孤児院
二人がホテルの玄関をくぐりロビーに入るとデニス、ミックと話すアリシアとスチュアートの姿が目に入った。
「ハルトさん。お帰りなさい」
「アリシア、着いたんだね。大変じゃなかった?寒くなかった?」
「馬車で来たから大丈夫ですよ。今回は馬車の仕事の話しもあるので営業用の馬車を出して来ました。貴族には威厳が大切ですから」
「お嬢様が来てくれたお陰でスムーズに工房を借りられました。ありがとうございました」
「お陰で明日から実験に取りかかれます。ありがとうございます」
「今夜はお嬢様の歓迎会も兼ねて外に食事に出ましょう」
せっかくいい雰囲気だったのに……という顔のノエルが気になりつつも、アリシアの合流にテンションが上がるハルト。皆で外食した夕食からの帰り道によろず屋に寄った。
お弁当やお菓子がが並ぶ棚の先に雑誌が並んでいる。その中の「しゃらん」と「グランノルンウォルカー」という雑誌を手に取った。どちらも冬号と出ている。
やっぱ、こっちは旅雑誌か。プレッジア特集だって。やっばメジャーな温泉地なんだな。こっちにはレストランとエンタメ情報が載ってる。
季刊誌だがちゃんと情報誌があった。情報誌とは言っても写真はなく、殆どがイラストのファッション誌とエンタメ情報誌を買ってホテルに戻った。
「前回はアリシアが誘ってくれたからな。今度は俺の番だ」
それとなく予定を聞き出し、翌日の昼食にアリシア誘ったハルトは、そこで劇に誘おうと雑誌を読みふけった。
翌日の午前中を洋服の買い物に勤しんだハルトはアリシアとの昼食を終え、合流したステュアートと図書館に向って歩いていた。デニスがミックたちと借りた工房の準備に手が離せなく、ちょうど時間が空いていたのだ。ノエルにとっては厳しい展開だがこれも運命なのかもしれない。
「ありがとうございました、ハルトさん。雰囲気も良くてとても美味しいお店だったわ」
「魚料理や蟹なんかは村ではなかなか食べられないからね」
やっぱ海産物最高!湖の沿岸を行き来する船があるらしく貝類なんかは海の物もあったしな。海ってイーシャって国の先にあるらしいけど、どこにあるんだろ? 国交がないからキラナの仲買人から買ってくるって言ってたけどキラナの人なら知ってるのかな?ともあれアリシアが満足してくれて良かった。
「アントナーラでもお魚は新鮮なものは頂けませんから。嬉しかったです」
「蟹が大きくてびっくりしたよ」
こっちの蟹デカすぎ。蟹足の輪切り焼き、っていうのを頼んだらびっくりステーキかと思ったわ。
「ハルトさん、もし時間があったら少し付き合って貰えませんか?」
ん?観劇は誘ってオッケー貰ったよな。
「図書館の裏手に孤児院があるんです。これから寄付をしに行こうと思うのですけど」
そう言えばグランノルンって子供は2人までで、3人目からは孤児院に入れなきゃいけないんだったな。
「子供達がいるんだよね。だったらちょっと寄っていい?」
ハルトは通りがかりの菓子屋に入り、出来るだけ沢山の子供に分けられるような甘そうなお菓子を多めに手に取る。
子供には甘い物がっテッパンっしょ。俺も好きだけど。アリシアはどんなのに興味があるんだろ?
陳列された菓子に見入るアリシアの好みも伺いつつ支払いを済ませ、図書館の裏手にある孤児院に向かった。
「アリシアは手土産のお菓子は買わなくて良かったの?」
「寄付をする私までお菓子を持っていったらハルトさんのお菓子が霞んでしまうでしょ?」
俺を立ててくれてるのか。それは素直に嬉しい。好感度がすごいことになってます!
「アントナーラでは領主様の意向もあって孤児たちは手厚く保護されているのですが……。そうでなくても私は子供が好きですから」
なんとなくこれから向かう孤児院の状況が想像出来たハルトは、その理由を色々と考えたが、想像の域を出ないことを尋ねることなく歩いた。
孤児院の広い敷地で遊ぶ子供達の元気な声が響いている。だが、それとは裏腹に、孤児院の中は決して余裕があるとは言えないものだった。綺麗に清掃されてはいるものの、擦り切れた絨毯や、まだ何とか使えている、という家具が厳しさを物語っている。
アリシアの寄付に感謝を述べ、ハルトのお菓子に「子どもたちが喜ぶことでしょう。本当にありがとうございます」と礼を述べるシスターの後ろにある窓にハルトの視線が止まった。罅の入った窓がテープで止められ風に揺られている。
「元気な子がサッカルのボールをぶつけてしまいましてね。ご寄付のお陰で一番冷え込む前にガラスを取り替えることができそうです。子供部屋の割れた窓を優先しますのでご安心下さい」
そんな状況なのか。窓ガラスを替えられないってよっぽど厳しいってことだ。村でも割れたら取り替えるのに。ん?テープ。そういえば透明なテープなんて初めて見たぞ。
「シスターさん、その窓を留めている物はどこに売っているのでしょう?」
「この窓は、ある職人さんが寄付として修理をしてくれたものなのです。申し訳ありませんが修理の材料がどこで売っているのかまでは……」
「その職人さんの住所はわかりますか?訪ねてみても良いでしょうか?」
「その方はお優しい方ですから、ここで聞いたと言ってお訪ねになると良いでしょう。確か住所は……」
シスターが寄付目録を開いて教えてくれた住所にハルトとアリシア、スチュアートは向かった。
向かった先は町の片隅にある、修理用品全般・窓直します、の看板を出した小さな平屋の店だった。奥は工房になっているようだ。煙突が立っている。
「こんにちは。孤児院でこちらのお店を教えてもらったんですが」
ハルトが声をかけた30半ばという風貌の店主は「孤児院から?それはご足労様でした」と丁寧な挨拶を返した。
「孤児院で修理された窓を見たんですが、その材料が何か知りたくて。割れたところを留めているやつです。こちらで扱っていますか?」
「あれは私が作ったものです」
「売って頂くことは出来るでしょうか?」
「孤児院からというのもそうですが、めずらしいお客さんだ。窓ガラスを取り替えた方が綺麗ですよ?」
「割れた窓を直すんじゃなくて割れ難くなるように、とか、割れても飛び散らないように使いたいんです」
「私達はパッカード商会という馬車を取り扱う商会の者です。馬車の御者台に安全な風除けのガラスをつけれないか?と思っておりまして」
スチュアートの言葉に目を見張る店主。
「パッカードですか!?位の高い貴族様御用達の?そいつは凄い。テプルは見栄えが良くないし貼るのにバーナーでガラスを焼いて熱で貼るんで手間がかかるんです。ガラス工房の組合にも俺達の仕事を奪う気か?窓の修理にも新しいガラスを使ってくれ、と隅に追いやれた物でして」
「テプルの大きなものはありませんか?窓全体に貼りたいんです」
「あれはハサミ蟲の粘液を固めたものなんですが、大きいものを切って使ってるんです。ご興味があるなら見てみますか?」
通された店の奥の工房では3人が働いていた。多分家族なのだろう。店主と年の近い女性とハルトより少し年上らしい男女が革のエプロンにマスクをして働いていた。
女子の方に割れた窓ガラスにテプルを貼るのを教えている様子の女性がお茶を入れに出た。息子らしき男は大きな櫂で何かを混ぜている。
横幅が広い炉には足場が組まれ高い所で作業が出来るようになっている。
ハサミ蟲の粘液を比較的低い温度で時間をかけて固めてゆくのだという。
店主が工房の奥の棚から1メートル四方の透明なシートを取り出した。
「曲がったガラスにも張れるでしょうか?少し湾曲した風除けにしたいんです」
「多少なら大丈夫でしょう。熱で吸着させますから」
「こちらに窓ガラスを運んでもらって、その大きさに貼ってもらう事はできますか?」
「もちろんです!」
お茶が入りましたよ。という声に呼ばれて店に戻った。あらためて商談が続く。
「色々実験したいので何枚か貼って貰いたのですが」
「在庫はありますから大丈夫です。ありがたいお話しです」
「本当にありがとうございます。これもあの子の思し召しかしらね。あなた」
「そうかもしれないな。孤児院からこんなお客さんが来てくれるなんて。申し訳ありません。お客様の前で。――お恥ずかしい話しなのですが私達には3人目の子供がいたのです。その子が孤児院でお世話になったものですから……」
「そうだったのですか……」
アリシアとスチュアートが悲哀の表情を夫婦に向けた。
店主に発注を済ませたスチュアートに続いて三人は店を出た。
「無知で申し訳ないんだけど、なんで3人目からは孤児院に入れなければいけないのかな?」
顔を見合わせるアリシアとステュアート。ステュアートが答えた。
「グランノルンの地は今の人口で安定しております。これ以上人が増えると食料の問題から争いが起こるでしょう。それで子供は2人まで、という決まりになっているのです。ですが人が少なくなってしまっても困ります。子供が出来なかったり子を亡くしてしまった夫婦などのために三人目以降の子供は孤児院に送られるのです」
「あの家族は、いた、って言ってましたよね」
「孤児院の子供は10才までに引き取られない場合、訓練されて兵になるのです。そのほとんどが結界近くの蟲との戦いで命を落とします。多分、あの家族の子供も引き取られなかったのでしょう。――そうなる運命の子を成したいと思う親などおりません。それでも産まれ来てしまう子供もいるのです」
「でもハルトさんはさすがですね。あの窓から割れにくいガラスを発想してしまうなんて。あのシートは柔らかかったし小石が当ったくらいならガラスが割れそうにないもの」
アリシアが話題を変えるように言葉を綴った。
「割れたとしても飛散しなくなります。乗る人間の安全が確保できます」
「上手くいくといいんですけど」
「きっと大丈夫ですよ。私達や、あのお店の方達にもきっと天使様の祝福が訪れますよ」
アリシアの笑顔に勇気づけられつつハルトはホテルに戻った。
入れ替わるように王都に到着したアリシア。ハルトはキャノピー製作への足がかりを見つけました。
次回、「避けられない葛藤」 水曜日の投稿になります。
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