守るべきもの
ハルト達はアントナーラの街壁を見下ろしている。ロダへ通ずるの道の始点である西門に混乱した様子はない。しかし普段より兵が多く門前に詰め、騎士達が人の壁を作っている事から警戒の度合いが見て取れた。外壁を越え街の上空に入ってみても街は平穏で、人通りが少ないくらいで普段と変わらない。しかし領主の館近くの新工房が見えて来ると様子が一変した。通用門が爆破され材木で組まれたバリケードを挟んで騎手達と服装と装備がバラバラの傭兵らしき集団が睨み合っている。
上空のハルト達を見つけた指揮官らしき騎士が、開発工房へ向かえと手振りで示している。門に近い製造工房を騎士達が取り囲んでいるのが見えた。製造工房と開発工房の間にある物見の塔に近づくと『開発工房に降りろ』と手信号が送られた。
開発工房の離着陸場の位置を指示したハルトに従ってカッツェは初号機を飛ばした。
コンクリートの上に白い塗料で書かれた円の中にHの文字が見える。前の世界のヘリポートを意識してハルトが提案したものだ。3つあるポートの一つの上で誘導員が両手で旗を振り『ここに降りろ』と示している。
開発工房の入り口に一番近いポートに下りたハルトは誘導員に導かれて工房に入ると誘導員を追い抜いて階段を駆け上がる。応接室の前に衛兵が立ち、そこが本部だと知れた。
顔見知りの衛兵はハルトの姿を見ると扉を開けて到着を知らせる。部屋の中にはオーブと騎士団長の他に何人もの騎士が詰めていた。
「状況は!?アリシアは?!」
敬語を忘れたハルトの言動を気にすることも無く答えるオーブ。
「アリシアは重要書類の運び出しを指示している。隣の部屋だ。安心しろ」
まずアリシアについてを答えたオーブの慧眼だろう。ハルトは瞬く間に落ち着いた。
「まだ稼働していないこの施設を襲う目的は破壊か飛甲機の情報の入手かのどちらかだ。破壊を行うには兵力が貧弱過ぎる。故に情報の保護を最優先に重要書類を館に運ばせている。裏門と館の間の道の周囲を封鎖して運んでいるが、そろそろ最終便が出るところだ」
「正門の通用門が破られてましたね」
カッツェの問いにベンヤミン騎士団長が答えた。
「貴族を装った者に爆破された。その直後に速やかに侵入された事、図ったよう後続が現れたが強行突破を試みない事から考えても、事前に綿密に打ち合わせが行われ、訓練された者が指揮をしてるな。通用門で抑えている輩より侵入した敵の方が厄介だ。どこかの国の軍属だ。あれは」
「侵入者は?」
「約50人に侵入された。この開発工房に向かおうとした敵は掃討したが、門に近い製造工房の窓を割って侵入した約30人が立て籠もっている。 ここを狙って戦力を集中させなかった事から、そこまで詳しい情報は持っていないと推測される。情報の略奪が目的ならまず先にここを狙うはずだ」
「領主命令で周辺の住民には避難命令を出した。人命第一なのでな。非常時の避難所は状況に応じて事前に決めてある。そろそろ避難が終わっているだろう」
「さすが、ですね」
「ハルト、俺と騎士団はこの街と領地の人間を守る為に在る。当たり前のことを言うな」
「失礼しました」
「さて、飛甲機と守り鴉。2つの空中からの援軍を得た。この後の事を話したい」
「「「はい」」」
ミックもそれに答えた。ベンヤミンが話し出す。
「製造工房に立て籠もった敵をあぶり出す。工房に眠りの粉を入れて鎮圧するには広すぎるのでな。煙を充満させ退路を薄くしておいて誘き出す」
「誘き出してどうするんですか?」
「普通なら騎士が取り囲んで切り合いになる」
「ハルト、お前ならどうする?」
オーブがハルトを見据えながら言った。
「切合になれば味方にも被害が出ます。村では既に被害が出てるんです。敵が死ぬ可能性があっても良いんですよね?」
「当然だ」
「取り囲んだ所に眠りの粉を噴射します。それが効かなければ爆発物を落とします。ミック、噴射機の粉の換装は出来るよな。ガス管は足りるか?」
「粉の換装は粉があれば出来る。ガス管は持ってきた分だと心もとないけど開発工房にある分を使えば余裕だ」
「なら俺は上空から矢で射るか。ガス管に余裕があったら回してくれ」
「面白い。やってみろ」
「取り囲む騎士の指揮官と話させて下さい。追い込む場所と陣形を打ち合わせて……それと敵との距離は状況によって随時変えてもらいたいです。サインを決めておきたい。味方を傷つけたくないんで」
「良かろう。ベン、指揮官を呼べ」
「はっ」
「ハルト、指揮官が来たら呼んでやる。隣の部屋に行ってこい。あの娘のことだ、まだ出来ることはないか考えているだろう。それに掃討が始まればここはまた荒れる。避難させるか自宅に帰しても良いぞ。裏門からなら出られる。ミックと言ったか?粉を変える準備を頼む。カッツェは俺と話そう」
それぞれが動き、ハルトは書庫になっている隣室に向かった。書庫と言っても絨毯敷きの大きな部屋だ。閲覧室と言った方が良いかもしれない。本の保護のための小さな窓しかないが、換気が出きるようになった部屋だ。
ハルトが入るとアリシアとステュアートが二人の騎士に指示を出していた。重要な書類が収まった書棚は殆どが空になってる。ハルトに気がついたステュアートがアリシアをハルトに向けた。アリシアはハルトに駆け寄る。
「無事でしたか。怪我は無い?」
「大丈夫。ミックが村で火傷を負ったけどもう癒やしも終わってる」
「良かった」
ほっと息を吐くアリシア。
「零号機は鳥の人が回収してくれる。初号機は今ミックが侵入者掃討の準備をしてる」
「掃討に加わるの?」
「ここまで、いや、これから関わってくれる人も含めて力を合わせて来た人達の気持ちを考えると何もしない訳にいかない。俺はその気持を守りたい。大丈夫だ、ミックとカッツェもいる」
「そう。あなたがそう思うなら。――ご武運を」
騎士の二人がハルトとアリシアに敬礼をして出ていった。ハルトの言葉に感銘を受けたような表情をしていた。
「アリシア様、書類の移動はひとまずこれで良いでしょう。ハルト様、ご無事で何よりです」
「ありがとう、ステュアートさん。アリシア、掃討が始まったらここは危険だ。ここから出た方がいい」
「でもハルトがここで頑張るというのに」
「アリシア様、ハルト様の不安を取り除いておやりになるもアリシア様に出来ることかと思いますが」
「――そうね。ハルトがその方が良いのなら」
「終わったらすぐに会いに行くから」
「約束よ」
ハルトはただ頷いた。
約束は守る。絶対に。
「ではアリシア様、馬車を用意致します。御者が族の侵入で怪我をしましたが、助手も十分御者の仕事を行える者ですので問題ありません。どちらに向かいますか?」
「自宅に戻りましょう。お父様ともお話をしないと」
「分かりました。ハルト様、裏門からで宜しいのでしょうか?」
「道路が封鎖されています。オーブと話しに行きましょう」
三人は揃って本部に移った。
「そうだな。何が起こるか解らん。今の内にここを出た方が賢明だ。騎士を一人付けよう。警護の意味あるが道路封鎖から出る伝令も兼ねさせる。本来なら騎士を二人付けてやりたいところだが今はこれ以上各所の戦力を削れない。すまない。目立たぬように鎧は脱がさせるか。それと馬車のパッカードの文字は消しておけ。狙われる要素は極力排除しておけ。本当は貸馬車を用意してやりたいくらいだが避難で混乱しているようだ」
「お気遣いありがとうございます」
「ハルトの嫁になるんだろ?気にするな」
まっ、と言いながら顔を赤らめるアリシア。
「では御者に伝えて参ります」
「この建物の玄関に着けさせろ。私服の騎士に指令書を渡して行かさせる」
「ポール・モーアン、参りました!」
伝令を受けた指揮官が入って来た。
「アリシア、俺はこれから打ち合わせをする。見送れないけど気を付けて」
「ハルトこそ。無理をしないでね」
アリシアとステュアートを本部から見送ったハルトは打ち合わせに入った。
私服の騎士が御者台に乗り、車にアリシアとステュアートを乗せた馬車は無事に封鎖を抜けて自宅を目指していた。私邸に戻るには下町に出なくてはならない。貴族ではないパッカードの敷地は貴族街ではなく下町の中心に近い公園跡地にある。
貴族街は工房敷地の中の騒動が嘘のように静かだった。既に避難が済み人通りは殆どなかった。順調に貴族街を抜け下町に入ると活気に満ちた日常が戻って来た。仕事に出る人、店を開ける準備をする人、行き交う人々それぞれに笑みや考え事をする顔が見え、様々なドラマがそこにあるのだろう、そう思いながら安心したアリシアは車窓をながめた。
ハルトは打ち合わせを終え、開発工房に降りた。工房に入れられた初号機をミックが点検している。
「粉の換装は終わった。テストしたけど30人くらいの範囲ならいけそうだ。失敗した時の爆発物も問題ない。強力なやつも作ってあるけどここで使うには過剰だ。カッツェにも渡す分もある」
「こっちも話しはついた。誘き出すのは裏口だ。外壁との丁度真ん中あたりで取り囲む予定。でも臨機応変になるかも」
「取り囲む場所が変わりそうだったら予定の所に俺がレーズで追い込むよ。多分大丈夫だ」
「こっちが噴射のサインを出したらマスクをして貰う事になってる。サインを教えるよ。指揮官のポールさんの兜に赤い印がつくから、その人に向けてサインを出して。作戦が始まる前に会うけど、兜を被ったら顔が分かんなくなりそうだし」
ハルトは噴射を行なうサイン、爆発物投下を告げるサイン。逆にそれぞれを要望された時に受け取るサイン、万が一の場合の撤退のサインの手信号をミックに教えた。
「そんじゃ俺は着けてこれなかった鎧を借りてくるわ。フルアーマーで行きたいし。時間までには戻ってくる」
フルアーマーと言っても蟲の殻で出来ている鎧は軽い。騎士を乗せて飛ぶ守り鴉にも負担にならないものだ。
指揮官と小隊長を含めたブリーフィングを終えた三人が上空で待機する。
ダミーの爆発を表玄関で興し、製造工房に煙幕が投げ込まれた、取り囲んでいた騎士達が玄関側に回り裏口側が開けたかのように見せかける。
立てこもっていたほぼ全員と思われる人数が出た所で両脇に潜んでいた騎士達が退路を塞いだ。進路の資材置き場から姿を現した騎士にも行く手を遮られ、侵入者達が取り囲まれた。
「俺の出る幕はなかったな。行こうか」
カッツェの言葉にハルトとミックも動いた。
カッツェが侵入者の集団の周りを飛ぶ円を縮め、侵入者が寄り集まる。
上空で滑空していたハルトはミックに噴射のサインを送る指示を出し初号機を降下させた。
騎士がマスクを装着して円陣を広げるのが見え、ハルトは初号機を地上に向けたままミックに噴射の合図を出した。
15秒程眠りの粉を噴射した後に向きを変えて上昇した。振り返ると、侵入者達の体から力が抜けて崩れて落ちてゆくのが見えた。逃げようと包囲網に突撃した侵入者は騎士に切り捨てられた。
侵入者を片付けた騎士団員は捕縛する騎士を残し通用口に向かう。人数が増えた事に恐れを成なしたのか逃げ始めた傭兵団を騎士団が追う。傭兵達は味方を盾にすることを厭わず、後ろから切りつけて自分の進路を確保しようとする者もいる。
「戦に関わる者の風上に置けん奴が!」
怒った騎士に殴り倒される傭兵。中にはしっかり体術が使える者もいて、正規の訓練を受けた者であることが分かる。その人間でさえ己の保身を優先し仲間を裏切ることを厭わなかった。
本部に戻ったハルトに刻々と報告が上がってくる。捕らえた侵入者の尋問はまだ始まっていない。
「終った、んですか?」
「まだだ。逃げ延びた奴がいる。そいつらの鎮圧、もしくは逃亡が確認されるまで終わったとは言えない」
でもそれじゃ何時アリシアに会いに行けるか分かんないな。約束は守りたい。
それをどう伝えるようかと考えている時に新たな伝令兵が入って来た。
「下町で火事が多発しています。庶民の避難勧告を要望します」
「下町に避難命令を出せ!」
「北西門に襲撃。応援要請を伝えに参りました!」
次々と入って来る報告と要請。
「ええーい、一体何を考えているっ!!」
オーブがテーブルに拳を叩きつける。
終わったかに見えた直後の混乱は深まってゆくばかりだった。
アントナーラの街に入っても事態はまだ収束しません。混乱が続きます。
次回「真の目的」 水曜日の投稿になります。




