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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
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天使来訪

 後のことはよく覚えてない。発言したりしたけど自分じゃない誰かが話してるみたいだった。とにかく会議は終わった。特にヘマはやってないはずだ。

 会議を終えたハルトは廊下を歩いている。前を歩く人の背中がやけに大きく見え、まるで水の中にでもいるように周囲の話し声がこもって聞こえた。重い足取りを自覚して歩むハルト。

「どうした? 大丈夫か?」

 後ろを歩いていたオーブがハルトに並んで心配そうに声をかけた。

「オーブ、それとハロルド様、宿舎に戻ったら時間を下さい」


「一体何があったのだ?」

 宿舎のオーブの執務室、完全に人払いがなされた部屋の中でハルトはオーブとハロルドと向き合あった。

「第三王女、エレオノーラは僕と同じ世界から来た転移者です。もしくは僕の知るノーラ・オルセンの記憶を持ってる。前の世界の幼なじみです」

 すぐには言葉を返せなかった二人のうち、沈黙を破ったのはハロルドだった。

「女神様においで願おう。アルフリードも呼ぶ」

 執務室を出るハロルド。ソファーに体を沈めたハルトの隣にオーブが腰を下ろした。

「多分王宮の転移の間が開く。そう長く待つことなく天使様はいらっしゃるだろう。それまでゆっくりしていろ」

 ハルトの中では転移してからの記憶が走馬灯のように流れていた。

 俺一人だと思ってた。ノエルがノーラなんだと思ってた。一体何で……


 「ベルダンティア様がいらっしゃる。オーブ、王と王妃に転移の間に天使様がいらっしゃると伝えてきてくれ。ハルト、ゆくぞ」

 戻ってきたハロルドに連れられて部屋を出ると外で待機していたカッツェが警護に加わり、階段ホールの下で女性の側使えを伴ってノエルの部屋に向かった。

「ノエル。王女様と面会じゃ。着替えたらフィレーネを連れてわしの部屋においで」

 まぁ、大変! ざわざわと動き出す側使え達の声もどこか遠くで鳴っているようにハルトには思えた。

 側使えをぞろぞろと伴ったノエルがハロルドの部屋に顔を出すと、ハロルドは一人を残して側使えを下がらせた。そこに戻ってきたオーブと共にハルト達は宿舎を出る。フィレーネは「わけわかんない」といいながらもノエルの服の中に隠れている。

 警護として先導するカッツェに続いて王宮に入った。

 「側使えはここまででよい。込み入った事情があるのでな。ここで待っていてくれ」

 ノエルの側使えをオーブが衛兵に委ねると、厳格な表情をした位の高そうな近衛兵に導かれてエレベーターに乗った。

 通された王宮の謁見の間には神妙な面持ちをした王と王妃が待っていた。王妃が先頭に立ち、謁見の間から移動して比較的小さな部屋に通される。

 王妃と王、オーブとハロルドが退出した部屋に残されたのはハルトとノエル、カッツェだけだ。

「もういいかな?」

 フィレーネが顔を出した。

「ハロルド様がいいって言うまでもちょっと隠れてた方がいいと思うぞ」

「わかったぁ」

 再びノエルのドレスの中に入るフィレーネ。

「ハルト、天使様がいらっしゃるって何があったんだ?」

「天使様!? 王女さまと会うんじゃないの?」

「王女様も来るよ、多分。ノエル、落ちついて聞いて欲しい」

「うん」

「ノエルが夢で繋がった、俺が元いた世界のノエルとそっくりの女の子を覚えてるか?」

「もちろん。ノーラさん、だよね?」

「第三王女エレオノーラは多分ノーラだ。楠木遥斗とハルベルト・ブロックと同じ感じだと思う。もし違ったとしてもエレオノーラ様はノーラの記憶を持ってる」

「えーーーー」

「――そりゃベルダンティア様も来るわ」

「わたしもベルダンティア様に会うの?どうなっちゃうの?」

「大丈夫だノエル。ベルダンティア様はお優しいお方だからな」

「だ、大丈夫かな? わたし」

 この日のために仕立てられた立派なドレスのスカートをふわふわとさせてオロオロするノエル。

「大丈夫だって、俺も会ってるし。それにウルデ様やラフィー様には会ってるじゃん」

「そう言われればそうだね。ちょっと安心した」


 近衛兵が外側から開けた扉の先には、白く大きな天使の羽を背中にたずさえたベルダンティアが立っていた。あでやかで彫刻のような美貌の中にある、大きく優しげな青い瞳をベルダンティアは笑顔とともにハルトに向けた。

「ご無沙汰しています。ベルダンティアさま」

「お久しぶりですね、ハルトさん。お元気でしたか?」

「はい、おかげさまで」

「ようハルト! 久しぶりだな」

「ウルデ様も来てたんですか」

「ちょうどベルダンティアと一緒にいたんでな。面白そうだからついて来た」

「姉さん。ハルトさんにとっては一大事なんですからね。あまり茶化すとかわそうですよ」

「分かった分かった。おとなしくしてるからさ。まぁ、座ろうぜ」

 白を基調とした短めのスカートに白いニーハイとガードルがちらっと見えるベルダンティアに、幼女のような天使が付き従っているのは天使の館の時と同じだ。対照的に黒を基調とした、短いというよりもタイトなミニスカートに身体に張り付くような革のコスチュームのウルデは一団から抜け出ると、いきなりソファーに寝転んで寛ぎだした。

 全然おとなしくないんですけど!

 ハロルドに続いて入って来たアルフリードがハルトに声をかける。

「其方が無事で安心した。今日の私は天使様の付き人だ。構わずともよい」

 そっけなく言って進む、鳥の人の族長であるアルフリード。ハルトが初めて儀式を受けた時と同じ色鮮やかな青いロングコートの裾元を足元で揺らし、裾元から合わせ目、袖口にも施された気品高いリーフステッチがまわる襟元には同じ色の青く長い髪が肩にかかっている。そのアルフリードを敬うように、王妃、王、オーブが順に入室し、王妃がベルダンティアにテーブルの席を勧めて自らも席についた。

「さてハルトさん、王と王妃には私が来た理由をまだ述べていません。話して頂けますか?」

「はい、先程カッツェを除いてここにいる皆が参加した会議で第三王女のエレオノーラ様とお会いしたんです。彼女は部屋を出る時に僕が前にいた世界の幼なじみしか知らない挨拶を残してゆきました」

「王よ、それと王妃アンナ。あなた方には知らされていませんがハルトさん、ハルベルト・ブロックには別の世界から来た人間の魂が宿っています。どうやらエレオノーラもその世界の人間なのではないか?とハルトさんは考えています。連れてきて頂けますか?」

 蒼白になった王と王妃が退出したとたんにウルデが声をあげた。

「お前だけじゃなかったとはな。やはり王族は隠していたか」

「隠していたのかどうかはまだ分からないでしょ。姉さんはいつもそうなんだから」

「まぁそのうち分かるさ」

「あ、あの、はじめましてベルダンティア様。ノエルと申します」

「ああ、あなたが。はじめましてノエル。どうしました?」

「フィレーネが出てもいいかと聞いています。わたしの服の中に隠れてるんです」

「あら、ごめんなさいね。フィレーネ、出てらっしゃい」

「ありがと、女神さま、あー、やっと出れたぁ」

 うーん、と背伸びをして羽ばたくフィレーネは「あっ、美味しそうな花」と吸い寄せられるように花瓶に向って飛んでいった。

「相変わらずだなぁ」

 フィレーネがいるとなんか和むわ。


 コツコツ、と二回鳴ったノックの音にハルトの表情が引き締まる。

 扉が開く。

 王妃と王の後ろから入ってきたベールを外したエレオノーラはノエルと瓜二つだ。


「ハルトゥん、だよね?」

「ノーラ、なのか?」


「ハルトぅーーーーーーんっ!!!!!!」

 

 椅子を倒して立ち上がったハルトに駆け寄り、両手を開いてガバっと抱きつくエレオノーラ。

「やっと会えた。もしかして! と思って、会いに行きたくて! でも全然会わせてくれなくて! 何とかして会おうとしてずっとがんばってたんだよ!!」

 ハルトぅんのバカー、何度もハルトの胸元を叩くエレオノーラ。

「何で俺だって分かった?」

「最初からなんか似てるなぁって思ってたよ。それに零号機がオレンジ色で薄い紫の初号機、赤い二号機ってあれそのものじゃん。残酷な天使のテーゼで少年が神話になっちゃうってば。絶対元の世界の人だと思った」

「あー、そうだよなぁ」

「それにさっきの会議で鉛筆回してたでしょ」

「そういえば、ノーラがアメリカから帰って来た時にも鉛筆回す癖を突っ込まれたっけ」

「ハルトぅんは考えちゃうモードに入ると無意識にやっちゃうんだよ。それに回し方が一緒なんだもん。間違いない、って思ったよ」

 旧知の再会以外の何者でもない二人。

 それを見つめ呆然と立ち尽くす王と王妃。


「これではっきりしたな」

 ウルデが立ち上がった。

「王と王妃はちょと来てくれ」

 二人を続きの間の隣室にウルデが連れてゆく。


「よかったですね。ハルトさん」

「ベルダンティアさま」

 どこまでも優しい女神さまだ。

「お二人とも少しいいかしら?」

 

 皆の座る席から少し離れたソファーとテーブルに二人を誘ったベルダンティアを上座にしてハルトとノーラは腰を降ろした。再び立ち上がったベルダンティアが呪文を唱えながらテーブルの周囲を歩いて腰を降ろす。

「音を遮断する結界を張りました。話し声が外に漏れることはありませんからお話をはじめましょう」

「はじめまして。ベルダンティア様。やっとお会いできました」

 先に口を開いたのはノーラだった。

「私に会いたかったのですか?」

「はい、ノルンという天使や女神を表す言葉も、ベルダンディー、ウルド、スクルドの三姉妹も私の故郷に伝わる女神さまですから」

「そういえば元は北欧神話の女神さまだったな」

「そうだよ。元々は古代ノルド語で書かれたノルウェーに伝わる神話。でも現実に会えるなんてさっすが異世界、ちょーファンタジー! 感動しちゃうよぉ」

 ベルダンティアの背中に輝く乳白色の羽をうっとりと見つめるノーラ。

「ちょっと待て、ここは異世界じゃなくて並行世界だぞ。別の世界線だってばよ」

「えっ!? 大変、マユシー助けにいかなきゃ!! じゃなくって!―― ちょとー、せっかく副音声の前髪娘みたいなボケ方したんだからちゃんと突っ込んでよね」

「いや、マジでちょっと待って。ごめん、今アニメネタに反応する余裕がない…………うーん、もしかしたら考え直さなきゃいけないのかも。でも俺は今まで異世界っていうよりか、かなり遠いけど前の世界の別の世界線で、とにかく転生じゃなくて並行転移だと思ってた」

「まっさかーー。だってここは私の世界だもん」

「はぁっ!? お前何言ってんの?ノーラだよな?」

「そうだってばよ」


「すみません。少しいいですか?」

「申し訳ありません。ベルダンティアさま」

 白とピンク色のプリンセスラインのドレスの背筋を伸ばしてぺこりとお辞儀するノーラ。桃色の髪がふわりと揺れる。

「ノーラさん、でいいのかしら?私の世界、と言った意味を教えてもらえませんか?」

「ベルダンティア様にとってはエレオノーラでしょうから呼び方はどちらでもかまいません。そうですね。んっと――」

 考え込むノーラ。

「まずノルンという言葉。これは私の父の国に伝わる天使と女神を表す言葉です。わたしはノルンが大好きです。小さい頃からその話しを聞いて育ちました。それがこの世界のノルン信仰になっているんだと思っています。それと言語。この世界の多くの言語が父の出身地のノルウェーか母の出身地のウクライナという国の言葉で出来ています、その二つの言語と英語、わたしが育った国の言語ですね、その三つがバランスよく混じった感じはわたしの幼い時の世界観とそっくりなんです」

 あー、英語と似てるけどちょっと違う感じと妙なイントネーションってノルウェー語とウクライナ語なのか。ウクライナの言葉ってロシア語に近いんだっけ。明らかにアルファベットと違う文字はそれってことか。キリル文字だっけか。

「それに道路。ハルトぅんは66号線から来たんだよね?」

「そうだよ」

「わたしが住んでたカリフォルニアのお家はルート66っていうアメリカでは有名な旧街道沿いでね、お父さんやお兄ちゃんのジムなんかが帰ってくる時は66号線から帰ってくるの。だから大切な人が来るのはルート66からってイメージが強いだよ。実際ハルトぅんは66号線から来たし」

「でもそれだけじゃお前の世界ってことにならないだろ?」

「んーーそうだな。一番大きいのは私がそう願った。ってことかなぁ」

「どういうことだ?」

「転生、転移? した時に魔法陣みたいのが光ったでしょ。あれ見て『きたきたキターーーー』って思ったもん。さすがはニッポン、異世界召喚きたーーーー!! って。もう嬉しくてさ。いろいろ想像してたの。それと結構近い世界なんだよね、ここ。お姫様に生まれてみたかったし。でもこれは願望っていうより深層心理かも、ともかく。

「この世界はわたしが望んだ世界のように思える」

ノーラはそう断言した。



ノーラと再会したハルト。

転移はノーラにとっては希望に満ちたものだった模様です。

次回、「この世界」 金曜日の投稿になります。

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