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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
71/148

模擬戦

「ハルト、そろそろこっちはいいぞ。コロシアムに行ってこい」

 ミックの言葉にハルトは一旦宿舎に戻り再びオーブの部屋を訪ねた。いまだに執政官と向き合っていたオーブが「しめた!」とばかりに執政官にコロシアムに向かうことを告げ、二人は警護を伴ってコロシアムに向かった。

「良かったんですか?まだ仕事終わってなかったんじゃ?」

「俺が指示することはあらかた終わった。俺がいなくても執政官が進めるさ。コロシアムの下見も仕事のうちだ」

 それにしてはやけに機嫌のいいオーブとコロシアムの入り口に着くと事前に伝達が済んでいた様子の衛兵の一人に中を案内されて観客席に通じる階段を上がり、閲覧席の最前列に出てコロシアムを眺めた。まだ日が暮れきっていないコロシアムのグラウンドの四隅に観客席の屋根よりも高い支柱がそびえている。

「あれが結界の発生装置だ。蟲が飛んでも結界の外には出られないようになる」

「蟲が動けるのはコートの中だけってことですね」

 サッカーのコートよりもだいぶ広いな。コロシア自体はサッカースタジアムくらいの大きさだけど観客席が少ない分グラウンドが広い。

 観客席はグラウンドの全てを囲っているのではなく1000名程が座れる閲覧席が片方の長い辺の中央付近にあるのみだ。

「この広さなら三体の蟲を分離して各個に対応しても余裕でしょうね。飛甲機は結界を越えて飛んでもいいのは聞いてますけど観客席の上も飛んでいいんですよね」

「もちろんだ。コロシアムの敷地上空は全て飛行許可範囲内だ。結界は蟲を出さないようにするためだけにあると思えばよい。興奮して攻撃態勢に入った蟲にも効く強力な結界だ。しかしこの広さだ。状況把握と指示の伝達が重要になる。慣れが必要だろうがどうだ?」

「これくらいの広さには慣れています。11人のチームでやるスポーツで司令塔役をやってましたから」

 サッカーコートより広いとはいっても飛甲機で空を駆けることを思えばそう大した違いはないとハルトは判断していた。

「ほう」

 オーブは警護の騎士に「ハルトと二人で話したい」と伝え距離を取らせた。ハルトには見慣れた執務服姿のオーブが、まだ着慣れない騎士の制服を着たハルトに語りだす

「それはハルトが生まれた世界での話だな。詳しく聞かせて欲しい」

「コートはこれより一回り小さいんですけど…………」

 ハルトはサッカーのルールを説明してゆく

「しかしこの広さだ。指示はどう出していた」

「そのスポーツ自体が成熟していて、状況に応じて取る戦術がある程度決まってきます。全員にどう動けと細かな指示を出す必要はなくて、ある意味、戦術同士を戦わせるのがゲームそのものだと言ってもいいかもしれません。その流れをボールをどう出すか?で作るんです。言葉はいりません。各自にその戦術をこなせる技量があるのが前提ですが」

「面白いな。スポーツとしてそれが出来るのならば兵としての力量が高い人材が多いのではないか?」

「えっと、兵士の存在自体がほとんど意識されていませんでした。軍隊はありましたけど僕のいた国では60年ほど戦争というもの無くて。防衛費、軍務に使われるのも国家予算のだいたい5%です。世界の人口は七十億だったかな?僕の国は一億二千万人くらい。国同士が戦うとしたらスポーツで、ですね。スポーツは何十種類もあって四年に一度世界中の国が参加して大会が行われるんです。二百くらいの国が参加して。会場はホストになる国が用意して毎回別の国で行われてました」

 東京オリンピック見られなかったな。

 前の世界ではそれほど興味のなかったハルトだが、この状況で思い出すと一抹の寂しさを感じていることを自覚していた。

「とても大きく平和な世界だったのだな。わが領の軍務に費やす予算は予算全体の七割を越える。せめて半分になれば新しい産業を起こすこともできるだろうに」

 あー、鉄がないからだけじゃなくて資本が蟲からの防衛に喰われてるから技術の発達が遅れたんだ、この世界。いやこの世界線かな。でも別の世界線と言い切るには明らかに違うこともあるような気もする。うーん、とにかくオーブには蟲からの防衛ほど切実なことはなかったこは伝えなきゃだな。

「世界中のどこにも戦争がない、ということはありませんでしたけど、ほとんどの人が生涯を通じて戦とは無縁だったと思います。この世界の蟲のように存在を脅かされる脅威もありませんでしたし。でも一発の爆発物で数万人を殺し、なおかつ後遺症でも苦しませる武器がお互いの国同士を狙ってました。軍備の均衡を保つことで平和が成り立っている世界、それが僕のいた世界です。その危うい均衡の上に経済や文化の活動があって、凄く管理された社会に大きなストレスを感じることはありましたけど、命の危険を感じることは普通に暮らしていたらまず無い世界でしたね」

 だからラノベやアニメにハマっていられたのかも知れない。

「そんな蟲との戦いに無縁な世界に生まれてみたかったものだ。しかし蟲の脅威がなくとも争いが絶えないとは。愚かなだな、人というものは。だがそれすらもここでは蟲の脅威から人々を守り続けなければたどり着けない境地だ。すまないな、我々の都合に巻き込んでしまって――」

 郷愁を抱いたハルトと寂寥を漂わせるオーブが顔を見合わせる。

「いえ。ここが今俺がいる世界です。今はその中で精一杯やるだけです。前にも言いましたけども。前の世界でもそう思って生きてましたから」

「諦念、でもないのだな。その姿勢は尊いと思う」

「オーブからそんな言葉をもらうなんてもったいないですよ」

「――ハルト、知っているかもしれんが俺は独身を貫いている。ロダの先の奥森で妻になったばかり女性を亡くしていてな。ここから戻ったら子をなそう、という約束を守れずに彼女の魂を見送った。16年前の話だ。彼女が身ごもっていた子が生まれていたら成人だっただろうというその年に、守りの森のアルフリードやハロルド様からお前の話を聞いた時から何か運命のようなものを感じるのだ。その根拠のない直感みたいなものが今でも俺の中にはある。そしてお前と共に今ここにいることにも何か意味があるような気がするのだ」

「――自分には何がどうなってこんなことになったのか?は分からないですし、考えてもしょうがないんですけど、俺自身も何か意味があるような気はしています。でもそれを考えてもやっぱり分からない。だから今は自分に出来ることを精一杯やります。今やってることが間違っているとは思わないですし。

「それと、ありがとうございます。別の世界から来たことを話せる人は少なくて……。自分のことを解ってくれてる人が身近にいて気にかけてくれている、そう思うと嬉しいんですよ。やっぱり」

 オーブが近づきハルトの肩に手をかけた。

「ノルン様の祝福を」

「はい」

「さて、これから忙しくなるぞ。政治的なところにも付き合ってもらうからな。ハルトの知識をこれからのグランノルンに役立ててもらわねばならん」

「えー、政治ですかぁ」

「開発に必要な仕事だと思って諦めろ。それに政治とは利害がそぐわぬ立場の人間も含めて最大限の利益を共有することだ。覚えておいて損はない」

「分かりました。お手柔らかにお願いします」

「では戻るか。明日は頼んだぞ」

 日が落ち上空に星が瞬きはじめたコロシアムを二人は後にした。


 ハルトとオーブが再び顔を合わせたのは、飛甲機の整備と調整に丸一日をかけたその翌日だった。部隊の仲間としっかりと朝食を摂ってから鎧に着替え、コロシアムの控え室にハルトが入ると既に礼装のオーブは入室していた。その横にベンヤミン騎士団長が立ち、それに注目する団員達。模擬戦に参戦する鎧姿のベンヤミン団長がホワイトボードに書かれた三つの点を指揮棒で指す。

「三体の蟲、オオキキバカミキリの対象をそれぞれ、アルファ、ブラボー、チャーリーと呼称する。まずは三体を引き離すことに専念、各個に対応できる状況を作る。蟲を引き離し結界の三方に追い込め。次にアルファを鎮める状況を整える。ブラボー、チャーリーを抑える部隊からアルファ攻略隊への増援に出るタイミングを見極めろ。それと同時に飛甲機の射出物の補給と換装を行う補給部隊への接近を許さぬことを常に忘れないように」

 全体の説明に続いてアルファ、ブラボー、チャーリーに対応する陣営別でのミーティングとなった。対象の呼称はハルトが提案したものだ。その次に航空隊、拘束隊、補給部隊、救護部隊での部隊別ミーティングになる。次いで蟲に対する誘導、拘束、攻略と役割別の確認に移った。ここでミックを含めた補給部隊はブリーフィングを抜け飛甲機の運搬と最終チェックに一足先に控室を出た。

 ブリーフィングを終えた鎧姿のアントナーラ騎士団全員がグラウンドに移動する。閲覧席の王族とその横で起立し騎士達を迎えた正装のオーブ・アントンーラとハロルドに向かって整列し敬礼を納めて騎士達がコート内に入場すると航空部隊は通用門に消えた。コート内には既に三台の馬車に牽引された牢に入ったオオキキバカミキリが運び込まれ三角形に配置されている。三体とも黒い甲羅に彫り込まれたような茶色い模様が入っているが、中央のアルファは赤、両サイドのブラボー、チャーリーは紫色の鈍い光を反射し、玉虫色の光沢を甲羅から放っている。四方をガラスの壁に囲まれた牢の中で、大量の騎士の姿を見た蟲の目が攻撃色に変わり、あごの先の長いキバを強化ガラスにぶつけて暴れ始める。騎士達はそれに全く動じることなく陣を構えてゆく。

 それを見下ろす貴賓席の中央、最前列に王族とアントナーラの代表が座る特別席が設けられている。

「よろしくお願いします。鳥の人の前のおさハロルド様」

「なんでわしがここなんじゃ」

 着席したオーブの横に、唐草刺繍が入った司祭のような足首まであるたて襟ロングコートの正装で座るハロルドは文句を言いたげだ。

 オーブの右隣には王族が座っている。王から順に王妃、ニ人の王女、ニ人の王子が続き、その後方にはキザイアを筆頭にグランノルン騎士団精鋭とグランノルンの政治の中枢を担う上級貴族や議員が席を並べている。

 グランノルン王が低く芯のある声でオーブに声をかけた。

「オーブ・アントナーラ。飛甲機を用いた蟲との模擬戦を楽しみしておった」

「この模擬戦でどこまで伝わるかは分かりませんが、飛甲機は人と蟲の地の堺での対応に大きな変化をもたらすものとなるでしょう」

「うむ。しかと見届けよう」

 ハロルドが小声でオーブに話しかける

「お主にしては殊勝しゅしょうじゃな」

「射出機のアイデアもあるのだ。これで完成と思われてもかなわん」

「それもそうじゃな。しかし王子より王女を近くに置くとは露骨じゃな」

「騎士団の催しだからというのあるのだろうが……」

 

 王族と少し離れて座るニ人が話を交わす後ろの席はアントナーラの騎士が王都騎士団の模擬戦を観戦する席である。今は殆どが空席になっている。側仕えは会場に入らず二十名ほどの技術者や関係者の後方にノエルとデニスの姿があった。

 腰高までの仕切りで隔てられた貴賓席の後ろにある一般席には王都の貴族たちが所狭しと腰を下ろし、フィールドに視線を注いでいる。アントナーラ領の人間にとっては圧倒的にアウェーな雰囲気だ。

「何やら妙なもので蟲を鎮めるということだが田舎騎士に何が出来るのやら」

「しかも蟲の殻で作ったものだとか。神聖なる王宮に下世話なものを持ち込んでおらねばよいのだが」

「まぁまぁそう卑下なさらずとも。ノルン様の導きによって作られたものという話もありますぞ」

「まさか。発案した者は貴族でもないというではないか。あのような辺境の一般人にそんなことがあるわけが無い。大方おおかた売り込みの文句に大口を叩いているのでしょう」

 露骨にアントナーラを見下した会話がノエル達の耳に届く。ノエルは振り向いて睨みつけたい衝動を抑えるように拳を膝の上で震わせた。

「ノエルさん。模擬戦が終われば彼らの認識も変わるでしょう。それに平然とあのような物言いをする連中はそう位が高くない人間のはずです。気にするはやめましょう」

「でも、あんな風に思われてるなんて思ってなかったから……」

「逆境の中で戦ってこそ成果は光るものです。私達はそれを見届けましょう」

「はい。みんなを応援します」


 フィールド上ではコート内で騎士達が蟲の入った三つの牢と取り囲む陣を敷き、自陣の奥に本部を構える救護・補給部隊の背後の通用門が開いた。

 オレンジ色の零号機を先頭に三機の飛甲機が胴体から伸びる翅を震わせて入場してくる。六つ目の蝉のような蟲、ロッキの殻で作られたバイオ飛行体、飛甲機がフィールド上空を一周し貴賓席の前で空中に静止、鎧に身を包んだ後部座席の三人が立ち上がって敬礼をして見せる。オレンジ色の零号機、薄紫の初号機に赤い二号機、三機の飛甲機に乗る騎士が着ている航空部隊特有の鎧は防寒性を備え、頭部は兜にゴーグルという出で立ちだ。上腕と胸に輝く航空部隊のエンブレムは天使の羽と虫の翅が円を描くように配置されている。

「蟲に人が乗っておるぞ。人が動かしてしるのか」

「空中で静止するとは」

「どの程度のマナを使って動かしているんでしょうな」

 一般席がざわめいた。ノエルは誇らしげに飛甲機に声援を送る。

「しかし色が塗ってあるとはいえ蟲の形のままですか。不格好な」

「人に仇をなす蟲を利用した兵器なぞ信用してよいものなのですかな?」

「飛ぶことが出来るといってもあれで一体何をするというのだ?」

 否定的な評論が収まることはないようだ。


 その声も模擬戦開始の笛の音と同時に消え去り、立ち上がった貴賓席の面々に遅れまいと一般席の観客も起立する。音楽隊の演奏が始まりグランノルン連邦国歌の斉唱が行われると、コートの四隅に設置された柱から発する淡い光がコート全体を包みこむようにドームを形作ってゆく。結界の発動だ。青く輝き出した四本の柱の根元から旗が振られ、結界が完成したことが伝えられた。


 牢の上に乗った騎士が扉を開放し蟲が地上に降りると同時に馬車が走り出す。二重に張られた強化ガラスの重みがくっきりとわだち刻むなか、怒りをあらわにした五メートル近い体躯の蟲と対峙する騎士団が三体の蟲を1つの円陣で取り囲んだ。その場にとどまり長い触角を震わせながら巨大なキバを開け締めして騎士達を威嚇する三体の蟲を残して、三台の馬車が結界を出た瞬間に上空を旋回する零号機からベンヤミンの号令が轟いた。

「作戦開始!!」

 ハルトが操縦する初号機が円陣の中心に何かを落とす。数秒後に爆発音。後部座席のユージンが落としたガス管の破裂が砂煙を上げる。音に反応してバラけた三体のオオキバカミキリが各個に取り囲まれ分断される。三機の飛甲機から異なる方向に噴射される黄色い粉の幕。蟲除けの粉に追い立てられてゆくそれぞれの蟲達の先に補給部隊の姿はなく、初期の目的である隔離と補給部隊の安全確保が達成された。黄色い靄の中から人の影が飛び出す。獣の肺で作られた防塵マスクを兜の下側に装着した騎士達が詰め寄る。全方位を取り囲むのではなく一部が開かれ蟲の退路が空いている。しかしその誘導に乗る必要はない、と言わんげにオオキバカミキリは騎士達と対峙した。

 蟲界の端に追い込いこもうと距離を縮める騎士達。5メートル近いオオキバカミキリの躯体、それを有に上回る長い触角のリーチを図るようにじりじりと詰め寄る騎士達の上空には飛甲機が旋回し、蟲が翼を広げ飛び立とうする前兆を見逃さない。騎士達は本来同種族である飛行物体を気にする蟲の注意を削ぐための威嚇を絶やさない。雑魚と認識したのか、そちらを先に片付けようと触角を鞭のように振るおうと前足で上半身を持ち上げたブラボーに再び上空から黄色い霧が降り注ぐ。地上に張り付けられたオオキバカミキリが怒りにまかせて巨大な顎を開いて騎士達に突貫した。

 似たような状況にあった三つの陣がそれぞれの動きを見せ始める。地上の騎士からも不快な粉を正面からかけられたアルファが怒りにまかせて体を振り、やみくもに触覚を振り回し暴れ回る。無意味と思われたその動きは身体の反動を利用して前方一直線に伸びる触覚によって裏切られた。黒い人だかりに差し込まれてゆく巨大な鞭を剣で受け流そうとした騎士の体が宙を舞う。人垣が割れて両側面から騎士達が突撃する。騎士達は振り回される触角に腰を下げ、ときに地面を転がってかわしながら蟲に取り付こうと斬りかかる。しかし胴体の周囲にある細い足先の爪でさえ騎士の命を断つの十分だ。硬い甲殻に守られた本体の弱点である関節に取り付く島はない。だがその行動は決して無意味ではなかった。戦いの場を移した元の場所には各部隊に配置された施術師が駆けつけ、負傷した騎士の癒やしに入っている。それを見逃すまいと蟲がキバを広げて突進する。虫と蟲の違い。その瞬時の判断は集団の弱点を本能的に悟る力があることの証明だ。

「危ないっ!」

 ノエルが観客席で声を上げた。

 しかし結界内部の騎士と上空のハルトは落ち着いていた。

「想定内だっつーの!」

 蟲の後方から高度を下げた初号機が頭部に突貫する。後部座席のユージンの対ショック体勢も慣れたものだ。頭上に衝撃を受けた蟲のキバが地上に沈んだ。同類からの攻撃だと認識したアルファが赤い光を反射させた甲羅を開く。

「うおおおおお」

 ジョナサンの雄叫びと共にそこにすかさず飛び込んだ二号機が爆発物を投下。甲殻に守られていた比較的柔らかい背中から煙が上がる。アルファの上空に戻ったハルト達の初号機から間髪を入れずに蟲除けの粉が射出される。

 訳がわからない。とでも言いたげなアルファが行き場を失い膠着した。騎士達が包囲網を緩めて退路を作る。アルファのコーナーへの誘導が始まった。初号機と二号機、二機の飛甲機に退路に追いたてられて背走を開始する蟲。「ハルト!チャーリーに向かえ!」その状況を上空から観測していた零号機がアルファの陣に飛びベンヤミンから指示が飛ぶ。急旋回で向きを変えた初号機と交差する零号機の操縦席からカッツェがハルトに親指を立てウインクをした。

 こんなときに相変わらずだな!

 ハルトは呆れたように、場違いにも笑いそうなになりながらチャーリーに向かう。極度の緊張と集中は通常では考えられない精神状態を生んでいた。しかしそれもつかの間のこと、チャーリーが射程の長い触角を振るって攻撃を繰り出している布陣は何とか耐えている、という状況だった。チャーリーの攻撃はいかっているのに冷静で的確だ。飛甲機が離れていた間は善戦とは言えない状況だったことを物語るようにかたわらに幾人かの動かない騎士が転がっている。ジョナサンの赤い二号機が粉の幕を張って上空を押さえ、蟲の正面に辿り着いた初号機がホバリングして空中に停止、ユージンが騎士達に退避の指示を出すと初号機の進路が開く。それと同時に射出。粉を嫌って空を仰いだチャーリーに二号機から絶妙のタイミングで爆発物が投下された。一連の流れは積み重ねられてきた訓練の賜物だ。飛甲機の加勢に体勢を整え直した騎士達によってチャーリーも結界に向って追い込まれてゆく。

 司令塔である零号機から初号機に射出物換装の指示が出た。鎮めの粉への換装指示だ。自陣の本部に陣取った補給部隊の中央に降りた初号機にすぐさまミック達が取り付く。

「いいぞっ!!」

 換装にかかった時間は12秒。これも厳しい訓練の結果だ。

 F1のピット並じゃねぇか。

 親指を立てたサインをミックに送りながら飛び立ったハルトは飛甲機の腹を横にして旋回、結界の角に追い込まれたアルファに向かう。後方を結界に阻まれ騎士達と正面で対峙するアルファ。囮の騎士が果敢に突貫。敏感な蟲の触角に縄をかけて蟲の向きを回頭し決壊に貼り付けた。

「攻略開始!」

 それと同時に騎士達の口元には防塵マスクが装着され、増援が合流し数が膨れたアルファ攻略隊が蟲の背後で後ろ足や触角に吹き飛ばされなからも結界に蟲を張り付け続ける。結界の外の初号機から射出された青い鎮めの粉に頭が包まれたアルファの動きが止まり、青い霧が晴れると眼から色が消えていた。

「次を鎮めに行くぞっ」

 拘束担当を残して騎士と飛甲機が迅速に移動する。チャーリーに向かった初号機は補給に抜けた二号機の爆発物での牽制という役割を一旦引き継ぐ。

 最初に追い込む順番が入れ替わったけど動揺することなく意思の疎通が出来てる。さすがだ。思ったよりも早く終わりそうだな。

 アルファ、ブラボー、チャーリーの順で追い込む予定が狂ったのは仔細なことだ。アルファ攻略隊が合流した騎士達と蟲除けの粉を補給した二号機によって結界に拘束されたブラボーが鎮められ、総員で取り掛かったチャーリーもことなく鎮められてハルトの読み通り予想よりも早く模擬戦が終わった。負傷した騎士はいるが、その被害も最小限と言ってもいいだろう。継続しての癒やしが必要な重傷者はいない。


 閲覧席がざわめいている。

「まだ半時はんときほどしか経っていないですぞ」

「三十五分だ。早くても2時間、かかると半日かかっていた模擬戦だぞ」

「何ということだ」

 一般席の喧騒にノエルとデニスが顔を向き合わせて笑みを浮かべた。


「見事であった。飛甲機の運用もそうだが騎士との連携も訓練を積んだようだな」

 王の言葉にオーブが胸を張って答えた。

「ありがとうございます。しかし今回間に合わなかった装備もあるのです。飛甲機は更に有効な手立てとなることでしょう」

「うむ。懇親会を楽しみにしている」

「はっ」


 一般席とは違い貴賓席の後ろに座る王都騎士団達に動揺はない。

 騎士団長のキザイアが立ち上がった。

「思ったより早く終わったな。次は我々の番だ。ゆくぞ」

 純白のマントを翻して立ち去るキザイアに2人の黒騎士が続く。


「一段落じゃな。よくやったわい。こりゃ戻ってきたら褒めてやらんとな」

「私もそう思う。しかし」

「なんじゃ」

「王都の騎士団で動いたのは総長と側近の三名だけだ」

「席に残っておるは模擬戦のメンバーなのか」

「王都騎士団の精鋭達だ。一体どういう事だ?」

 疑念を持ちながらも貴賓席の前に整列したアントナーラ騎士団をねぎらうオーブとハロルド。王族が立ち上がり健闘したアントナーラ騎士団に王が声をかけた。

「これまでの最短時間での完遂、見事であった。次は我々の番だ。今回の閲兵式は歴史に残るものとなるであろう」

 鎮められたオオキバカミキリが牢に収容され、新たな蟲が搬入されても閲覧席の王都の騎士達が動くことはなかった。




訓練を重ねてきた結果、快勝で模擬戦を終えたアントナーラ騎士団。

しかし不可解な行動を見せる王都騎士団。次話で王都騎士団の切り札が姿をあらわします。

次回「フォルマージュ」金曜日に投稿します。


書くことに慣れてきたのもあってか文体が変わってきたように思います。

初期に投稿したものを読み直すの怖いです。苦笑

しかし軌跡を残しておきたいのもあり、誤字脱字や漢字ひらがらの使い方の違いなど作法の間違い以外は極力直さないで残そうと思います。このあたりから読み始め、興味を持ってくれて最初から読もう思ってくれた方には本当に申し訳ないなと思ってもいるので一度時間を取ってゆっくりと考えようと思います。

今後も少しでも面白いものになるように書いてゆこうと思いますので、引き続きどうぞよろしくお願いします☆


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