懐かしの我が家
ノーラとハルトは本屋でお買い物です。
バスから降りるとむっとした湿気と熱気に包まれた。
地下の連絡通路へ降りて駅ビルへ。冷房の効いた空間に一息ついて遥斗とノーラは書店に向かった。
「ハルトゥんは何買うの?」
「ラノベの新刊が出てるはずなんだ。シリーズで読んでると続きが気になってさ」
「ハルトゥん、ラノベ読んでるんだね」
「ノーラがアメリカに行く前に置いてってくれたのがあったろ。あれ結構ハマったんだ。続きが気になって本屋行くと別のも気になり出してさ」
「偉い!それは素晴らしいことだよ。素晴らしきラノベに祝福を!だよ!」
書店に入ってラノベコーナーに向かう。
てっきりノーラも一緒だと思ったらノーラは一般書の方に向かった。
ラノベコーナーに平置きされていたお目当ての新刊はすぐに見つかった。
「んーやっぱこのヒロインはかわいい。新刊も沢山出てるなぁ。全部は読みきれないな」
懐事情と相談だけど気になるのが結構ある。読んでるシリーズの続きはテッパンとして新作を発掘するのもやっばり楽しい。新作は書評を調べてからポチろうかと思ってたけどこれ面白そう。タイトルと表紙が気になった新作の冒頭を試し読み。うん、もう一冊買おう。
2冊を手に取りノーラを探しに一般書の方へ。
本棚の角を曲がるとおしりをフリフリしながら何かを探しているノーラを見つけた。
「日本の伝統芸」のコーナーポップが目に入った。
「もう決めたの?早いね。わたしもうちょっとかかるかも」
「ゆっくりで良いよ。外で待ってるから」
レジで精算を済ませて店を出た。店の入り口を見渡せる所で待っているとサマーセールと謳われたポスターの下に並んでいる向日葵が目についた。冷房の効いた屋内で、どこを向いていいのか分からなそうな向日葵に屈んで顔を近づけると種の列びが幾何学模様を描いていた。
「こんな模様だったんだ。綺麗なもんだな」
「お待たせー」
紙袋を大事そうに胸に抱えたノーラが手を振りながら小走りに近づいてくる。
「何買ったんだ?一般書は高いだろう?」
「うちのお父さん本には甘いからね。ラノベ以外のものも読みなさいってお小遣い多めにくれたの」
冬が長い北欧の人は読書好きが多いらしくノルウェー出身のノーラのお父さんも物静かで読書好きなタイプだ。ノーラの本好きは父親譲りなんだろうな。
「何買ったんだ?やっぱり日本の文化ってやつに興味あるのか?」
「えへへ」
ノーラは紙袋からハードカバーの本を出した。『清水次郎長一家の物語』のタイトルが見えた。
「また渋いなぁ」
「海賊王を目指す漫画の作者先生ってね、出かける時に浪曲を聞いてるらしいんだよね。それで動画で浪曲を聞いてたんだけど聞き取れない言い回しもあってテキストが欲しかったんだぁ」
本に顔スリスリのノーラ。
「掘り下げ方がオタクの鏡だな。作者先生も喜ぶんじゃん?」
「日本の名作なマンガやアニメってキャラクターやシーンがアイコン化されてて無駄がないでしょ。それにテンポっていうか間や展開に独特なのもがあるなぁって思ってた時にそれを知って、これかぁーー!って、目から鱗が飛び出たよぉ」
「――わたしね、将来は日本のポップカルチャーを研究しながら海外に紹介して自分でも物語を書いてみたいなぁって」
BLの出版数と同性婚の関係性を研究するっ!とか言い出さないでね?
「ところで何処に泊まってるんだ?まだしばらく居るんだろ?」
「ここから結構近いホテルだよ。3か4日でお部屋を決めて東京の親戚のお家に行くの」
「いいところが見つかるといいな」
「うん、綾乃ちゃんも協力してくれるしきっといいところが見つかるよ。ところでハルトゥんはモバイルフォン持ってる?」
「持ってるよ」
「メッセージアプリのアカウント教えてくれると嬉しいな」
「それじゃ番号はMineで送るな」
「Mine? WhatAPPじゃないの?……ちょっと待って」
スマホとにらめっこのノーラが顔をあげて微笑んだ。
しかしノーラほんと可愛い女の子になったなぁ。
「出来た。Main落としたよ」
「ふるふる設定した?」
「ふるふる?」
「お互い簡単に登録する方法。貸してみ」
設定を済ませるとスマホをノーラに返す。
「はい振って」
ふるふるふるふる、ピロン。
「これでオッケー」
「すごーい!さすがジャパンクオリティー。日本大好き!」
ノーラが抱きついて来た。俺は日本さんじゃないんですけど……
「体調崩さないように気を付けろよ。それと明日はちゃんと起きろよ。朝から動くんだろ」
「ハルトゥんお母さんみたい。ありがと。東京行く前に楠木のお家に一回行きたいな。真櫻ちゃんも元気?」
「思いっきり元気だよ。家族の予定聞いてみるな。真櫻にもMine教えていいか?」
「もちろん!それじゃまたね」
「おう、気をつけてな」
自宅に帰って2階に部屋に入る。鞄を机に置いて西日の強い窓のカーテンを閉めてから南側のベランダの洗濯物を取り込む。両親共働きの楠木家では子供は洗濯物を自分で干すのがルールなのだ。隣の妹の部屋の物干し竿には出身中学の女バスの練習着が揺れている。まだ帰ってきてないな。
部屋を出てリビングに降りるとキャン!とチロルが飛びついてきた。
小さく茶色いチロルは、遥斗が中二のクリスマス直前に妹が友達の家で生まれたからと連れてきたミニチュアプードルで遥斗によく懐いている。
「散歩行くか?」
待ってました!!とテンションマックスのチロル。はやくはやくー!と壁に掛けてあるリードを見上げしっぽをふりふりキャン、キャン。
「まだちょっと暑いけど行くか」
チロルを連れて外に出た。
チロルの散歩を終えるとブラッシングをして、二階の自室に上がるとベッドに倒れ込んだ。
「今日は疲れた。一年分くらいまとめて喋ったような気がする」
学校では出来るだけ目立たないように心がけて話しかけられることはあっても話かけることはめったに無い。
今日の昼休みを見たクラスのみんなは驚いただろう。
サッカー部で社交的だった中学前半までの自分はもういない。あのこと以来内向的になった自分を自覚している。その上綾乃と話した。話したのは実質二言くらいだけど……
綾乃に相応しい男でありたい、守れる男でありたいと灯り続けるものが自分の中にある。果たしてこれは恋なのだろうか?と思うこともある。妹に聞いてみようか?これは恋なのだろうか?と。お兄ちゃん正座!ってバールを枕に突き刺されても困るしな。やめとこう。
机の上に置いた鞄に付いているお守りに目を向ける。あのことがあった中学ニ年の秋、世界から色が消えた。
その色を取り戻させてくれたのは『守ってあげられなくてごめんなさい。お守りにこれを……』と、初詣の時に巫女姿の綾乃から貰った色鮮やかなあの組紐のブレスレットだった。
久しぶりに闇落ちしそうなるのをチロルを撫で、ノーラの明るい笑顔と焚哉と珠絵との会話を思い出して抗う。大丈夫だ、今年の変化は良い方に転ぶはず。そう自分に言い聞かせてるうちに意識が落ちていた。
「お兄いちゃーん、居るんでしょう?」
ドアの向こうから妹の真櫻の声がしている。遥斗はベッドから起きてドアを開けた。
「お母さんもうすぐ帰ってくるよ。晩ごはんの準備始めるよ」
もうそんな時間か。
「わかった。すぐ降りるよ。ふぁ~」
「寝てたんでしょう。しょうがないなぁ」
先行ってるからね、タタタと真櫻は階段を降りて行った。部屋着に着替えてリビングに降りる。
「チロルご飯まだだよね。もうあげる時間だよ」
「よーし、チロルご飯だぞー」
待て!お手!伏せ!よし!のいつものコンボを決めてガツガツと皿に顔を埋めるチロル。 食べ終わったチロルの頭を撫でてやってから夕飯の準備に取り掛かる。
キッチンに並ぶと真櫻はサラダを作っていた。
「お母さんがおかず買ってくるって。もう一品くらい作ろうか」
「そうするか。――そういえばな、今日ノーラが学校に来たぞ」
「ほんとに!!会った?話した!?」
「会ったし帰りも駅まで一緒だった。っていうか一緒に本屋で買い物してMine交換しといた」
「私にも教えて!ケータイ取ってくる!」
ダダダダと出ていった真櫻が放り出したサラダをボールから皿に移す。ご飯はもうセットされてるな。あとはスープのお湯を沸かして、と。
バタンとリビングの扉を開いて入って来るなり、早く早く、とせがむ真櫻のスマホがノーラと繋がると早速何か送っている。ポコン、ポコンと音がした。
「ノーラ呼んだ。今から来るって、お母さんにおかずの追加頼まなきゃ」
「展開早いな!」
テーブルに皿が並んだ頃にピンポーンとチャイムが鳴り、はいはーいと真櫻がモニターを覗き込む。
「今開けるね」
真櫻が玄関に走って行った。廊下に出て玄関を見るとキャミソールにホットパンツ姿のノーラが真櫻に抱きついていた。
二人で「「きゃー久しぶりー」」と感動の再会中。
「まぁ上がれよノーラ、母さんもそのうち帰ってくるからさ」
「お父さんは遅いのかな?突然来ちゃって大丈夫だったかな?」
「お母さんが伝えたみたいで今日は早めに帰るってさっき連絡あったよ」
「みんなに会えるね。やったー」
脱いだ靴を揃えて玄関から上がるノーラ。
懐かしい光景に自然と頬が緩む。
ノーラの成長した胸元はまだ見慣れないけど……ちょっと露出が激しいよ?
「あとは俺がやるから二人はソファーに居ていいよ」
「私も手伝うよぉ」
「今日はノーラはお客さんだからいいの。座って座って、学校どうだった?友達出来そう?」
「うん、いい感じだった。友達も出来たよ。綾乃ちゃんにもあったし」
「そんなんだー。それでそれで?」
盛り上がってるようで大変よろしい。カウンター越しに二人の笑い声を聞きながらスープを作る。真櫻もノーラが帰ってきて嬉しいだろうな。
そんなうちに母さんが帰って来た。
「久しぶりノーラ。大人っぽくなったわねぇ。また会えて嬉しいわ。ノーラが来るっていうから今日はおかずとデザート奮発しちゃった」
「またよろしくお願いします。お母さん」
「もちろんよ。何時でも来ていいからね。さ、座りましょう」
「お母さんいつもよりちょっと早いね。もしかしてノーラに会いたくて急いで帰ってきた?」
「それもあるけど今日は急患が少なかったからね」
母さんは看護師の仕事をしている。真櫻が中学に上がってからは夜勤にも出るようになったから今日はタイミングが良くてよかった。
「お父さんは少し遅くなりそうだから先に頂きましょう」
大皿から各自が小皿に取り分けるスタイルで食べながら、ノーラのアメリカでの三年間の話しや日本にいた時の思い出話しに花が咲いてゆく。
「ノーラが最初に来た時はこんなに小さかったのにね。時間が経つのは早いのね。自分の子供はいつも見てるから普段はあまり感じないけれど」
「真櫻が小学校入る前だったもんね。お兄ちゃんが小学校二年生の時だっけ?」
「そうだな。最初に来た時はほとんど日本語話せなくて遊んでるうちに喋れるようになったんだよな。近所だからってほとんど毎日来てたし。覚えてるかノーラ、最初に来てた頃ずっと神話の絵本抱えて家に来てたの」
「うん、覚えてるよ。毎晩読んでもらってた絵本だもん。今でも大切にしててアパート決まったら送ってもらう物リストにも入れてあるよ」
「北欧神話だっけ?RPGのゲームをやり始めた時に、あーこれも神様の名前だぁとかやたら詳しかったもんな」
「ファンタジーの世界って北欧神話かなり入ってるからね。お陰で親近感湧きまくりだったよぉ」
「ちょうどそれくらいだよな、アメリカンスクールから転校してきて同じ小学校になったのって」
「三年生の秋からだからね。ハルトゥんは四年生」
「アニメ見たりカードゲームやったり色々やったよなぁ」
「うん、ハルトゥんがアニメもゲームも教えてくれたんだよ。楽しかったなぁ」
「お兄ちゃん結構外で遊んでたじゃん。サッカー行ってくるとか言って。ノーラは私と遊んでたんですー」
「マオマオともいっぱいゲームしたよねぇ。マオマオすぐ強くなっちゃうんだもん。負けないよぉ!って実はけっこう頑張ってたんだよ」
「三人でもよく遊んだだろ。そういえばキャンプにも行ったな。ノーラん家に誘われて」
「うちは両親ともに自然好きだからね。ノルウェーは夏が短いから夏はキャンプするものらしいよ。そうそう森林公園で綾乃ちゃんに会った時もあったね」
「あーあったな。覚えてるわ」
しっかり覚えてる。細まかいとこまで。
「バーベキュー美味しかったよねー、そうだノーラ今度うちでバーベキューやろうよ!」
「うん!肉食の私としては嬉しいかぎりだよ。うふん」
ちょっとズレたキャミの肩紐を戻すノーラ。肉食の後に系は付けないように。今日の格好もおもっきりそっち系だし。
みんな大体食べ終わったか?デザート取りに行くか。冷蔵庫にはメロンと高級アイスがびっちり入っていた。ノーラありがとう。
「ノーラの両親は仲いいものね。最初は物静かなロバートさんと情熱的なエミリさんがどうして結ばれたのかしら?と思ったけどエミリさんが六回もアタックして射止めたのよって聞いて納得しちゃったわ」
「お母さん楠木のお母さんにも話してたの!?ちょっと恥ずかしいなぁ」
「あらウクライナの女性は情熱的で尽くすのが美人の条件なんでしょ。素敵じゃない。もちろん今でも仲いいんでしょ?そういえばお兄さんのジェームスはもう大学を卒業する頃かしら?」
「両親は相変わらずラブラブしてますよ、主にお母さんが。ジミーはスウェーデンの企業に仕事が決まって秋からイギリスに移ります。両親も来年くらいにはイギリスに移るんじゃないかな」
「そうなのね。何かと大変だろうけど日本に来る機会があったらお会いできたら嬉しいわ。よろしく伝てね」
「もちろん。両親も楠木のお母さんとお父さんに会いたがってました。しっかり伝えますね」
デザートを食べ終えてテーブルを離れた。チロルはもうノーラに懐いている。
「久しぶりに懐かしいゲームでもしようか」
古いゲーム機とソフトを持ってきてめったに点けることがなくなったリビングのテレビに繋いだ。ノーラが選んだディスクを入れてマップを選択。うりゃうりゃーと真櫻が圧倒的首位を走る中で父さんが帰宅した。ノーラを歓迎し、ひとしきり話した後に呼ばれて期末試験の結果を聞かれた。
「悪くはなかったよ。良くもならなったけど。志望校を上げたいから2学期からはもっと頑張る」
「そうか。来年は進路を決める大事な時期だからな。前もって準備しておくのは大切だ」
進路。
急に現実に戻された気がした。綾乃の顔を思い浮かべた。
少し長くなりました。お読み頂いてありがとうございます☆
ノーラは入り浸っていた懐かしの楠木家に戻りました。
次回はノーラが家に泊まります。




