傷心のノエル
「父さん、母さん、それにマーガレットも。話しがあるんだ。応接室で話したい」
家族以外も行き来しがちなリビングを外してハルトは家族と向き合った。
「えっと……」
「決めたんだろ?遠慮しなくていい」
「俺、アントナーラに行くよ。飛甲機の開発を続ける」
「お兄ちゃん村を離れるの?」
「離れると言ってもそう遠いところじゃない。心配するなマーガレット。父さん達はロダに残る」
「そうよ、マーガレット。帰って来られない距離じゃないもの。週末は帰ってくるんでしょ?」
「出来る限り帰ってくるよ。それにこの工房でやれる仕事はこっちでやることして仕事でも帰って来られるようにすしようと思ってる。馬車の仕事がすぐあるわけじゃないみたいだし」
「こっちの事は気にするな。飛甲機開発の準備金も入ってくる」
「でも父さん仕事が無いとおかしくなっちゃいそうだから」
「そうですよ。お酒ばかり飲むようになっちゃ困るわ」
「あー、なりそう、お父さん」
「…………うほん、まぁハルトがちょくちょく帰って来るようになるのは良いことだな」
緊迫した少し空気が和らいだ。
「貴族の誘いはどうするんだ?」
「正直あんまり興味ないんだよね。でもジェルマンさんには後々王宮とのやり取りも出てくるだろうからって言われてて」
「確かに今後のことを考えればな」
「騎士団長が春までに、って言ってたからもう少し考えるよ。貴族社会のことをもっと詳しく知らないと決められない」
「そうね。貴族になったら結婚も色々と違って来るでしょうし」
「そのことなんだけど……」
「何だ?」
「俺、アリシアと結婚しようと思う」
「思うって、ハルトあなた、相手があることなのよ?」
「アリシアから求婚されたんだ。贈ってくれた赤い花の花言葉を知って、それで良ければジェルマンさんが家でしか呼ばないアリスって呼び方で呼んでくれって。花言葉は、君がいる幸せ、と、家族愛だった」
「……それは素敵なプロポーズね」
「先代のパッカードさんの再来だな!おめでとう」
「お兄ちゃん、ノエルはどうするの?」
「――今夜、伝えるよ」
4人の顔に影が刺す。特にマーガレットとマリエールはノエルを心配した顔をした。
リビングに入った3人とは別にハルトは自分の部屋に入った。ノエルとの思い出が詰まった部屋の中に、赤い花の鉢植えがその存在を主張するように咲いている。
どうやって話そう。決めたことは伝えるとして、今までありがとう? 俺は自分の道を行くよ、とか? あーダメだ。絶対泣くだろうなノエル。
ノエルの気持ちを想像すると胸が締め付けられた。
でも逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。助けてシンジくん。
元の世界でもこうなるんだったのかな?その時俺はどうするんだろう……。
結局、言葉を選べないまま「夕食が出来たわよ」と呼ばれてリビングに戻った。
リビングには家族3人とノエルとカッツェが席についていた。
静かに夕食が進んだ。
「ハルト、結局お前どうするんだ?街へ行くのか?」
切り出したのカッツェだった。
「そうする。飛甲機の開発が街に移るんだし」
「そうだよなぁ。じゃあ俺も街の勤務にして貰わないとな。ノエルお前はどうする?」
「マーちゃん達と離れるのは寂しいけど、わたしも街に行く」
「ノエル、食事が終わったらノエルの部屋に行っていいか?話したいことがある」
「うん……」
それがどんな話しなのかを知っているかようにノエルはうつむいた。
気まずい夕食が終わり「じゃわたしお部屋にいるね」そう言い残してノエルはマリエールを手伝合う事なく部屋に戻った。出ていくノエルの後ろ姿をマーガレットが心配そうに見つめていた。
「行ってくる」
ジュノーとマリエールに声を掛けて、マーガレットを見つめてからハルトはリビングを出た。
しかしノエルの部屋の扉をノックすることが出来ずにハルトは立ち往生してしまう。
しっかり伝えなきゃ。自分で決めたことだ。ノエルを尊重するからこそ自分で伝えなきゃいけない。
意を決したハルトの手が上がりノックの音が響く。
ゆっくりと扉が開く。
ノエルはハルトに椅子を勧め、自分はベッドに腰を下ろした。
しばらく無言の時間が二人を包んだ。
「ノエル」
「うん」
「俺、アリシアにプロポーズされたんだ。受けようと思う」
「そう」
「そんな事じゃないかと思ってたよ~。おめでとう」
「あのさ」
「ごめん。今は何も言わないで欲しい。伝えてくれてありがとう」
ハルトは頷いて部屋を出る。扉を閉める時に見たノエルは枕を抱えてベッドにうつ伏せになっていた。
リビングに入ると心配そうな4人が待っていた。
「伝えたのか?」
「うん」
「お兄ちゃん、ノエルは?」
「部屋にいる。今は何も言わないで欲しいって」
「慰めに行ってあげたいけれどアリシアさんを受け入れる私が行ってもね……」
「わたしも同じだよね……」
「少し時間が経ったら俺が行くよ。今はそっとしておいてやって下さい」
しばらく時間が経った後、冷めたくなった紅茶の入ったカップを残してカッツェがリビングを出ていった。
「ノエル、入るぞ」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない!!」
ノエルはベッドの上で暴れた。泣き崩れた顔をつけてた枕はしっとりと濡れていた。
「ずっと、ずっとハルの事が好きだったんだよ!!守りの森で暮らし始めた時もハルのことばかり考えてた。再会出来て、また一緒に暮らせるようになって、本当に嬉しかった!ハルがハルトになっても全然変わらなかった!!」
堰が切れたノエルは枕を抱えたまま大声で泣いた。
「小さい頃からずっとだった。この村に着くまでは差別されたりしたのにハルは優しかった。沢山本を読んでくれて、お話を聞かせてくれた。チェルトも教えてくれた」
「村でも最初は他の子に誂われたけどハルが守ってくれた。森にも連れってくれた。一緒にご飯を食べて、星を見て、それから、それから、」
尽きることがないハルトとの思い出がノエルの口から流れ出てくる。
「今日ね。アリシアさんが台所でマリーお母さんの横に立ったでしょ。あそこは私の場所だった。マリーお母さんと一緒にハルのご飯を作るのが大好きだった。それを見てマーちゃんが笑うの。それがもう出来なくなっちゃう」
「それにショコラのお腹には赤ちゃんがいるんだよ。その子達と一緒にハルとの子供を育てるんだ、って思ってた」
「わたし街には行けない。二人を見るのは辛いよ」
「そうだよな。俺も解る」
ベッドの脇の床に座り込んだノエルの横にカッツェは腰を降ろした。
「細かいことは俺がやるから気にしなくていい。ノエルはノエルのやりたいようにすればいい」
ノエルは答えることなく両手で目を塞いている。
「守りの森に帰るか?」
「しばらく一人になりたい。帰りたい」
「でもこの家にはお世話になったんだ。ちゃんと挨拶しないと」
「そうだね……そうする」
「マーちゃんのお姉ちゃんになりたかった。みんなとこのお家で幸せに暮らしたかったのにぃ」
ハルトが贈った赤いペンダントを外し、涙と嗚咽が止まらないノエルの肩をカッツェは抱いた。
その夜、二人が部屋から出てくることはなかった。
裏庭で守り鴉に乗ったカッツェとノエルをハルトは部屋の窓から見送っている。
普段は出来るだけ目立たないように森まで歩いていって乗り換える守り烏が裏庭に降りている。
マリエールに「ハルトはここにいなさい、見送りは私達がちゃんとやるから」と言われたのだ。
ハロルドが部屋に入って来た。
「ノエルは強い子じゃ。心配するな」
「自分で決めたことだけど、泣かせてしまったんだよね。俺」
「お前の方が弱っちいの。しっかりせえ。わしも守りの森に一旦戻る。出来る限りの事はする。じゃが今のノエルに一番必要なのは時間じゃろうな」
「お願いします」
「お前の選んだ道じゃ。しっかり歩め」
ハロルドはカッツェを追うように森に消えた。
避けられないこととしっかり向き合いノエルに伝えたハルト。
ノエルとハルトを支える周囲。
次回「新工房」金曜日の投稿になります。




