第三王女
「遅くなってすいませんデニスさん。投光器の材料はどうでした?」
舞衣との話に時間が過ぎるのを忘れていたハルトとノエルがカフェに入ると、デニスがコーヒーカップを片手に二人を待っていた。
「在庫はありましたよ。今夜の会議で使用が決まったら買い取るのでと伝えてきました」
「申し訳ないんですがもう一度行ってもらって買い付けをしてきてもらえませんか?それと光源の光石とレンズも確保して欲しいんです」
「一体どうしました?」
「新月が近いんで暗い夜の方が効果的なんでなるべく早くやっちゃおうと思って。それに夜間の模擬戦をゴリ押してでも通して、次にやりたいことが出来たんです」
「ハルトさんにしてはめずらしいですね。――分かりました。夜間の模擬戦が確定したものとして動きましょう」
「お願いします!」
王宮でやるべきことをとっとと済ませてキラナを調べたい。ハロルド爺さんに報告もしなきゃ。いや、爺さんだけじゃなくて、これはベルダンティア様にも話をした方がいい案件かもしれない。
「わたしも何か協力できるといいんだけど」
「模擬戦が終われば王族も動くだろうからノエルも忙しくなると思う。ノエルはそのときに備えておけばいいと思うよ」
「わかった。わたしは言葉使いや作法を覚えるのを頑張るね」
「よしっ、俺達は一旦王宮に戻ろう」
状況が変わった。話せる人には話して今後の道筋を作ろう。飛甲機を作ったこと、ひいては俺がこの世界に来たことの理由なんかが分かれば繭の女神様についても何か判明することがあるかもしれない。
ハルトとノエルを乗せた馬車が王宮に駆け込むと、ハルトはまずハロルドの部屋を訪ねた。
「ハロルド爺さんっ!」
「なんじゃ? 盛った犬みたいに興奮してからに。まぁ落ち着け」
「すいません。ちょっと落ち着いていられないことがあったんで……」
ハルトはここに至った経緯を話を口早に話しだした。興奮を押さえ切れないハルトの言葉を我慢強く聞いていたハロルドも途中から話にのめり込んでいた。
「――――なるほどな。キラナはお前さんの元いた世界の故郷と同じ文化をもっておる。そういうことじゃな」
うーむ、白いあご髭を撫でながら思案するハロルド。
「ベルダンティア様にはわしから伝える。お前は取り敢えず目の前にあることに集中しろ。夜間の模擬戦の申請をする前にある程度の確証が欲しい。蟲が飼育されておる施設に飛甲機を持ち込んで光に対してどういう動きをするのか確かめに行ってこい。ベンヤミンとジョナサンにも付き合って貰え。その方が話が早い。ミックにどの程度の光量の投光器を幾つ作ってもらわにゃならんかも決めんとならん。ベンヤミンにはわしから伝える。お前はアンナ王女のとこに検証の許可を取りに行ってこい」
訓練の終わった騎士達が集うその夜の会議で、最短期日である三日後に夜間の模擬戦を行う申請がなされることがオーブの承諾により決定した。夜の闇が深い新月であることもハルトの提案を後押しした。事前に打診してあるために申請を行えば模擬戦は確定する。
「ではベンとジョナサンはハルトを中心に戦術立案だな。デニスはミックと相談して工房を確保、投光器製作の体制を整えろ。製作の人員には手の空いてるアントナーラの技術者にあたらせる。個人技の手合せが終わった騎士も使ってよい。パッカードが特許を申請中のライトの情報を出来るだけ外に漏らしたくないがどこまで外注に出すかの判断も任せる」
「ありがとうございますオーブ。あの、もしかして急すぎましたか?」
会議とそれぞれの班での打ち合わせを終え、団員たちが退出した会議室でハルトはオーブに礼を述べつつ尋ねた。
「俺としてもその方が都合がいい。気にするな。それにハロルド様からお前が何をしたくなったのかも聞いている」
言って、すぐさま自分の執務室に向かったオーブの背中にハルトは頭を下げた。
夕暮れ時のコロシアムに荷馬車が入ってくる。
「ギリギリだけど、予定通りだ」
懐中時計をポケットにしまったハルトが荷馬車を誘導する。
「間に合った……」
荷馬車から降りたミックの目の下にクマが出来ていた。
「もしかして徹夜した?」
「一昨日からな」
うわっ、二徹かよ。俺も似たようなもんだけど……
「試験は済んでる。問題ない。みなさん、投光器を降ろして下さい、お願いします」
騎士たちも手を貸し、光石の発する光が鏡椀の中で反射し、光量を増加させた光源がまとめられ、それらをひとつのレンズで光を集約するライトが一台につき九個配置されている野球場でナイターを照らすような投光器が荷馬車から降ろされる。三列三段のフレームに収められた投光器が三台降ろされると閲覧席側の結界ラインの外側に設置されていった。それぞれの高さが変えられ、一つ場所に集まった蟲が分散される工夫がなされる。
設置を終えて安堵したのか汗を拭きながらミックがハルトに声をかける。
「仕様書で求められた光量は出てる。この投光器も奥森で使うことがあるだろうから運搬の便を考えて分解、組み立てが出来るようにしたかったが、それはまたあらためてだ。でもライト自体はバラせるから飛甲機や馬車に再利用出来るようにはなってる」
「ほんとおつかれ」
「材料は無駄にしたくないからな」
はんと頼りになるよ。ありがとう。
ハルトはミックに手を差し出し握手を交した。
閲覧席に観客が入り始める。式典の一環ではないため人数は少ない。結果を見届ける証人と公な記録が取れればよい。そう判断した王から指名された王都騎士団の要人達や技術者、王族達が少ない席を埋める頃に日が暮れ始めた。
結界の発動と共に三体の蟲がガラスの牢から放たれたが、コート内には蟲を取り囲む騎士の姿がなくがらんとしている。投光器の後方に待機していた三機の飛甲機が離陸した。
「作戦開始!」
ベンヤミンの号令に投光器に光が灯る。
騎士のいないコートの中で羽を広げ、光に吸い寄せられる様に集まってくる三体のオオキキバカミキリ。
結界の外の投光器に突撃しようとする蟲を結界が阻む。その瞬間を狙って飛甲機から射出される青い鎮めの粉。
蟲一体に対して飛甲機が一機。対になるように対応した夜間の模擬戦はあっけなく終わった。
「理論的に理解はしていても、目の前で見るとやはり違うな」
王の言葉に王妃が頷いた。
「火炎蜂や一部の蟲を除いて脅威度が高い蟲のほとんどは夜行性です。この結果を目にすれば飛甲機の量産に意を唱えることは難しくなるでしょう」
そこからの数日はオーブとハロルドの出番だった。協議を重ね、飛甲機量産の予算承認に議会が傾きはじめた、と報告を受けたハルトが協議会に呼ばれることも多くなっていった。
でもまだフォルマージュを推す勢力は諦めてないな。
何か決定的な判断材料を提示したい。一番突っ込めるとしたら燃費なんだけど。
相変わらずフォルマージュのスペックは公開されていない。
何か打てる手はないかな?
航空部隊の執務室で思案に暮れるハルトの手の上で鉛筆が回る。
そこにオーブとハロルドが入ってきた。
「どうですか?」
「もうひと押し、といったところだな」
「フォルマージュには王都の威信がかかっておるでな。そうおいそれとは譲れぬ、という気持ちも分からんでもない」
「そのフォルマージュなんですけど、せめてどれくらいのマナを使って動かしてるのかくらいは教えてもらいたいですよね」
「あれは試作機じゃと言うとる。まだまだ改良できる、とな」
「それはこちらも同じでしょ。具体的な数字を比較できればいいんだけど」
「うむ。そろそろノエルの出番かもしれんな。ノエルの知識の公開を餌に釣り出してみよう」
「そうじゃな。向こうもフォルマージュを軌道に乗せるためなら折れてくるやも知れん」
オーブとハロルドの働きかけによってフォルマージュ開発チームと飛甲機開発チームの会合が開かれることとなった。政治的な判断もあるため王族と王都の上層部、アントナーラからはオーブとハロルドも同席する。
会議室、という割に豪奢な装飾が所狭しとなされた城内の会場で先方を待つハルト達。
キザイアを筆頭に騎士団上層部、王と王妃、第一王女のアンナに続いてフォルマージュの発案者である第三王女エレオーラが入ってくる。式典や夜会時の正装よりもシンプルな装いだが高級感がにじみ出る衣裳に身を包んだ王族達に続いて王都の貴族達が着席すると会合が始まった。
「では始めよう」
王の声に席を立ったのは王妃だ。どうやら王妃が進行を担うようだ。
「本日はフォルマージュと飛甲機との共同作戦の可能性を検討します。それに伴って実費の算出も行います。また、技術者と知識人の交流によるお互いの技術への貢献の可能性を探りたいと思います」
こう言われたら向こうもフォルマージュのスペックを出すしかないよな。王妃様は王都側に立った姿勢を見せつつも、こちらが欲しい情報を引き出そうとしてくれてるわけか。
「ではキザイアから話を始めて下さい」
円卓に組まれたテーブルを前にキザイアが立ち上がる。
「フォルマージュは決戦時には非常に大きな力を発揮するが飛甲機に及ばない点がある。移動速度と稼働時間だ。ここぞ、というときに投入してこそ意味があるのがフォルマージュだ。そこまでの移動を飛甲機にまかせることができればマナの消費を抑えることにも繋がる。フォルマージュを運べる中型機の開発を早急に進めたい」
一旦言葉を切ったキザイアに挙手をするハルト。王妃によって発言が認められた。
「それを検討するにはフォルマージュのスペックが必要です。詳細な大きさや重量。それとフォルーマージュの運用時に注意しなければならない点の共有は不可欠です。それと……」
「――続けて下さい」
王妃の後押しにハルトはキザイアと黒騎士の三人に視線を送る。
「それと、フォルマージュをただ運ぶだけでいいんですか?」
「それはどういうことだ?」
訝しげなキザイアにハルトは臆することなく答えた。
「フォルマージュを乗せる飛甲機をどのように運用するのかによって開発思想が変わってきます。私がそれを考える場合はまず最初に、ファルマージュが飛甲機に乗ったまま戦うのかどうか? を考えます」
「フォルマージュで空中戦をやろうといのか。 面白いではないか」
「確かに面白いと思います。凄く興味を惹かれます。個人的にはその姿を見てみたい。けれどもそれにどのくらいの価値があるのかも考えてみるべきではないでしょうか? 例えば制空権、空での優勢の確保を飛甲機にまかせて、地上に追い込んだ蟲との決戦をフォルマージュが担う。その方がコスト的に優れているかもしれません。開発にかかるコストや現場で消費するマナの量を詳細に比較する必要があります」
「ハルベルトの提案を認めましょう」
「王妃、その前によいでしょうか? ――――はい、ではエレオノーラ。お前はサポート機を伴ったフォルマージュの戦い方をどう考える?」
王妃の流れを切るかのようにキザイアの発した言葉に、この場でもベールを被った第三王女が発言する。
「飛甲機に乗ったまま戦うのはありなんじゃないかな? けど落下した場合の耐ショック性能にも限界があるし……フレームが壊れてしまったらフォルマージュは動かなくなっちゃうでしょ」
「そうか……しかしその口ぶり、まだ何かあるんじゃないのか?」
にやり、キザイアはエレオノーラに先を促す。
「マナを放出することで着地のショックをやわらげる何らかの機能を作ることはできるかもしれないかな? でもちょっと時間がかかるかも」
「この際だ、エレオノーラがこの場で他に言いたいことがあれば話して欲しい」
「言っちゃっもいいのかな?」
「構わん」
随分くだけた口調になってきたな。王族同士だとこんなもんなのか? 俺が生真面目すぎ? いやいや、惑わされないようにしっかりしよう。場をわきまえないと爆死するかも。
気が緩んだのか、無意識に右手親指の根本で回してしまっていた鉛筆を握り直すハルト。
「わたし、ノエルさんとお話がしてみたいです。そしたらもっと使えるアイデアが出てきそうな気がして。どういう風にフォルマージュと飛甲機が協力できるかを考えるのはそれからにしてもらえると嬉しいかも。それに……」
「それに?」
「お母様が実費の算出をっておっしゃってたから言っても大丈夫だと思うんだけど、マナの消費量をもっと抑えないとファルマージュは今のままだと実用的じゃないと思います。飛甲機は下級騎士でも飛ばせられるくらいの消費量なんでしょ。わたしの個人的な意見だけど、仮にフォルマージュ一騎に対して飛甲機を百機飛ばせられるだったらそっちの方が使えるんじゃないかなぁ」
おいおい、随分と奔放なお嬢様だな。天然なの?
「でもフォルマージュも作っちゃたし、あるものは使わないとね。――ハルベルトさん、」
「はい」
「わたしも飛甲機について詳しく知りたいです。お話を伺う機会が出来れば嬉しいです」
「僕も個人的には構わないのですが……」
オーブと王族を見渡すハルト。
「うほん、エレオノーラはまだ未成年なのでな。何かとすまない。エレオノーラ、お前の要望は分かった。今日はここで下がりなさい」
王もやっぱ不安なんだな。あの感じだとお父さんの立場としても頭抱えたくなってるんじゃないの?
「よろしくお願いしますお父様。ではみなさま、失礼いたします」
立ち上がったエレオノーラがペコリと頭を下げて出口に向かう。
ノエルの席に近づくと立ち止まって「お話しできる機会を楽しみにしています」と伝え、緊張しながらも「わたしも楽しみにしています」と返されたエレオノーラがハルトの席の横を通り過ぎる。そのときエレオノーラの顔を覆うベールの中から小さな声がハルトに届いた。
「バイバイ、バタフリー」
小声でそう言い残し、体の後ろで両手を開いて振りながら側使えと共に退出しようと扉に向かうエレオノーラ。エレオノーラの後ろ姿のベールからは、ほんの少しだけこぼれた桃色の髪が見切れている。
硬直したままのハルト。
『ノーラっ!!!!!』
心の中でハルトはそう叫びながらハルトはエレオノーラを呼び止めていた。
だがしかし、心の中の叫びはエレオーノーラを振り向かせることはなかった。
ハルトにしか分からないノーラの言葉を残して去ったエレオノーラ。
次回、「天使来訪」 水曜日の更新になります。




