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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
63/148

捉えどころのない結末


火の手を上げる建物群の上空を漂う火炎蜂。更にその上空には長い体に何対もの翅を広げて蠢き飛ぶアカズトビムカデの姿があった。全長は火炎蜂の比ではない。全長20メートルから25メートルはありそうな胴体に4対のトンボ型の羽を震わせ濃紺の腹の下に無数の赤い足が並んでいる。

 青い火炎蜂の誘導を終えた四人の守りの森の騎士が守り鴉に乗って合流し、アカズトビムカデの周囲に蟲除けの粉を振り撒いてゆく。体を上下にくねらせながら飛ぶムカデがその場から離れると、赤い火炎蜂が取り囲こまれ拘束網が射出された。放たれた8本の網の半分を回避した火炎蜂が足に絡まった網を外そうと守り鴉を振り回しながら尻先の針から炎を放つ。

 ハルトは錐揉み状態で落下する火炎鉢に初号機を突っ込ませた。後方から接近し初号機の腹面を火炎蜂の有翅体節、翅の根本の胸部の背中でバウンドさせるとそのまま頭に向けて滑走させる。

「ミック、網を撃て!」

 射出された拘束網が火炎蜂の触覚に絡む。そのまま直進し空に戻った初号機に体制を変えた火炎蜂から放たれる炎。大気を焼く火炎の熱をむき出しの顔に感じたハルトは急旋回し上昇した。

 触覚を引き千切られ激怒する火炎蜂。加速する初号機を怒り狂った火炎蜂が追う。意識が初号機に集中してガラ空きになった真下からアルフリードを先頭に3羽の守り鴉が突っ込み網を仕掛けた。後続の守り鴉も次々と拘束網を投射する。放射状に広がった幾つもの網に拘束された火炎蜂の正面に向きあった初号機が噴射と同時に離脱する。鎮めの粉が守り鴉達から振りかけられる。攻撃色の消えた二匹目の火炎蜂が上空に導かれた。


 次はムカデだ。


 ハルトとアルフリードはアカズトビムカデの飛び去った南に進路を取った。

 街を取り囲む外壁に突き当たるとそれに切迫しながら南門に向かう。門の内側にアカズトビムカデの毒に倒れた騎士達の体が転がっている。まだ息のある騎士を救護隊が癒やしてまわるのが上空から見えた。「西へ!」壁に沿って西側を指した指揮官らしき騎士の指示にハルト達は西へ初号機を向けた。

 街の外周、外壁に接するように建てられた構造物が根本から破壊されて石を積んだ壁に寄りかかっている。その下を潜り抜けると、更に状況は酷くなっていた。瓦礫の山となった数々の建物の残骸の先に首元を食いちぎられたアカズトビムガデの死骸があった。

「あと3体」

 さほど遠くない所で二体のアカズトビムカデと対峙する4頭の巨大な狼の姿、ハルトが初めて出会った時の三倍の大きさ、ロッキと同じ位の約6メートル程の姿となった金狼のラフィーと三頭の白狼の巨体が全長20メートルを超すアカズトビムカデを取り囲んで壁に追いこんでいる。まだ脱皮してから成熟していないのか、そのアカズトビムカデの濃い紫色の体躯に生える足の赤はまだ淡くオレンジ色に近い。その無数のオレンジ色を有機的に動かし尾をサソリのように反り返した先の毒針から狼達を狙っている。しかしその後ろの騎士たちはひるまない。

 ラフィーを先頭に白狼達が飛びかかり若いムカデを抑え込んだ。


 そのすぐ先で暴れるもう一体の周囲の状況の方が深刻のようだ。長い体を鞭のようにしならせて建物を破壊して歩くアカズトビムカデに守り鴉がせわしなく入れ代わり立ち代わり仕掛けている。散乱する窓ガラス踏みしめて対峙する騎士たち。しかし赤い足の波がうねる胴体の側面から紫色のガスを吹き出して接近を許さない。上空には次の攻撃態勢を整えようとする守り鴉が飛び交かっている。そこ向かおうとするハルトに怒号が飛んだ。「もう一体は外だ!カッツェが戦っている。水場を守れ!!」ラフィーの声にハルトは同じ航路を取っていたアルフリードと共に壁を越えた。


アルフリードがレイズを初号機の横につける。

「ムカデが空気を取り入れる気管は胴体の側面、羽と羽の間の中央。そこを狙え」


 街の南側には幾筋かの水路が流れていた。アントナーラの街に暮らす人々の喉を潤し周囲の麦畑に注ぐ水の流れ。その一本の水源地である林に向かってムカデに十数羽の守り鴉が取り付き向きを変えようとするが長い体躯を阻めるほどの面積に蟲除けの粉を撒けずに周囲を取り囲む他ない状況を打開しようとしているのか指揮官が何かを叫んでいる。鎮めの粉も羽と羽の間あるため距離があると羽に煽られ拡散し、体側にも毒の噴射口があるため迂闊に近づけない。


アルフリードから「下から攻めよ」と手信号を出してアルフリードが離脱する。ハルトが高度を下げると、ムカデの正面の顔を持ち上げるようにアルフリードが撹乱を始めた。前部が上空を向いたのを見計らって初号機を赤い足の連なりが蠢く腹に向けて上昇させる。噴射のサインを送った次の瞬間に末尾の腹が縮み毒針が向けられた。反射的に右旋回し回避した明後日の方向に鎮めの粉が射出された。


「開発工房に換装に戻ろう」

 ミックの言葉にハルトは旋回を続け街壁を越えた。

 開発工房の着陸ポートでのホバリングから低空飛行で工房内に滑り込ませた初号機がグランディングすると同時に技師が取り囲む。その中に伝令兵が走り込んできた。

「解毒を行っている急患は一命を取り留めたとのことです。引き続き治療にあたるとのことです」

「了解しました。アリシアを頼みます、と伝えて下さい」

 ハルトと伝令兵のやり取りの間に、ミックは頭部下の射出機付近のハッチを開け換装を指示すると「あと2つ持ってきて下さい!」と声を出した。一瞬何を言っているのかわからない、という顔をした技師。中央頭部下の射出機のは粉のパックを収容するハッチは1つしかない。しかしミックは説明することなくランディング・ギアの射出機の弾倉を開ける。本来なら圧縮された拘束網を装填するところだ。人垣を割って蟲除けの粉のパックが届けられる。

「ぶっつけ本番だけど、粉のパッケージは薄い。拘束網の射出圧なら破れて飛散するはずだ。一発の使い切りになるけど煙幕的に広がってくれると思う。不発に終わることも可能性に入れて補助的なものだと考えてくれ。自分達も被ることになるからマスクとゴーグル必須な」

 左側の装填を終え逆側に走るミック

「中央の射出機の調整は?」

「そんなのは操縦席の手元で出来る。噴射口を絞る機能と後部座席のコントローラを繋いである。距離感とその時の状況で俺が随時判断するからハルトは操縦に専念してくれ」

 ハルトはミックの仕事ぶりに感嘆しつつ、弾倉を開ける為にミックを追い抜いた。ミックはパックが押し込める形になるように更にパックを手で圧縮しハルトの開けたハッチに押し込んだ。

 ミックがハッチを閉じる頃にはタラップを昇り操縦席に飛び込んだハルトが羽を始動させていた。「いいぞ!」後部座席にガス管を持ち込んだミックの声に初号機が再び宙に浮いた。

 


 外壁の内側では若いムカデとラフィー達の死闘が続いていた。しかしラフィーの優勢を見て取ったハルトはそのまま街壁を越えた。

 周囲の畑に毒を当てれたらしき守り鴉が三羽降りている。そのうちの一羽は仰向けになっており絶命しているようだ。

 街の外を滞空するムカデは水源のある林に降りようとしていた。ムカデの腹の下で下降を阻止をしていた守り鴉の一羽が蟲の腹部に突っ込んだ。体をしならせたムカデの赤い足が騎士を挟んで守り鴉を捕獲する。毒の霧に霞んだ守り鴉と人の塊の形をした影が林に落下した。救出に向かう守り鴉とアルフリードが陣形から離脱する。ハルトは初号機をアルフリードに向けた。

ミックが大声を出した。

「網の射出機で粉を撃ちます。林と蟲の間を開けて下さい!」

「了解した」

 旋回し初号機に腹をみせる守り鴉のビエラ。ハルトはムカデの斜め後方に起点を取った。

「ミック余裕があったらガス管を用意しておいてくれ。出来るか?」

「問題ない。ちょっと待って。――いいぞ」

「行くぞ」

 初号機が加速する。射出の判断はミックに全権依頼だ。ハルトはムカデの腹の下を通過させるつもりで初号機を突っ込ませた。囮の守り鴉が正面から突入し後部の毒針を初号機と逆方向に引きつける。

 ボムッ、弾倉が暴発するような音が2つしてと共に黄色い霧が発生する。続いて正面中央に蟲除けの粉が差出された頃にはムカデの下腹部に到達していた。ハルトは林の木々の頂点ギリギリを滑空する。

 「ミック!ガス管を落とせ」

 マスクを取ったハルトが怒鳴る。ミックは破壊力の大きいガス管を落とした。離脱した林の中に爆発音が連発する。

 しかしその爆風に晒されたのはアカズトビムカデだけではなかった。

 林の中に潜んでいた守り鴉が木々の中から飛び出してくる。

 フレンドリーファイヤー。

 味方の攻撃に負傷した守り鴉が空中をよろめいている。

 ガス管投下はハルトの独断だった。状況確認と伝達の不行き届きだ。

 しかしムカデは長い体躯を上方に向け高度を上げようと姿勢を変えた。縦になった体の最後尾の毒針に拘束網が飛ぶ。幾筋のもの拘束網に囚われた後尾が自由を失う。林の中から飛び出してきた守り鴉のうちの一羽がムカデの体に沿うように急上昇する。カッツェのレーズだ。

縦になったムカデの背面に切迫して飛行し、四対のトンボ型の羽の間にある気管付近に青い鎮めの粉を散布しつつ上昇するカッツェ。ムカデは体をねじり最上部の羽を大きく回転させカッツェの進路を遮った。回避する間もなく振動する翅に正面から突っ込み真横に打ち出されるレーズからカッツェが投げ出さる。直近の守り鴉が落下するカッツェに向かうが受け止められることなくカッツェは針葉樹の枝の中に消えた。

 幾分か動きの遅くなったアカズトビムカデに何度も波状的な散布が行われ強制的に原野の降ろされるのを見届ける。アルフリードから「ハルトは街に戻って負傷者の搬送を」との指示があった。





 ハルトはカッツェの安否と味方を傷つけたことを気にしながらも南門を中心に毒や怪我を負った騎士と兵の救護移送に従事した。しかし間もなく酷い頭痛と嘔吐感からマナ切れを悟ったハルトは初号機を降ろした。しばらくしてベンヤミンが現場に到着し「ロッキも片がついた。戦いは終わった。ハルトは十分よくやってくれた。心より感謝する。館に戻れ」との指示に初号機を移譲し、馬の後部に乗せりこみ初号機への怪我人の搬送を手伝っていくと言うミックを残して館に入った。


 アリシアの運び込まれた緊急病室に、よろめく足に力を入れながら踏み込んで意識のないアリシアを見つめた。

「峠は越えた。大丈夫じゃ」

 声をかけるハロルド、忙しく動き回りながら手伝うノエルの姿をみてもそれはまるで現実ではないように思えた。

 アリシアの首には紫色の痣が残り、体の下に繋がっている。

「顔の痣は何とか消したが……」

「どこまで毒が入ったんですか?」

「腹の下に溜まった毒が強くてな。だがもう命の心配はない。少し毒を飲み込んでしまったようじゃが体の中も大丈夫じゃ。命に別状はない」


 悲痛な顔をしたジェルマンと包帯が目立つステュアートが入って来た。

「ハルトくん、アリシアを救い出してくれてありがとう」

 開口一番に言われた礼にも素直に答えられなかった。悔しさだけが後に残った。




 街の状況も次第に落ち着き、病室に寝泊まりしてアリシアを看病するハルトだったが、2日が経ってもアリシアの意識は回復していなかった。

「オーブがお呼びです。本部へお越し下さい」

 兵に呼ばれてハルトは本部に向かった。

 アントナーラの騎士とは異る、磨き上げられた白銀に金色の装飾が施された甲冑の騎士が本部の扉の警護に加わり警戒を増した空気の本部に入ると、オーブの前に王都の鎧姿の三人の騎士がいた。中央には女性らしいフォルムの白金に黄金の装飾、胸には豪奢な羽の意匠がなされた鎧をまとった金髪縦ロールと碧眼の女性、その両脇には漆黒の鎧に赤い装飾の二体の鎧び姿があった。見るからに高貴な騎士、という女性を、精悍で厳しい目つきの2人の男が脇を固めている。


「では、我々は治安維持に加勢する部隊を残して帰還する。問題は無いな」

「ご足労をおかしました。治安維持の援軍に感謝します」

 オーブが鎧姿の女性に腰を折った。

「ハルト」

 オーブに呼ばれハルトは歩みを進める。

「ハルベルト・ブロックです。飛甲機の発案、開発者です」

 オーブからの目配せを受けてハルトは名乗りをあげた。その名乗りに厳しい表情を崩すことなく女流騎士が応える。

「グランノルン騎士団総長、キザイア・コーレン・グランノルンだ。閲兵式を楽しみにしている」

 それだけを言い放ったキザイアは、その美貌と強い眼力、純白のマントを翻してきびすを返した。黒騎士が無言でそれに続く。振り向くこと無く三人の騎士が退出した後に、周囲から安堵の息が漏れた。

「騎士団の総長は女性なんですね」

「第二王女のキザイア様だ。ハルト、お前、目を付けられたな」

「何故ですか?」

「王都からの蟲の鎮圧部隊は彼女と二人の黒騎士の実質三人だけだ。近衛兵はいるが。たった三人であの蟲たちを鎮圧できると判断したいうことだ。しかし蟲の掃討が終わった事は昨日の朝には伝わっている。その時点でアントナーラの治安維持に必要な通常兵力を残して引き返すべき所をわざわざ此処まで来たのだ。例の物は引き返させたいうことだが。それがどいうことだか解るか?」

「いえ」

「飛甲機とお前の顔を見に来たってことだ。その上で閲兵式の話題を出した。もう逃げられんぞ」

「やはり閲兵式には出ろ、と」

「キザイア様は手合わせを望んでいる、と俺は思うが」

「どちらが上かに興味があるって事ですか?今は互いに蟲に対して有効な手立てを持っていることを共有する場面でしょうに。王都の騎士団は被害を抑える事よりも自分達の優位性を示す事に興味があるってことですかっ!?」

 荒くなった口調を諌めるようにオーブは間を空けて答えた。

「目的を同じくし、信頼関係がある上での話しだ。気にするな。そのうち意味が解る」

「――難しいんですね」

 納得できない様子のハルトを思いやる顔を向けながらも、オーブは捉えた捕虜の尋問の指示を出し始めた。 


 釈然としない気持ちを抱えたまま病室に戻り、病室の入り口の前に立つと、その度に思ってきたように「入ったら意識が戻っているかもしれない」と思い、それを願い、体を起こして笑顔を向けるアリシアを想像してハルトは病室に入った。



事態は収束に向かうもののハルトを取り巻く状況は予断を許しません。

次回、「決意」 水曜日の投稿になります。

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