強奪
新工房の外装が完成し設備が移設されている。開発工房に王都からマナの流れを計測する大型の魔道具や工作器械が運びこまれているのを2階の執務室からハルトは見下ろしていた。空洞実験装置も併設されることになった開発工房は更に大きくなる予定だ。
「ああいう器械があれば初号機と二号機の製作がもっと楽だったんだろうな」
「これからはもっと簡単に、より精密に作れるようになりますよ。今までハルトさんたちが頑張りすぎてたんだって思えばいいんじゃないかしら?」
振り向いたハルトに笑いかけるアリシアの顔の下半分は半分書類に埋もれている。
山のような書類がハルトの机やステュアートが座るミックの机にも積まれていた。
「ハルト様もロダの工房で初号機の完成に立ち会いたかったでしょうけれども、こちらも大切な仕事ですので」
「わかってますよ。ステュアートさん。さて、やるかぁ」
ハルト達が目を通しているのは製造工房で働く職人と開発工房の勤務に応募して来た人々の資料だ。
製造工房にはアントナーラの一般的な職人の1.5倍の賃金を目当てに山のような応募があった。
開発工房勤務は学者や騎士団、貴族のインテリ層の羨望の的になっている。
身元の明らかな騎士団を除き、貴族でも他国への利益供与を行いそうな下級貴族を取り除かねばならない。中級以上の貴族やその子息の応募は領主が直々に判断しているが、職人は他領からの応募もある。パッカード縁の工房に所属、もしくは見習いも含めて出入りしていた職人をアリシアとステュアートが選り分けてゆく。ハルトはロダやブロック工房に縁のある人物の応募がないかを探した。候補が出揃ってから身辺調査と面接だ。門戸は狭い。
ハルトは一揃えの書類の名前の欄にケーヴィンの名前を見つけた。
「これケビンじゃないのか?」
ハルトは成人式以降ケビンと顔を会わせていない。
次の書類にカールの名前があった。
間違いない。会って謝りたいな。カトリーヌの方にも関わってもらって権利登録に名を連ねて貰らいたい。
ハルトは直接使者を立て、翌日個人的に会う予定を入れた。
「凄い事になってるな」
製造工房の応接にやって来たケビンとカールは応接室の備品に放心している。
「久しぶり、ケビン、カール」
「本当にハルがこの施設全部の責任者なのか?給金が良いから駄目元で応募してみたんだけど、使者が来て驚いてたらハルベルト・ブロックの名前が出てきて2度びっくりだったよ」
「責任者っていうか役員なんだ。クスノキ・パッカードの」
「何がどうなっちまってるんだ?ともあれ久しぶり。その、あの時は悪かった。俺はてっきり……」
「あの時は俺も悪かった。あんな大事になるとも思ってなくて、権利の事もよく知らなくて」
「俺が街に働きに出てからだけど、スネイルが捕まって村長が解任されたって聞いた。ハルに悪いことをしたな、とは思ってたんだけど」
スネイルやセルド達に操られてる感じはしないな。大丈夫だ。
「お互い水に流さないか?ここで一緒に働けたら嬉しい。カールも」
「ほんと!?ハル、またサッカルしようぜ」
「サッカルのコートも作るか」
「ハル、お前ホントに凄い人になったんだな」
「それと新しいカトーリを作って登録し直そうと思うんだ。しばらくカールはそっちで動いてもらって二人も権利登録に入れたいと思うんだけど」
「マジでか!?」
「その代わりここの仕事も引き続きやってもらいたい。そのうちカトリーヌの権利で生活出来るようになるんだろうけど、気心知れた仲間と仕事をして行きたいんだ」
「俺も職人だからな。腕を磨きたい。よろしくハル」
「ハルトって呼んでくれ。成人してからはそう呼んでもらってる」
ハルの友達がハルトの友達になってゆく。
「結婚式にも出てくれよ」
「誰と結婚すんの!?」
「アリシア・パッカード。だよ」
「「…………」」
固まった二人を開発工房に連れてゆき、製造工房よりも段違いの応接室に目を丸くした二人がアリシアを紹介されると更に目が大きくなった。
「ハルトさんのお友達なら私のお友達にもなって下さるかしら?」
「も、もちろんですアリシア様」
「ハルト、こっちは大体目処がついたから、ロダのブロック工房に戻って完成した初号機と二号機の移動をお願いしても良いかしら?こっちの工房に移しましょう」
「零号機に乗ってロダに戻るよ。初号機は飛ばしてくる。二号機はまだ不安だから馬車で運搬かな。結構手間だよ」
「警備の騎士団をアントナーラに引き戻したいという意向もあるようだから二号機も移送してしまった方がいいわね」
「了解。俺が初号機に乗って戻ってくる。零号機はジョナサン中隊長に乗って来てもらうよ。ミックも連れてくる。流石のミックも、もうこっちででももう作業出来るって言えば移ってくるだろうし。二号機運搬の手はずは任せてもいい?」
「やっておくわ。お父さまやご家族によろしく伝えて」
「パッカードのお嬢様があんな美人だったなんて。ハルト、お前が遠い人に思えて来たよ」
「俺も正直まだ戸惑ってるんだ。上流社会ってのにも慣れなくて。だから気心知れた仲間がいてくれると助かる。ミックもこの施設の役員だよ。製造工房の指導員になるから助けてやってくれ」
「あーあー、俺たちもロダに残ってたらなぁ」
「カールも、当然ケヴィンもだけど、そのうち責任ある役職について貰うからよろしくな」
大変だよ、結構。というかかなり。その言葉は伏せつつもハルトは新工房の人選をあらためて考えていた。
と、その前に領主様の館だな。
ハルトは領主との面会に向った。
「どうした?期限にはまだ余裕があるだろ?」
「これからロダに戻って飛甲機を持って来ます。両親とゆっくり出来る最後の機会になると思うんでその前に領主様に相談したくて」
「俺に相談しにくるなんてお前くらいだ。うははは」
「で、何が知りたい?」
オーブの顔が引き締まる。
「貴族になるかならないか、という所で一番重要になってくるのは王宮への出入りだと思うんです。射出機の事もあるし、その辺りを把握したくて」
「射出機の件はまだ先になるだろうが、差し当たって飛甲機の件でも王宮に向かわねばならんぞ」
「例の観兵式ですか」
「グランノルン騎士団との手合わせもある。アントナーラの騎士団とグランノルン騎士団にはちょっとあってな」
「そこ、聞いてもいいですか?」
「構わん。騎士としての誇りは共有している。それを前提としての話しだか、グランノルン王都の騎士団は気位が高いのだ。王族が代々騎士団総長をつとめているのもあるが、信仰心が厚いのは良いことだと思うがこだわりが強すぎるきらいがある。宗教的美的感覚を重要視しすぎるのだ。鎧にも位ごとにゴテゴテと装飾が入っていてな、俺はそんなもんはどうでも良い。鎧は身を守ってこその鎧だし、剣も切れて殴れればそれで良い。そういうアントナーラの風潮を王都の騎士団は見下しがちなのだ」
「だから今回は飛甲機で一泡吹かせてやりたいと思っている。我が騎士団所属の者が開発したのだ、どうだ!と言ってやりたいのだ」
「あの、それって個人的な理由なんじゃ……」
「そうでもないぞ。騎士たちのモチベーションは大切だ。それだけではない、今回の手合わせは王都で開発された新たな魔導兵器のお披露目になるらしい。興味がないか?」
魔導兵器、ちょー気になる!見たい!!だって男の子だもん。
「分かりました。ロダから戻って来たら答えをお持ちします」
「そう構えるな。お前はいずれ騎士になる。俺はそう思っている。今も興味津々な顔をしてるじゃないか」
「しっかりと考えて来ます」
「どっちにしても王宮には連れてゆく。新兵器見たさに決めるなよ」
「そんな事しませんってば!」
あー調子狂うなぁ。最初の時に領主様っ!?って緊張してたの返してっ。
とにかくまずは飛甲機を持ってくるか。これでロダの村に帰ることも少なくなる。父さん達にちゃんと挨拶しないとな。
ハルトは零号機に乗ってロダに戻った。
着陸させようとした裏庭にモモとノエルの姿があった。
まだ新芽の出たばかり牧草地に土煙を上げて飛甲機は地に足を着けた。
モモに乗ったノエルがハルトに近寄った。
「お帰り。ハル」
「ただいま。モモを引き取りに来たの?」
「ううん。私ハロルド様やカッツェと一緒に動くことにした。だから、あらためてよろしくね。ハロルド様はまだ森だけどカッツェと来たよ」
「そうか。でもどうしてなのかを聞いてもいい?」
「お父さん達が赤い貴石を見つけたの。王都の文献も読んでみたいから……」
「文献が読めるかは分からないけど春の観兵式に飛甲機を持っていく。俺も行く。ノエルも行くって伝えるよ」
「ありがとう」
「カッツェは?」
「中隊長のところだよ。これからどうするかを話してる」
「分かった。ありがとう」
工房には薄紫色に塗られた初号機と赤い二号機が鎮座していた。二号機を吊り上げ、零号機を格納すると、ノエル達と一緒に来たと言うフィレーネに足を癒やして貰い、その夜家族と深夜まで話して自室のベッドに入ったハルトは、まだ夜が明ける前の薄暗い時間に非常警報に起こされた。窓の外から火事を知らせる魔道具のけたたましいサイレンが鳴っている。カルドやTバード、身につけなければいけない物を納めたルトを付けてハルトが部屋を出るとノエルとカッツェがノエルの部屋から出てきた。
「火事だよね」
「取り敢えずどこなのか調べよう」
玄関を出ると中隊長と騎士団員が既に外二出ていた。ノエルの家の方向から勤務時間外の騎士達がコボルに乗って駆けつけてくる。
「ユージン行って来い!」
コボルに乗ってたユー人が走り出す。婚約者の暮らすミックの家の方角に煙が上がっているのだ。
「俺達も行こう!」
ハルトとカッツェが飼育小屋に向って走り出すと伊右衛門とキスカを連れたノエルと鉢会った。
「わたしはマーちゃん達と一緒にいるから、行って!」
ユージンのコボルを追いかける二人。やはりミックの家から火の手が上がっている。
「どうなってる?家の火の不始末の燃え方じゃない」
カッツェの言う通り、火は外壁に積まれた干し草から点いたようだ。油を含ませたような黒い煤が壁についている。
煤ににまみれ心配そうに黒煙の上がる玄関や窓を見つめて立ち尽くす両親。裏口からハンカチで口を塞いだ姉を連れたミックが出てきた。外に出た途端に姉は倒れ、火の手を避けるように運ばれた。
「大丈夫かっ?」
ユージンと両親が姉の顔を覗き込む。
「煙を吸ってしまったみたいだ」
ミックの言葉にハルトは直ぐに答えた。
「家にフィレーネがいる。運んで!」
カッツェとユージンが姉をユージンのコボルの乗せて、火傷をした両親とミックをそれぞれのコボルに無理やり乗せる。
「どういう事だっ!?」
カッツェの怒号に空を見渡すと農家の家々の方角、炭焼職人達の方向。あちこちから煙が立ち上っていた。
自宅にたどり着き状況を把握した中隊長はすぐさま団員達に指示を出した。
「これはもう村への襲撃だ。救助と共に全村民を教会へ!」
騎士団達が散った。
怪我人が運び込まれた玄関の廊下で必死で癒やしをするフィレーネを見つめるハルト。
ノエル、マーガレットとマリエールが水を持って降りて来る。ハルトから状況を聞くジュノー。
「わたしは村の人達に避難を伝えに行くっ」
ノエルが玄関を出た。
「マリエール、マーガレット二人は星見台に上がって梯子を上げておけ。ここも狙われるかもしれん。火を付けられた時に降りられるように縄梯子の準備をしておけよ。俺は外を見回ってくる」
ジュノーを残して階段を駆け上がった二人がリビングに入るのを見届けたハルトの視界が爆音と共に揺れた。
「工房だ!」
階段を駆け下り工房に入るお裏庭側の壁が爆破され零号機の羽が動いている。黒装束の男が零号機を飛ばし、工房を抜け出て行った。
初号機に駆け寄るハルト。しかし倒れた棚や資材で飛び立てない。その上やわたわたと飛ぶフィレーネ。
「フィレーネ!追ってくれ」
「光を立てるからそれを目指してっ!」
ジュノーとカッツェに火傷を負ったままのミックが加わり、初号機に倒れかかった物をどけよう力を入れる。
「ハルト!ここは俺たちに任せろ。Tバードを出せ!」
カッツェはTバードを受け取るとカルドを当てた。
「マナを移した。アルフリード様に連絡を」
「でもまだ寝てるんじゃ」
「最初の鳥のマークを3回叩け。それから『話す』を押してメッセージを送るように相手を選べば声が届く。話せる!」
音声通話か!
ハルトは空中ディスプレイに指を走らせた。
事件勃発です。




