フォルマージュ
模擬戦を終えたアントナーラ騎士団。快勝ともいえる結果を出した騎士達が王都騎士団の模擬戦を観戦するために閲覧席に集結する。王都騎士団の精鋭がいまだに閲覧席にいることに驚いた騎士も多い。そんな状況の中ノエルがハルトに声をかけた。
「おつかれさま!わたしが見ても見事だったよ」
「訓練の成果だな。みんな凄いよ」
「みんなが力を合わせてたもんね。でも王都の貴族達はアントナーラに好意的じゃないみたい。露骨に見下さた感じがしてムカついた。せっかくこんなにお姫様の近くにいるのにがっかりだよぉ」
「まぁまぁ、ノエルさん。模擬戦が終わって評価も改善したようですしもうよしましょうよ」
「評価が変わった?」
「これまでの最短時間。それも格段に早く模擬戦を終えたのです。この結果が評価されなければ話になりませんよ」
「その通りだ」
「ジョナサン隊長」
「我々は結果を出した。今はそれが全てだ。ここから先は政治の領分だ。今は王都の騎士団の観戦に集中しよう。ハルト、分かっているか?」
「何がでしょうか?」
「もう既にフィールド内の準備は出来ているというのに王都の騎士団精鋭はまだここにいる。姿が見えないのは団長と側近の三名だけだ」
再び結界に包まれたコートの中では三体の蟲が牢から出されようとしているがその周囲に騎士達の姿はない。
「まさか!? 三人だけで模擬戦をやるってことですか?」
「分からん。ハルトはオーブの所にゆけ。少しでも近いところから見た方がよいかもしれん。それとオーブのお考えを聞いて来い」
「了解です」
ハルトは警護の騎士にオーブと繋いでもらい貴賓席に入る。
「ハルト、よくやったな」
「いえ。皆の訓練の結果です。ところで王都の騎士達がまだ観客席にいるんですよね?」
「そうなのだ。もう開始時刻だというのにな」
「始まればわかることじゃ。今更ジタバタしてもしようがないわい。まぁ座れ」
普段は何かと無頓着で自由奔放なハロルドも王族の側に座る今日は正装である。そのハロルドがオーブの隣の席を空け、自分の席を一つずらした。オーブの隣にハルトが着席する。オーブはベンヤミン団長も貴賓席に呼んだようだ。ハロルドに続いて末席に鎧姿のベンヤミンがついた。
ひええ、これ序列とか大丈夫なの??
「オーブ、隣の者は?」
ほらぁ、王様から尋ねられてるし。
「飛甲機の発案者であり開発を成功させたハルベルト・ブロックです」
「貴族申請が出ておったな。しかしその話はあらためてとしよう。我が軍の入場だ」
王の言葉に頷いたオーブの視線がグランドの入場門に向かう。
ハルトをはじめとした貴賓席、いや、閲覧席にいるアントナーラの人間全ての目が見開かれた。
「あれが我らの開発した人型魔導騎士、フォルマージュだ」
コロシアムに姿を現した三騎の巨兵の圧倒的な姿と王の言葉にハルトはあっけに取られた。身長六メートルほどの巨大な蟲と対峙しても何の遜色もない体躯。が
パワードスーツ?いやモビルスーツ?というかあの外見は、あれなんだっけ? 中世の騎士風のシルエットのロボット……そうモーターヘッド! 二十メートルとかじゃないけどモーターヘッドだ、あれっ!!
結界の際にその巨躯が歩み寄る。
全高は六メートルくらいか。巨大ロボじゃにけどこの世界だと十分でかい。蟲と対峙するのを考えたらこのサイズになるんだろうな。装甲騎兵よりはでかい。
既にフィールド内に放たれている巨大な蟲と遜色のない体躯。騎士の鎧がそのまま大きくなったというよりは明らかに人型兵器のシルエットを持つその姿は荘厳にして優美。冷酷で明媚。純白の白銀に黄金の装飾の指揮官機に、漆黒の黒に暗い血の色の赤い装飾のニ騎が続く。キザイアと黒騎士のイメージカラーそのものだ。そかし聖なる騎士をその眷属が巨大化したよな人型は武具を備えていない。
丸腰でどうするっていうんだ? 肉弾戦?まさかあの盾の話……。
三騎のフォルマージュが結界内のフィールドに入るのを見計らっていたように一体のオオキバカミキリがフォルマージュに突貫しようと飛翔する。
不動の姿勢の先頭の指揮官機が左手を翳し、飛来する蟲に向かって掲げると、全高よりは一回り小さい程度の巨大な盾が現れた。ガツン。音と共に、本体と同色のキラびやかな盾に弾かれて後退する蟲。
やっぱりか!! あの盾どこから出て来たんだ?
後ろ翅を広げて後方に飛び去ろうとする蟲にむかい、黒いフォルマージュが一歩を踏み出すと足元のローラーがモーターが回るような音をたてて滑走を始める。あの圧迫感に蟲が速度を上げて本格的に逃亡を始めた。
「追い込め、グレース」
拡声されたキザイアの声が響く。赤い鮮血のような装飾の一騎が加速する。
「マティスもゆけ!」
もう一騎の黒いフォルマージュが走り出す。幾分か深い赤色の装飾がなされた肩先の両手には、自身の身体よりも大きい鎌形の武具が握られていた。
「猟犬グレースに、狂犬マティス。黒い方の名だ。キザイアの乗るフォルマージュはイリスといって虹の女神の名がついておる」
王の説明に食いつくハルト。
やっぱり人が乗ってるんだ。一体どういう構造してるんだ? 走り出した黒いやつの速さも尋常じゃない。普通に人が走ってるのと全く変わらないフォルムとスピードで走るって……。リーチが長いっていうか体がでかい分歩幅が長いからどんなスピードになってんだあれ? あー、もう物理法則が崩壊してるんですけど!!
猟犬と狂犬という名の通り、滑走する猟犬グレースが投擲斧を放ち蟲を追い込んでゆく。逃げ惑う蟲たち。グレースはそれを端的に一箇所に集め、待ち構えていた狂犬マティスが鎌を振るって蟲を拘束する。そこにキザイアのイリスが走り込む。
大上段に構えられた両手に輝く虹色に剣。振り下ろされた剣先に首を飛ばされた蟲の背中に飛び乗り、踏み台にして更に跳躍。マティスが押さえる蟲の背中にかがみ込んで胸と頭の関節に剣を沈める。吹き出した体液の返り血がイリスの顔を紫色に染めた。ボディーに体液を滴らせたまま剣を振り、剣の体液だけを拭ったイリスが最後の蟲にゆっくりと近づきとどめを刺した。その間わずが八分。三体の蟲を仕留めるにかかった時間がその三分の一にも満たない。
あの剣もファンタジーな感じでかっこいいけど、かっこいいけど! やってることがえげつない。凶悪だ。ノリス大佐かよ!? それに狂犬マティスって軍属から政治家になったアメリカの参謀のあだ名だよな。それがこの世界に通用するの? この世界の法則が分かんなくなってきた。なんなんだ一体!
頭を掻くハルトの肩をオーブが軽く叩いた。
「こっちにくるぞ」
動力の駆動音も無く閲覧席に歩みを進めるフォルマージュ。
壁際で控えていた王都の騎士がイリスに近寄った。その手にはマントのような布が見える。皆がフォルマージュの一挙手一投足に注目し会場が静まり返えっている。貴賓席の王が立ち上がって後ろを向き、一般席の貴族達を見上げて声を出した。
「あれが我がクランノルン連邦王国が開発したフォルマージュだ。初見の者も多いだろうが王宮関係者以外への口外を禁じる」
一般席から無言の同意が伝播してくる。それに納得したように王が正面に体を向けると、結界のなくなったフィールド上のイリスの装甲が突如として消えた。一瞬でむき出しになった人型のフレームの中に、四肢をあらわにしたレオタード姿のキザイヤの立ち姿が現れる。コクピットは人が立てる空洞といってもよい。フレームだけの人型が片膝を地につけると、二つの巻き髪の長い金髪を揺らしてキザイアが降騎した。王都の騎士に手渡されたマントで体を包んだキザイアが自身に満ちた碧眼を王に向ける、キザイアの背後にたたずむフォルマージュのフレームには、各パーツに埋め込まれた赤い貴石がいくつも輝いている。その輝きを後光のよう背負ったキザイアが語りだす。
「フォルマージュはマナを物質化することでその姿を現す。武具も同じ原理で具現化したものだ。フォルマージュと飛甲機との手合わせを楽しみにしている」
閲覧席全体を見回した後、オーブとハルトを一瞥したキザイアがフィールドの退出口に向かって歩き始めると、全身を真っ黒なパイロットスーツに身を包み、兜型フルフェイスのバイザーに二つの赤く鈍い光を湛えたニ名の黒騎士がそれに続く。
「男女で装いが違いますね」
オーブに向けて放ったハルトの言葉に答えたのは王だった。
「さすがだな。ぞこに目を向けるとは。フォルマージュは搭乗者の体全体から発せられるマナで制御されて動く。戦の女神の祝福を受けたキザイアの体は黒騎士達とは違いマナを増幅する媒体を通すよりも素肌の方が反応がよいのだ」
そりゃあんなに綺麗な女性の体のラインを見せつけられたら気にもなりますって。じゃなくって!
ふいに王から言葉をかけられたハルトは動揺しながらも言葉を探す。
「ご返答ありがとうございます。フォルマージュの動力源は搭乗者のマナで、あの盾もマナでできているということですね」
「そういうことになる。詳しいことは後々(のちのち)伝える機会があるだろう。しかし手合わせはこのまま行ってもらう。オーブ、どうだ?大きく時間が余っておる。今日このまま手合わせに入らぬか?」
「ハルト、飛甲機に問題はないな?」
「はい。特に修理や整備は必要ではありません、しかし」
考える時間が欲しい。切実に思うハルトを気遣う余裕がないのか、別の理由があるのかオーブは取り合わなかった。
「騎士の癒やしも終わっている。このままやるぞ」
「――はい」
「こちらは大丈夫です。このまま手合わせに入りましょう」
「うむ。では、明日はこれまで通りの騎士団同士の手合わせと合同訓練としよう」
「承知いたしました」
王に受諾を伝えたオーブの顔ががハルトに向く。
「実際の蟲との戦いにおいては現場で情報を収集し、即刻状況を理解し対処するのだ。頼んだぞハルト」
「できる限りがんばります」
理不尽に思えた王の要望をオーブが受けた理由は分かった。けど、そうはいってもどうすりゃいいんだ?方向性すら見えない。
顎に手をあて考えるハルトにベンヤミンが近いづいて声をかける。
「作戦を考える時間はある。早速打ち合わせるぞ」
「はい!」
「私達も一旦失礼してよろしいでしょうか?」
「かまわぬ」
王の許しを得たオーブ、ハロルドと共に控室に降りた。迅速に移動した騎士達は既に控室に集結している。
「あんなものにどうやって対処すればいいんだ」
「一撃必殺だった。蟲の姿が霞むほどの脅威だぞ」
「作戦と呼べるようなものをこれから組み立てられるのか!?」
ざわめく控室で騎士たちの口に登る不安と疑念。それを振り払うかのようにベンヤミンが大声を上げた。
「静粛に!! 注目っ!」
静まりかえった控室に模擬戦前の緊張感が戻ってくる。
「まずは分かっていることの共有からだ」
「その前にええかいの?」
「なんでしょう? ハロルド様」
小さな体躯で長く白い髭を撫でるハロルドはいつものままだ。
「ここに呼んだ方がよい人間がおる。入れてもよいか?」
「今は藁にでもすがりたい状況です。お願いします」
「カッツェ。ノエルとデニスを呼んで来い。それといたらフィレーネもな」
「はっ」
カッツェが退出した控え室ではテーブルが並べられ、騎士たちが正面を向いて待機する中に「失礼します」とノエルとデニスが入ってきた。百人の鎧を着た男達の中に入るのである。たださえ圧迫感があるに上に、ピリピリとした緊張感がはちきれそうな部屋の中をおずおずとして歩くノエル。しかしそのポケットから顔を覗かせる妖精フィレーネはあっけらかんとしたものだ。後方の席にノエルとデニスが着席しカッツェが席につくとベンヤミンがあらためて会議を始めた。
「ではまずオーブからのお話を」
「うむ、あれはフォルマージュというものだということはキザイア様から聞いたな。武具もマナによって物質化されたものらしい。見ての通り騎士団長のキザイア様とニ人の黒騎士が搭乗している。王から聞いた話によるとキザイア様があられもない姿で乗っていたのは素肌の方がマナの反応がよいから、ということだ」
「人型の魔導兵器。初見で立ち向かうには情報が少なすぎる。何か気がついたことがある者はいるか?」
ベンヤミンの言葉に顔を見合わせる騎士たち。その中でミックが恐々(おそるおそる)挙手をした。
「ミック、何かあるのか?」
「はい、実はあの姿を見て飛甲機が収納された通用口に降りたんです。マナを計測する器具を持ち込んでいたので。それを持ってグランドレベルで観戦していたのですが指揮官機が最初に盾を出した時に計測器が振り切れました。それよりは小さかったですが黒いやつが滑走を始める時にも反応がありました。武具が現出する時や何か器械のような物が動く時にはどれも大きなマナの流れが計測されました。あれだけ離れた距離で反応するなんてことは通常は考えられません。おそらく大気中のマナの流れが計測できるくらい大量のマナが動いてるんだと思います」
「ようやった。貴重な手がかりじゃ」
「ふむ。そこから何か具体的なことはわかるか?」
少しでも手がかりが欲しいベンヤミンも必死だ。
「いえ、計測に距離があったので大きく動いたの分かった、という程度なので。しかし飛甲機の数倍とかそういうレベルではないと思います。数十倍、数百倍の単位ではないかと」
「マナで何かを動かすという動作を生むのにも大量のマナが必要じゃ。物質化ともなれば消費するマナの量は尋常じゃないじゃろうな。時間制限はあるかもしれん」
「長期戦に勝機があるということか」
「かもしれん、というくらいじゃがな。確かなことは分からん」
「新種の蟲と対峙する時にはまず習性の把握と弱点を探すものなのだが……」
「弱点か。蟲なら甲羅と甲羅の間の関節じゃな。甲羅はあの人型の装甲にあたる。ノエル。あれを見て思ったことはないか?」
「わたしですか? わたしなんかがこの場で発言していいんでしょうか?」
「あれを見て思ったことを話してくれればよい」
「では……」
おずおずと立ち上がったノエルに騎士たちが振り向いて注目する。緊張した様子のノエルにカッツェが「大丈夫だ。みんな仲間だから」ニカっと笑って親指を立ててみせた。
「うん。えっと……。赤い貴石。フレームに埋め込まれたそれが装甲?の起点になってるんだと思います。わたしの父が研究している石なんです。多分フレームの両端に見えていたのが関節を動かすのに使われてて所々にある大きな石が装甲を作ってるんだと思います。古い文献にマナを物質化する魔術の記述があってそれは赤い石を用いて発動させるです。ファルマージュの胸と額にも赤い石がありましたよね。それがすごく大事な役割をしてると思うんですけど……」
「それは貴重な話じゃ。狙うべきは胸と額の赤い石じゃな。この話を王族が聞いたら驚くじゃろうて」
「はいはーい!私もいいかな!?」
フィレーネがノエルの頭の上に飛び出て来た。
「この際じゃ、いうてみろ」
「なんかむかつくー。ま、いっか。あのねぇ、あの器械の骨、フレーム?っていうんだっけ? あれ竜の骨だよ。正確には竜の骨を中心に色んな魔獣の骨が混じってる」
「マジでか!?」
思わずハルトが声を上げた。
「ほんとだって。竜は魔獣の王だから分かりやすいの。他のは何の魔獣かはわかんないけど空の竜と水の竜、両方の骨が使われてるよ。でもあれだと空は飛べないね。鎧や武具にマナを使いすぎ」
「おい、それって空を飛べるようなものも作れたってことか?」
「あれが作れるんだったら出来たんじゃないかな?何を作りたいと思って作ったのかがはっきり出るよね」
その会話にハロルドさえもが絶句していた。
「そいじゃ、あのフォルマージュとやらは王族や王都の者達が作りたい物だったからああなったというんじゃな」
「そうだよ。そうじゃなきゃ、あんな如何にも聖なる騎士とその眷属です!みたいなゴテゴテした飾りのついたものになんないと思うんだよね。ああいうのが好きなんだよ、きっと」
「――確かに。あの姿は王都の人間の好みではあるが」
「オーブ、推察もよいですが、そろそろ作戦の立案に移ってもよいでしょうか?時間がありません」
「すまぬ。つい夢中になってしまった。しかし作戦と言っても勝機をどこに見出したものか……」
考え込むオーブと騎士達。その空気を破るようにハルトが手を上げた。
「ハルト、何かいい考えでもあるのか?」
「いえ。あの、不謹慎な発言で申し訳ないんですけど……」
「何だ?」
「勝つことから一旦離れませんか?勝利条件を考え直しましょう」
「どういうことだ?」
「今回の手合わせで重要なのは相手をねじ伏せようとして失敗するよりも、如何に多くの情報を得られるか?ということのような気がするんです。勝つことよりもどう対処すれば有効な手立てになるのか?をまず探りましょう。その上で勝機を探せばいいんじゃないかと」
「そうだな。手順としては正しい。では攻略の可能性がありそうなポイントとその方法を拾い出そう」
書記がベンヤミンの言を書き出してゆく。
それぞれ項目に対し騎士たちから具体的な行動が提案され、それらがまとめられて作戦の骨子が形つくられてゆく。
「よし、では根本的な目的をそれぞれの隊が見失わないように。当初は情報収集を主な目的とし、如実に効果が認められた状況を発見次第その攻略法に集中する。これでよいな、ベン。臨機応変に行こう。私は閲覧席を離れるわけにはいかない。皆、頼んだぞ」
「「「はっ」」」
一応の戦略の組み立てが終わったアントナーラチ陣営が控室を出た。
王宮が秘匿して開発していた革新的なもの。人型魔導騎士フォルマージュ。
デニスが情報の端っこを捕まえつつも「そんなことがあるわけがない」としていたものは予想以上のものでした。ちなみにデニスはブリーフィングでは何も言えなかった模様。しかし今後デニスの情報収集能力が活躍する場面もあるでしょう。多分。いやいやありますよ!
次回「アントナーラ騎士団VSフォルマージュ」
月曜日の投稿になります。良い週末をです☆




