表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
68/148

再び王都へ

 アントナーラを出発した馬車団がアントナーラと王都を繋ぐ66号線を西にひた走る。御者を勤める騎士と御者台に乗る騎士は鎧をまとっているがそれ以外は出立の式典の正装のままである。ハルトのテイルコートの胸元には白いクラヴァットのスカーフか巻かれ古典的な紳士然とした服装であるが、その下の腹部に常に携えられている鞘に納めた短剣が騎士であることを忘れさせない。

 昼過ぎの出発であるために前回ハルト達がコボルに乗って王都に行った時に宿泊した最初の分岐点を越える頃には夕暮れが近づいていた。しかしそこで立ち止まることなく馬車団が更にしばらく進むと街道を埋め尽くす黒だかりが見えてくる。それは大量に用意された馬だった。アントナーラの精鋭騎士の不在を出来るだけ短くするために宿泊を削り、馬の疲労を気にすることなく最初の宿泊地であるナラトの街まで走り続けるために馬を変えるのだ。事前に用意されてた馬が総数50台を超える馬車の馬たちと次々に取り替えられてゆく。2頭引きから四頭引き馬車の馬をその数交換するのである。荷馬車は更に馬の数が多い。しかし馬を待機させていた兵士達により迅速に馬の交換が行われ順調に先導の馬車が再び動き出す。それでも既に日は暮れはじめていた。外に出て固まった身体をほぐしていたハルトは急いでに車内灯に火が入った馬車に戻った。

 その馬車にはオーブ・アントナーラ、ベンヤミン、ハロルドにジョナサンとカッツェが警護として乗っている。

 このメンツの中に乗るって緊張するんですけど……。打ち合わせやら王宮の話しを聞くにはいい機会なんだけど。

 カッツェはハロルドとハルトの直衛として同乗しているが、領主と騎士団長、天使に直接仕える守りの森の鳥の人族の前族長、その警護につくのは航空部隊長に昇格したジョナサンである。そうそうたる顔ぶれが王と謁見する服装で乗っているだ。

 ハルトがそこに加わる乗り合いは、普段の領主と騎士団の格式とはかけ離れた異様なものだが、今回の閲兵式における航空部隊の重要性を団員達に知らしめるものになっていた。


 単機で走る六頭の先駆けの馬を追い、薄明の中を先導の馬車が発車する。ハルト達の乗る馬車がそれに続く。

「どうした、ハルト。もう飽きたか?」

 オーブが鋭い目つきを緩めニヤリとした顔をハルトに向けた。ハルトの正面に向かい合って座るロココ調の刺繍が施された豪奢なコートを羽織るオーブの両隣にはベンヤミンとハロルド。ハルトは前側の座席でカッツェとジョナサンに挟まれて座る格好だ。

「飽きるとかそう訳ではなくてですね、体が固まったというか、馬車に長い時間乗りなれないというか。今まで長い移動はコボルか飛甲機だったんで」

「いくらなんでも飛甲機を飛ばしながら王都に入るわけにはいかないだろ。王宮に入るまでに一般の民衆の目にも触れるし。それぐらい俺だってわかるぞ」

 飛甲機は木製のコンテナに収容され四頭引きの荷馬車で運搬されている。カッツェはこのメンバーにも緊張していない様子だ。

「俺が飛甲機に乗って凱旋しながら入っても良いかと思ったのだが」

 オーブの言葉にハロルドがあきれた様子で笑った。

「血の気が多いところは変わらんの。下手に王族を刺激すると後が大変じゃぞ」

「分かってますって」

 拗ねた子供の様に答えるオーブ。

 ハルトは苦笑いしながらこの密閉された空間で聞いておきたいことを尋ねた。

「王族の話しを聞いておきたいんですが」

 揺らめく明かりに照らされる向かいの3人の顔を見回したハルトにオーブが口を開いた。

「現在の王は第五十七代グランノルン王、王妃はマリア様。二人の間には王子が二人、長男ルドルフに次男がフリードリヒト。王女は第一王女がアンナ、第2王女が騎士団総長のキザイア、第三王女がエレオノーラだ。二人の王子と三人の王女には第一から第三までを表すミドルネームが入る」

「王子の二人は気にせんでええ。社交辞令程度に付き合っておけば問題ないじゃろう。我々にとっての問題は第二王女、騎士団長のお転婆じゃな」

「ハロルド様、王族には敬意を示さないと……」

 ビクビクしながらカッツェがハロルドをたしなめる。

「この馬車の中ならええじゃろ。どの道王宮に入ったらどこに耳があるか分らんで堅苦しい物言いをせねばならん」

「話しを戻すが第二王女のキザイア様が現在の騎士団総長だ。王都の騎士団長はほとんどが王族の女性の中から任命される」

「騎士団長は女性が伝統なんでしたよね」

「ただの伝統だというわけではないぞ。王族が王族たる所以にもなるのだが、王族の女性の仲で戦の神ヴァルキュリア様のご加護が色濃く現れた姫が騎士団長になるのだ。それゆえに騎士団長は女性が継ぐ。今の王妃様が前の騎士団総長でもある」

「総長は当然の如く上級騎士だ。マナを際限なく扱える、ということだな」

「オーブもベンヤミン団長も上級騎士ですよね。マナを際限なく扱えるってどんな感じなんですか?」

「カルドを含めた魔道具からマナの補給が出来る、ということが一番大きい。だが体の負担も大きいぞ」

「それに耐えられる肉体と精神力を持つことが上級騎士として資格と言っても良いじゃろう。それ故に第二王女の存在は後継者候補としても大きいのじゃ。彼女か第一王女の伴侶が次の王になるじゃろう。ギザイアの国を守る意思は固いぞ」

「確かに。尊大、というか意思が強いって感じでしたもんね」

「人という存在を守る騎士団の頂点に立つんだ。生半可な事じゃない」

 カッツェがいつになく真剣な表情でハルトの顔を横から覗き込んだ。

「それと今回の謁見で重要人物になるとしたら第三者王女じゃろうな。王都で開発された新兵器とやらに第三王女の影がある、という話しじゃ。じゃが未成年ゆえ顔もよう分らん」

「顔がわからない?」

「王位継承権を持つ王女は成人するまで公の場ではベールを被っているのでな。王族は成人を待たずに祝福を授かることが多い。授かると容姿が変わるという話しもある」

「いずれにせよ模擬戦が披露されればそれが何なのか見えてくるじゃろう。話しはそれからじゃ」

 第三王女か。デニスさんの話しにも前に出てきてたな。ノエルの陸オウム、モモと同じ色のコボルに乗ってる人だ。王宮が何かを開発してて第三王女は誰のプロジェクトか悟らせないようにするカモフラージュだってデニスさんは言ってたけど、爺さんの話しにも出てくるってことは何かあるのかもしれない。ということはマナで物理的な盾が作れるようになった、っていう噂も眉唾だと思わない方がいいかも知れないな。でもデニスさんは情報を持ってる。同行してくれてるから検証する時に何か助言をくれるかもしれない。そこで得たものは今後の飛甲機開発にもきっと役に立つ。

 王都の切り札が見えない不安と、まだ見ぬ技術への期待を入り混じらせて一泊目の宿泊地であるナトラの街に入った。

 

 夜も深い時間に辿り着いたナトラでの宿泊は小休止と言って良いほどに短い予定だ。入浴はなく、側近達と共に騎士団員自らが運んだ湯桶で体を拭いてすぐに就寝となる。ハルトは同室になったユージンの隣のベッドに入る前に短い会話を交わした。

「日程的に結構厳しく行くんだな。王都での閲兵式っていうからもっと優雅な感じかと思ってた」

「十分優雅だと思うが。奥森へ派遣される時は森の中でコボルと一緒に野営だぞ」

「そっか。森だと馬車ってわけにはいかないのか」

「道があるところまでは馬車も入れるけどな。そうでなくても馬車はほとんどが資材の運搬用だ。馬車で移動して屋内に泊まれるなんて贅沢なことだ。明日も早い、もう寝るぞ。寝られる時に寝るのも任務のうちだ」

「そうだよね。おやすみ」


 夜明が明けきらぬ前に起床の号令がかかり室内に明かりが灯さる。ハルトは着替えるとすぐに馬車に乗りこんだ。

 今夜はプレッジアに宿泊だ。少しはゆっくりできるかな?

 昨日よりラフな装いで車内で軽い朝食を取りオーブや団長達と打ち合わせや雑談をしているうちに日の光が高くなってゆく。そうこうしているうちに昼食が配られた。一面荒野の景色が人の気配を感じるものに移り変わり、西の空が茜色を見せ始めた頃にプレッジアに到着した。街道沿いの繁華街から少し離れた公共の施設に馬車団が入る。

 馬車を降りた一団は騎士団員、呪術師や技術者などの研究員、側仕え達とそれぞれに別れ、ミーティングが行われた。

 騎士団は航空部隊をはじめ中隊ごとでのミーティングとなった。 航空部隊に合流したハルトの前にジョナサンが立つ。

明日みょうにち、王都に入り明後日には模擬戦が行われる。これから2週間に渡る閲兵式の本番に入るわけだがその間は基本的に自由時間を取ることができないと思え。今夜は門限まで街に繰り出すなり温泉に浸かるなりして英気を養ってこい」

「ひゃっほー!」

 同じようなことが伝えられたのだろう。硬い緊張がほぐれた様子の騎士達から歓声か上がった。

 技術者など研究員達のミーティングも終わったようだ。ハルトはカッツェと共にハロルド、ノエルとミック、デニスを誘う。

「みんなで温泉に行かないか?夕食はデニスさんと泊まったあの宿で食べよう」

「うん!ソフィー達と会った宿だね。あそこのご飯楽しみ~」

「私もご一緒してよろしいのですかな?」

 元々はパッカード商会の情報収集担当だったデニスがその外見と同じく特徴のない口調で尋ねた。

「もちろんですよ。デニスさんとも話たいこともあるんで」

 ハルトにはこの世界に来て間もない頃、村での家族を巻き込んた窮地を救いにわざわざ訪ねてくれたデニスへの恩義が染み付いている。それを見ていたノエルが何やらわらわらと上着のポケットをまさぐっている。

「むにゃむにゃ、もう着いたの?うーん」

 寝ぼけながら背伸びをする妖精フィレーネがあくびをしながらノエルのポケットから顔を出した。

「フォレーネ!来てたのか!?」

「失礼ね!?来ちゃダメだった?」

 あどけなさの残る小さな顔に燃えるような赤い髪、背中から生える七色に輝くトンボのような透明の羽を震わせて白いレオタード姿のフィレーネが空中に浮かんだ。

「いや、助かるよ。足の癒しをどうしようかと思ってた。でもオーブの許可は取れてるの?」

「フィレーナがいないとハルが困ると思って連れてきちゃったんだけど。相談しようと思ったんだけどハルは忙しそうだったし……」

「わしがオーブに話そう。ほれ妖精、問題を起こすでないぞ。めずらしい花の蜜を探してやるで」

「おっけー!王都が楽しみになってきたぁ~」

「とにかく荷物を置いて出発しよう。話しは道すがらでいいだろ?」

「そういえばカッツェは前来た時もテンション高かったもんなぁ」

「そうだっけか?」

「腰から生えてる翼を隠すハラマキ持ってきた?って聞いたら目をギラギラさせて『抜かりはねぇ』とか言ってたじゃん。どんだけ温泉好きなの?って思ったてば」

 あははは、久しぶりに笑い声が響いてフィレーネを活け花のある部屋の中に残し6人で温泉を堪能しに繰り出した。フィレーネは暖かい部屋の中を飛べれば十分なのだそうだ。ソファーたちと語りあった懐かしの宿では主に再会を喜ばれ、女将にも歓迎されつつ出された食事時の話しにも花が咲く。デニスに今回の旅の事情を聞いた女将は気を回して他の客とは少し離れた席を用意してくれていた。

「ほんとにここの飯はうまいの。デニスの見立ては確かじゃ」

「いえいえ」

 ハルト達がソフィーとの思い出ばなしに浸っている隣でハロルドとデニスの親交が深まっている。デニスが知っている事柄を耳打ちで聞いたハロルドの目が輝いた。

「お主はかなりの食わせ者じゃな。よくそこまで情報を集めた。しかし突拍子もないように思えることも案外と事実かもしれんぞ」

「そんな事がありえるんでしょうか?」

「どちらにせよ何が起きているのかもうすぐあらわになる」

「そうですね。それを目にすることが出来て光栄です」

「それを坊主達の作ってるもんにどう活かすか?それを手助けするのもお前さんの役目じゃ。この先もっと忙しくなりそうな予感がする。頼んだぞ」

「はい」

「ところでデニス、お主の滞在中の外出許可は出とるか?」

「はい。ノエルさんも王都で会いたい人がいるようで一緒に申請しておきました」

「うむ。四号機以降とそれに付随する開発に関わる素材も調べにゃならん。今回のわしの主な目的の1つはそれじゃと言うても良い。王宮の外の情報も欲しい。よろしく頼む」

 射出機という言葉を伏せつつハロルドが言った言葉の意味をデニスも理解しているようだ。

「俺も前回王都でお世話になった人達に挨拶に行く時間があれば良いんだけど」

「まぁ無理じゃろな。手合わせが終わっても懇親会に連れ出され、その後もオーブに連れ回される未来しか見えんわい」

「ですよねぇ」

「私は前回お世話になったところには挨拶に向かうつもりですから少しでも出られる時間があったら一緒に行きましょう」

「そうですね」

 ハルトはキャノピーのガラスに貼るフィルムを作ってもらった工房を思い出す。それと共に孤児院へ一緒に向かったアリシアとの思い出が甦ってきた。そのアリシアはもういない。一抹の寂しさがハルトを通り抜ける。

「そう言えばステュアートさんはどうなってますか?」

 切り替える様に、アリシア直属の部下であったデニスにアリシアとジェルマンの側近であるステュアートの近況を尋ねるハルト。

「彼は今頃ジェルマン様と共に我々が戻ってからの体制を整えるのに忙しく立ち回っていることでしょう。それに応えられるように私も王都で頑張らないと」

 ミックが無言で同意を示した。手合わせを終え技術交流が終わるとミックはハロルドと共に一足先に開発工房に戻る事になっている。射出機構の研究を少しでも前に進めるための準備がある。

「早く次の開発に入りたいものですね。先生」

「まぁそう焦るな。王都での技術交流から得られるものもあるじやろうて。この機を逃さずしっかり学んで来ると良い、ミック。これから先は忙しくなるぞ」

 坊主2号というハロルド特有の呼び名ではなく、名前をハロルドに呼ばれたミックは笑みを浮かべ背筋を伸ばして頷いた。

 あらら、目をうるうるさせちゃってまぁ。でも爺さんに一人前扱いされて嬉しいだろうな。

 楽しい時間が過ぎるのは早い。門限の時間が近づき一行は施設に戻って翌日に備えた。


 昨日と同じく彼は誰時(かはたれどき)に起床の号令がかかり出発の準備に取り掛かる。今日は王宮での謁見の儀があるため出発初日と同じように正装に着替えなくてはならない。側仕え達はここが主戦場とばかりに大忙しだ。正装一式が納められたハンガーケースが手押し台車に乗せられて運び込まれてくる。側仕たちも式典に参加するために自身も団員達の着替えとケースの収納を済ませてから着替えねばならない。側仕えたちの大立回りが始まった。着替えを終えたハルトは施設の玄関ホールに降りて出発を待った。ソファーに囲まれた玄関口のテーブルの上に目をやるとそこには紙の束が積まれていた。「ご自由にどうぞ」という立て札を見てハルトは一枚手に取る。

『アントナーラ騎士団、閲兵式のために王都を来訪』

 かわら版には王家への閲兵の為の式典が開かれること、到着時刻から王宮までのパレードの道順が書かれ通行規制が行われることなどの子細が書かれていた。下段にはパレードに参列する時に振られるアントナーラの紋章とグランノルンの徽章が描かれた旗を扱う商店の広告がある。

 こういうのが意外といい思い出になったりするんだよな。

 そう思いながらハルトがかわら版を折り畳んでポケットに入れようとしているところにジョナサンが降りてきた。左胸のアントナーラの紋章のワッペンの上にはハルトと同じ航空部隊の紀章と隊長を示す三連星のピンバッチがついている。

「おはようございます。隊長」

「おはようハルト。何だ?かわら版か?」

「はい。パレードになるんですね」

「以前は式典の最中に街中を行進したものらしいが、今の王になってから行き帰りの道中をパレードと呼ぶことになっているのだ。盛大に歓迎してくれると良いが」

「旗の売れ行きは良いみたいですよ。売り切れる前にお急ぎ下さいって書いてあります」

「アントナーラ出身の業者だろうな。ありがたいことだ。そうやってそれぞれが出来る事を行って我々は今ここにいる。王宮に入れば色々とあるだろうが、我々はロダも含めアントナーラの領民に支えられていることを忘れるなよ」

「はい」

「そろそろ行こう」

 馬車に乗り込んだハルト達は王宮を目指して出発した。


王都への道中で王族のことが明らかになりつつ期待と不安を胸に進むハルト。

次回「謁見」月曜日の投稿になります。良い週末をです☆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ