デートと領主
ハルト、ノエル、カッツェ、ミックそれにハロルドが乗ったジュノーのコボル達はアントーラへの街道を走っていた。王都への旅の始まりだ。ハロルドは「湯屋に行く」と街までの同行している。王都での案内人デニスとは街で落ち合う事になっていた。
久しぶりにアリシアに会える。そして領主様にも面会だ。
「街まで一緒なら付き合って下さいよ」
ハルトはハロルドに領主の館まで付き合ってもらうことにした。
「ハロルド爺さんは領主様の館って行ったことあるの?」
「随分昔にな、なんじゃ?」
「作法とか大丈夫かなって」
「あまり気にせんでええ。今のオーブは無骨じゃが悪い男ではない」
「何を聞かれるんだろ?」
「会ってみりゃ解るじゃろ」
湯屋ソングを口遊み始め、気分はすっかりお風呂になってしまったハロルドにハルトはそれ以上聞き出すのを諦めた。
アントナーラの西門から街に入るとコボルを預けるつなぎ場でハルトは足りない旅装の買い物に向かうノエル、カッツェと別れた。ミックは魔道具屋巡りに出かけ、ハロルドは言わずもがなである。領主との面会時刻に間に合うようにハロルドと湯屋で落ち合うことにしてハルトは商人ギルドを訪れた。
最初に来た時は随分と緊張してたっけ。
玄関でステュアートに出迎えられ、ギルド長のジェルマンの執務室に入る。ジェルマンとアリシア、デニスがハルトを待っていた。
アリシアとお父さんも問題なさそうな雰囲気だ、良かった。
「お待ちしておりました、ハルベルト様」
ジェルマンにそう呼ばれたハルトは面を喰らう。
「すいません、緊張してしまうんでその呼び方を何とかして頂けませんか?」
「お父様、もう以前のブロック工房とは関係性が違うのですから内輪のように接しては如何ですか?」
ふふふ、と、はにかみながらジェルマンに提案するアリシア。
「しかし今ではパッカードを救ってくれた恩人になる」
「ハルトくん、で良いのではないかしら。ね、ハルトさん」
「はい、出来ればそうして貰えれば助かります」
ジェルマンさんって几帳面な人なんだな。きっと気苦労するタイプなんだろうなぁ。
「それでは、ハルトくん、寛いで下さい」
勧められたソファーに座ってからもジェルマンの感謝は続いた。前回と打って変わっての状況に照れくささを隠せないハルトだったがアリシアの微笑みに救われる。パッカード親子との挨拶が一段落つくとステュアートから契約に関わる進捗が報告される。契約先はやはり領主直属の新部署との契約になるらしく一度関係者一同が集まって意向を固めることになった。次にデニスから王都の情報が話された。
「何処にどのような職人がいるのかを把握しておいたので王都で直接訪ねて歩いてみましょう。蟲殻を扱う職人や蟲狩りとも現地で接触を試みます」
王都では王宮の招集が続いていて職人もまだ混乱しているらしい。
「私もご一緒出来れば良いのですけれど……」
アリシアは来れないのか。ハルトも露骨に残念そうな顔をしてしまう。
「ステュアート」
懇願するようなアリシアの瞳にステュアートが応えた。
「そうですね。重要な面会がありますので御一緒に出立は出来ませんが我々にもお手伝い出来ることがあるかと思います。遅れての出立になりますが我々も王都に向かいましょう」
やった!アリシアと旅行だ!!ひゃっほい!
「時にハルトくん、今日は領主様にお会いするとか」
浮かれたハルトの顔が引き締まる。
「そうなんですよ。一体何を聞かれるのかも分からない状態なんですが」
「領主様は悪いお方ではないから問題ないかと思うが……」
何か不安材料でもあるんだろうか?何度も悪い人じゃないって聞くと不安になるんですけど。
「ジェルマン様、商会が関わることならばジェルマン様もお呼びになるかと思いますし、私とアリシア様が直属の部下の方々と話しておりましても好意的に接して頂いております」
「私もそうだとは思うのだが……個人的な事なのだろうな。ハルトくん、良い機会だ。領主様と親交を深めてきなさい」
何となくジェルマン・パッカードさんとアリシアのお父さんとしてのジェルマンさんとの関係が出来きつつあるような気がしてきた。大きな壁を一つクリアした感じ。
「ハルトさん。お時間があったら少し、というか大分早めですが一緒に昼食をどうですか?」
アリシアに誘われたぁ!!
「はい!喜んで」
こんな返事でいいんかいな!?でも浮かれちゃうよ、やっぱ!
「お父様はどうされます?」
「私も同行したらハルトくんが緊張してしまいそうだし遠慮しておくよ。アリシア、行っておいで」
良いお父様だ。ありがとうございます!
ジェルマンの執務室を退出し廊下に出ると目を輝かせたアリシアがハルトに尋ねた。
「ハルトさんはどういうお店がお好みかしら?」
「街のお店とかよくわからないから……」
「それじゃ、今日は私に付き合って下さるかしら。着替えてくるので玄関ホールで待っていて下さいね」
玄関ホールに現れたアリシアはパンツルックに白いハーフコート、つばの短いハットを被ったカジュアルな服装だった。それでもお嬢様っぽさは滲みでてる。それが似合っていて可愛い。そういうところも綾乃に似てる。いや、綾乃ではなくてアリシアとのデートだ。しっかりアリシア自身を見よう。
自身の綾乃に抱いていた想いとハルベルトの感情がハルトの中で綯い交ぜになっているような気がしつつもそれは確かにハルトの中にある感情だった。
自分の中にある気持ち。これこそが真実なのかもしれないな。
「では行きましょう!」
元気はつらつなアリシアと並んで街に繰り出す。
綺麗に清掃された石畳の道の両脇に並ぶアパレルショップのウインドウを巡り、今年の冬の流行をアリシアが語る。
「これなんかハルトさんに似合いそうですね」
「へぇ、意外にストリートっぽいのが流行ってるんだな」
「今年は少しオーバーサイズな上着を合わせるが流行みたいですよ」
アパレル街でウィンドウショッピングをしながら若者で賑わう店に入った。
「私、こういう事がしてみたかったんです」
ハンバーガーショップでハンバーガーを食べながらアリシアはカウンター席のハルトの隣に座っていた。
「俺もなんだか落ち着くよ」
「良かった。変な子って思われたらどうしようかと思いましたよ」
「全然そんなこと思わないって。高級レストランとかに連れて行かれたら逆に緊張しちゃったかも」
「うふふ、ハルトさんって優しい人なのね」
ハルトにとって当たり前の光景もアリシアとの時間は特別なものになってゆく。あっという間に時は過ぎ、ファッションから小物に変わった店が並ぶ通りを二人で歩いて湯屋に向かった。若者向けの店が並ぶ通りを抜けると玄関先にギリシャ柱がそびえる湯屋の入り口が見えてくる。
「今度街でゆっくりできる時間があったら劇を見に行きませんか?」
アリシアは後ろ手に手を組んでハルトに尋ねた。長いストレートの髪が風に揺れている。
「劇なんて見るのは初めてだよ。楽しみにしてるよ」
距離感がグッと縮まった。これは情報を集めないと。王都でも会えるしその時に自分から誘おう。
名残惜しい気持ちもありながらアリシアと別れ、ハルトは入り口にギリシャ柱がある湯屋に入った。入り口は荘厳だが中は銭湯な感じだった。
スーパー銭湯かよ?いまいちセンスがよくわからん。けど受付のおばちゃんとかいい味だしてるなぁ。
アフロヘアなおばちゃんの横の暖簾をくぐって出てきたハロルドから着替えを受け取り正装に着替え、馬車を借りに移動する。
「ところで爺さん、湯に入る時翼はどうしてんの?」
ハロルドも領主の館に向かうのにはさすがに気を使ったのか正装をレンタルして着込み、腰から垂れた青い羽が更に燕尾服っぽさを醸し出してる。
「わしは個室の露天を使うでの」
VIPかよ。個室に何かのオプションをつけてないでしょうね?
「大部屋の浴場に入る時は傷を癒やしに来たことにして腹巻きに隠しておる。あっちも湯の種類が多くてなかなか良いんじゃ。茶飲み友達も出来たぞ」
そうですか。お元気そうで何よりです。
丘になっている貴族達が住まう高級住宅街を馬車が進む。
路面は白く、ガラスのような砂が時折光を反射して美しい。
これ何で出来てるんだろ?路面を見つめるハルトにハロルドが教えた。
「アントナーラの中心部は兵隊大蟻の巣じゃった。大昔の巣が崩れた部分じゃろ。ガラス化しとる。兵隊大蟻なんてわしでも見たことはないがな。羽蟻の類はよく遭遇するが」
「蟲って色々いるんですね」
「蟲の全貌は分かっておらん。絶滅したのもおるじゃろうし、まだ人に知られとらん蟲もおるじゃろうて」
よく分からない物から守るって大変だな。そんな中で結界を張る貴族や騎士をまとめる領主様にこれから会うってことか。
騎士団の本部を越え馬車が街の中心にある領主の館の土台に着いた。土台と言うのが相応しいだろう。こんもんりした建物にすると3、4階の高さに相当する白い土台の上に建つ館をハルトは見上げた。
出迎えの衛兵に導かれて土台の中に入る。地上階の廊下には幾つかのエレベーターらしき扉が点在していた。地下に行くものも多いようだ。いかにも来客用という一際綺羅びやかな装飾が施されたエレベーターに乗り込むとエレベーターが上昇し扉が開いた。
「こちらが面会の間になります。ハロルド様はこちらへ」
隣室に案内されるハロルドと別れ、「ハルベルト様がお着きになりました」と開かれた扉に入ると広間と言ってもよい部屋の向こう、階段の上に据えられた玉座のような椅子に目つきの鋭い精悍な男が座っていた。
あれが領主様か。父さんと同い年くらいかな。
ハルトを領主の目の前に案内すると扉付近に戻り警護を始めた衛兵を除いて領主と二人きりになった。
「ハルベルト・ブロック、よく来たな」
「お初にお目にかかります。ハルベルト・ブロックと申します。この度はお目通りが叶うこととなり……」
ハルトが必死で考え、練習してきた挨拶を述べ始める。
「気持ちは解った。まぁ、面倒なことは無しで行こうや」
領主がハルトの挨拶を遮った。
「へっ?」
「オーブ・アントナーラだ。宜しくな。今日は二人だからざっくばらんに行くが良いか」
「いいんですか?」
「良いと言っている」
領主というより戦士だ。戦いをくぐり抜けてきた男の顔がそこにあった。
「分かりました」
「ここじゃなんだ、移るぞ」
オーブは玉座を離れて階段を降り、ハルトの横を通り過ぎるとソファーとテーブルが並ぶ壁際からハルトを手招きをした。
「まぁ、座れ」
「ありがとうございます。失礼します」
色々練習してきたんだけどなぁ、喋り方とか。会話のシュミレーションもかなりやったのに……爺さん知ってたんなら教えてよ!
「で、ハルベルト。お前は飛甲機をどうしたい?」
えっと、いきなり抽象的な質問で困るんですけど。
「――世の中の役に立つようになれば、とは思います」
「繭のノルン様の件はどうする?」
オーブは拳の上に頬を乗せ、見極めるようにハルトを見つめる。
知ってるんだ。まぁTバードを持ってる人だしな。
「具体的にどうしろという言葉がないんです。アルフリードさんは自分の心に従えと」
「お前自身はどうしたい?前の世界に戻る道でも探すか?」
「それも知ってるんですね。――僕は目の前にある現実を精一杯生きるだけです。その中でもし前の世界に戻れる道を見つけたらその時に考えます。それが何時になるかも分かりませんし」
「正直だな、お前は。では今度は俺から話そう」
「人の世を蟲から守る為に俺達がいることは知っているな」
「はい」
「ならお前も騎士になれ」
「はい!?」
「お前の力は大きい。貴族、いや騎士になって俺達に力を貸してくれ」
「戦いを専門にしろ、と言うことですか?」
「そうではない。お前の知識を無駄にするな。と言っている」
「あの、もう少しわかりやすく話して頂けないでしょうか?」
「そうだな。お前には貴族社会がどういうものか分からないんだったな。すまない。貴族社会も一枚岩ではないのだ。私利私欲に走る愚かな下級貴族もいる。しかしそんな輩を使ってでもマナを集めて蟲に対処せねばならない。お前がやりたいことと俺達が望むものは一致するはずだ。その心構えを身分として持ち、仲間にならないか?ということだ」
「具体的にはどうなるんでしょう?」
「お前の意思が固まったら王宮に打診する。認められるまでには暫く時間がかかるだろう。この街の下級貴族なら俺の一存で決められがハルトには正規の騎士として貴族になって貰いたいのでな。飛甲機の開発についてはパッカードに別の商会を新設してもらって俺直属の部署から開発と製造依頼を出す形にしようと思う。その部署にお前に立って欲しい」
「パッカード商会はどうなるんですか?」
「パッカードはアントナーラが守るべき商会だ。税収の面でもな。飛甲機はそのうち他領でも興味の的になるだろう。パッカードが飛甲機の開発母体であることを表明しておけば本業もいずれ回復すると思うが。飛甲機について知りたい商人と繋がりを持ちたい貴族が群がるぞ。それに飛甲機開発部門を別にした方が守りやすい」
パッカード商会には好意的みたいだ。良かった。でも、
「僕は政治や経営より開発をしたいです。現場で手を動かして自分で飛んで自分の感覚を磨きたい。それではいけませんか?」
「……お前は俺みたいな事を言うな。俺も現場に行かさせろ、剣を持たさせろ、とよく言うんだがなかなか聞き入れて貰えなくてな」
清々しい笑顔がオーブ・アントナーラに浮かんだ。
「今すぐ決めろ、という訳でもない。考えてみてくれ。飛甲機の開発には全力で協力する」
「ありがとうございます。僕なりに考えてみます」
「ハロルド様を呼んでくれ」
領主様が様付けする人だったんだ、あの人。
ゆっくりとした足取りでハロルドが近づいてくる。
「どうじゃ、お前の眼鏡にかなったか?その坊主は」
「面白い男だと思う。自分の若い頃によく似ているとも」
「お前はもっと腕白じゃったわい」
「そうでしたかな?」
目を逸らし、口笛を吹くように白を切ったオーブが少しかわいく見えた。
王都にアリシアも同行することになり初デートに誘われたハルト。
領主であるオーブ・アントナーラも癖がありながら好意的な模様です。
次は「王都へ」 月曜日に投稿します。
良い週末をです☆




