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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
50/148

奔走


 ハルトとデニスは樹脂を扱う商人を訪ねて歩いていた。


 デニスが蟲狩りや蟲殻運搬商人から得た情報の中にはキャノピーに使えそうな透明な殻に繋がりそうな話しはなかった。しかし蟲殻の相場は落ち着いており、王宮が求める物が何か別の物に移ったようだ、とのことだった。

 ライトを担当するミックは「これを探したい」とカッツェとノエルを連れて人海戦術で鏡で出来たお椀を探している。鏡の椀に酒を入れてお供えする民族がいると聞いたらしくそれを探しているのだ。小さいもので実験したい事があるのだという。


 デニスが蟲殻の情報を集めている間に図書館に通い、樹脂に関する知識が増えたハルトだったが、そう簡単に事は運ばない。商人が扱う樹脂製品は宝飾やベルトの金具など実用的な小物ばかりで、樹脂を卸す商人も訪ねてみたが種類はさほど無く、宝飾イミテーション用の樹脂にも完全に透明なものは無かった。更に樹脂そのものを作る職人を訪ねてみたが「そんな物があったらとっくに作って売ってるよ」と門前払いをされてしまった。


「樹脂はダメそうですね。もう一度図書館に行って何か別の素材から作れないか調べてみようかな」

「念の為に先にガラス工房をまわってみませんか?割れ難くいガラスがあるかもしれません」

 家で使ってるガラスのヤカンは割れ難くいガラスだって言ってたしガラス工房も周ってみるか。


 炉からの熱で空が歪むガラス工房が立ち並ぶ下町を訪ねた。ヤカンを作る職人達には「うちは作る形が決まってるんだ、それしか作ったことがない」と言われ、窓ガラスを作る職人には「割れないガラス?そんなもん作っちまったらおまんまの食い上げだ」と相手にして貰えない。

 そんな日々が続いた。


 ハルトは用水路のほとりでガラス工房から登る煙を見ながら途方に暮れていた。

「まだ工房はあります。めげずに行ってみましょう」

「何度も厳しい対応をされているのはデニスさんの方なのに」

「こんなもんですって。かけがえのない物を手に入れるには靴の底をすり潰すもんだ、って言われて育ちましたからな、私は。さ、行きましょう」



♢♦♢♦♢♦♢♦


 

「王都まで連れてきてくれたんだもん。何とかハルの力になりたい」

 ノエルはミック、カッツェと別れ、王都の端にあるひなびた通りを一人歩いていた。

 階層の高い建物は無く、平屋の家々の前に露店が並んでいる。鄙びてはいるが商人達の声が飛び交い活気はある。露店の前を行き交う多くの人の中には少数民族の色鮮やかな服を着た人や、様々な尻尾や耳を生やした獣人けものびとの姿も少なくない。ノエルは水晶玉をテーブルに置いた占いの出店が並ぶ一角を順に見て歩いた。

 いた!うさみみさん。

 ノエルはうさみみというより真っ白な兎そのものの獣人に声をかけた。

「こんにちは」

「こんにちは、うさみみ占いのミルフィーにようこそ」

「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

「何でも聞いちゃってください!よぉく当たりますよぉ」

「占いではなくてお聞きしたことがあるんです。お代は払いますよ?」

「では何をお聞きしたいのか占ってしんぜましょう」

 ぬおおお、うさみみさんは水晶玉に手を当てて擦りまくっている。

「あの……」

「あなたは何かを探していますね。お月さまに関わるものですね?」

「うわっ、そうなんです。満月の夜にお酒を鏡の杯に入れてお供えする民族がいると聞いて、もしかしたら獣人なんじゃないかなって」

 確かうさみみ族はお月見にお団子を供える習慣がある、と思って来てみたら正解だったみたい。

「お酒ですかぁ。可愛い顔して呑兵衛なんですね。確かにあのお酒は珍しいものですけれど」

「いやいや、お酒では無くて杯の方を探しているんです」

「杯とな。ハイ!わかりました!」

 うさみみさんの目がキラリンと光った。

「あなたは満月の力が籠もったそのお酒で心をつかみたい男性がいる、と、そういう訳ですね。解ります。解ります」

 うん、うん、と頷くうさみみさん。

「そんな事が出来るんですか!?」

「詳しく聞きたいですかぁ?」

「はい!もっとくわしく!じゃなくって杯そのものを探してるんです。光を集めるものとして使いたいんです」

「へっ?光を。変わった方ですねぇ」

「うさみみさん程じゃないと思いますよ?」

「…………。この通りを2つ南に下ると狐族の通りがあります。そこならあるかも、と思います」

「ありがとうございます」

「ご相談は白4になます」

 占ってもらったわけでもないのにふっかけられたと思っても良い場面でノエルは5千円に相当する白燐貨5枚を手渡した。値切らずに一枚多い金額だ。

「こんなに貰っちゃっていいんですか?やった!もう返しませんよ!? えっ、返さなくてもいい? ますます奇特な方ですねぇ。それではもう一つお教えして差し上げましょう。左の耳に黒いぶちのある白狐しろぎつねのおばあさんを探して下さい。その方がこの辺りの狐人きつねびとまとめ役です。その方に話しを通せば鏡の杯を譲ってもらえるかもしれません」

 よしっ!どっちも嬉しい作戦大成功!

「ありがとうございましたー、天使さまの祝福を!」

 お元気で~! ぶんぶんと手を振るうさみみさんの声を背中に、ノエルは角を曲がって南に下った。


 次に交差した通りで手土産のお菓子を買って通りを渡り、もう一本南に下ると木の標識に狐の絵が書いあった。狐の顔が右を向いている。

 「こっち、ってことだよね?」

 右に曲がって進んでゆくと露店のテントの中に白い陶器の大皿や徳利とっくりを並べた露店が並んでいる。いくつかの店を覗いたが鏡のお椀は店先には見当たらない。

 

 うーん、数が欲しいからまとめ役のおばあさんを探した方がいいかもしれない。


 ノエルはマーガレットへのお土産になりそうな花柄の白い小皿を1つ買って尋ねる。

 「左の耳に斑(ぶちI)のある白狐の方を探してるんですがご存知ないですか?」

「その方はお年を召した方かい?」

 黄金色のふくよかな尻尾をたずさえた年配の女性が狐耳をピクりと震わせて答えた。

「はい、おばあさんです」

「それなら島狐さんとこのおばあさんだ。もう少し先にいくと通りに祠があるからそこを曲がって突き当りが狐島さんのお宅だよ」

「ありがとうございます」


 ノエルは狐の木像が祀られている祠を曲がって歩いた。

 狭い道なのにパインツリーの並木道なんて珍しい。しかも不思議な形に刈り込んである。狐人さんってグランノルンに元からいた人達じゃないのかも。どこから来た人達なんだろう? 

 異国情緒に溢れる裏通りの先に大きな木が見えた。その前に2つの門構えの柱の上に横木が2本ある朱色の門構えが見えてくる。3つの門をくぐってノエルは黒い瓦が曲線を描き、軒下を作っている家の引き戸の玄関を叩いた。

 ドアノッカーないし、こうするしかないよね?やっぱりグランノルンでは見ない作りの家だ。

 ガラガラガラと磨りガラス格子戸が開いて小さな女の子が出てきた。ふくよかな白い尻尾がふわりと揺れている。

「こんにちは。こちらは島狐さんのお宅でしょうか?ロダ村から来たノエルと言います。おばあさんにお会いしてくて来ました」

 女の子は靴を脱いで玄関に上がり「おばあちゃーん、お客さーん」と言いながら廊下を走って行った。

 白地に朱の縁取りの着物を纏った背の小さなおばあさんが出来てきた。丸メガネの上の白髪には斑ある狐耳が乗っている。

「どちら様でしょうか?」

「うさみみ族の方にこちらに鏡の杯があると聞いて訪ねさせて頂きました。ロダの村、いえロダの守りの森から来たノエルと申します」

「守りの森ですか。それは遠いところをようこそ。我が家も昔はとある島で尊き場所を守っていた一族なのです。島狐舞衣と申します。マイとお呼び下さい。ささ、お上がり下さい」


 靴を脱ぐように言われ用意されたスリッパを履いて廊下を進む。

「どうぞ、お座り下さい」

 通された部屋は畳敷きで、濃い茶色の座卓がある部屋だった。ハルトが見たら大事件になったのだろうがノエルはそれらを知らない。

 変わったお部屋。やっぱりグランノルンの人じゃないんだ。

「粗茶ですが」

 急須からお茶を入れてノエルに差し出すマイ。女の子はマイの隣の座布団にちょこんと座った。

「マイさん達はどこからいらっしゃったのですか?見慣れないお家なので」

「私達、というか今グランノルンの王都にいる狐人族の多くはキラナとニンディタにまたがる森に住んでいたのです。この子の母親がまだ子供の頃に蟲の暴走、スタンピードがありました。その時に奥森に近い森から逃げてきたニンディタ人が私達の森を焼いてしまって自分達の畑にしてしまったのです。我が家は古宮島という聖地を守っていましたが、それは本家に任せて焼け出された狐人たちを率いてこの地にやって来たのです」

「そんな……ニンディタ人は自分達の森を何とかしようとしなかったのですか?」

「ニンディタはあまり裕福ではありません。結界を張るのも森入ってすぐなのです。なので人の入れる森は小さく、奥森がすぐそばまで迫っています。その辺りに暮らしていた者達が恵みを受けられる土地が無くなってしまったのでしょう」

「でも、だからって」

「焼け出された狐人をキラナの人達に随分と受け入れて貰ったのですが、『ニンディタの近くではもう暮らしたくない』と言う狐人も多く、その人達の子孫がこの町の住人なのです」

「そうなんですか……」

「もう過ぎた事ですから。それに孫も生まれてこれまで幸せに暮らしてきました」

 釈然としなさそうなノエルを和ませるようにマイが尋ねた。

「ところで今日はどのようなご用件でいらっしゃったのかしら?」


「守りの森から繋がる女神さまのお言葉であるものを作っているんです。それに光を灯すことが必要で、光石を鏡のお椀に入れて光を反射させたらどうか?という話しになりまして」

「ああ、満月に捧げるお酒を入れるお椀のことですね」

「譲って頂けないでしょうか?」

「構いませんよ。今では古い風習を受け継ぐ人も少なくなってしまって……それに狐人自体が王都から減っていますからお分けしても大丈夫です」

「狐人が減っているんですか?」

「難民として入って来た上に獣人でもある私達に王都の暮らしは楽ではないですからね。ニンディタに小さな子供のいる獣人の家族には補助を出す制度が出来たようで、元いた森の近くで暮らしたい、と戻る狐人が最近増えたのです。もうあの時の事を経験していない親の世代も多いですから。狐人だけではなく移住する人間の家族も多いようですよ。少しお待ち下さい」

 立ち上がり、部屋を出て行ったマイが戻ってくと大きなお盆の上には木箱が積み上げられていた。

「こちらをお持ち下さい」

「こんなに沢山譲ってもらっていいんですか?」

「構いませんよ。王都ではもう使い道の無くなってしまったものです。あがめる神様は違っても女神様が関わっているのでしょう?」

「では、ありがたく使わさせて頂きます。これは心ばかりのお礼ですが」

 ノエルは青燐貨が10枚入った革袋を座卓の上でマイに向って進めた。

 貴重なものだからこれくらいだと思うけど大丈夫かな?

「ありがたく頂戴します」

 中身をあらためることなくマイは受け取って礼を述べた。

「あの……その杯でお月さまの力を籠めたお酒で恋が実るとも聞いたんですが……」

「そうですよ。満月のお力を込めたお酒で恋が実ったお話は沢山あります。この子の両親もそうですし、実は私も」

 懐かしそうな笑みをマイは浮かべた。

「透明なお酒を注いでお月さまの力を得たお神酒みきを二人で飲むのです。透明なお酒は王都の中心街の大きな酒屋さんなら手に入ります。キラナのものが良いでしょう」

「ありがとうございます!」


 マイが大きな布に包んだ木箱を大切にかかえてノエルはホテルに戻った



♢♦♢♦♢♦♢♦



 結局何の成果も得られずホテルに戻ったハルト達を上等そうな白木の木箱を抱えたミックが待っていた。何種類かの木箱が机の上に乗ったミックの部屋に集合した。

「やっと見つけた。ノエルが獣人けものびとに聞いてくれて見つけてくれたんだ」

 ノエルは、えへへ、やりました、わたし!という笑みを浮かべてガッツポーズをして見せる。

「ありがとうノエル。でもミック、これだと飛甲機には小さくないか?」

「そう、慌てるな」

 ミックが薄い木箱を開けると中には片眼鏡が入っていた。

「反射させた光は広がる。だったらレンズでもう一度光を集められないか、と思ってるんだ。それに火炎蜂なんかは複眼だろ?小さな光石の光でも集めれば強い光になるんじゃないか?」

「よくそんな事を思いつくな」

「マナの流れを反射させられないか考えていた時期があったんだ。多分、蟲の複眼は光をマナを通してまとめて感じてるんだと思うけど、だったら逆に光をまとめらるんじゃないかって」

「……ミックの頭の中の事がどうなってるかは分かんないけど、何となく分かったような気がするよ」

 ミックの思考は全然わからんけど、集光レンズで光をまとめようとしてるのはわかる。

「実験がしたい。何処かにちょっとした加工と実験が出来る工房が借りられないかな?」

「パカードゆかりの工房に聞いてみましょう。空いてる工房ならあると思います。私がやりましょう」

「それじゃ俺は明日は図書館で調べものをしてみます」

「ハルは図書館に行くの?だったらわたしも一緒に行きたい」

「ノエルはお手柄だったんだ。連れて行ってあげて欲しい」

「そんじゃ俺は王都の騎士に話を聞いてくるわ。雑談からでも何か出てくるかもしれない」


 翌日、ハルトとノエルは連れ立って図書館に入った。蔵書も多く立派な図書館の中でも、これだ! という情報を得られなかったハルトだが、物語を読んでいた様子のノエルは満足した顔をしていた。

「ノエルは物語が好きだもんな。楽しめたみたいでよかったよ」

「うん、あんなに立派な装丁の本を読めるなんて夢見たい。ありがとうハル、王都に連れて来てくれて」

「飛甲機が出来きつつあるのってノエルのお陰っていうのもあるからな。ノエルが守りの森に帰ろうとした時に崖に残ってくれなければこうはならなかっただろうし」

「…………ほんと?わたしハルの役に立ててるの?良かった……」

 ノエルの目には涙が浮かんでいた。

「わたしはハロルド様やミックみたいに一緒にお仕事することは出来ないし、カッツェみたく強くもない。お荷物になってるんじゃないかって不安になる時もあるんだよ。ごはんを作ってあげるくらいしか出来ないだもん」

「そんなことないよ。俺がこの世界に馴染めたのはノエルのお陰だと思ってるし。それに元の世界のことを話せるのってノエルとカッツェくらいだから。あっハロルド爺さんもそうか」

「今日はね。読みたい本もあったけどハルがしてくれたお話を本にするにはどうしたら良いんだろう?って、考えたくて図書館に来たのもあるの。立派な本を見たらもっと気持ちが強くなった。自分が書きたいっていうのもあるけど、ハルのいた世界の話しを残しておかなきゃ、と思って」

 そんな事を考えててたのか。ノエルの幼なじみのハルじゃなく、今の俺のことを考えてくれてるんだ。

 いつも笑顔を絶やさずハルトに尽くすノエルの内面に触れた気がした。

 「ノエルっていつも俺が見てないところで支えてくれてるよな。ありがとうな、ノエル。感謝してる。だから飛甲機の作業にあまり関われないことを気にしないで欲しい。もっと自分のやりたい事をやっていいんだよ」

「ありがとう、ハル。わたしハルトから聞いた話しを物語集にしてみたいの。やってもいいかな?」

「もちろんだ。でも、これは空想です、って付けといてな。俺が異世界から来た人間なのがバレてノエルが危険なことになって欲しくない」

「夢で見たことにするよ。それならいいかな?」

「いいと思うけど、書けたらアルフリードさんに相談しに行こう」

「うん!!」


 夕焼けの空の下、賑やかな王都の通りを歩く2人。

 桃色の髪の下のノエルの瞳には、遠くに浮かぶ王宮とハルトの姿が映っていた。



なかなか上手くゆかないハルトにノエルの貢献。

ノエルのターンでした。

次は「孤児院」 月曜日に投稿します。

良い週末をです☆

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