この世界 it's a wonderful world
焚哉からノーラに貸してと借りた本。『世界は自分が作っている』という内容のインド哲学者の本。あれまだ貸してなかったのにそう思ってるのか。
「でもノーラ、お前が望んだら、この世界の現実がリセットされるとか、そんなことはないよな」
「それはないね。でも何でそんなこと聞くの?」
「焚哉からさ、お前に貸してあげてくれって本を借りてたんだ。その本の内容が『世界はあなたが作っている。この世界はあなたの意思で出来ている』って内容だったの。それって。宇宙人、未来人、超能力者はわたしのところに来なさい、って話に通じるだろ。だからノーラが好きなんじゃないか? って焚哉は考えたんだと思う」
「わたしの意思で世界が改変されるなんてことはないよ。夏休みループさせるとかありえないし」
「本人に自覚がないっぽいから、自覚してないだけって可能性は?」
「わたしが望んだ通りに世界がリセットされるようなことはない、って言い切ってもいいと思うよ。嫌なこともいっぱいあるから。わたしにとって嫌なことも具現化してるんだよ、この世界は。ハルトぅん、魔法陣が出る前にわたしに何があったか覚えてる?」
「――蝉か。ノーラの嫌いな虫が服にくっついて、暴れてたよな」
「そう。それがこの世界にも反映されてるような気がするんだよね。人が暮らしてる土地が蟲の森に囲まれて脅かされてるって聞いた時、あちゃーーって思ったもん」
「……そりゃ災難だったな。確かにそう言われれば虫が苦手なノーラの意識がこの世界の成り立ち影響してるようにも思えてくる。俺も転移してすぐにロッキって蟲に襲われたんだよ。ロッキは蝉みたいな蟲なんだけど、動物の血を吸うから生態としてはアブに近いらしい蟲らしい」
「ハルトぅんのこっちの名前、ハルベルト・ブロックだよね?」
「そうだけど」
「あはは、ブロックさんがロキに襲われる。これも北欧神話!」
「えっ!?」
「神トールの武器、ミニョルって巨大なハンマーを作ったのがブロックっていう職人で、その職人に依頼した神ロキがわけあってアブになって邪魔をするんだよ。必死に仕事をするブロックさんを刺しまくるの。それでもブロックは神具を完成させて神ロキは困ることになるんだけどね。これもお父さんから小さい頃によく聞かされた神話の一つだよ」
「あー、うちのご先祖様って神具を打った人だわ。それにロッキてロキのことなのかぁ。六つ目だからかと思ってた」
「ブロックを襲う虫。それを聞いたら、わたしはその話をまず最初に思い出すな」
「……そう言われると、ここはやっぱノーラの世界なのかも、ってますます思うな」
うーむ。でしょでしょ。考え込むハルトと勝ち誇ったようなノーラ
「ノエルさん、あなたは神トールや神ロキを知っていると」
「はい、知ってますよ。オーディン、フレイ、ヘイムダル、それにトール、ロキにフレイア、みんなわたしの父の国の神様です。ギリシャ神話っていう違う地域の神様も沢山知ってます。アポロン、ゼウス、ヘスティア、ヘルメス、ポセイドンとか。主神以外だとアストライアー、エレイテュア、タルタロス、ティーターン、ハルモニア……」
ノーラは指を折りながら次々を神々の名をあげてゆく。
「ノーラはほんと神話が好きだよな。小さい頃ライナスの毛布みたいに神話の絵本を抱えて家に来てたのを思い出すよ」
「この世界の人間界には知らされていない神々の名も知っていると……」
ウキウキとした顔のノーラを置いて、思索に沈み込んでゆくハルトとベルダンティア。
「でも、もしこの世界が北欧神話をベースにしたものなら、巨人族とかがいてユグドラシルでラスボスと戦う的な展開になるんだろうけど、そうじゃないんです。わたしが慣れ親しんだものが混じり合って出来てる気がします」
「アストレイア様とは会ったよ」
「マジでっ!? どんな人だった?」
「宇宙そのものみたいなすんごい綺麗な人だった。半分透けてたけど。でも、巨人の兵器が文明を焼き尽くした後の世界じゃなくてよかったよ。俺は蟲といったらそれを思い出すからさ。――――意思と世界か……この世界は一体どういうものなんだろう?」
ハルトは思考の深みに潜り、ハマり、足掻く。しかし思考の深度が上がる度に、重さを増してゆく身体を包むような水に身動きが取れなくなる。ハルトは答えのない海底の迷路の中で水面の明かりを探すように必死にもがき続けた。しかし出口は見つからない
ハルトの沈黙を破るようにベルダンティアが口を開いた。
「ではノーラさん、転移のきっかけになったのは何だと思いますか?」
「それは全くわかりません」
きっぱりと言い切ったノーラとハルトの顔を見比べるベルダンティア。
「ノーラさん、向こうで転移のきっかけとなった魔法陣を書いたのはハルトさんなのです」
「えっ!?ええーーーー」
そうだ。きっかけはやっぱり俺のはずなんだ。
「実はあのとき俺さ、ノーラの誕生日のメッセージをホログラムで作ってたんだ。その背景に幾何学模様を配置してた。その模様の中に『生命の樹』っていのが含まれてて、それとこっちの世界のイクリスの夜の月食とが反応して転移魔法的なのが発動したんじゃないかっていうのがベルダンティアさまの見解なんだよ」
「そうなんだ。そう言えばあの日月食だったよね。――てかハルトぅん、そんなことしてくれたんだぁ」
両手で顔を隠すように、ぷにぷにとした自分の頬を揉みしだくノーラ。
「ハルトさん」
「はい」
「ハルトさんは世界を移るときに、怖い思いをした、のですよね」
「はい」
「ノーラさん」
「はい」
「ノーラさんはそのとき、嬉しかった、と」
「はい! 嬉しくて、楽しみで、ワクワクしてました!」
はぁー、ちょーバッド・トリップな俺は何だったんだ……
「その意識の違いなのかもしれませんね。世界はそこにいる者の意識でできている、というのはあながち間違いではないのです。そして前向きな意識の方が影響力が大きいのです。しかしノーラさんの気持ちが前向きだった、というだけでは説明がつかないことが多いのも確かなようですね。ノーラさんは他に『これは違う』と思ったことはありませんか?」
「言い出すときりがないですけど、一番大きいのは『この世界が閉じている』ということでしょうか」
「それはこの世界が蟲の森に囲まれている。ということですか?」
「そうでもありますけど、――わたしは広い世界を冒険したかったんです。その気持が一番強かったといっても過言ではありません。でもこの小さな世界は閉じていてどこにも行けそうにない」
「なるほど。やはりそう単純なことではないようですね」
「ノーラはこの世界の全体像を知ってるのか?」
「地図を見た限りだと日本の本州を直径にした円くらいしかないと思うんだよねぇ。縮尺がよくわからないから正確ではないんだろうけど。馬車で移動するとどれくらい、が判断基準だから。おおまかだけどそれくらいの大きさだと思う。しかも真ん中の部分、総面積の4分の1は湖なんだよ。大雑把に言うと、中心が湖で外側が蟲の森のドーナツみたいな形をしてる所に人が住んでるの。面積的にはさらに小さくなるよね。わたしが生まれた国、アメリカ合衆国より全然小さいと思う」
「他には何かありませんか?」
「あとは違うというか不思議だなぁ、と思うのは宗教がちょっと」
「ちょっとなんでしょう?」
「元の世界で一番信仰されてた宗教がないんです。わたしが知らないだけかもしれませんけど、それなのに人の名前にはその名残がある」
「俺は人の名前に違和感はなかったな。なんで海外なんだ?とは思ったけど」
「ここが平行世界なら尚更キリスト教がないのはおかしいよ。なのに聖教に由来する名前はちゃんとあるの。ジョンやジャンは元々ヨハン、ヨハネだし、マイク、マイケルやミシェルはミハエル。ポールはパウロから来てるのね。キリスト教の思想や歴史がないのに名前だけが残ってるなんてありえない。ミハエルは天使だから分からないでもないんだけど、ヨハネやパウロはイエス様の信徒だから天使信仰から外れる。でもその名前があるってことは、わたしが親しんでた名前だからなんだろうな、としか思えなかった」
「――そいえば俺の仲間にミックっているわ。ミックは呼び名で本名はミハエルだったと思う。そういや宗教といえば、神社がこの世界にあるの知ってるか? 日本文化もあるぞ」
「うっそ!?」
「嘘ついてどうすんだよ。俺も知ったばかりなんだけど、キラナっていう国はまんま日本な感じらしいぞ。神社は見た。巫女服に畳、急須でお茶いれて湯呑で飲んでた」
「そういえば、ハルトさんに渡したペンダントが何かと反応してましたね。キラナのものと反応したような気がしたのですけれど」
「キラナの聖地を守っているという狐人の方が同じ形のペンダントを持っていて、お互いに反応してました」
「聖地……実はこの王宮も聖地なのです。ハルトさんの村にも聖地がある」
「やっぱりそうなんですね。聖地ってマナが濃くて蟲が集まって来やすい。だから大きな巣が残ってることが多い。ここも大きな蟲の巣の後にあるから多分そうなんじゃなないか? とは思ってましたけど」
「聖地も重要なポイントなんでしょうけれど、僕とノーラが暮らしていた、ある意味特殊な国の文化があるんです。なぜ僕たちはキラナに転移しなかったのに、その文化があるのかを調べてみたいです。キラナが実際どんなところなのかも見てみたい」
「じゃさ、行こうか? キラナ」
「行こうか? って、お前お王女様なんだろ? 出られんの?」
「うん。そうだ、キラナ行こ! くらいな感じで出られると思うよ。これからは」
「王族がそのような気安い行動を取るのは難しいのではありませんか?」
「大丈夫だと思います」
「お前、今何かたくらんでるだろ。そういう顔してるぞ」
「えへへ、だってさ。いるでしょ。わたしのそっくりさん」
「それもありましたね。でもその前にもうひとつ。ノーラさんにエレオノーラの記憶はありますか?」
「あります。最初は二人の記憶が一つの体にあって戸惑いましたけど、割とすぐに慣れました」
「そうですか。――では」
立ち上がって結界を出たベルダンティアの「アルフ、ノエルを連れて来てくださる?」という言葉に二人が近づいてくる。ノエルを残してアルフリードは無言で元の席に戻った。
ノエルとノーラ。豊満な体をコルセットで締め上げた二人は、体型、少し低めの身長、桃色のくせっ毛の髪と瞳の色まで同じだ。
「ほんとそっくりだね。ノエルちゃん? はじめましてノーラです。あっ、エレオノーラの方がいいのかな?」
んー、どっちだろ? そんなノーラにノエルも少し緊張がほぐれたようだ。
「ノエルと申します。よろしくお願いします、エレオノーラ様。わたしノーラさんと繋がったことがあるんです。多分ノーラさんがこっちに来ようとしてる時に夢でノーラさんと繋がってたんです」
「ほんとに! なんか他人と思えないよぉ。よろしくね!」
「はい! 姫さまとお話できるなんて夢みたいです!」
「うっひゃー、ちょーかわいい!」
ノエルに抱きついてうりうりと顔を合わせるノーラ。ノエルもまんざらでもないようだ。
どっちもどっちだなこりゃ。
「しかし本当にそっくりですね。ノーラさんの魂がこちらに移る前のエレオノーラを知っていますが少し容姿が変わっています」
「それ言われました。髪の色なんかは同じだけど、人が変わったみたいだって」
「確証はありませんがノーラさんとノエルは多分同一人物なのでしょう。本来ならばノーラさんの魂はノエルと入れ替わるはずだった。しかし何らかの理由でノーラさんの魂がエレオノーラの体に乗り移ってしまった、と考えるのが妥当だと思います。それもかなり強い力が働いたんじゃないかしら」
「あー、なるほど。納得しました。知の女神エレノーラの加護を受ける儀式をしてたみたいです、わたしがこっちに来た時。詳しくは知らないんですけど」
「そういうことですか……これは王と王妃と話しをしている姉さんから聞いた方が早そうですね」
「たぶんその方が早いと思います。それじゃあノエルちゃんとわたしは分身した双子の姉妹みたいなものということになりますね」
「無理やりですが、そういうことになる、の、でしょう、なるのかしら?」
うーん。考え込むベルダンティア。
「わたしは姉妹ができて嬉しいです。しかも自分のそっくりさん! ノエルちゃん、」
「はいっ」
「お姫さまになってみたくなぁい?」
エレオノーラが悪い顔で笑った。
意思と世界。その謎は解けませんでしたが天使ベルダンティアのお陰でゆっくり話が出来たハルトとノーラ。
次回「キラナの高層」
月曜日の投稿になります。
もう一月が終わってしまいます。早すぎる……。がんばって書こうっと。笑




