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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
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閲兵式へ

 翌朝、春のやわらかい光にハルトがうらうらと目を覚ますと、訓練と銘打った基礎体力作りのメニューが待っていた。ノエルが連れてきたコボルと呼ばれる陸オウムの伊右衛門に乗り、館の裏手に整地された新たな騎士の訓練場に到着すると教官とカッツェが待っていた。カッツェは既に一汗流した後のようだ。赤土で整備されたランニングトラックを走り、腕立て腹筋スクアッド、容赦の無いスパルタ式の訓練にハルトの筋肉が悲鳴を上げる。

 カッツェも忙しいはずなのにバケモンかよ!?

 平然とハルトに付き合うカッツェは涼しい顔をしている。

「こんなのは慣れだ慣れ。毎日やってりゃそのうち朝飯前だ」

「どうりで朝飯を大量に食うわけだよ」

 ぜーぜーと膝に手を当てて息を切るハルトは強がりつつも訓練を続けた。基礎体力がつくことと連動するように体内に蓄えられるマナの量が上がり、カルドのゲージが変化してゆく。

 目に見えてカルドのゲージが変わっていくな。扱えるマナの量が増えれば飛甲機に乗るにも役に立つ。体力作りも頑張ろう。でももう今日は筋肉が限界だ。


 訓練を終えるとハルトは震える足を無理やり動かしながら館内の階段を昇り閲兵式に向けた会議に向かう。たどり着いた会議室内には軍服姿のアントナーラの領主と重鎮に混じってハロルドの姿が見え、正式な会議とは名ばかりの忌憚ない意見が交わされそうな雰囲気に拍車をかけていた。その雰囲気は要人が集い最重要会議が行われる会議室にも関わらず貴族らしからぬ様相の実務的な部屋の作りからくるのもあるだろう。柱や壁の継ぎ目に金の装飾などはなく、飾られているものと言えば、アントナーラ騎士団の象徴である盾の紋章、盾の中の斜め十字のオーディナリーの上に黒塗りされた剣と(からすの大きなエスカッシャンに捧げるようにクロスさせて掲げられたグランノルンとアントナーラの旗がオーブの背中にあるくらいである。質実剛健を旨とするこの騎士団の気風を表したような白い壁の部屋だ。室内の明り取りのために窓は大きく、天井の一部にも窓がついている。

「今回の閲兵式は飛甲機のお披露目でもあるが、加えて襲撃の件もある。蟲を使ったテロへの新たな対応協議が盛り込まれ更に特別な閲兵式になる」

 領主であり自らも戦士であるオーブ・アントナーラの言葉から会議は始まった。

「セルドの取り調べはどうなりましたか?」

 ハルトが言葉を遮るように発した質問にオーブは怪訝な顔をすることなく答えた。

「まだ口を割らん。捕らえた傭兵どもには現場での指示しか伝えられておらず首謀者の判明には至っていない。拉致された子供の捜索も地領、他国との折衝に難航している。飛甲機が王都で採用されれば地領への交渉材料になるだろう。ニンディタに対してはグランノルン連邦が交渉に当たることになるがその中でも我らアントナーラの意見が通り易くする必要もある。それに人に対する戦に蟲が使われたのだ。その点でも閲兵式で飛甲機の有用性を説くことが重要だ」

「坊主2号はわしと同じ旅程で王都に連れてゆく。王都の騎士団との手合わせがあるんじゃ。飛甲機の修理と整備が出来る人間が欲しい」

 背の小さい老躯のわりに屈強なオーブにすら気を使わない守りの森の前の長であるハロルドが長く白い口ひげを撫でながら言った。

「そうして頂ければ助かります」

 それに賛同したのはジョナサン元中隊長だ。ジョナサンはロダ村でハルトの実家の工房の警護にあたりミックの人柄と実力を理解している。そして飛甲機に触れる機会が騎士達の中で一番長くなったジョナサンは航空部隊長に昇格していた。それ気心の知れた仲のジョナサンの航空部隊隊長就任にハルトは安堵したものだ。元々それを見越しての二手三手先を読んだ人選だったことも告げられていたハルトは騎士団の方針を信頼しつつも閲兵式での模擬戦を甘く見ていたようだ。

「飛甲機が壊れるほど本気でやるんですか?」

 ハルトの問いに騎士団長であるベンヤミンが答える。恰幅がよく口髭に威厳が滲む口元から発せられる声色は良く通る。

「お互いの騎士団で蟲からの防衛を意図した模擬戦を先に行い、その後に行われるの王都騎士団との手合わせは騎士団同士の戦いを意図したものだ。全力でぶつかり合うことになるだろう。向こうはある程度飛甲機のことを知っているが我らは王都の切り札をまだ知らない。何にせよ飛甲機を落とそうとしてくるだろう」

 騎士団長と同い年のオーブがそれを受けて言葉を続ける。

「王都の切り札ついては向こうの模擬戦を見た後に対応策を考えよう。航空運用部統括としてハルトにも作戦立案に加わってもらう。こちらの切り札はやはり飛甲機なのだからな」

「それに模擬戦と言っても生きた蟲を相手にするんじゃ。飛甲機の乗組員の選定とその作戦立案もやらんといかんの。蟲はオオキバカミキリ。毒や火は吐かんが噛みつかれるとロッキの殻なんぞ食いちぎられるぞ。油断は出来ん。そいつを同時に3匹相手にすることになる。資料を作っておいた。4枚目じゃ」

 鳥の人の民族衣裳の上に白衣をまとい、生物学の第一人者としても認められているハロルドの言葉に、会議に参加している騎士団上層部が一斉に資料に目を落とす。

 カミキリムシって言うよりほとんどクワガタだこれ。

 資料には巨大な顎を持つ、れっきとした甲虫のイラストが添えられ詳細が事細かに書き込まれていた。羽の甲殻には民族調とも取れる模様が彫り物のように入っている。騎士の中でも対峙した経験がある者が少ないことが書類から目が離れない騎士が多いことで解る。

 大きいもので体長5メートル、ロッキと同じくらいか。元の世界の中型車と同じくらいだな。顎の力は非常に強い。動きは迅速な部類。胸の部分が棘のついた鎧みたいだ。突進にも要注意かもな。触覚が異常に長いな。こいつを鞭みたいに振られるとやっかいだ。ただ社会性のある蟲ではないってことだから羽蟻の時のような連携を警戒するよりも一匹づつ追い込んで仕留めればいいか。

「こいつを鎮めれば良いんですね?」

「どんな形にしろ人の手に落ちた状態にすることが目的じゃ。実戦を想定するなら鎮めるという方向で良いじゃろう。蟲に合わせた鎮めの粉はわしが用意する。煙幕や蟲除けの粉、必要な物をピックアップしておけ。現状、飛甲機の射出機能は一種類の粉しか装填出来ん。零号機にも射出機能を付けるにしても三機編成でどれだけ効率的に蟲を鎮められるかを考えねばならん」

「フランノルン連邦騎士団総長のキザイア様がアントナーラの方が先に模擬戦を行なうことになった、と伝えてきた時に王都の騎士団の切り札を見て戦意喪失せぬように配慮して、と添えてきた。出来る限り飛甲機の有用性を示したい。それ次第で今後の体制が変わって来る」

「体制が変わるとは予算のことですか?」

「具体的にはそうだな。飛甲機事業は今後更に大きくなる。それは俺の裁量で出来る範囲を越えつつあることを意味する。王都からの予算的な援助になるのか共同開発になるのかはまだわからんがそのどちらかを掴みたい」

「飛甲機が蟲から人を守る手段として大きな可能性を秘めておる事は間違いないんじゃ。もう少し時間があれば、鎮めの粉を現実的な消費量で射出することが出来るとか、単機でも射出する粉の種類を変えられる、という事も示せたかもしれんが、現状で最大限の効果を王都の連中に見せるしかない。舐められんように気張れよ」 

「飛甲機と騎士団の連携を取る訓練も順次行ってゆく。訓練計画はオーブの了承済みだ。ハルトは搭乗するのだろ?現時点で搭乗者をどう考えている?」

 ベンヤミンの言葉にハルトは頭の中にある現状のプランを伝える。

「俺は初号機に乗ります。一番相性が良いんで。操縦者は指揮官機としての零号機をベンヤミン団長に、二号機をジョナサン隊長が適任だと思います。カッツェは守り鴉に乗るんですよね?」

「いや、今回カッツェはアントナーラの正騎士として連れてゆく、それゆえ守りの森の騎士の象徴である守り鴉に乗っての参加は認められない」

「なら二号機の操縦をカッツェに任せて、零号機の操縦はベンヤミン団長が良いですよね?」

「私よりもカッツェ、ジョナサン方が操縦に慣れている。ロダの工房に滞在していて飛行時間が長い。零号機を指揮官機とするならば私はカッツェが操縦する零号機の後部座席から戦況を把握しつつ指揮をしよう。その他の同乗者はハルトの後ろにミック、ジョナサンにユージンでどうだ?ジョナサンとユージンには戦闘での飛行経験を積ませたい」

「ミックは飛甲機の整備・運用に特化した方が良いじゃろう。射出物の補給と換装に一番慣れておる」

「ではハルトの後ろにユーシンを搭乗させよう。ジョナサンの後ろは本人に決めさせる」

「了解です」

「どうでしょう?オーブ」

「飛甲機への慣れと全体の状況把握を兼ねた指揮を考えればそれが妥当だろう。その布陣で臨もう。しかしベン、ユージンも操縦をこなせる。臨機応変な対応も考えておけ。その上で騎士団員との連携も任せたぞ」

「はっ」

「俺も本当は飛甲機に乗って参加したいのだが……」

「お主が閲覧席におらねば誰が王族の隣に座るんじゃ?オーブは王族との折衝に専念せい。それがお主の仕事じゃ」

「解っておる。解ってはいるのだが。しかしなぁ」

「お主にはお主にしかできん仕事がある」

 騎士団上層部の気持ちをハロルドに代弁され、引き下がったオーブに胸をなでおろす上層部。未練たらたらのオーブの後ろ髪を残して基本方針が確定した。それを元に具体的な戦術が立案が行われる事となり会議は解散した。幾通りのも作戦が立案されてゆくと共に結界の維持に出ていた防衛部隊が続々と帰還し、戦闘指揮官を中心とした精鋭たちが集結した部隊が訓練場で見せるフォーメーションが様になるようになってゆく。

 航空運用部所属となったデニスも閲兵式に同行する。騎士団員以外の技術者や医師としての施術師のせん交流も含めた閲兵式への準備が並行して進められた。

 閲兵式に参加するアントナーラ騎士団精鋭は100名。メンバー達と面会を重ね、役職や人柄を出来る限り覚えようと努力するハルト。幸いにも誰しもがハルトに好意的だった。特に最前線である奥森から帰ってきた部隊の人間には熱烈に歓迎された。


 やっぱり奥森の現場から帰ってきたばかりの騎士からの好意が厚い。それだけ大変な思いをしてきたってことだよな。

 

 アントナーラはグランノルンに存在する街の規模としては平均的な人口約5万人の都市である。そして他の例に漏れず人口の一割に当たる5千の兵が軍務についている。軍は騎士団を中心に構成され、騎士団には大隊が2つ、1大隊に4つの中隊が属し、各中隊は正騎士4人の小隊が8つで構成されている。その正騎士の数256名。正騎士は副官として準騎士もしくは見習いの騎士一人とタッグを組む。騎士団員総計512名に対し、騎士一人に一般兵10名が所属することで総数約5千である。一般兵は通常、治安維持を主な任務とする警察機構を担当しているが指示系統は騎士団から下される為、騎士であるならば誰しもが軍務・警察の統制に関わる要職に就いていると言っても過言ではない。事前に閲兵式期間中の体制を整えてあるとは言っても騎士団員の5分の1が抜けることになる。しかも抜けるのは精鋭ばかりだ。特殊な勤務形態に変更するだけで全てをまかなえる訳ではない。その人材的な穴を埋める為にアントナーラに入った王都騎士団からの特別編成部隊との引き継ぎが行われた。


 快晴の空から春の日差しが降りてくる。アントナーラの中心部、いにしえの蟻の巣の上に建つ石造りの領主の館の裏手、騎士達の訓練場には人のマス目が出来ている。

「総員、前へ!!」

 普段は騎士らしい服装のオーブ・アントナーラが正装で上段から見守るアントナーラ騎士団の訓練場。その中央に不動の姿勢で整列した鎧姿の20名5列のアントナーラ騎士団精鋭と、同数の王都騎士団が向き合っている。ベンヤミン団長の号令により白銀の鎧と、黒と茶色の鎧の集団がお互いに前進を始め交差する。2つの集団がお互いの元いた位置に寸分違わず入れ替わると「回れー、右!」の号令で再び向き合った。

 王都から派遣された騎士団の指揮官が右手をこめかみにかざす敬礼と共に言葉を発する。

「これより閲兵式の期間、アントナーラの受け持つ結界維持の任務を引き継ぐ」

 白銀に金の装飾で飾られた鎧を誇るように王都騎士団員達が胸に拳を当てる敬礼を掲げる。出発するアントナーラ騎士団全員も同じ敬礼で答えた。

 回れ右で退場するアントナーラ騎士団精鋭の一団から抜け出たベンヤミン団長が王都騎士団の指揮官に歩み寄った。

「よろしく頼む」

「了解した。こちらは任せておけ。思い切り手合わせをして来い」

 既知である様子の二人が握手を交す。引き継ぎが終わると飛甲機生産開発工房の敷地内で行われる閲兵式の出発式典へと行事が移った。


 閲兵式では純粋な兵力である騎士団員に加えて、技術者、医師の役割を担う呪術師の交流も行われる。騎士団員を除いて同行する人数は身の回りの世話をする側近達も含めて100名を超える。その集団が開発工房の敷地に待機していた。規律正しく行動する騎士団員が迅速に移動し続々と会場に入ると壇上のオーブとベンヤミンの前に整列した。騎士達は道中、馬車の御者と警護を担う者以外は正装に着替えて式典に臨んでいる。

 その中にはシックな色合い正装を着込んだノエルの姿もあった。航空部隊直属となったカッツェ、ユージンはジョナサン隊長を先頭に中央に陣を敷き、ミックもその一団の中でハロルド、ノエル、デニスと共に立つ。

 皆が視線を向けるオーブは領主らしい豪奢な刺繍の入った伝統的なコートとスカーフをまとい、ベンヤミンも式典用の勲章がところ狭しと胸を飾るハーフコートにマントの出で立ちだ。その隣にはやはり正装のハルトの姿があった。

 将軍服姿のベンヤミンが語り出す。一通りの出発の挨拶を終えて言葉が続く。

「皆も知っての通り今回の閲兵式での模擬戦はこれまでと大きく異なることとなる。これまで重ねてきた新たな戦術を駆使し、空中を含めた立体的な戦術を披露する。飛甲機という新たな人を守る手段を得たアントナーラ騎士団の実力を示す絶好の機会だ。訓練の成果をグランノルンの歴史に刻み込むつもりでゆくぞ。また王都騎士団からも新たな戦術の披露と手合わせがある。各自の健闘を願う」

「応っ!!」

 気合入ってるわ。王都の騎士団とは確執もありつつも基本的には仲間だっていう微妙な関係らしいから俺は立ち回りをしっかり考えて動かないと。技術交流で王都側の騎士団と直接話す機会もあるしな。オーブや団長と状況に応じてすり合せをしなければならない場面もあるかもしれない。俺の最大の仕事は王都側の切り札を見た後の手合わせの作戦立案だ。

 考えるべきことが多いハルトの思考をさえぎってってベンヤミンがハルトを呼んだ。


「ハルト。皆に一言頼む」

 ベンヤミンに促されたハルトは一歩前に出た。

「これまで重ねてきた戦術のアップデートと訓練で、蟲を鎮める模擬戦は問題ないかと思います。しかし王都騎士団との手合わせはまだ向こうの切り札が見えない状態です。手合わせが行われる時にはそれが何であるのかが判明しています。その中で最大限有効な手立て考えたいと思います。よろしくお願いします!」

「飛甲機の開発者だけにハルトには空中戦のイメージが数多くある。これまでとは別の次元での戦い方になる事を肝に銘じて連携を取るぞ!」

 訓練で何度も繰り返されてきた言葉をあらためて口にしたベンヤミンに騎士たちは拳で胸を叩く敬礼をもってその決意を示した。騎士達のその真剣な表情に、全員が一丸となって閲兵式に望む覚悟を認めたオーブが前に出た。

「これより王都クランノルンでの閲兵式に出発する」

 オーブの言葉に、閲兵式に参加する全員の拳が胸を叩く敬礼が再び返される。その音と共に馬車が次々と各部隊の前にまわされ、アントナーラ騎士団は閲兵式に望むべく王都に向けて出発した。


オーブの思惑を背負いつつ航空部隊の一員として王都での閲兵式に出発したハルト。

模擬戦で戦うことになるオオキバカミキリは現存するオオキバウスバカミキリをモチーフにしています。

手のひらくらいのかなり大きくカッコいい虫なので興味のある方は画像検索して見て下さい。クワガタ並に大きい顎がカッコいいです。

次回「再び王都へ」

金曜日の投稿になります。引き続きよろしくお願いします☆

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