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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
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避けられない葛藤

「いい感じだ」


 ハルトがフィルムが貼られたガラスをコツコツと叩くと柔らかい音がした。

 炉には火が入り、次のフィルムが作られている。

「次はもっと軽くて薄いガラスに貼るんですね」

「そうですね。透明感も問題ないし何かが当たった時の衝撃は吸収できそうです。こちらが借りている工房で耐久テストをしているうちに、発注してある湾曲した実物大のガラスがここに届くと思います。厚みを変えて何種類か作ってもらってるんでその中で重さと強度を試したいんです。それが出来れば風除けの完成です」

「しかし結構曲がったガラスをつけるんですね。どうすればしわにならないように貼れるか温度を変えながら試さないと。ガラスとテプルの枚数がかかってしまいますけど」

「それを見越して発注してあるんで気にしないで下さい。特注の馬車なんで数をお願い出来なくて申し訳ないと思ってるくらいですから」

 樹脂を新たに開発してもらって、それを鋳造したりして形にするより全然予算がかかってなくて申し訳ないくらいだ。かといってフィルムを無駄に買うわけにもいかないし……。そうだ。

「このテプルって結構柔らかいですよね。これを細く長く切って筒に巻いて売ればいいと思うんです」

「はい??」

「すいません、言葉が足りませんでした。糊の着いたテプルでちょっと何かを簡単に留めておける物にしたら売れるんじゃないかなって。あそこのメモなんかもコルクボードに蟲の針で留めてあるでしょ。糊のついたテプルなら傷を付けずに何処にでもメモを貼れるし、透明だから下に書いてある字も見える。紙と紙を繋ぐのにも便利なんじゃないかなぁって」

「なるほど、窓の修理より需要がありそうですね。沢山売れれば原価も下げられる。やってみます」

 後にテプルカッターとセットで売られるヒット商品誕生の瞬間であった。


 まっ、これぐらいはいいんじゃない?セロテープが厄介事を引き起こすとも思えないしウルデ様も許してくれるだろう。多分。


 ミックが実験をしている工房に立ち寄ると、6つの発光体からの光が集約され強い光を放っていた。

「この光量を一つにまとめられれば」

 ミックはサイズを図り片眼鏡の数倍の大きさのレンズを発注することにしたようだ。

「ノエル、鏡腕の職人さんの方はどうだった?」

「マイさんに教えて貰った職人さんはまだ王都にいたよ」

「私が話しをして来ました。王都を離れるような素振りでしたが定期的に発注をしたいと言ったら王都に残ることにしたそうです」

 レンズの発注書を受け取ったデニスが答える

「でも差し当たり後二機分ですよ。予備を用意するにしてもそんなに数にはならない」

「ライトは馬車にも付けられます。それだけでもパッカードの馬車の価値は上がるでしょう。いざとなったら他社の馬車用にライトだけ卸してもいいんです。需要はいくらでも掘り起こせますよ。また特許が増えますな。ハルトさんの風除けも同様です。今回出会った職人の方達が食うに困ることは無いでしょう」

 そしてキャノピーに使うガラスに宛が出来たにもかかわらずデニスは外回りを続けていた。

「仕入先が1つだと何かあった時に困りますから」

 そう言うデニスだったが、結局、透明な蟲の殻の素材を見つけることは出来なかった。

「しかし、収穫もありました。王宮は今、魔獣の骨を探しているようですね。これもマナを扱う魔道具の素材になるものですが、とても値が張る貴重なものです。蟲狩り達には新たな蟲殻の採集指示は出ていないようです」


 デニスが動いている間にミックの作業も一段落ついて、必要な部品の発注を終えた開発チームは、ライトの材料や出来上がった風防のガラスをパッカードの馬車に乗せてもらってアントナーラに戻った。

「ありがとうアリシア。ガラスの運搬は時間がかかるみたいだから助かったよ」

「これで開発が進むならお安いご用ですよ」


 アリシアとステュアートとアントナーラで別れた、ハルト、ノエル、ミック、カッツェはロダ村に向って出発した。

「年越しは家族一緒に、と決まっているので。それに伝書鳩の小屋の大掃除をしないと家族に怒られれてしまいます。数が多いですから」

 そう言うデニスもアントナーラに残った。


 無事に村に帰還し、ハルトが騎士にならないか?という領主の要望を話すと目を丸くした家族と今後について話し合いを重ねながら年を越し、新年を祝うと直ぐに飛甲機の製作に戻った。

 そういえばクリスマスは無かったな。キリスト教が主体ってわけでもないから当たり前か。クリスマスプレゼントを買う必要がなかった。

 そう思いながらカルドを取り出すとマナを貯められるゲージが伸びていた。

 なんでマナの量が増えてるのか全くわからないな。でも下級貴族のボーダーは越えた。中級貴族のボーダーまでは随分あるけど。

 警備の態勢にも大分慣れてきた騎士団員達に守られてハルト達は零号機を一応の完成をさせた。ジュノーはオレンジに塗装されていない装甲部分を光る程に磨き上げ、ハルトはオレンジの上に白いラインや星を形どったマークを入れ悦にひたった。

 デカール張ってクリア吹いて完成ー、な感じとちょっと似てる。実機を作ってる訳だけど。

 

 完成した零号機を囲んで祝杯が掲げらる。


 しばしの休日を挟んで次の機体についての話し合いが持たれた。

 

 ミックが最初に発言した。

「取り掛かる前に今の機体の根本的な問題点をあらい出そう。もっと良い物に出来ると思うんだ。作り始めてからじゃ遅いこともあるだろ?」

 その提案にすぐには作業に取り掛からず、自由時間を取って今一度仕切り直すことになった。

 

「ハル、ちょっといいかな?」

 部屋でラノベを読んでくつろぐハルトにノエルが声をかけた。

「あのね。物語の原稿が出来たの?読んでくれる?」

「警護の人たちの食事を作るのを手伝いに行ったり、増えた騎士団のコボルの世話もしてたのによく時間あったな」

「毎日コツコツ書いてたからね。ちょっと寝不足になったけど楽しいから書けちゃった」

「今から読むよ。アルフリードさんの所に相談に行く?」

「うん!行きたい。ジルにも会いたいし」

「じゃ、カッツェに頼んで運んでもらおう」

「うん!!」

 ハロルド爺さんにも相談したいことがあるしな。守りの森に行こう。

 カッツェが呼んだ守りの森の騎士の迎えの守りがらすに乗ってハルトはカッツェ、ノエルと共に守りの森に入った。


 ノエルが差し出した原稿を「時間が出来たら目を通しておこう」とアルフリードに言われたハルトはハロルドの実験室に向っていた。

 ノエルもジルさんに会えて安心したみたいだ。両親は赤い石を探しに行っていないみたいだけど。「ちょくちょく出てるからそのうち帰ってくる」というジルの言葉にノエルもさほど心配していないようだ。

 

「久しぶり、ハロルド爺さん」

「おお、久しぶりじゃな。順調か?」

「順調か? って爺さん全然帰ってこないんだもん。ミックがライト作っちゃたよ」

「寒うて外に出る気にならんかったでの。でも出来たんじゃろ?坊主2号は優秀な奴じゃ、奇抜なお前とええコンビじゃから問題なかろうに?」

「それが、そうでもないんだよねぇ」

「何じゃ?」

「次の機体なんだけどさ。騎士団から矢が打ちづらいって言われてて」

「羽が背中にあるからの」

「そうなんだ。それで後部座席を高くしたらどうか?とか色々考えたんだけど……」

「で?」

「いっその事、羽が胴体の下に来るように出来ないかなって。その方が操縦席周りの気流も安定するし」

 あの大会で学んだデメリットをメリットに変える逆転の発想。でも言うは易し行なうは難し、だったりするんだよなぁ。戦闘機は翼が胴体の下にあるし何とかならないかな。飛行機は進化の過程で翼が胴体の下側にくるようになったから何とかできないかな?

「ちょっと考えてみるわい。お前は面白いことを持ち込みよる。わしが頭をひねっとるあいだ温室の世話をして来てくれ」


 温室への階段を上がって真っ直ぐ向った中心部、杯を形どった鉢の青薔薇は増えていた。

 次の事もちゃんと考えてるんだな。

 ガラスの壁に張り出してある花の世話の表をみて、ハルトは水をやり落ち葉を拾って掃除をした。

 爺さんがいなくても世話が出来るようになってる。なにか新しい花を入れる場所も空けられてるな。

 温室の世話を終えて階段を降りるハルトの足に痛みが走った。

「終わったか?」

「ちゃんとやっときました。ところで爺さんこっちでフィレーネ見なかった?そろそろ足がヤバそうで」

「おととい天使様のところから戻ってきてロダに行くって言うとったぞ。会っとらんのか?」

「入れ違いかぁ」

「ここにおるあいだは問題ないじゃろ。そのかわり毎日癒やしを受けた方がええの。今日はわしがやるから明日からジルにやってもらえ。あいつはもう一人前じゃ」

 後継者も育ててるし、なんだかんだ抜かりない人なんだよな。さすがというか。

 ハロルドに足を癒やしてもらった遥斗は「新型飛甲機の件はもうちょっと時間をくれ」と言われ本を借りていつもの部屋に入った。


 翌朝、ジルに呼ばれてまた癒やしを施してもらった。「良い練習になる」言いながら癒やすジルとハルトをノエルが交互に見つめていた。


「爺さんが、ジルさんはもう一人前だ、って言ってたよ」

「自分の体も大分いいみたい。頑張ってるんだなぁって。わたしもハルを癒やしてあげられたらいいのに、って思いながら見てた」

「大丈夫だよ、そんな気を使わなくても」

「好きな人に尽くすのは、わたし達一族の女の誇りだもん」

「……もう十分してくれてるって……」

「ううん、今してあげられる事もあるよ」

「何?」

「この森でほかの人がいる時はハロルド様って呼ばなきゃダメだよ。不敬な奴だって思われちゃう」

「――わかった。気をつけるよ」

 ノエルが直球を投げるようになってきた。どこかで俺の気持ちを伝えないと……傷つけたくない、でも放っておくのはもっと失礼だ。どうすればいい?今の関係を壊したくない。


 図鑑を片手に温室の花を観て何か発想は無いか?本に何かヒントは無いか?と考えていても、ノエルに伝えるべきことが浮かぶと身が入らない。そのハルトの気持ちが伝わっているようなノエルとの会話はすれ違う。上手くいかない時はとことん上手くいかないものだ。ギクシャクした空気が二人にのしかかるようになった。

 

 そんな二人の重い空気によい風を送ったのはカッツェだった。冗談を言い、明るい雰囲気を作りながらハルトに「考えてばかりいないで体を動かせ」と訓練につきあわさせた。びっしりとしごかれたハルトから後ろ向きな感情が汗と共に流れ出てゆく。「お疲れさま」ハルトにタオルを渡すノエルの顔にも笑顔が戻りつつあった。

 カッツェって大人だな。ちゃんと見てるんだ。

 そのカッツェがアルフリード様が呼んでるぞ、と二人に知らせを持って来た。

 

「ノエルの書いた原稿に目を通した。わるいが余り時間がないのでな。ノエルは私の言葉を書き留めるように」

「はい」


「では始めるぞ」

「はいっ!」


 白鳥の恩返しは良いだろう。


 湖の底の宮殿に亀に案内される話は亀を蟹に変えなさい。亀は、果てなき泉、のぬしだとされている。家来には相応しくない。


 蟹が被るので猿をお仕置きする動物は別のモノに変えなさい。

 

 蟲が来るぞー、も問題ないだろう。狼はまずい。ラフィー様がご機嫌を損ねる。よく気がついた。


 星から来た王子さま、は、そうだな、空飛ぶ乗り物はコボルにすれば良いが。王族の不平を買うといけない、念のために王子を星々の世界の神の息子に変えなさい。


 次々に繰り出されるアルフリードの言葉を必死で書き留めるノエル。  


 最後に王様蟲の体液でころもが青く染まる娘の話しだが。これはいにしえの神話として別にした方が良いだろう。蟲に良い感情を持つことができぬものも多い。草紙には不向きだ。だが何故ゆえこの世界が蟲の森に囲まれているのか?を考え続けている私には興味深い話だ。後世に残す価値がある。この話が抜ける分量の新しい話を入れなさい。


 それとノエル、ハルトから聞いたままの話しもまとめてはくれぬか?出版することはできぬが、資料として内密に保存しておきたい。


 アルフリードのマシンガントークが終わった。ぐったりしたノエルは机につっぷした。

 アルフリードさん、忙しいんだなきっと。でも聞かずにはいられない。


「アルフリードさん。この世界は蟲の森に囲まれてるんですか?」

「そうだ。これは迂闊に漏らさぬように。この世界はそのほとんどを蟲の森にはばまれている。開いているのは南の海原の部分くらいだ。だか海原には魔獣が出る。外の世界のことを知る者はおらぬ」

「魔獣ですか……」

「竜などのたぐいだな。遭遇することなど無いだろうから案ぜずとも良い。陸地の魔獣の地は蟲の地である奥森の更に先にある。魔獣の骨は奥森でも見つかることがあるらしいが。王都に接する果てなき泉にも生息しているゆえ、果てなき泉は沿岸部しか人は入れぬ」

「王都で魚や蟹を食べたんでそんなことになっているとは知りませんでした。湖の恩恵を受けているものだとばかり思ってました」

「恩恵は受けているではないか、沿岸部分でも漁は出来るのだから。深入りしたり、泉を横断しようなどと無謀なことをせねば良い話しだ」

「この世界全体の地図ってありますか?」

「ないことは無いが……。必要になったらその時に見せよう。そのようなことにならぬことを祈るが。平穏なのが一番だ」

「そうですね」

「飛甲機の件は報告を受けているが、こちらから繭の女神様に関わる新しい話しはまだない。何かあったら知らせる。私も出来る限りのことはする。私には機械の事は分からぬが、今も自分の仕事を増やしてハロルド様が動けるようにしている。今はお互いが出来ることをやるしかない。頑張りなさい」

「分かりました。ありがとうございました」


 アルフリードなりに助けてくれてたんだ。

 見えていなかったアルフリードの協力にハルトの心は動いた。

 本を読みふけるハロルドの横でハルトも真剣に本を読み、夜はノエルに新しい話を聞かせているうちに二人に笑い声が戻って来た。


 夜更けまで語った翌朝の遅い朝食を終え、ハロルドの所に向かおうとするハルトがをノエルが追いかけて来た。

「ブロックのお家から伝書鳩だよ」

「えっ、誰が飛ばしたの?」

「マリーお母さんに飛ばし方と、この森に飛ばす時の言葉を教えてあるもの。アルフリード様が忙しかったり何かあってこっちにいるのが長くなった時に連絡が取れなかったら困るでしょ?」

「さすがだなぁ」

「ハルがもっとしっかりしなきゃだよ?」

「りょーかい」


 手紙の内容は騎士団長とパッカードさん達が来るから帰って来い。というジュノーからのものだった。

 

 わしも行く、と、羽毛の詰まったモコモコジャンバーを着込んだハロルドと共に、ハルト、ノエル、カッツェは小雪のちらつく守りの森を飛び立った。


王都での目的を果たして村に戻ったハルト。

しかしノエルとアリシア、そしてハルトの中び葛藤が表面化しはじめました。

次回、アリシアがハルトの家にやってきます。

「来訪」 いつも通り金曜日に投稿しますね。

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