領主からのメッセージ
やっぱ落ち着くなぁ。
うー寒っ、部屋のベッドで目を覚ましたハルトは気合を入れてベッドから出た。工房の炉の配管からの熱はまだ部屋まで上がって来ていない。パンとベーコンの焼ける臭いがしている。
村に戻ってから燻製を小分けにしたり、冬用の炭や暖房用の薪を割って運びこんだりと家の仕事が結構あった。女手だけじゃ大変だったろうな。それに不安だっただろう。
自分のことばかり考えていた。気づかせてくれたノエルに感謝しなきゃ。
ショコラと走り、カッツェと組手をしてと体を鍛える朝の日常も戻ってきた。
この辺りは雪が積もることはそうなくて。北に比べればいい方だって言ってもまだまだ冷えるようになるんだろうな。
リビングに入るとノエルが温かいスープを出してくれる。ノエルは結局この家の部屋で寝泊まりしている。それをマーガレットが喜んでいた。
元ノエル家族の家に寝に帰っていたカッツェも混じって朝食を取る。カッツェとノエルが住む家はカッツェが寝に帰るだけになっている。それなりの広さがあるリビングはカッツェが食事に加わっても問題はない。
家族とノエルとカッツェの朝食が済むと仕事の話になった。ハロルドはまだ寝ているらしい。
「今出来ることは大体目処がつきそうだし、これから何が出来るか考えなきゃなんだけど」
「風防とライトか。これはうちの工房でどうにかなるもんでもないしな。どうする?」
キャノピーは何かの蟲の殻、ライトは反射鏡が問題でガラス職人の領域なのだ。
「デニスさんに相談しようと思うんだけど」
「あの人なら何とかしてくれそうだな。しかし素材は自分の目で見て選んだ方がいい」
「そうだよね」
街に行けばアリシアに会える。
「でもハルト達が動くなら俺も警護に行かなきゃだな」
「一人でも大丈夫じゃない?工房を守って貰った方が良いような気がするんだけど」
「そういう訳にはいかんだろ。ここは騎士団員が二人警護につくから大丈夫だろう」
「騎士団員?パッカード商会が警護を雇うじゃないの?」
「ハンターに警護させるわけにもいかんだろ。騎士団の飛甲機の評価は高いんだ。パッカード商会に騎士団から申し入れがあったらしいぞ」
「それじゃ、その方達のお世話もしなくちゃね」
「大丈夫ですよ。俺とノエルが借りてる家で寝てもらって食料も運ばせるって言ってましたから」
「誇り高きアントナーラの騎士団員の警護なら家族も安心だ。俺やハルトがまた動かければならん時もあるだろうし」
「ごはんを二人分多く作るのはそんない変わんないからわたしがここで作るよ。別々に作ると無駄が出るし」
「ノエルは本当にしっかり者ね」
マリエールのノエルを見る視線が熱い。
「朝飯は終わってしもうたか」
すっかり怠け者になっているハロルドがリビングに入ってきた。
「老人なんだから朝は早いのが得意なんじゃないんですかぁ?」
「すまん、すまん、これを読んでおったらつい夜更しをしてしもうてな」
ハロルドは木の植生と特徴が記してある本を2冊テーブルに置いた。
一冊は手書きの本でハロルドが纏めたものだと言う。
「お前たちはガラスじゃ重いし割れるだろうからと、風防を透明な蟲の殻で作ろうとしておるようじゃが他にも手はある。軽くて透明度の高い樹脂から何か採れんかと思ってな」
ハロルド爺さんって、ここぞという時に頼りになるんだよなぁ。透明なものを使って大きなものを作る=蟲の殻って俺のイメージの先入観が強すぎた?うわー軽い、って言いながら持ってくるくる回るイメージ。ガラスが発達しているこの世界ではゴムと防水以外で樹脂はあまり使われてないみたいだし。でも樹脂で作ってもアクリルっぽいのは割れるだろうなぁ。ガラスより柔らかいから細かい傷で曇りそうだし。どうするか?うーん。
「はい、ハロルドさま」
温め直したスープとパンをノエルがテーブルに運んだ。
「おう、ありがとうな。お前は良い娘じゃ」
「きゃっ」
ハロルドはノエルのしっぽを掴んで撫でながらテーブルについた。
前言撤回します。このセクハラじじい!
でも赤くなってるエプロン姿のノエルが可愛いんだけど。
ノーラは元気かな?ノエルの仕草を見てハルトはふと思出した。
それにあっちの世界の俺はどうなってるんだろう? 考えても分かんないよな。俺は俺でがんばろう。お前はお前でがんばれ。
ハルトは工房に降りて仕事を始めた。
それから数日後、ブロック工房に3羽のコボルがやって来た。デニスと騎士団員だ。
「中隊長!?」
出迎えに出たカッツェが驚いている。
「何であなたが」
「本当は騎士団長自らが警護に就きたいと言っていたくらいなんだ。それ程にここが重要な施設になっているということ認識してくれ。団長が飛甲機に興味深々なのはあるとは思うが」
騎士団員の二人がリビングにあがった。デニスはハルトの話しを聞き「頭の中を纏めてきます」とハロルドのいる応接室に入った。ハルトはジュノー、カッツェと共にリビングに入った。
「ブロックさん、奥さん、これから警護につくアントナーラ騎士団のジョナサンとユージンです。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします。お二人が警護をして下されば安心です」
「いえ、我々は先発隊です。後ほど我々に加えて六人の騎士がこの村で警護の任に就きます。身の回りの世話をする者を含めて七名が明後日には到着するでしょう。交代で寝るので住居と食事はお気になさらなくて結構です」
「そんなに」
「ハルベルトくん、本来は我々の目が届くアントナーラの安全なところで開発をして欲しいくらいなんだ。村での安全を確保する方が大変なのでな。しかし「開発者の意向を汲んであげて欲しい」とアリシアさんに言われたのでこういう対応になった。領主様は鳥の人の警護を増やせないか守りの森と相談されているとのことだ」
アリシアが気遣ってくれている。その上領主様が関わってきた。これは本気で頑張らないと。
ハルトは後をジュノーに任せて応接室に向った。
ハロルドとデニスが話をしている中にハルトは入った。
「坊主、あれから何かいいアイデアは浮かんだか?風防の」
「形はこういうのが良いだろうって言うのは前々から有るんだけど、鋳造、どんな素材をどんな枠で形にすればいいのか具体的なことはまだ知識が足りなくて」
「そうでしょうな。特殊な加工はそれが出来る職人の飯の種です。おおっぴらに公開したりはしないものですから」
「デニスさんは何かご存知ないですか?」
「私の集めた情報の中には役に立てそうなことはないですね。強いて言えば魔道具でマナの盾が作れるようになったらしい、という眉唾な噂くらいです」
「それが本当だとしても風除けにマナを消費してもしょうがないですしね」
「そうでも無いじゃろ。弓を射るなら後ろの兵の風除けがついたり消えたりしたら便利じゃぞ」
「でも現実的に考えるなら正面の風防を何とかすることを進めないと。それとライトですね」
「光源は質の良い光石なら手に入ります。問題は特殊な形の鏡ですね」
どうしたものか?と顎に手をあてるデニス。
「これまでの馬車の製作では贅沢をしてもランタンに光石を入れるくらいしかなかったもので」
「街のガラス職人で相談に乗ってくれそうな人はいませんか?」
「街とは言ってもそう大きくはないですからな。特殊な物は王都にでも行かないとなかなか」
「王都グランノルンですか……」
「王都にはええ湯屋はあるかいの?」
そっちかよ。真面目にやって、お願いします!
「10日ほど待って貰えませんか?王都を調べさせます。樹脂に詳しい者やガラス職人の動向も調べましょう。湯屋はありますよ。立派なのが」
「言ってはみたが王都までは片道4日はかかるな。王都をうろつく時間を考えるとわしは行けそうにない」
「何かあるんですか?」
「冬至が来るじゃろ。一年で日が一番短くなる日じゃ。儀式があるでな、その準備もある」
そう言えばハロルド爺さん偉い人だった。忘れてた。
「まぁヒントはやったんじゃ。取り敢えず行って来い。お前と2号なら何とかしちまうだろう」
手紙を書きたいと言うデニスをハルトの部屋に案内し、王都へ向かう事を伝えにハルトはリビングに戻った。既に若手のユージンが玄関付近で警護を始めている。ジョナサンはリビングでジュノーと話を続けていた。
工房からはミックが行くことになった。ジュノーは工房に2体あるマナの通ったロッキの殻の外装を磨いて次の機体の準備をしておきたいと残ることになった。
父さん、自分が出来る事で仕事に貢献したいっていう気持ちが滲み出てる、王都に行きたい気持ちもあるだろうに。
「次の機体をピカピカにしておいてやる。行って来い」
「磨きすぎて鏡いらなくなったぞ、とか言わない程度にしといてね」
がははは、久しぶりに大笑いが出た。
プライドを持ってやって来た仕事が自分中心では無くいきなり息子がまわすようになってるんだ。きっと思うところが無いわけじゃない。けど家族の元に戻って安心したのもあるんだろうな。表情が大分柔らかくなった、やっぱり戻って来て良かった。
それぞれが王都へむけての準備に取りかかる。
「ノエルは村に残って警護騎士たちの食事の手伝いなんかを頼むよ」
そうハルトが告げると、ノエルはめずらしく素直に聞き入れなかった。
「約束、覚えてないの?」
そうだった。王宮を一緒に見よう、って約束してたな。約束は守らないと。
「ごめん、仕事の流れと人の動きばかり考えてたよ」
「我々の事は気にしなくて良い。警護が開発チームに影響を与えるんじゃ本末転倒だ」
「ノエル、家のことは任せて行ってらっしゃい」
「マリーお母さん、ありがとう!」
ハルトの腰につけている皮のケースが振動した。Tバードだ。
部屋に戻ってTバード立ち上げようとケースから出すと「メッセージ1件」と表示されている。
「守りの森で何かあったか?」
悪い知らせじゃなければ良いけど。
Tバードを立ち上げると『オーブ・アントナーラからのメッセージが届いています。許可しますか?』と表示された。ハルトはハロルドに相談しに降りた。
「これ多分、領主様だよね?許可してもいいかな?」
「このメッセージを受け取る分にはマナはいらんから受け取って良いじゃろう。向こうで既に払われておる。オーブとは領主という意味じゃ」
元払いと着払いが選べるんだ。宅急便なの?
半分ハロルドの私室になっている応接室でハロルドと二人だ、ハルトはTバードに許可を出した。
『突然の知らせを失礼する。オーブ・アントナーラだ。以後見知りおきを。飛甲機の開発に感謝している。次に街に来る時に館を訪ねてほしい。直接話したい事がある。期日が分かったら事前に連絡をお願いしたい。マナはこちらで持つので返信を願う』
「んー、業務連絡のような、命令のような、お願いのような微妙な文章……緊急でもないし。これどう思います?」
「Tバードを持っておるんじゃ、お前をそうぞんざいには扱えんし威厳も保ちたい、苦労の後が伺えるな。内密に連絡を取りたかったんじゃろ」
「早いうちに行った方がいいよね?」
「急いで来いとは言っとらんのじゃ、お前の都合でええじゃろ?」
「でも領主様ですよ?」
「なんじゃ、肝っ玉の小さいやつじゃな。王都に行く前に寄ればよかろう。今のお前にはやるべきことがあるじゃろう?」
確かに王都に行く前に木の図鑑や植生の本も読んでおきたい。準備をしなきゃいけないことを拾いだして予定を組まないと。
デニスにカッツェ、ミックと話しを終えて王都に発つ日を決めたハルトは領主に日程を伝えるメッセージを送った。
メッセージの挨拶、ちょー考えたんですけど!!
領主様から呼び出しされたハルト。王都に向かうことになりました。
次「アントナーラでデートと領主」 金曜日に投稿します。




