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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
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決意


 投獄されたセルドは尋問されていた。

「わしは頼まれてやっただけだ。子供らをどうするのかは知らん」

「だから誰に頼まれたのだ?それを話せ。捕らえた者はニンディタ訛りの者が多い。お前が雇ったのか?」

「わしは子供を運べば金を出す、という話しに乗っただけだ。お前らが碌な給金をださんからやったのだ。元はと言えばお前らが悪い。息子を嵌めおってからに」

「アリシアさんを私怨で拉致した事は認めるのだな」

「パッカードはこの領地を陥れんとする逆賊だ。お前らが動かんからわしがやってやったまでだ」

「どこまでもシラを切る気か」


「失礼します。セルドの自宅から禁制の薬が出てきました。スネイルが証言した物と一致します」

「これはスネイルもあらためて尋問せねばならんな」

「ちょっと待て!スネイルは開放されてはおらんのか?」

「何故そのようなことになるのだ?密約でもしたか」

「知らぬっ」

 捨て駒にされたな、お前は、尋問官が憐憫の目を向ける。

「まぁ良い。お前が吐かねばスネイルの拷問も苛烈なものになるがそれでも良いか?」

「そんな無法が通るはずがなかろう。脅迫罪でお前を訴えるぞ!」

「奥方の尋問はどうだ?」

「そろそろ始まる頃かと」

「リヒルダは関係ないであろうがっ!私は貴族だぞ!」

「セルド、お前には国家反逆罪・テロ幇助の嫌疑がかかっている。既に貴族の地位は剥奪されている。即刻死刑にされてもおかしくない状況だと認識しろ」

「殺すなら殺せ!我が民族は100年でも1000年でもこの地を呪うであろう!」

「貴様の乗っていた馬車に最後まで同乗していた男と御者の証言もある。どちらにしろ死罪は免れぬ。その前に吐いてもらうぞ」


 巨大な蟻の巣の跡を利用した地下牢の地上では飛甲機関連施設が事後対策施設と化し、製造工房では運びこまれた負傷兵や守り鴉の治療が行われている。二十六名の死者は手厚く戦没者墓地に葬られ、体の大きな守り鴉の遺体も守の森まで運ぶことが困難なため同じ場所に眠っている。飛甲機製造の開始は一旦見送られ、一時的に騎士の本拠地に戻った敷地を館の廊下から見つめるハルトの姿があった。


 アリシアの意識は依然戻らない。後悔と焦りだけがハルトを支配していた。

「ハル」

「ノエル、アリシアは?」

 ノエルは顔を横に振った。

「一度村に戻らない?マーちゃんも怪我をしたんだよ。ジュノーお父さんだって」

 マーガレットの骨折やジュノーの怪我は聞いていてはいたがアリシアの元を去るという選択肢はハルトの中にはなかった。しかし変わらない状況に焦燥感が募り、自分でも精神状態が良くない事ことを自覚できるほどになってきている。ミックも既に村に戻っていた。

「顔を出すだけでもいいから……」

 ハルトは何も答えずに病室に戻る。

 眠り姫のように横たわるアリシアにハルトは顔を近づけ口づけをした。しかしアリシアが目を覚ますことはなかった。


 アリシアと同じ館の病室で寝泊まりするハルトは、翌朝も空が白み始めると同時に起きて、すぐにアリシアのベッドに向かったが何の変化もなかった。フィレーネの朝の癒やしが終わり、どのくらいの時間握り続けたか分からなくなった拳を緩めるとハルトは病室を出るなり再び握って廊下の壁にぶつけた。

「クソっ!」

 あの時の不甲斐なさと、今何も出来ることがない自分。その状況でアリシアを見つめることしか出来ない時間にも限界が訪れようとしていた。


 壁に向かって拳を突き出したまま項垂れるハルトに声を掛けたのは隣の病室から出てきたカッツェだった。

 ハルトがカッツェの無事を確認しフレンドリーファイヤーを詫びた時には「混乱なんてあんな状況だとよくあることだし全然気にするな、それにハルトはよくやったよ」とハルトを称える素振りすらして見せた。しかしそのカッツェの気遣いと感情を察する余裕がないハルトの目は虚ろだ。

「ハルト、ベンヤミン団長がロダに届けて貰いたい物があるそうだ。一度家族の顔も見てこい。アリシアさんの目が覚めたらすぐに伝えらてもらうようにオーブに頼んでおく」

 壁につけたままのハルトの腕が力なく落ちる。

「本部に行ってくる」

「ノエルも連れってやってくれ。ノエルには足がない。俺もまだ飛べない」

 カッツェはギブスのまだ外れない肩に右手を当てる。頷いて立ち去るハルトの背中を見送ってカッツェは病室に戻った。


 ベンヤミンに託された書類のケースを持って開発工房に降り、隣の製造工房で一般兵の看護を手伝うノエルに声をかけてロダ村に飛んだ。


 上空から教会を見下ろすといまだにロダに駐留し、警護と捜査を続けるジョナサン中隊の馬が幾頭か見える。

 殆ど出払ってるな。休んでいる騎士がいるくらいか。

 酷く久しぶりに思えた自宅の四方には騎士が立ち、周囲を巡回している2名の騎士もフル装備の鎧を着込んで警護に当たっていた。

 コボルの飼育小屋の横に繋がれた何頭もの馬を見下ろしながら初号機を裏庭に降ろした。ショコラの出迎えは無かった。

 降りた初号機に二名の騎士が警護に付く。ハルトはそれを見つつ工房の様子を伺いに行った。玄関の中に立つ二名の騎士の前でノエルと別れ、工房に入ると工房の中にも二名の騎士が立ち、厳重な警戒体制が敷かれていた。ミックが修理を終え吊り上げられた零号機の下で二号機を動かしている。爆破された壁は木材で塞がれモルタルのような物で下半分が塗り固められている。この復旧作業を行っている時に梯子から落ちたマーガレットは足の骨を折ったのだ。

「戻ったか」

 村に戻っていたミックの言だ。

「初号機を入れても良い?警護の騎士が裏庭に立ちっぱなしじゃ悪い」

「場所を開けておく」

 

 初号機を格納し終えたハルトはリビングに上がった。

 肩と腕に包帯をしたジュノーと家族で唯一怪我のなかったマリエールに迎えられた。

「大変だったな」

 その一言に堰が切れたようにハルトの目に冷たいものが浮かんだ。

「何でこんな事に」

 溢れ落ちることを何とか堪えたハルトにジュノーが言葉をかける。

「これは誰のせいでもない」

「でも、俺がここで飛甲機なんか作ったから!何の関係もない村の人達も巻き込んじゃうような迷惑をかけて、」

「セルドが関わっていることを騎士が皆に伝えてくれている。お前の責任じゃない」

「でも」

「ハルト、マーガレットにも顔を見せてあげて」

「マーガレットの怪我はどういう状況だったの?」

「雨が降ってきそうだったんで工房の壁を塞ごうと思ったんだが、俺があの棚を動かす時に足を捻って梯子はしごに登れなくてな。警護を離れられん騎士にも頼む訳にもいかんし、村は村で大変だ。諦めるか、と思ってたらマーガレットが私がやる、と言ってくれたんだが……。倒れてくる梯子に乗ったマーガレットを受け止めようとして俺もこの始末、という訳だ。俺よりマーガレットの方が厳しい。行ってやってくれ」

 ハルトはマーガレットの部屋に向かった。中からノエルとマーガレットの話し声が聞こえる。

「マーガレット、大丈夫か?」

「お兄ちゃん。お帰り」

 ベッド上で体を起こしたマーガレットの足は石膏で固められ吊られていた。

「癒やしが終わってないのか」

「成長期だから無理やり繋げると良くないんだって」

「痛みは?」

「我慢できなくなったら癒やしに来てもらってる。今ノエルに癒して貰ったけど少し楽になったよ。ありがとね。ノエル」

「ううん。ごめんね遅くなって」

「何か欲しい物はあるか?」

「今のとこ大丈夫」

 手土産一つ持って来なかった事に気がついたハルトは如何に自分が如何に切羽詰まった状態だったのかを自覚した。何をして良いのか分からないハルトは工房に降りてひたすら手を動かした。



 一週間が過ぎた。ハルトは依然ロダの工房にいた。

 意識のないアリシアの側にいるのも辛い。かといって離れているのも……。いつまでこんな状態が続くんだ。

 アリシアを心配しながらも、側にいるのも辛いという葛藤の中でハルトは手を動かし続けていた。いくら待てどもオーブからのアリシアが意識を取り戻したという連絡は来ない。

 やっぱりアントナーラに戻るか。

 作業に一区切りをつけ、リビングに上がったハルトにマリエールが白い花束を持って近づいた。

「あなた宛よ」

 それだけを告げると花束をハルトに渡した。

 花束には手紙が付いている。

 ハルトは部屋に戻り、白いゼラニウムの花束から手紙を取り出し、裏にアリシアの名前が書かれた手紙の封を切った。




 拝啓

 お元気でしょうか?この手紙をお送りする失礼をお許し下さい。

 救いに来てくれてありがとう。

 ハルトに救い出された後の記憶には曖昧な所があり、途切れ途切れの断片的な記憶ながらもあなたが懸命に私を救ってくれたことは覚えています。

 心から感謝しています。

 私に毒がかかってから何が起こり、あなたが蟲を鎮めるのに奔走し、何日も看病して下さった事も聞きました。

 しかし今の私は誰にもお会いできる状態ではありません。ハルトへの連絡も私がお願いして留めて頂きました。拐われた馬車の中での事、街に火をつけ蟲に襲わせた人間がいる。今の私は人を信じる事が出来きないのです。ハルトと工房で別れた後、私の乗った馬車を狭い路地に誘い込んだのは私がよく知る子供でした。可愛がっていた子供にまで恨まれていたのか、その思いは重く、私はこれまで一体何をして来たのだろう、と思わざるを得ませんでした。

 あなたとの出会い、これからの希望。これまで私を照らしていたものですら今の私には届きません。

 人との関わりを持たず、人から離れた地で、一人静かに生きて行こうと思います。


 愚かな女の身勝手をお許し下さい。

 

ーアリシア・パッカードー



「支え合うんじゃなかったのかよっ!!」


 悲しみと混乱、怒り。震えの収まらない手でハルトは花言葉の本をめくる。

 『決意』

 白いゼラニウムのページのその二文字を見てハルトは力を失った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 アリシアはステュアート、ユーナと共に馬車に揺られていた。首の痣を隠すようにおかっぱに肩で切り揃えられた髪を下にして、まだ体調が優れない体を横たわらせて下腹部を擦すっている。

 そろそろ手紙が届いた頃かしら。

 体を起こしたアリシアは窓の外を見つめる。流れる景色に色は無く、ぶれた映像が霞んでゆく。窓ガラスに映るアリシアの頬に涙が伝った。

 

 でも、子を成せなくなった女をハルトさんに娶らせるわけにはいかない。

 揺るぎそうになる決意を胸にアリシアは人里離れた湖畔を目指した。




◇◆◇◆◇◆◇◆

 


 ハルトは初号機を飛ばした空で叫んだ。何を叫んでいるかさえも分からなかった。

 ただひたすらに発露してくる感情を慟哭に変えて空にぶちまけ続けても、それは何にも響くことなく虚空に消えてゆく。声が枯れ果て、森の木々を見下ろす上空で、どこに向かって飛ばせば良いのかも分からないまま空を舞った。守りの森への道標みちしるべである岩山が目に入り、理由もなく守りの森に向って飛んだ。守りの森の巨木に辿り着いてしまい、戻ろうかという考えがよぎっても機体の向きを変えられない。結局そのまま機体を降ろした。


 巨木に入ると歩み寄ってきたアルフリードがハロルドの実験室を指すように人差し指を上に立てた。白衣を着た実験室のハロルドもまた無言でハルトを迎えた。

「温室にでも行って来い」

 それだけを言うとハロルドは力なく階段を上がるハルトの背中を見守った。

 温室で膝を抱えたハルトを照らす日差しが位置を変えてゆく。ガラス越しに空が茜色に染まり、黒く染まったドームの天球に星の瞬きを見せるようになってもハルトは動かなかった。

 気がつくと温室の隣に据えられた部屋の寝台に寝かされていた。サイドテーブルに置かれていた水差しから直接水を飲んで温室を降りた。

「しばらくゆっくりするとええ。出来たらで良い、温室の世話を頼む」

 ハルトは階段を昇り部屋に戻って再び寝た。もうこれ以上は寝られないというまで寝尽くして手持ち無沙汰になると温室に出て水をやる。気を使ったのだろうか、食事はジルではなく別の男性が運んで来た。ただただ無為な時間をハルトは過ごした。



 ハルトが飛び出したロダの家にカッツェの守り鴉が降りる。ノエルからの手紙を受け、肩の怪我をおして駆けつけたのだった。守りの森にハルトの行方不明を伝えたのもノエルだ。

 ジュノーたち家族とノエルが集まるリビングにカッツェは入る。

「ハルトの状態はオーブにTバードをお借りして大体把握してます。今はそっとしといてあげましょう」

「すまんなカッツェ」

 家族を代表して謝罪とも感謝とも取れる言葉を返すジュノー。

「あまりにも大きな出来事に巻き込まれましたからね」

「でもハルが一番辛いのはアリシアさんのことだと思う」

「それこそ時間が必要かもしれないな」

「それでもやっぱり、一度守りの森に行こうよ」

「そうだな。アルフリード様ともゆっくり話す時間もなかったし、ノエルの家族も心配してるだろうしな。顔を見せれば安心する。一緒に行こう」

「カッツェ、ハルトに会ったら縄をつけてでも引っ張って連れて帰ってきてくれ。人様に迷惑をかけるわけにはいかん」

「迷惑かどうかは向こうが決めることですよ。その時の状況で判断させてもらっていいですか」

「重ね重ねすまんな」


 ロダを出た守り鴉のレーズの手綱をノエルが握り守りの森を目指す。

「ありがとう、カッツェ。まだ怪我がよくないのに」

「気にするな。守りの森についたらハロルド様が癒やしてくれるさ。ハルトにもアルフリード様やハロルド様がついてる。ハルベルトじゃなくてハルトにとって守り森は故郷みたいなものだしな。ハルトの家族の前では言えなかったけど、きっと大丈夫だ」

 ノエルは、どんな時にも動ぜずおおらかな口調で語るカッツェの頼りになる心と体の大きさと、包まれるような温かさを背中に感じながら守りの森を目指した。


 守りの森の巨木に入りアルフリードとハロルドと話す二人。

「ハルトはそっとしておいてやれ。今は何を言っても無駄じゃ。わしが見とるで大丈夫じゃ」

 ハロルドの言葉に二人は納得した。

 アルフリードからは事後に判明した事項が伝えられた。奥森との境の結界を発動する遺跡の一部が破壊され、そこから抜け出てきた蟲を利用したらしい。作られた結界の穴を塞ぐための新たな結界はずさんなのもので二次災害の可能性もあったという。グランノルンに属する者ならば絶対にせぬことだ、アルフリードは断言した。ラフィーは調査に奔走しているという。

 一通りの話しを終えると、窓から教会に祈りに行っていたノエルの家族を中庭に見つけ、巨木の内部を降りる二人。ノエルが家族に無事を伝えると、再会に喜ぶノエルの家族の横でノエルとカッツェは巨木の上にある温室を心配げに見上げた。



アリシアの病状とその決意に打ちひしがれるハルト。

次回「巣立ち」金曜日の投稿になります。

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