかもしれない。それまでお互いのことを出来るだけ話そう」

 語り合う三人を見守る胤月に「準備が整いました」と僧が告げに来て、四人は琴音と合流し本山を降りた。


焚哉と再会したハルトとノーラ。

焚哉は嫌がっていた坊主頭になっていました。そしてもう一人転移者がいる模様。

次回、「変人タマエル」 金曜日の投稿になります。

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