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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
61/148

真の目的

 一体何を考えているっ!!

 領主の怒号に本部が静まり返った。堪りかねたハルトはつい言葉を発してしまう。

「あの、オーブ。逃げた兵の回収に撹乱してるのかもしれませんし」

「本当にそう思うか?」

「いえ。すいません。でもオーブがイライラすると……」

 ハルトが回りを見回し、オーブもその空気に気がついた様だ。

「今のは俺が悪いな。すまなかった」

 オーブの言葉に周囲も胸を撫で下ろし、冷静な空気が戻って来た。

「あらためて聞くぞハルト、何が問題だと思う」

「逃げた兵を回収するのにこんな騒動を起こすくらいなら、ここを襲撃する前、もしくは同時にやるんじゃないか、と。同時多発で。ここの戦力を分散させることができれば飛甲機の情報収集という目的を達成することに繋がります。目的を達成出来ない上に事後処理に戦力の逐次投入は余りにも無策だろうとは思います。目的が見えません」

「そうだな。今起こっている事の目的が見えないことこそを重要視せねばらなん」


 オーブが口を閉じる。沈黙は思考を意味していた。先程とは違った緊張感が流れる。


 しばらくして新たな伝令兵が入って来た。

「報告します。一般市民から子供が行方不明になった。どうすれば良いのか?という申し出が多発しています」

「下町は混乱しているのだろう。避難の時にはぐれたのではないのか?」

「いえ、貴族街に近い下町で、自発的に避難をしていた一般市民からも同じような申し出があったと報告が上がっています。避難命令が出る前ですので、その時点では大きな混乱は無かったと思われます」

「今、下町の火事の正確な位置をまとめさせている。それと同じく、何処で何件の申し出があったのかを把握する担当を作れ」

「はっ」

 情報将校らしき騎士が本部を出て行った。

「自主避難をした避難所はここから近い。誰か直接行って話しを聞いて来い」

 しかし今度はすぐには誰も動かなかった。誰しもが自分の仕事を放り出せない、という無言の進言しんげんだ。

「俺が行きますよ。守り鴉なら直ぐだ。場所を教えて下さい」

 カッツェがそれを買って出た。

「場所はここだ」

 オーブが壁に張り出された地図の一点を指す。

「悪いな。アルフリードが着到するやも知れんというタイミングで」

「いえ、自分は使われてなんぼですから」

「頼む」

 カッツェが本部を出ていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 下町に入ったアリシアの乗る馬車は下町での火事で混沌とした道で立ち往生していた。

「一旦戻ります。この道は無理だ」

 何とかしないと、焦る若い御者。根が真面目なのだろう。しかしこの状況に対応する策を持ち合わせていないようだ。

「抜け道はないのか?」

 御者の隣に座った私服の騎士が声をかける。

「すいません。まだ抜け道までは……」

 馬車を回頭させて戻ろうとするも避難命令を口走りながら歩く人々に囲まれ馬車がなかなか動かせない。その黒塗りの馬車に正面から一人の少年が近づいて来た。身なりの良い少年で、年若い貴婦人の元から走って来たのを騎士は見ていた。少年は御者に声を掛けた。

「二本戻った路地なら馬車が抜けられるそうです」

 避難する人々の喧騒によく聞こえなかった様子の私服の騎士に御者が伝え、騎士は背中側にある黒塗りの小窓を開けて車内のアリシアとステュアートに迂回する事を伝えた。騎士が「平民とは言えパッカードともなれば貴族との繋がりもあるのだろう」と思っている所に馬車の車窓が空いて「ありがとう」と手を振るアリシアに少年は振り向き、手を振り返すと貴婦人が姿を消した角を曲がって行った。

「親切なご婦人もいるものだな、と思ったが知り合いか」

 比較的近い路地に入った馬車は路地の壁に並ぶ出店の道具や護美箱をけつつ何とかその車幅が通れる、という路地を進み始める。その時になって騎士は気づいた。おかしい。こんな塞がれたら逃げ道のない裏路地にわざわざ貴族が誘導するだろうか?と。

「さっきの少年とご婦人は知り合いか?」

「はい。アリシア様が可愛がっている所を見た事があります。商会の方の子供だとか。ご婦人はパッカード様の元の奥様のユアン様ですよ。この路地を抜けた通りならそう大回りになりません。さっきの道よりいてそうです。別れた旦那さんのご家族を心配するなんて良い人なんですね」

「直ぐにこの路地を抜けろっ!物を壊してもかまわん!!」

 怒鳴られた御者は畳まれた出店の軒先や護美箱を吹き飛ばしながら路地を突き進む。

しかし行く手の出口を馬車が塞いだ。その馬車から剣を持った男達が降りて来る。騎士が後方を確認すると後ろからも4人の男達が迫っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カッツェの報告を聞いたオーブは指令を出して結果を待つしかなかった。

「北西門の襲撃も囮だ。西門を残して門をすべて閉じ、西門も兵以外通さぬように指示は出したが……」

「目的は子供の誘拐」

 ハルトは一人ごちた。

 カッツェの持ち帰った話しによると、避難所に避難した家族が、子供はまとめて預かる、と言われ、連れていかれたまま何処にいるのか分からない、というものだった。そんな規則も指示を出した覚がないオーブは直様門を閉じることと通行者の確認を徹底させる指示を出した。

 膠着した本部に焦燥感が募る。そんな中にアルフリード達が到着した。総勢26名とそれと同数の守り鴉のうち半分を北西門に向かわせ半分を外で待機させているという。

「アルフ、来て早々だが守り鴉を飛ばしてはくれぬか?」

 屈強なオーブの顔に焦燥感が生まれ始めていた。

「それは構わぬが理由をお教え願いたい」

「ロダの襲撃も、ここの工房も囮だ。真の目的は子供の誘拐らしい。門を閉じるように指示は出したが間に合わんかもしれん」

「しかし何故ゆえ子供なのだ?」

「分らん。だが数が尋常ではない。今分かっているだけで42名。もっと増えるだろう」

「女か?」

「いや、男女問わず。年齢もバラバラだ」

 アルフリードは額に指を当てるがなかなか答えが帰ってこない。

「子供の救助を最優先事項としたい」

「北西門は良いのだな」

「うちの戦力を集中させる。北西門の鳥の人も捜索に回して貰いたい」


 二人の会話を一言も聞い漏らすまいとするかのように静まり返った本部。その部屋の分厚い窓ガラスにコツコツと小石があたる音がした。

 ハルトが振り向くとフィレーネが窓の外で何かをわめいているが何を言っているのか分からない。冬の突貫工事で嵌め殺しになっていて開かない窓の中からハルトは隣の部屋に行けと指で示した。閲覧室と書庫になっている隣の部屋は換気用の小窓が開く。

 こんな時に何やってんだ。フィレーネは。

 ハルトが閲覧室の窓を開けるとフィレーネは肩で息をしていた。よほど急いで飛んできたのだろう。

「大変、アリシアが拐われた」

「どこでだっ!?」

「下町。みんなのとこに行って話す。同じ話しを2回したくない」


 オーブとアルフリードが捜索範囲を相談している本部に入ったフィレーネが話しを始める。

「みんな忙しそうだしアリシアさんの家にでも行こっかな、と思って途中まで馬車の上を飛んでたんだけど、火事が見えて見に行ったの。あちこちから火の手が上がって位置を確かめながら見て回ってた。犯人らしき人の姿は見えなかったから見失った馬車を探したら、馬車が1台やっと通れる狭い路地にパッカードの馬車の屋根が見えて」

「流石に屋根の上の文字までは消さなかったか」

「どのような状況だった?」

「剣を握った茶色い上着に黒いズボンの茶髪の人と若い御者服を着た人が中で死んでた。他には誰もいなかった。カーテンが閉められてて中は見えないし馬車の前と後ろに幕が張られてたから気付かれなかったんだと思う。私は換気口から中に入ったから」


「カッツェ、北西門に飛べ。子供を複数乗せた馬車とアリシア・パッカードの捜索に向かえと伝えろ。北西門の鳥の人には北部の捜索にあたらせろ。私達は南部を当たる。これを持ってゆけ。ここには一つあれば十分だ」

 Tバードを受け取ったカッツェは「はっ!」っと返答をして駆け出て行った。

 

「ハルト。気持ちは分かるが、無闇に動かない方が良い時もある。もうすぐラフィー様も着く。そうすれば情報がここに集まる。アリシアを迎えに行くのはハルトであって欲しい」

「分かりました。と言いたい所ですが今回は聞けません。俺もTバードを持ってる。南を当たります」

 アルフリードとオーブを交互に見つめるハルト。

「行って来い、ハルト。これを持ってけ」

 オーブの言葉と共に差し出された短剣を持ってハルトは屋上に向って駆け出した。フィレーネがそれに続く。


「ミック出すぞ!」

「どうした!?」

「アリシアが拐われた」

「煙幕だけ積ませろ」

 ミックが煙幕を持ち込んで初号機が飛んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「しかし良かったのですか?あの爺さん」

「何か良い情報を得られるかと思ったが強情な奴だったな。パッカードの内情を知りたかったがあれだけ痛めつけても口を割らんとは。あ奴なぞ乗せてるだけ馬車が遅くなるだけだわい」

「それなら殺してしまえば良かったのに」

「こんな麦も植わっとらん田舎道に人など通るものか。それに人里までは歩けば丸一日はかかるだろう。このあたりの土地は畑こそあるが川のない雨水だよりの土地だ。水も飲めずに野垂れ死ねば良いだけの話しだ」


 セルドは隣の黒いローブの男に自信満々の細い目を向けた。

 幌馬車の後ろには縄で縛られたアリシアが床に座っている。

 後部の幌は閉じられ、セルドは荷台と御者台を隔てる木の壁の脇のベンチに腰を降ろしていた。

「しかし荷馬車というのは尻が痛くなるな」

「もう少しの辛抱です。もうすぐアントナーラの領地を抜けます」

「ハシュタルの領地に入ったら我が祖国ニンディタの者が待っているからな。そこで馬車を乗り換えればわしらの勝ちだ」

「しかしさっきの爺さんから情報が漏れたらどうするんです?」

「ハシュタルには祖国の人間が数多く入り込んでおる。政治にも口を出せる。アントナーラの馬鹿領主でも好き勝手なことは出来ん。何か言って来たら、他領の権利への侵害だ。これは侵略だ。と言い張らせれば良い。声が大きい方が勝つのだ。その頃にはわしらはハシュタルを抜け東の泉から船で祖国に入っているだろうがな」

「子供らも船で運ぶんですよね」

「既にハシュタルに入った奴らはな、アントナーラ周辺に借り上げた納屋に残してきた奴は言わばおまけだ。祖国でのわしの地位を確固たるものにする為の手土産だな。あの小汚いガキどもはハシュタルの同胞が連れにゆく。わしの仕事はハシュタルに入ればそれで終わりだ」

「もう少しですね」

「もう終わったようなもんだ。そうだな――」

 セルドはでっぷりとした腹を抱えて立ち上がり、後ろで怯えるアリシアに近づいた。

「お前のお陰で散々な目にあった。スネイルのおもちゃにと思っておったが怯えるその目もそそるな」

 猿ぐつわを噛まされたアリシアは後ずさった。手は後ろ手に、両足も縛られている。

「後でスネイルに会わせてやるが、その前にわしが味見をしてやろう」

 アリシアからは、ふー、ふー、という声にならない声が出るだけだ。

「旦那、いいんですかい?」

「スネイルが飽きたらお前らにくれてやる。生きておればな」

 セルドは黒いローブの男に御者台にゆけ、と目配せをした。

「納屋に手下を置いてきてもうお前しかおらん、しっかり見張れ」

 男は扉を開けて御者台に移りセルドはかんぬきを通した。


「さて、どうしてくれようか?初めてか?それともあの馬鹿息子ともうガッポガッポやった後か?」

 セルドはアリシアの髪を掴んで匂いを嗅ぎ、唾を垂らしてクチュクチュと音たてて舐めた。それから力まかせに髪を引っ張るとアリシアの頭を床に押し着け、足首の縄をほどいて両の足首に手を掛けた。

「さぁ、力まずに足を開け」

 こんなことならあの薬を持ってくれば良かったわい、セルドは言いながらアリシアの太ももの間に頬の肉の揺れた顔を近づける。

 アリシアは両膝でセルドの顔を挟んで必死に抵抗する。セルドの顔に滴る油っぽい汗がアリシアの足にまとわりつく。

「なかなか良いではないか。こういうのも嫌いではない」

 自分の行為がセルドを喜ばせている事に心が折れたのかアリシアの体から力が抜けてゆく。

「最初からこうすれば良いものを」

 スカートをめくりりあげたセルドがアリシアに覆いかぶさり胸をまさぐる。

 二人の体が跳ね上がった。


「何だっ!!」

 爆音と共に二人の体が中に浮いたのだ。馬車が左右に暴れている。

 セルドはよろけながら扉の閂を抜いて御者台に出た。その姿を見たミックが飛甲機を急降下させた。御者台に残り僅かの眠りの粉が降りかかる。しかしそれで十分だった。

 後部座席から御者台に飛び降りるハルト。朦朧としたローブの男の胸に短剣が刺さる。御者は腰を抜かして御者台から落ちた。ハルトは暴れる馬を開放し、馬が御者を蹴り飛ばして走り去る。腰を抜かしたセルドにハルトは剣を鼻先に向けた。


「ここまでだ」


 ハルトの発した言葉は静かなものだった。 

 燃え上がるような怒りが圧縮された静謐せいひつな口調にセルドはおののきき失禁した。


 初号機を地上に降ろしたミックが御者席に上がって剣を受け取る。ハルトは幌の中に入ってアリシアを開放した。その状況から何があったのかを悟ったハルトだったが「もう大丈夫だよ」とだけ声をかけてアリシアを抱きしめた。縄を解き、一旦御者台から外に出て幌の後ろを開けた。地上に降りたアリシアの足は震えていた。上空にはフィレーネの立てた光が伸びている。アリシアを抱きかかえ「ステュアートさんに聞いて来た。ステュアートさんも無事だよ」そう伝えたハルトに、何とかアリシアは頷いた。ハルトから受け取った縄でミックが放心したセルドを縛り上げる頃には、一番近くを捜索していた鳥の人の守り鴉が上空に到達していた。


アリシアを救出したハルトはアントナーラの街の戻ります。

次回「テロリズム」金曜日の投稿になります。


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