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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
62/148

テロリズム

 守るべきものを間違えた。アリシアを目の届く所から離すべきじゃなかった。くそっ!

 ハルトはしても仕方がない後悔だと知りながらその想いを拭いされない。アリシアはまだ話すことも出来ずに初号機の後部で項垂うなだれている。震えているのは寒さだけではないだろう。隣を飛ぶ守り鴉の羽毛の中に沈んでいるミックが着ていた飛行服も今のアリシアに暖かさを与えることは出来ていない様だった。

 アリシアの救出とセルドを捕らえた旨を報告していたアントナーラの街は、まだ火事の煙が燻っている。ハルトは門前の様子を伺うために高度を下げた。街壁と閉じられた屈強な南門の前に騎士の姿は見えず外界遮断されている。

 今頃納屋に残された子供達も救出されているはずだ。でも多くの子どもたちの行方が分かっていない。アリシアを安全な所に降ろしたらセルドの尋問に立ち会いたい。


 ハルトが高度をあげ街壁を越えようとしたその瞬間、巨大な長い影が街壁の内側から伸び上がった。数え切れない赤い足がうごめく長い体から生える何対ものトンボのような羽に持ち上げられて空中でうねる。巨大なムカデが初号機の前に立ちはだかった。


「うわっ」

 突然の出現に初号機を緊急回避させる。うごめくムカデの長い体躯の下に生え揃った赤い足をギリギリでかわしながらすれ違う。もう少しでその長い身体全体を回避する、とうところでムカデの体の最後尾に伸びる太い針から紫色の液体が飛び散った。反射的に首をすくめたハルトの頭上を液体が飛び越えて後部座席のアリシアに降り注いだ。ハルトの頭上からは髪の毛の焼けた臭いが漂ってくる。

「アリシア!!」

 ハルトが後ろを振り向き安定感を失った初号機をかすめる様に壁の向こうからレーズに乗ったカッツェが飛び出して来た。

「ハルト!!大丈夫か!?」

「アリシアに毒みたいなのがかかった!あの蟲はっ!?」

「最悪だ。アカズトビムカデの毒は強い。ハルト!本部へ飛べ!!俺が引きつける!」

 赤い足を意味するアカズトビムカデを威嚇するように飛ぶカッツェの守り鴉に何羽もの守り鴉が合流する。

 壁を越えると更に二体のムカデを街の内側の壁際に追いんでいる守り鴉と騎士たちが見えた。更にもう一体を押さえ込む金狼と三頭の白狼の姿があった。後部座席ではフィレーネが必死にアリシアの首元から体にかけて癒やしの光を放っている。

「急いで!!このままだと命が危ない」

 

 全速力で工房を目指す初号機。下町のビルの一角にもうごめく青い縞模様の蜂が見える。隣のビルが焼け焦げている所を見ると火炎蜂の一種のようだ。その場に向かう守り鴉とすれ違い新工房を目指す。工房上空にたどり着くと物見台から「館へ!!」という指示があった。


 館の丸い塔の一つから登る狼煙のろしを見つけ、そこへ初号機を寄せると誘導員の手旗信号に従って塔に初号機を降ろした。着陸した初号機にハロルドが駆け寄って来る。

 後部座席を一目ひとめ)見て何が起こったのかを察したハロルドはフィレーネと共に手を翳した。

「お前はオーブの所に行け!ここでお前に出来ることは無い。自分のやれることをやるんじゃ。アリシアは必ず救う」

 施術師を集めろ!! 衛兵に叫ぶハロルドとフィレーネに癒やされるアリシアに後ろ髪を引かれつつもハルトは先導する騎士と共に走り階下に下った。


 館に移された本部でオーブとアルフリードが地図を後ろに指示を出している。

「戻ったか、ハルト」

「なんで蟲が街に」

「ハロルド様をロダに残してきて良かった。蟲の集団がロダ付近の森から誘導されて来たのだ」

「誘導?」

「蟲に結界を抜けさせ、ロッキに乗った蟲狩りらしき人間が誘導してここを襲わせた。これでも約半数を道中で引き離している」

 薄着のままのミックが体を震わせながら本部に駆け込んでくる。

 ハルトはミックにも状況が把握出できるように質問を続けた。

「何がどれくらいいるんですか?」

「ロッキ3、アカズトビムカデ4、火炎蜂2、サムライハネアリ3とそのレイゾクアリ11だ。それぞれの種類別に対処する為に各部隊が誘導を終え対処を始めている」

「そんなに……。こんなことが可能だなんて」

「蟲に結界を越えさせることは比較的容易だ。蟲に我を忘れさせ地上から結界を抜けされば良い。結界の性質上、蟲は地上から抜け出て来ようとする。大地に流れるマナを取り込んで結界を抜けてくる。故に結界付近では人間の騎士でも対処できる。しかし警備の目が届かないところで恣意的に抜けられれば対処のしようがない。その上ここまで誘導するには複数の魔道具を使い、非常に繊細かつ高度な技術をもって蟲に暗示をかける必要がある。それに先導していた蟲狩りはロッキに乗っていた。相当な腕を持った者の仕業だ」

 アルフリードにオーブが続く

「そのクラスの蟲使いをこのようなことに利用するのにも、強力な魔道具を使用し蟲を誘導できる状態にすること自体にも膨大なコストが必要だ。アントナーラの領主である俺の権限でもそうそう動かせるような額ではない。大領地や国家が扱う規模だ。これは蟲を使ったテロだ。王都にも応援要請を出した」

「応援はいつ着くんですか?」

「馬を潰すつもりで走って来ても早くて明日の午後になる」

「それまでは自分たちで何とかしないといけないってことか……」

 何をするべきか考えはじめたハルトとオーブの二人にアルフリードが言い放つ。


「王都からの援軍が来る前に片をつける」

「アルフリード、やれるか?」

「ハルト、マナはまだあるか?体調は?」

「体調は特に」

 アルフリードが目配せをすると魔道具を持った守りの森の騎士がハルトの体をスキャンを始めた。

「一時間半弱、というところでしょうか」

「ミック、だったな。悪いが粉の換装を頼む」

「何の粉を使いますか」

「まずは鎮めの粉だ。非常事態だ、射出して良い。鎮めることまでは出来なくとも落ち着かせることは出来る。鎮めの粉を使い切ったら蟲除けの粉に換装して上空に追い出すことを手伝って貰いたい。蟻と蜂の呼吸気管は顔付近にあるがムカデは体の側面に気管がある。ムカデと対峙する時は出来るだけ広範囲に粉を噴射するように調整して欲しい」

「了解しました」

 ミックは初号機に向かった。

「アリシアがムカデの毒を当てられて爺さんとフィレーネが付いてます」

 絞り出すようなハルトの声にオーブが答えた。

「今はこの館が本部だ。アントナーラの施術師に守りの森の癒やし手も集まっている。複数で癒やせば効果は倍増する。ハロルド様もそれを分かっている。安心しろ」


「ハル!」

 そこにノエルが駆け込んで来た。

「ノエル!来てたのか」

「わたしアリシアさんのとこに行ってくる。ジルから教わってわたしも少しは癒せる」

「頼む」

 ノエルは再び走って本部を出ていった。


「ハルト、時間が惜しい。考えながらになるが作戦を伝える。飛甲機を向かわせる順だがロッキは最後まで捨てておく。ロッキの脅威度は低い、我々だけでも何とかなる。残る3種類の蟲、火炎蜂、羽蟻、飛びムカデの中で一番厄介なのはムカデだ。それ故にラフィー様達が既に対応にあたっている。しばらくは任せて大丈夫だ。飛甲機がまず必要なのは……。羽蟻はそうそう飛ばぬ。ならば先に宙を舞う火炎蜂に飛甲機を向けるべきだが羽蟻の動きは素早い。対応している騎士に被害が出る可能性が高い。私としてはまず羽蟻の援軍に出すべきだと考えるが、どうするオーブ?」

「市民の避難は済んでいる。建物は焼けても建て直せばよい。騎士の命を優先すべきだ」

「ではまずはサムライハネアリの集団を鎮めの粉で落ち着かせよう。親玉を狙う。3体のサムライハネアリを鎮めればレイゾクアリはそれに従う。鎮めの粉と言えど飛甲機からの噴射では鎮まるわけではないが鎮静効果はある。動きが鈍ったところを騎士なり我々なりが仕留めればよい。飛甲機は対象の鎮静を確認次第、騎士団に状況を移譲。ハネアリの次に火炎蜂を落ち着かせたら守り鴉に委ねろ。上空に誘導する。アカズトビムカデも出来るだけ噴射で沈静化させたいが鎮めの粉が足りぬ。鎮めの粉を使い切ったら蟲除けの粉に換装して街の外壁に追い込むのを手伝え。だがアカズトビムカデの毒で土地が汚染されると作物が実らなくなる。水源に毒を入れらでもすれば更にやっかいだ。出来るだけ街から出したくない。ラフィー様、鳥の人とここの騎士は蟲ごとの対応を知っている。ハルトはその場所ごとの指揮に従いながら対応すればよい」

 オーブは的確にアルフリードの作戦を理解し、アントナーラ軍の采配を組み立てつつ、怪我人や毒を受けた場合の救護態勢を組み入れてゆく。

「住人の地下壕への避難は完全に済んでいる。行って来いハルト」

「私も出る」

「頼んだぞ。アルフリード」


 アルフリードと初号機に戻るとアリシアは既に運び出されていた。飛行服を着込んだミックが換装を終えて待っている。

「命は助かるって」

「そうか。ありがとう」

「行こう」


 自身の守り鴉、ビエラに乗ったアルフリードが飛び立ち、それに初号機が続く。

 北門の街壁に近い所で、とサムライハネアリとレイゾクアリの集団を騎士達が追い込み上空を守り鴉が押さえていた。しかし蟲の動きは素早く、ドレイアリが体を呈してサムライハネアリに騎士を近づけないように周囲を囲っている。

 サムライハネアリの全高は約2メートル。人よりも一回り大きく、それを囲う奴隷蟻は人をほぼ同じ大きさだ。レイゾクアリと言っても硬い殻に守られている。しかし騎士二人でかかれば関節などに剣を滑り込ませれば倒せないこともない。

 しかし蟻は膜翅目まくしもく、ハチ目・スズメバチ上科・アリ科に属する昆虫である。強固な顎を持ち、針と毒を持つ種も少なくない。サムライアリは大型の針を武器とし、毒を注入する。


「噴射は5秒で良い。まとまった時を狙え。終わったら火炎蜂の所へ。私は火炎蜂の牽制に向かう」

 アルフリードはハルトに伝えると騎士団の指揮官に指示を伝えに降りた。指揮官から各小隊に指示が出る頃にはアルフリードは既に飛び去っていた。

 ハルトは上空を旋回し戦況を確認する。誘導と鎮圧の三人一組となった騎士がレイゾクアリを誘き出しつつサムライハネアリに切迫した騎士達がジリジリと包囲狭めている。

 奴隷アリの体の関節に剣が滑り込み、触覚を切り落とされた羽蟻の姿が道路上に見える。サムライハネアリの支配を逃れた奴隷アリは自らの意思で攻撃を仕掛けるも半数が片付けられ、騎士たちは残った奴隷アリを威嚇しサムライハネアリとは別の集団として切り離そうとしている。サムライハネアリは目が赤く、暴走しているにも関わらず、統制された動きで針での攻撃と威嚇と繰り返し包囲を縮めようとする騎士達に抵抗する。

「ミック、煙幕使えるか?」

「煙幕を使うと味方も混乱する。騎士に任せた方がいい」


 騎士たちの奮戦を上空から見守るハルト。騎士たちは三匹のサムライハネアリを中心とした集団をまとめて取り囲むがサムライハネアリの一匹が翼を広げ包囲網を飛び越えた。それ急行する二羽の守り鴉にハルトは初号機を並走させた。

「爆発物を落とします。下がって下さい!!ミック、ガス管!」

「了解!」

 兜に赤い印のある騎士はサインを知っている。

 ハルトは味方に被害が及ばない距離感を確認し包囲網の外から攻撃体制を取ったサムライハネアリの背中に向って初号機を降下させる。ハネアリの後方に爆音がとどろきき炎が上がった。爆風に押し出されたサムライハネアリを騎士達が再び囲う。

「蟲を出来るだけ近くに寄せて!」

 上昇し好機を待つハルト。


 騎士達が蟲除けの粉をふんだんに使い三体の羽蟻を追い込んでゆく。ハルトはミックに噴射のサインを送らせ降下を開始した。

 噴射と同時に騎士の包囲網が瞬時に広がる。飛甲機から噴射が終わると同時に再び包囲網が閉じられた。

レイゾクアリを含めたハネアリの目から攻撃色が薄くなる。指揮官の「ここは引き受けた!次へ!!」の指示に、ハルトは火炎蜂が取り付いた建物に向かった。


 幾つかの筋の煙が立ち上る建物群。その上空を舞う青い火炎蜂に8羽の守り鴉とアルフリードが乗るビエラが取り付いていた。

 足に絡まる網を焼こうと火炎蜂は青い炎を放出するが網は焼き切れない。村に現れた火炎蜂より高温だと思われる青い炎にも鳥の人は怯んでいない。匠に守り鴉を操り、回避行動を取りながらも拘束を緩めない。ロダの教会と同じ轍を踏まぬよう、耐火性の拘束網を絡めて上位種である青と黄色の縦縞の火炎蜂を拘束しているのだ。しかし無作為に放たれる炎の回避に振り回され未だ鎮めの粉を掛けるには至っていない。無為に近づけば、守り鴉と言えどもスズメバチの強力な顎に挟まれて命を落とす。

 粘り強く待つハルト。

 今だ。

 ハルトはミックに噴射のサインを出すように指示した。ミックのサインを受けたアルフリードの「一瞬で良い!抑え込め!」という言葉に放射状に広がった守り鴉とすれ違う初号機。火炎蜂の動きが止まる。大量の鎮めの粉に顔が埋まった火炎蜂は動きを止め、アルフリードが手から直接、粉を振りまき鎮める。4羽の守り鴉に青い火炎蜂が上空に誘導されるのを見届ける間もなくアルフリードと残りの4羽に先導され、もう一体の火炎蜂を鎮めに向かった。


 建物の屋上に鎮火に上がった兵がハルト達に激励を送る。


「火炎蜂はもう1つ」

 

 ハルトは煙の上がる方向に初号機を飛ばしつつ高度を上げて街を鳥瞰する。3ブロック離れた一角。まだ火の手を上げる建物の上に村に出たのと同じ赤黒の縞模様の火炎蜂を見つけた。


次回、蟲との戦いに決着がつきます。

月曜日に投稿します。

年の瀬が近づいてきました。お体を大切にです☆

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