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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
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新工房

 ミックのケーブル接続の試作パーツを待つことになったハルトは、手持ち無沙汰を感じながら新工房工設立の報をもまた待っていた。

 コボルたちの世話でもするか。


 飼育小屋に入ると伊右衛門とモモがハルトに駆け寄る。

 モモ、ノエルは森に帰ったよ。ごめんな。

 ハルトに向きながらも時折くちばしでお互いをつつき、毛づくろいし合う仲睦まじい伊右衛門とモモを見て心が傷む。

 とにかく体を動かそう。

 ハルトは飼育小屋の掃除を始めた。


「ひさしぶりー」

 動かした体が温まり、渦巻くような取り留めのない思いから抜け出ようかという頃、ふと飼育小屋にフィレーネが姿を現した。

「もうそんな時期か」

「なによ、せっかく来てあげたのに」

「ごめん、ごめん」


「暗い顔してるね。もしかして罪の意識にさいなまれちゃってる?」

「守りの森から来たのか?」

「そだよ。ノエルは大丈夫だよ。多分」

「お前が言うと全然信用できないんだけど」

「ほんと失礼しちゃう。もう帰ろっかな」

「いや、悪かったよ。足の癒やしをお願いします」

「うん。――今のハルトは不安定すぎ」

「すまない」


 いつものようにフィレーネはハルトの足を癒やした。

「俺、アントナーラの街の工房に移るんだけど、これからは街まで来てくれる?」

「うーん。出来れば、かな?」

「それだと困るな」

 こっちに来てから当たり前だっことが変わってゆく。自分が思ってた以上に大きな決断をしたんだ。

「大分良くなってきてるから、今までより間隔を延ばしてもいいと思うし、たまには街に行ってもいっかな」

「ありがとう。助かるよ。繭の女神さまの方はどう?」

「こないだやっともう一回繭まで行けたんだけど、もう一個ちっちゃい繭が出来てた。どんどん迷いの呪詛が強くなってて、次はほんとにもう無理かも」

「女神さまは?」

「話しかけたんだけど、声が通らないみたい。返事がなかった」

「そうか。俺にとっては今までとあまり変わらないな。どうすればいいんだろう」

「ハルトはハルトのやるべきことをやってればいいんじゃないの?」

 フィレーネにまで言われるのか。

 何かを見失いそうになってる気がする。いやこれは迷い?それともやっぱり後悔なのか?自分のことが分からなくなってる。いや、自分で決めたことだ。しっかりしないと。


 飼育小屋の柵に手をかけて思索に耽けるハルト。そこに顔をのぞかせたのは母マリエールだった。

「ハルト、デニスさんが来たわ。アリシアさんがアントナーラに来て欲しいって」


 ハルトはデニスが御者する馬車に乗りこみアントナーラに向かった。

 小型だが高級な馬車の車内は一人だ。御者台のデニスとは小窓を開けないと話しも出来ない。村から街への閑散とした風景が懐かしい思い出のように見えてしまう。 

 初めて街に行った時もノエルと一緒だったな。あの時はノエルとワクワクしてたっけ。いつも一緒だった。


「またノエルのこと考えてたんでしょう」

 車窓の外にフィレーネが飛んでいた。


「お前どうして?街に行くのか?」

「ノエルを泣かした子の顔を見ようと思って」

「だから傷口に塩を塗るのはやめろって」

「それいいねぇ。今度やろっ」

 物理的にやりそうで怖いんだけど……

「アリシアに余計なことしないでくれよ」

「大丈夫だって」

 フィレーネを車内に入れると幾分か寂しさが和らいだ。



 アントナーラの街が見えてくるとまず浮かんで来たのはアリシアの顔だ。

 馬車が商人ギルドの玄関ホール前で止まり、ハルトはジェルマンの部屋に向かう。

 アリシアの顔を見るとなぜか救われた気がした。

 単純に喜べないのか俺は?こんなことじゃアリシアにも失礼だ。出来るだけ表に出さないように気をつけけなければ。

「ハルト、いらっしゃい」

「アリシア」

「うわ、美味しそうな花の匂いがするね」

 ハルトのポケットに隠れていたフィレーネが間を割るように羽を広げて舞う。

「今日は妖精さんも一緒なんですね」

「よろしくね。フィレーネだよ」

「こちらこそよろしく。フィレーネさん」

「ハルト、この人『さん』を付けてくれたよ。良い人だね!」

 現金なやつだなぁ。でもちょっと安心か。さすがはアリシア。


「ハルトくん、工房の予定地の基礎工事が始まった。アリシアと話しがてら見に行ってくると良い。私はデニスと新規の蟲殻の調達について運用部に話しに行ってくる。帰ってきたら我が家でアリシアとの婚姻の話しをしよう」

「分かりました。ジェルマンさん」

「お父さんと呼んでもらえる日を楽しみにしているよ」

「ちょっとまだ慣れないですけど、頑張ります」

「ハルトさん、行きましょう」

「うん、アリス」


 アリス、そう呼んだハルトをステュアートが嬉しそうに、そして何かを懐かしむように見つめていた。


 新工房の敷地は職人街ではなく、騎士団の本拠地の隣、領主の館のすぐ傍にある。貴族達の住まう高級住宅街よりもさらに都心部の官庁の中心地だ。

「防衛上の観点から館の地下に工房を、という話しもあったんですけど、飛甲機の開発ですもの、空があった方がいいですよね。それでここになったんです」

 

 周囲の壁の一部が取り壊された搬出入口に、大きな荷車を引いた4頭引きの馬車が何台も入ってゆく。壁は高く中は覗けない。

 資材の搬入門はもちろんのこと、人が出入りする通用門の警備にも厳重な警備態勢がしかれ、鎧を着込んだ騎士が門前で警備に立っている。車中のハルト達は騎士に敬礼をされ、馬車が敷地内に入った。

 

「広いなぁ」

 高校のグランドよりも広い。


 広大な敷地に白い線が引かれ区画されている。

 ロダの工房の10倍程の面積の製造工房用地の横にもう一つ同じ広さの開発工房。それだけではなく製造工房は更に3倍の拡張余地を残し、開発工房ももう一つ分整地されている。工房の後ろの格納庫と整備場の予定地、職人たちや整備員などの宿舎に使われるという既存の建物と合わせると広大な敷地だ。

 既に開発と製造、2つの工房の壁の木枠が組まれ始めている。その側には焼き物のタイルが山と積まれ、工事を監督する仮設の建物に騎士と貴族らしき人々が出入りしていた。

「ここって前は何だったんですか?」

 ハルトはステュアートに尋ねた。

「ここは騎士団の第1訓練場跡地です。騎士の訓練は一昨年新設された第2訓練場に移りつつあるので土地の有効利用の観点あるようです」

「でも伝統のなる場所なんじゃ」

「そうだとは思います。騎士の方々はあの宿舎で若い時代を過ごすのですから」

「そのな所を良かったんですかね?」

「領主様が総合的に判断されたとのことです。それだけこの事業にかける意気込みがあるのでしょう。それに騎士達からも反対の意見は出なかったようですよ」

「ここなら領主様の館も近いので、ハルトが貴族になったとしてもすぐに来られるわね」

「工房内の設備は王都に引き抜かれた工房や王都の空いた工房の物をデニスが掻き集めています。春になる少し前になるとは思いますが、その頃には新工房での開発・製造が始められるようになるでしょう」

「開発工房もかなり大きいし、二つあるのは?」

「大型の飛甲機を開発するにはこれくらいないと。もう一つは射出機の開発工房の予定地ですよ」

「でもここって一等地だよね。これを見ちゃうと自分が如何に大それた事をしてるのか実感するよ」


「今更なに言ってんの?女の子泣かしといて」

 フィレーネ、やっぱやらかしたか。

「アリスちょっといい?」

「ええ」

 ハルトはアリシアと二人になった。



「そうですか……ノエルちゃんが。そんな気はしてたんですけど。でもハルトが私を選んでくれた。そのことを喜びたいわ」

 今なら人気ひとけもない。話そう。

 ハルトはフィレーネを呼んだ。


「フィレーネ、アリシアに話すぞ」

「いいんじゃない」

「?」


「アリス、俺、イクリスの夜の洗礼が大きかったって言ったよね」

「はい」

「俺はその時、ハルベルトの魂と入れ替わってるんだ」

「――それは一体どう言うことなのかしら?」

「俺は別の世界にいたんだ。こことは文明も文化も違う世界で生まれ育った。その世界では楠木遥斗という名前だった。イクリスの夜にフィレーネが女神様の命を受けて俺の魂をこの世界に呼んだんだ。でも前の世界とこの世界が全然違う訳じゃない。家族もよく似てるし多分ハルベルトと似たような経験を俺もして来てる。別の次元にいる自分と魂が入れ替わったって言えばいいかな」

「それであんな凄い発想を次々と……」


「……でも、私にとってハルトはハルトよ。ハルくんの記憶もあるのだし」


「記憶は天使さまのベルダンティア様が無理やり繋げてくれた。だから断片的にしか残ってないんだ。この世界の常識もよく分からないままいきなり放り込まれた感じだったから」


 ハルトはベルダンティアに授けられたペンダントを取り出した。


「ベルダンティア様と鳥の人に助けられたんだ。最初は字も読めなかった。今こうしてアリシアといられるのもみんなに助けられてのことだと思う。それにフィレーネに指示を出した女神様に導かれて飛甲機の文献にたどりついた。何を意図してのことなのかはまだ解んないんだけど」


「大変な事を経験しているのね……。私が悩んでた事なんて小さい事に思えてしまうくらい。でも、ノルン様のご寵愛があるんですもの、きっと大丈夫よ」


「工房もそのうち動き出すわ。一緒に頑張りましょう」

「あらためてよろしく。アリス」

「ええ、私はあたのパートナーです。何でも話して」


「この工房のことなんだけど、一ついいかな?」

 アリシアは頷く。

「俺に開発工房の名前を付けさせて欲しいだ」

「何の問題もないわよ。ハルトが中心になって開発する工房だもの。どんな名前にするの?」


「ブロック・クスノキ工房。楠の木は蟲を寄せ付けない木だし、飛甲機は蟲対策に使われるから不自然でもないかなって」


「ハルトは前の世界の家族のことを忘れたくないのね。本当の意味は二人の秘密にしましょう。知ってるハルト? 人ってね、秘密を共有にして深い仲になってゆくのよ。家族になって、長い時間を一緒に過ごして、二人しか知らない秘密が増えてゆくの。これが私達の最初の秘密ね」

 

 アリシアはハルトに微笑みかけた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ハルトとアリシアがその話しをしている時、新工房の敷地を隔てる壁の外を歩く男の姿があった。

「なぜこの私がこんな召使いのようなことを」

 門番に役所から書類届けに来た旨を告げる。しかし「許可無き者を入れる訳には行かぬ」と一蹴された男は諦めなかった。

「わしは貴族だぞ。書類を届けに来たのだ」

「許可無き者は入れぬ、と言っている。書類はここで預かる」

「何故にそこまで警備が厳重なのだ。ここは何の施設が出来る?騎士団の訓練場を潰してまで領主様は何をしようとしておるのだ」

「貴様に答える義務は無い。用が済んだら立ち去れ」

 書類を門番に委ねた男はスゴスゴと引き下がった。


「全く舐めた対応をしよって。スネイルの下僕どもがしくじってから碌なことがないわい。中にパッカードの馬車があったな。パッカードが絡んでいるのか。本来ならわしも噛めていた、いや、わしの施設になっていたものやもしれんと言うのに」

 窓があるだけの部屋に追い込まれ、まとまな仕事もなく書類の配送に明け暮れるセルドに詳しいことを話す同僚も今ではいなくなっていた。

「貴族と言ってもこれでは名ばかりだ。給金もそこらの役人と変わらん」

 

 怒りを顕にするセルドに通りすがりの男が肩をぶつけた。


「無礼者!わしが貴族と知っての所業かっ!」

「失礼。しかし貴族と言っても左遷された没落貴族だろ?お前は」

「失敬な!!そういうお前は何者だ」

 男はすっとメモを渡した。

「今夜日付が変わる時にここに来い。本国ではお前より私の方が位は上だ」

 男はそのまま立ち去った。



「あれは何者なのだ?祖国の貴族があのようなナリでわざわざこの領地に来るとは」

 セルドは貴族らしさを隠してまで他国を出歩く祖国の貴族を知らない。

 渡された住所は既に廃業した酒場だった。

「ここは禁制の薬を取りに行かせた所ではないか?逃げた召使いに聞いた話しとよく似ている」

 扉を触ると鍵は開いていた。


 薄暗いバーカウンターの奥にその男が一人座っている。

 セルドが近寄り、隣に腰下ろすと腰に剣を下げた男が入り口を塞いだ。奥にも何人かいるようだ。

「よく来た。セルド」

「あなたは一体何者なのですか?」

「私は本国の者だ。それなりの地位にいる。とだけ言っておこう」

 男はジャケットの胸を開き勲章をちらつかせる。

「軍の者ということですか。しかもその勲章、貴族としても上級、少なくとも中級でも上の方のお方とお見受けします」

「そんな所だ。セルド、お前が祖国にもたらす情報には我々も随分と報いてきたはずだが」

「それはもう。わたくしめのような下級貴族が知り得る情報に多大な報酬を頂いておりまして大変感謝しております」

「我が国の同胞の多くがグランノルン各地に移住し祖国の為に動いている。その中でも国籍を変えこの地の貴族となったお前が本国に流した情報の中には面白い物があった。しかしそれももう出来ぬ、のであろう?」

「申し訳ございません。息子の下僕がヘマをやりまして」

「お前は今のままで良いのか?」

「もちろんそうとは思ってはおりませんが……その、この街の役人どもの風向きが少々悪くてですね」


「ならば、………………。…………。」



「どうだ。この話しに乗らぬか?そうすれば息子を牢から助け出してやろう。成功した暁には本国にそれなりの地位を用意してやるが」

 

 にやり、セルドの膨れた頬の肉が持ち上がった。





今週もおつかれさまでした☆

また月曜日に投稿しますね。良い週末をです。

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